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第25話 嵐の前

 王都グラン・ル・ル-ジュのスラム街。

 その中でもひときわ老朽化した集合住宅の一室に、俺たちは身を潜めていた。

 

 王都に戻っては来たが、街中は憲兵隊が巡回していてうかつに動けばすぐに発見されてしまう。

 特に王宮周辺は来週の即位式をひかえて厳戒態勢にあった。

 ベルガメイズ第三皇女を女王に即位させようという魔導士、いや、魔王ファンファンの計画は間もなく達成されようとしている。


 しかし、風の都エルレニアのガナニカ城に現れた真紅の鋼鉄魔艦アイアン・ルージュは、王都に帰投してからその姿を表していない。

 即位式までに予定されていた各都市の巡行も中止になっている。

 元国王ドラモンの言うように、魔法戦艦を構築しているベルガメイズになにかが起きたとしか考えられなかった。


 

 集合住宅の屋上から、王都の夜景が見渡せる。

 ずっと遠くに、王宮の白い城壁と尖塔が月に照らされ浮かび上がっている。


 俺は頭上の満月を見上げた。


 この異世界に来てから、何回目の満月だろう。

 どれくらいの時間がたったのか、すっかり考えられなくなっていた。


「今までの時間なんて、もう、どうでもいい」

 俺はつぶやくように言った。

「これからの時間……それしかない」


「これからの……時間……」

 隣に立ったアヴィが低く声を落とす。

「……あるのかな……あたしたちに、そんな未来が……」


「…………ある」

 俺は言葉を絞り出した。

「……なければつくり出す……絶対に!」


「……ゆーじ」

 アヴィは赤い瞳で俺を見つめた。

「なにがあったの? なにを……見てきたの?」


「たぶん、この世界に近い、もう一つの世界」


「もう一つの……」

 アヴィは低く言った。

「……そこは、どんな世界だったの?」


「最悪の、結末……だった」

 俺はぶるっと身体を震わせた。

「とても……話せない……話したくない」


「……むごい終わり方だったのね……」

 アヴィはそっと俺の腕に触れた。

「ゆーじがあんなに泣くほどの……」


「俺は甘く考えていた。なんとかなるんじゃないかと思ってた。でも、このままじゃ、あの終わり方と同じになる気しかしない」

 俺は拳を額に押し当てた。

「なにか違うルートを、思い切りちがう進み方をみつけなければ……!」


 突然、夜の街にパーンと乾いた銃声が響く。

 俺とアヴィはビクッとして身体を寄せ合った。


「誰か、撃たれたな……」


「……なにが違うのか、あたしにはわからないけど……」

 急にアヴィが言った。

「……でも、やってみようよ」


「え?」


「こんなことありえないってくらい……違ったことを!」


「はぁ?」


「そーいうの得意じゃない? ゆーじは!」


「な、なに言ってんだ?」


「じゃぁ……あたしがやる!」


 アヴィは、ぱっと俺から離れると、ヒビだらけの屋上を駆け出した。


「ア、アヴィ?」


「あたしはピンクランページ!」

 満月に向かって腕を突き上げる。

「あたしが最悪の結末なんて、未来なんて、吹き飛ばしちゃうから!」


 俺はいたたまれない気持ちになった。

 どうやっても悲惨な結末に向かっていることは、アヴィ自身がいちばんよくわかっているはず。

 だからアヴィは死を覚悟して、たった一人でアイアン・ルージュに乗り込むつもりだったのだ。


「こんなに《《しん》》として、みんながビクビクしているような街は王都じゃない!」

 ピンクの魔法使いは暗い夜の王都に向かい、宣言するように声を上げた。

「あたしは! にぎやかで楽しくて! キラキラしてた王都を取り戻す!」

 

「あれ? 『王宮』じゃないのか? アヴィ」


 アヴィはくるりと振り向いた。


「王宮を取り戻したいのはあたしだけのこと。あたしは、自分のことしか考えていなかった。でも今は!」


「……」


「この街を、国を、グラン・グランを取り戻したい!」


「……アヴィ……」


「良く言った、アヴリル」

 ドラモンの声がした。


 階段からドラモンとミナージュ、クマザサが屋上に上がってきた。

 国王はエルレニアで初めて会った時のような浮浪者の格好。

 クマザサとミナージュも、汚れた服やメイクで貧しい身なりになっている。


「歩けるのか、ゆーじ?」ドラモンが言う。


「すまなかった、心配かけて」

 俺はおっさんに頭を下げた。

「もう、大丈夫だ」


「パパ、どこに行っていたの?」アヴィが訊く。


「ちょっと、知り合いのところにな」


「ゆーじが眠っている間、王様はいろいろ動いてたんだよ」

 クマザサが俺を見つめ、真剣な顔で言う。

「予想していた以上にみんなの反発は強いよ。街中、いや国中が反対派アンチ・ルージュみたい」


 ずいぶん大人っぽくなったな、クマザサ。

 俺は少し感心した。ほんの数日の間なのに。


「でもパパ、皆を危険にまきこまないでね」

 アヴィが心配そうに言った。


「わかっている」

 ドラモンはうなずいた。

「問題は王宮直属の憲兵隊だ。警察も軍も警戒にあたってはいるが、市民には危害を加えていない。彼らも機を窺っている」


「まさか……」

 俺はゴクリと唾を飲んだ。

「クーデターか?」


「そこまではしないだろう。警察と軍部が様子を見ているのは、法王の後ろ盾だけで即位しようとしている第三皇女の政権が長くはもたないと予想しているからだ」


 後ろからミナージュが小さく声をかけた。


「王様、アヴリルとゆーじにも知らせた方が」


「……」

 ドラモンは難しい顔で考えこむ。


「どうしたんだ? 教えてくれ?」俺は言った。


 ドラモンは重いため息をついた。


「市民の怒りは非常に強い。多くの人々が不当に逮捕され拘束されている」


「撃たれた人も……」ミナージュが声を落とす。


「それで? どうなるんだ?」俺はせっついた。


「ええと、つまり……」

 クマザサが王様を見る。うなずくドラモン。

「来週の即位式の日に……大規模なデモを計画している」


「なんだって! そんなこと絶対にダメだ!」


「わかっている、ゆーじ。しかし皆の怒りは止められない」

 ドラモンは苦渋に満ちた顔で言った。

「私は説得しようとしたが、デモ計画のリーダーたちは耳をかさなかった」


「無謀すぎるだろ! なんでそんなことがわからないんだ!」


 俺は灯火の瞬く王都の夜景に眼をやった。

 息をひそめたように静まっている大都市は、その下に市民たちの激しい怒りを隠していた。


「どうしよう、たくさんの人が撃たれてしまう!」

 アヴィは皆の顔を見た。

「やめさせなくちゃ! でも、いったいどうしたら?」


「なんとか考えよう、みなが憲兵隊と衝突しない方法を……」

 王様は重い声で言った。


 屋上から部屋に戻る。

 ドアを決められたパターンで叩くと、ラッシュが鍵を開けて顔を出した。


「姫、ゆーじ、お帰りなさい」

 ラッシュは疲れた顔で微笑んだ。

「王様とミナージュ、クマザサもお帰りなさい」


「ただいま、ラッシュ」

 アヴィはラッシュをハグしてささやく。

「大丈夫? けんかしてない?」


「……うん」


「なにか収穫はあったかな?」


 窓際の椅子に座った魔王デスが皮肉っぽく言った。

 それでもドラモンは気を悪くもせず、魔王の前に別の椅子を引いて座った。


「市民の怒りは激しい。デモは決行されるだろう」

 ドラモンは首を横に振った。

「懸命に説得しても火に油だ。とても正気とは思えない」


「それはそうだろう。おそらく魔力が使われているからな」

 魔王デスは気怠げに顎ひげを撫でた。


「魔力?」俺は訊いた。「それは本当なのか?」


「ファンファンが隠者ハーミットを放ったんだろう。隠者ハーミットたちはドス黒い負の感情、『憤怒』『激情』『衝動』をまき散らして街中の影を走り回っている」

 黒髪長髪の男は眼を細めた。

「特にその市民組織のアジトには、いくつも送り込まれているだろうな」


「それではファンファンは市民の動きも把握しているのか?」


「そうだ。なぜなら即位式は非常に重要な転換点だからだ」

 デスは考えながら言った。

「ここで大規模な衝突を起こせば鎮圧の理由になる。戒厳令を出せば、お飾りの深紅の烈女がいなくても軍を動かせるようになる」


「くそっ……!」

 俺は拳を握った。

「このままいけば、ファンファンの思うつぼじゃないか!」


 部屋の中に沈黙が流れる。


 アヴィが、独り言のようにつぶやいた。


「あたしは、歌いたい……」


「え?」


「ねぇ、ゆーじ」

 アヴィは俺を向いて言った。

「歌でみんなの気持ちを静められないかな?」


「う、歌で……?」俺はぽかんとした。


「アヴリル、気持ちは分かるが、それは……」ドラモンが声を落とす。


「そ、そう……だよ……ね」

 アヴィは悲しそうな顔で口をつぐんだ。


「はぁ、打つ手なしですかぁ」

 クマザサが肩を落としてため息をつく。


 突然、魔王がアヴィに視線を向けた。


「歌うがいい」


「え?」


「歌いたいのだろう。ならば、歌えばいい」


「でも……どうやって?」


「私は音楽を聴くだけではない。自分でも演奏する」

 魔王デスは足を組み、ギターを弾く手つきをした。

「なにしろ時間だけはたっぷりあったからな。ほぼ総ての楽器を使いこなせる」


「あんたが大した趣味人なのはわかった」

 俺は魔王デスに言った。

「しかしそれがなんの関係がある?」


「王都には特別な楽器店がある」

 デスは俺を見て目を細めた。

「わかるか、異邦人エトランゼ? それがどんな楽器なのかを?」


「まさか、俺の世界の……?」


「そうだ。ストラトキャスター、レスポール、フェンダー、パール、ヤマハ。意味は分からないが」


「それ全部有名メーカーだぞ。なんでそんなものがこの異世界に?」


「ゲートから持ち込まれたものは武器だけではない。おまえのいた科学世界から様々な楽器も持ち込まれ、コピーされている」


 俺は唖然とした。

 それではエルレニアのクラブにあった楽器は、全部コピーだったのか。


「バンドを組むというのか? 面白い……」

 ドラモンは魔王を鋭い目でにらみ、凄みを帯びた声で聞いた。

「だが……何を狙っている、魔王よ?」


「言ったはずだ、我々魔王は敵対していると。私は魔王ファンファンの魔力を喰らい、魔界に戻る」

 魔王デスは腕を伸ばし、隣に立つラッシュの手をとった。

「真紅の魔艦を出現させる。それはお前たちの戦いだ。だがファンファンは私が倒す。その時にはダーク・インフェルノの魔力を返してもらおう」


「お前は信用できない。魔力が戻ったら俺たちを」


 警戒する俺の言葉を遮り、アヴィが言った。


「わかった」


「お、おい! アヴィ!」


「アイアン・ルージュを沈めたら魔力は返す」


「いいのか、おい!」


「ラッシュが選んだ人ですもの。あたしは信じる」


「えええええ?」


「まったく、我が娘ながら人が良いにも程がある」

 ドラモンが椅子に深く腰を掛けた。

「だが他に方法はない。それでいこう」


「ぜ、全然話が見えないんですけど!」

 クマザサが怒って声を上げた。

「いったいなにをする気なんですかぁ!」


 魔王デスはサムアップし、渋い声で言った。


「ロックンロール!」


 沈黙が流れた。

 クマザサがプルプル震えている。


「あれ?」


「ふざけんなー!」


「ぎゃー! 切れたー!」


 全員でクマザサを押さえ込んだ。




 翌日、俺たちは運河沿いの倉庫の中にいた。

 魔王デスが毛皮のコートを着た男と話をしている。サングラスをかけた極薄そうな顔の男は、どうみてもヤバイ世界の住人だ。


「これはこれはロックロック卿、わざわざおいでになるとは思いもよりませんでした。お渡しした楽器になにか不具合でも?」


「持ってきてもらうだけではなく、たまには私の眼で選んでもよいかなと思ってな。立ち寄ってみた」


「それはそれは。ですが、卿は……」

 毛皮コートはうすく笑いながらささやいた。

「……エルレニアから外には出られなかったはずでは?」


「事情が変わった」


「ガナニカ城の上に魔法戦艦があらわれたそうですな。なにか関係でも?」


「いまある楽器を見せてもらおうか」


「……」

 男はふっと息を吐くと、背後に向かって言った。

「おい、シャッターを開けろ」


 衝立ての陰から黒服の男たちがあらわれた。皆手に銃を持っている。

 魔王デスは俺たちを振り返り、ついてこいと顎をしゃくった。


 奥の大きな部屋には布をかけられた十数本のギター、ピアノ、ドラムセットなどが置かれてある。ギターアンプやスピーカーもあった。


「な、なんでこんなに?」

 俺は布をめくってみた。

「エレキギターにベースまである。しかし、アンプがあっても」


「アンプとはなんだ?」魔王デスが訊く。


「いや、これだけど」

 俺は魔王にテレキャスを手渡し、シールドをアンプにつなげた。

「あ、電気がない」


「電気?」


「えと、アヴィ、ちょっとこれに電気流してみて」


「え? どうすればいいの、ゆーじ?」


「サンダー・アローの魔力をちょびっとだけこれに流してみて」


「ちょびっと?」


「そう、ほんのちょびっと」


「む、難しい!」

 それでもアヴィはアンプに手をかけると、声を上げた。

「ちょびっと、サンダー!」


 バチン! キーン!


「おっ! いいぞ!」

 俺はギターを抱えたデスに言った。

「ちょっと弾いてみて!」


「うむ」


 魔王デスはテレキャスをかき鳴らした。

 轟音が響き渡った。


「うわーっ!」


 俺以外の全員がのけぞり、耳を抑えた。


「これだ! この音だ! レコードで聴いた音は!」

 魔王が興奮して叫ぶ。

「素晴らしい! この音が欲しかったんだぁぁ!」


 凄い速弾きでギターを弾く魔王。


「これだー!」


「お、おい、ゆーじ!」

 ドラモンが俺を揺さぶった。

「お、俺にも弾かせろ!」


「はい、じゃぁこれレスポール」

 別のアンプを指差した。

「アヴィ、そっちもたのむ」


「えー?」


 別のアンプに電気を流すと、王様は待ちかねたように弾き出した。


「うぉぉぉ! なにこれすごーい!」


「ふん! これでどうだ!」

 魔王がギュインギュインと音をうねらす。


「なにを小癪な!」

 王様が超絶パッセージを弾き返す。


「すごーい!」


「たのしー!」


「もうやめーい!」

 俺は怒鳴った。


 魔王デスはゼイゼイ喘ぎながら、呆然と立っている毛皮コートに言った。


「こ、これを、全部もらおうか」


「ぜ、全部ぅ?」


「いや、この倉庫もまるごと買おう。今からリハーサルなのでな」

 魔王はニヤリと笑い、アヴィを振り返った。

「では聴かせてもらおうか、おまえのその『歌』を」

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