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第19話 スラム街の王様

 レゲエのおっさん、いや、アヴィのパパは廃墟みたいな空き家に住んでいた。

 部屋はがらんとして、家具はボロボロのベッドと破れまくった革ソファだけ。カーテンもガラスもない窓から風が吹き込んでいる。


 俺とアヴィは、ソファに座ったおっさんの前に立った。


「パパ、このひとは……」


「初めまして!」

 俺は土でざらざらの床に正座し、アヴィのパパに頭を下げた。

「しどうゆーじと申します!」


 おっさんは破れたソファにふんぞりかえり、くわっと目を見開いた。


「金なら返せん!」


「へ?」


「あと娘はやらーん!」


「金が先かよ!」


「パパ、違うってば! ゆーじは借金取りじゃないから!」


「え、そうなの? びっくりしたなぁもう!」

 アヴィのパパは太い眉をぐにぐに動かし、俺を疑わしげに見た。

「では君は何者かね?」


「いちおう、勇者やってます」


「勇者……シドウ……ん?」


「そうなのパパ! ゆーじは伝説の勇者リュウ・シドウの孫なのよ!」


 なんかアヴィが懸命になって俺を良く紹介しようとしているのが心に痛い。本当にどこに出しても恥ずかしくない男だったらよかったけどそんなのおら無理だからー!


「グラン・グランを救った、あの勇者の子孫だと?」

 おっさんは身を乗り出し俺をにらんだ。

「……本当なのか?」


「そ、そうです!」

 俺は答えたが、よく考えたら証明する方法などない。


「う〜む」

 案の定、パパは腕組みをして考え始めてしまった。

 ピンクも不安そうな顔になっている。これはつらい。


「いや、アヴィ、俺は……」


 おっさんはソファの下に手を突っ込み、雑誌を引っ張り出した。


「ほれ」


「わん!」


 これは異世界のグラビア雑誌! うおお可愛いじゃん! エロは世界共通!


「確かにリュウの孫だ!」

 パパが叫ぶ。

「この食いつきの速さ! まさにリュウ・シドウ!」


 スパーン! と手で頭をはたかれた。

 アヴィが怒ってプルプルしている。

 しまったぁー!


「あ、あの!」

 俺はドレッドヘアのおっさんを仰ぎ見た。

「アヴィのパパということは、本当にあなたはグラン・グランの《《元》》国王なのですか?」


「その通り!」手を突き出す。「はい拝観料」


「金から離れろー!」


「ちぇっ、ケチ!」すねる。子供か!


「パパ、お願いがあるの」

 アヴィが俺の腕をとって立ち上がらせる。

「あたしを助けてください」


「アヴリル、十年ぶりに会ったんだ。まず挨拶があるだろう?」


「ごめんなさい、パパ」


 ソファから立ちあがったおっさんとアヴィはしっかりと抱擁した。


「パパ、元気だった?」


「おまえこそ、こんなに……」

 アヴィの胸をまじまじと見る。

「……大きくなって!」


「……パパ……」低くうなるアヴィ。


「えへへ、すいませーん」


 ドアをノックする音がした。

 振り向くと、綺麗な婦人がドアから覗いている。


「お客さまでしたの? では、ドラモン、またあとで」


 婦人は柔らかく微笑んだ。

 物腰も服装もどう見ても上流階級の人だ。


「すまない、ミナージュ」

 アヴィのパパ、元国王のドラモンは背筋を伸ばして言った。

「紹介しよう、これは娘のアヴリル」


「初めまして、娘のアヴリル・アストリア・ナナナ・エリシア・グラン・アリストレイタスです」

 ピンクがうやうやしくお辞儀をする。


「初めまして、ミナージュ・アリストテリシア・エメル・アルメリエルス・アテリアルテスです」


 絶対に名前覚えられねぇ。


「こんなにきれいな娘さんがいるなんて、驚きました。なんにも話してくれないから」


 ドラモンは急にそわそわとして、婦人のもとに歩み寄った。

「これは食べ物ですか? いつもありがとうミナージュ、それでは」


「あ、あの、ドラモン?」


 ミナージュを押し出すようにバタン、とドアを閉めるおっさん。

 耳を当て、遠ざかる足音を確認している。

 窓から強い風が吹き込んで、アヴィのピンクの髪を揺らした。


「行ったようだな」


「どうしたのパパ? なぜあんな追い返すみたいなことを?」

 アヴィが強い口調で言った。

「親切にしてもらっているんでしょう?」


 王様は娘の視線から顔をそむけ、つぶやくように言った。

「私は、なにもしてはならないのだ。なにも……」


「……パパ?」


「腹が減った。食事にしよう」

 ドラモンは婦人の持ってきたかごを覗いた。

「おお、卵に燻製肉、野菜もある。ありがたい」


「あの」

 俺は王様の前に進み出た。

「よければ、俺がなにか作りますが」


「君が?」


「はい、家では家族の食事を作ってたんで」


「……わかった。君に頼もう」


 おっさんの後について台所に入る。

「道具はここ。火は魔法で起こしてくれ。ああ、昨夜の残りごはんがあったな」


「ごはん?」


「パパは昔からごはん派なの」アヴィが言う。


 なんなんだこの異世界。


「ちょっとお借りします」

 まな板や包丁、ボウル、食用油、調味料を並べる。壁にはいくつかフライパンが吊り下げられていて、俺は一番でかい金色のフライパンを手に取った。

「金色とかすげー。笑えるー」


 アヴィが魔法で出した火を強火にしてふわふわ炒り卵を作り、すぐに細かく刻んだベーコンと冷や飯を投入。木べらでほぐしてよく混ぜ合わせ、ぱらぱらになるよう手際よくひっくり返しながら火を通す。スピードが大事だ。

 金色のフライパンの熱伝導率がすごく良く、しかも大きいのに軽い。


「おー、なにこれ、使いやすいー!」


 塩コショウで味を整え、いままでで最高のパラパラチャーハンが出来た。


「おまたせしました!」

 台所の小さなキッチンテーブルに、皿に盛ったチャーハンを並べる。


「な、なにかねこれは?」

 席についた王様は鼻をひくひくさせて、ため息をつく。

「ううむ、たまらなくよい匂い。美味そうだな」


「これはチャーハンです」


 アヴィのお腹がぐるると鳴る。さっきサンド食べただろ!


「チャーハンというのか。では、いただこう!」

 スプーンですくって口に入れる。

「うっ!」


「パパ! どうしたの!」


「ううう! うんま〜い!」

 王様ははぐはぐ夢中になってチャーハンを食べる。

「なにふぉれふんごくふぉいひいんでふふぇど」


「食いながらしゃべるな!」アヴィと俺が突っ込む。


「おかわり!」

 皿を突き出す王様。お子様か!


「はいはいどうぞ。多めに作りましたから」


「ねぇ、パパ、まさか……」

 アヴィが声を震わせ、ドラモンを見た。

「あの黄金のフライパン、もしやオリハルコンでは?」


「え? ああそうだよ。鍛造しなおした」


「ひいっ!」

 アヴィの顔色が変わる。

「それではあれは?!」


「うん、聖剣ガルガンディア」


「……うーん」


 椅子から倒れそうになるアヴィを、俺はあわてて支えた。


「どうしたアヴィ! しっかりしろ!」


「ないわー、聖剣をフライパンとか、ないわー」

 アヴィが呆然とした顔でつぶやく。

「聖剣ガルガンディアなら、ロックロックと戦えたかもしれないのに……」


「ごちそうさま! んもー最高に美味しかった!」


「ありがとうございます!」


「ゆーじ! 君を料理長として雇いたい! 無給だけど」


「断る!」


「冗談はさておき」

 ドラモンは立ち上がると、お腹をぽんぽんと叩いた。

「聞き捨てならん名前が出たな。アヴリル、ここに来た本当の理由を話してもらおう。私の歌を聴きに来たわけではあるまい?」


「はい、パパ」


「いやそこはウソでもいいから『それもあるけど』くらい言ってよー!」

 王様はくねくね身悶えして悲しがった。

「ギターは自信あるんだけどなー! 毎日弾いてんだから!」


 この王様、面倒くせー!

 だが、その十年間弾き続けて来たという、あんたのギターが必要なんだ!


「パパ、教えて。ロックロックって、何者なの?」

 アヴィは俺の手を借りてヨロヨロと立ちあがった。


「……知ってはならぬ」


「教えて! パパ! お願い!」


 王様は苦渋の表情を浮かべ、愛娘の前で立ち尽くした。


「……アヴリル、おまえが何をしようとしているのはわからんが、ここで知ったことはあいつの前に出れば気づかれてしまう。隠せはしないぞ」


「……覚悟は、できています!」


「十年ぶりに会ったというのに、どうしてこんなことに!」

 王様は拳を握りしめ、天を仰いだ。

「神はどこまで私に試練をお与えになるのか!」


「アヴィは、俺が……」

 ピンクの横に並ぶ。

「俺が守ります。どこまでできるかわわかりませんが」


 ドラモンが凄い目で俺をにらむ。


「自分だけ……生き残ることはありません」


「ゆーじ……!」


 俺とアヴィはしっかりと手を握りあった。


「……魔王だ」

 ドラモンは、ぽつりと言った。

「ガナニカ城城主ロックロック候は、魔解門ゲドム・ゲートから現れた魔界の王だ」


「ぼく旅に出ます」

 俺はくるりとターンした。


「待てーッ!」

 

 俺は即座に父と娘に確保されました。




 虚偽申告の罪は重い。

 俺は椅子に縛り付けられ、テーブルでアヴィとパパが深刻な顔で話しこんでいるのを、ただ眺めていることしかできない。


 ガナニカ城城主ロックロックの居室にある魔解門ゲドムゲートの魔力をアヴィの持つ魔封魔符に吸い込みつなげること。その魔封魔符に蓄積した莫大な魔力を使ってアイアン・ルージュとの最終決戦に臨むことをピンクは話した。


「私が十年前に身を隠したことはすべて、王を不在とすることで局面の進行を遅らせ時間を稼ぐためだった。私が王位にいれば様々なことが動き、最終的な状況が立ち現れてしまう。おまえがまだ幼いうちに」


 ドラモンは愛娘をじっと見た。


第三皇女ベルガメイズを使うとは、かあちゃんの予言通りだった。しかもついに、大法王の後ろ盾を得て王座に就こうとしている。そうなればグラン・グランは再び暗黒王と同じ、恐怖の圧政時代に戻ってしまうだろう」


「パパはもう王様になれないの?」


「民を捨てて雲隠れした王の復活など誰が望むものか」

 自嘲するおっさんの言葉は重い。

「魔法を使う世界。それは魔力の源である魔界の干渉を受ける。原始の時代に魔力が滲み出してきたときから、魔界はこの世界を取り込もうとしているのだ」


「ベルガはこの世界から魔法をなくすと言っていたわ。必要ないって」


「その第三皇女の行動が魔界の門を開けようとしている。皮肉なものだ」

 ドラモンは俺に視線を向け、秘密を打ち明けるようにそっと言った。

異邦人エトランゼよ。この世界に君のいた世界の『科学』がいびつな形で流れ込んできているのはわかるな? 君の世界とこの世界も不安定で小さな門でつながっている。しかし、いつか行き来ができるようになるかもしれない」


「ま、まさか……?」

 俺はゴクリとつばを飲んだ。

「それって、並行世界ですか?」


「時間の分岐点で生じた世界は無数にあるが、我々は一つのラインの上にいるとしか認識できない。分岐点で枝分かれしたラインにはもうその世界の我々がいるからな。しかし世界はひとつではない。さまざまな世界が隣り合って存在し、それぞれが並行世界を無数に生み出している」


「頭がくらくらしてきた」俺はうめいた。


「要点はこうだ。魔界という異世界はこの世界と対称的に存在、つまり隣り合わせている。そしてこの世界は君のいた『科学』世界と隣り合わせている。しかし魔界から科学世界にいくことはできない。だからこの世界、グラン・グランが魔界に取り込まれれば、次は」


「俺がいた世界に、魔力が出てくるのか……!」


「無数にある並行世界そのものを浸食する『魔界』は、摂理の異なる別次元の宇宙なのかもしれないな。とても理解できない話だが」


「……あたしたちはその魔界の王と、戦おうとしている……」

 アヴィは小さくつぶやいた。

「……とても、勝てるなんて思えなくなってきた」


「そうでもないぞ、アヴリル」

 ドラモンは腕を上げて大きく伸びをした。

「魔王は結界の中でしか魔力を使えない。しかし奴の持つ魔解門ゲドム・ゲート『ダーク・インフェルノ』を押さえて魔力の供給を断てば、勝機はある」


「そ、そうなの? パパ!」

 アヴィが顔を輝かせた。


「そのためには彼の力が必要だ」


 ドラモンは俺に向けて指をパチンと鳴らした。身体を縛っていたロープが解けて落ちる。

 そういえばこのレゲエのおっさんの名前に『ルルル』があったのを思い出した。パパさんも封印名を持つ魔法使いなのか。


「どの騎士も超金属オリハルコンの聖剣ガルガンディアを持ち上げることさえできなかった」

 ドラモン《《元》》国王は俺をじっと見つめた。

「しかし勇者リュウは、あはあは笑いながら軽々と使いこなした。だからあの黄金のフライパンは、勇者しか持てない」


「もしかして、ヘンタイしか持てないんじゃ?」アヴィが小声で訊く。


「そう考えるとすべての神話が崩壊する。絶望しかない」ドラモンは苦悩する顔で言った。「そこは触れない方向で」


「はい、パパ」


「うむ……それでは」

 アヴィのパパは大きく息を吸い、威厳に満ちた声で言った。

「勇者、ゆーじよ! この世界を救うため、力を貸してほしい!」

 

 俺は椅子からゆっくり立ちあがった。


「……世界を救うためじゃない」

 大きく息を吸い、窓から遠くの空を見つめた。

「俺はアヴィと黒猫と後輩を、ただ守りたいだけです」


 いいセリフ決まった!

 横を見るとアヴィがロープを両手に持って身構えている。

 完全に信用なくしてるー!


「わかった。では行こうか、勇者ゆーじ」


「え。どこに?」


「特訓だよ」


「はい?」


「君の防御力がパーティの生死を決める」

 おっさんはドレッドヘアのカツラを取り、ボロボロのコートを脱ぎ捨てた。

「さぁ、ガンガンレベルあげに行こうか?」


 俺の前に渋くてイケメンで貫禄のあるハリウッドスターみたいなおっさんが立っている。しかも金ボタンの軍服みたいな王様スーツ。キャラが濃いー!


「ヴェルギリウス!」

 ドラモンは右腕を伸ばして叫んだ。

「ここへ!」


 ドアからすっ飛んできた太い棒をバシッと握る。

 あれ、なんでコニーベルの魔杖兵がここに?


「パパ! その魔杖兵は?」

 アヴィが叫ぶ。

「コニーアイランドと一緒に沈んだんじゃ?」


「え? かあちゃんと瞬間移動テレポゥしてきたんだけど」


「なにーっ?」

 俺とピンクは同時に叫んだ。


「こら、静かにしろ!」

 ドラモンは声を落とし、口に指を当てた。

「魔力を使い果たして、隣で寝てるんだから!」


 隣室に駆け込む。

 白いパジャマを着たコニーベルがベッドで眠っていた。


 よかったぁぁぁぁぁ!

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