第18話 スター誕生!
最初の夜のステージはボロボロだった。
音楽はそんなに甘くない。進行を間違え音を外し歌詞を忘れた。
それでもコロネオが契約を破棄しなかったのは、ステージの最後、アヴィの魔法による一瞬の衣装変えを見たからだ。
あっけにとられた客の驚きはすぐさま賞賛に変わり、拍手喝采に応えてアヴィは立て続けに三度も衣装を変えた。調子に乗んな!
「あんた、魔法使いなのかい?」
支配人室でコロネオは目を丸くした。
「まぁあれはその、初歩の魔法ですけどー」
アヴィは首をすくめ、ちらっと俺を見た。
「あーちゃんは初心者で、魔法使いといえるほどでは」
俺は懸命にごまかした。
あーちゃんというのはアヴィのことだ。
「まーちゃんとくーちゃんは、他に特技はあるのかね?」
魔獣からまーになったラッシュが答える。
「殺戮」
クマザサのくーちゃんが言う。
「忍法」
「なにを言ってるのかよくわからないが、グループ名が『あーくーまー』なのはどうかと思うんだが?」
「ダメでしょうか?」
俺は悲しくなった。一晩考えたのに。
「まぁグループ名を募集するのもありだ。生まれたばかりのこの子たちを、エルレニアが育てる! いいじゃないか!」
そして今日はデビューして5日目。
驚異の新人ボーカルグループとして、エルレニアでは大変な話題になっていて、クラブ前にはキャンセル待ちの列が出来ている。
狭い楽屋で俺とアヴィ、ラッシュ、クマザサは最後の打ち合わせをしていた。
「いよいよ今夜、奴が来る。ガナニカ城の城主ロックロック候が」
俺はごくりとつばを飲んだ。
「ここで奴に気に入られれば、きっと城に招かれるぞ!」
「……あのね、ゆーじ」
アヴィが言いにくそうに切り出す。
「ん? どうしたアヴィ?」
「あたしは、みんなのために歌いたい」
「え?」
「聴きに来てくれた、みんなのために……」
俺は、ふうっと息を吐いた。
そうだった、ピンクはなにをやるにも、計算してなんてできないのだった。
横では黒猫と後輩が譜面を広げて最後の確認をしている。
「クマザサ、ここのコーラスはビブラートをしっかり合わせて」
「はい。あとここはもっとメリハリつけていいですか?」
「そうね、たたみかける感じで行きましょう」
「はい!」
楽屋のドアが開いて髭のバンマスが顔を出した。
「ロックロック候が来た! 押してるからすぐ始めるぞ!」
「はい!!!」
三人が声を揃える。
「よし! 行って来いみんな!」俺は叫んだ。
「あたしに手を重ねて! いい?」
アヴィの手にラッシュ、クマザサ、俺が手をのせる。
「せーの! ゆーじはぁ!」
「へんたいッ!」全員で叫ぶ。
これ嬉しいのか情けないのかわかんないけどバンマスが俺を見てすごい顔でドン引きしていることだけは確かだ!
「うおっしゃーっ!」クマザサが叫ぶ。
「燃えてきたにゃーっ!」エロ猫が叫ぶ。
「ゆーじ、手を握って!」
アヴィが真剣な目で俺を見つめる。
俺は手を伸ばそうとして、ためらった。この子は俺のことを……。
ピンクは俺の様子を見て、ゆっくりと言った。
「あたしは、『ゆーじ』にお願いしているんだよ」
「え?」
「勇者じゃない……ゆーじに」
「アヴィ?」
「早く!」
俺はそろえたアヴィの指を、柔らかく包むように握った。
ピンクはふぅーっと息を吐くと『ありがとう』とつぶやいた。
「落ち着いた……いってくる」
「お、おう」
「見ててね! ゆーじ!」
「おう!」
ウインクを残してピンクの歌姫は楽屋を出ていった。
クラブの客席の照明が暗くなっても期待のざわめきは消えない。
ステージにスポットライトが当り、タキシードのコロネオが声を張り上げた。
「お待たせしました! 風の歌姫! エルレニア・ベイビーズ!」
ラッシュ、いや、まーちゃんの歌声が響く。
「魔法なんて知らなーい」
クマザサ、くーちゃんの可愛い声が続く。
「魔法なんかいらなーい」
あーちゃん、アヴィの伸びのある声が空間に広がる。
「君のハート射止める わたしの ウインクでー!」
店内後方から黒いタキシードを着た三人がステージに駆け上がる。
「もう 逃げられないよー!」
片手で撃つ真似をしてくるりとターンすると、一瞬でローズピンクのミニスカートドレスに衣装が変わる。
客席がどよめき、歓声が弾けるように起こった。
「よし! いける!」
俺はステージ袖でスポットライトに照らされる三人を見つめ、拳を握った。
「がんばれ! みんな!」
アップテンポの曲が続き、くーちゃんのソロになった。
純白のドレスに早変わりしたクマザサがステージに立つ。金髪に白いコサージュを付け、清楚で神聖な花嫁のようだ。
クマザサは透き通ったクリスタルヴォイスで初恋のときめきを歌い上げ、客席からはその可憐さに溜め息がとまらない。
しっとりとした余韻に浸っていた客席を、まーちゃんのパワフルボイスがヒットする。恋人に振られたって平気と歌いながら、健気な女心をみせる黒猫におじさまたちは夢中。
観客を煽りながら野太いコール&レスポンスを引き出すのはプロ並の貫禄だ。
ピンクのミニスカートのアヴィが登場した。
あーちゃんはエルレニアで人気のスタンダードをメドレーでテンポよく歌い上げる。斬新なアレンジは髭のバンマスが徹夜で書いたものだ。
余裕すら感じさせる歌声は観客をグイグイと引き込み、クラブの中は手拍子と歓声で盛り上がる。
コーラスで入ってきたクマザサとラッシュと並んで最後にポーズ。
そのポーズのまま一瞬で黒いメイド服に早変わり。
ミニスカートにニーソックス。眩しい絶対領域を見せつけながら、三人はコミカルにキュートに歌って踊ってみせる。センターを奪い合う三人に客席は大笑い。感激して早くも立ちあがる客までいる。
そして最後はオーディションで歌ったあの『風と旅人』。
魔法の衣装替えで黒、ピンク、黄色のドレスをまとった三人が歌い上げる挫折と再生の希望の歌は、アカペラの最後の響が消えても、誰もがその余韻を惜しむようにクラブの中は静寂に包まれていた。
「ブラヴォー!」
客席の中央で背の高い男が立ち上がり、ぱちぱちと手を叩く。
「ブラヴォー!」
夢から醒めたように、客席から歓声が沸き起こった。すべての客が立ち上がり拍手と喝采を送り続ける。
ステージの三人はスタンディングオベーションに応え、眩しいほどの笑顔で何度もお辞儀をした。
俺は楽屋に戻り、歌姫たちを笑顔で迎えた。
「みんな、おつかれーっ!」
「だっからー、あそこで小節の頭くってたでしょう!」クマザサ。
「それよりソロの音程揺れてたわよ! しっかりしてよ!」ラッシュ。
「うあー、とてもお客様にはお見せ出来ない」
俺は椅子に座り込んだ。
「ゆーじ! どうだった!」
汗を光らせたアヴィが入って来る。
「お、おう。よかったぞ」
「それだけ?」
「か、可愛かった……」
「よし!」
どん! とアヴィは俺の膝の上に横座りした。
「うわっ! ちょっ!」
「あーお腹すいたー! 早くご飯に行こーっ!」
「どうぞ、こちらです」
廊下からコロネオの声が聞える。
「ロックロック様」
楽屋のドアから背の高い男がぬっと入ってきた。
ミュージシャンのような長髪にあごひげ、鋭い目に皮肉そうに笑う口。変なデザインのスーツを着ているが、全身から発せられるオーラと威圧感はまさにロックスターだ。ロックスターって会ったことないけど。
「エルレニア・ベイビーズ……素晴らしかったよ」
ロックロックはやたら深くていい声で言った。
「ええと?」
「あーちゃんです!」
「くーちゃんです!」
「まーちゃんです!」
「可愛い悪魔たちだ。気に入った。どうかな、私の城に遊びにこないか?」
髭の大男は、順番に鋭い眼を向ける。
「あーちゃん、くーちゃん……まーちゃん」
「ひっ」
最後に見つめられたラッシュがぶるっと震える。
あ、ヤバイかも。俺は焦った。
このネコ耳娘が魔獣が封印された姿だと気づかれたか?
まさか魔物同士いきなり戦いなんてないだろうな!
「あああの!」
俺はあわてて声をかけた。
「ロッ、ロックロック様!」
「ん?」
「わわたしはまねじゃーの、ゆーゆーゆー」
ロックロックはようやく黒猫から視線を外し、俺を見て目を細め、ささやくように言った。
「ユーはどうして異世界へ?」
「へ?」
「異邦人だろ? 匂いでわかる。またゲートが開いたのか」
「……?」
「まぁいい」
ロックロックは支配人を振り返った。
「来週、城に来て歌ってほしい。いいかな?」
「も、もちろんです! 光栄に存じます!」
「では、楽しみにしている……」
「お待ちください!」
楽屋を出ようとする大きな背中に、突然アヴィが声をかけた。
「ロックロック様!」
「ん?」
「あの、事情があってバンドは連れていけません!」
「おいアヴィ! 何を言い出すんだ!」
「ふん、それで?」
「アコースティック・バージョンになります。ご了承ください」
強く見つめるアヴィの視線を、ロックロックは一瞬、正面から受け止めた。
「アンプラグドは、嫌いじゃない……」
ゆらりとドアから出ていく大男。
「楽しみにしているよ……アヴィ」
翌日、滞在しているホテル前の公園のベンチに、俺は座っていた。
宿泊費などのお金はアヴィの装身具を宝石店で買い取ってもらい、作ってある。当分バイトはしなくていいが、それどころではない状況になってしまった。
俺はずっとうなだれたまま、地面に眼を落としていた。
「ゆーじ、お待たせー!」
屋台のケバブサンドを両手に持ったアヴィが、横に腰を落とす。
「どっちもおいしそー! 半分こしよーね!」
「アヴィ……」
「ん? どしたの?」
「すまん! 俺の不注意で、お前の名前を知られちまった!」
「……大丈夫だよ」
「でも!」
「といいたいけど、あたしも考えが甘かったみたい」
「え?」
いつになくシリアスな声に、俺は顔を上げた。
アヴィは焼肉サンドにかぶりつき、はむはむ口を動かしている。
……我慢できなかったのか!
「ぜんりょふでいふぁないと」
「食ってからしゃべれ!」
ごくんと飲み込むと、ピンクは静かに言った。
「全力で行かないと、みんな殺されるかも」
俺は、はぁーっと深く息を吐いた。
「あいつ、そんなに恐ろしいやつなのか……」
確かに、楽屋で見つめられたラッシュは震え上がっていた。
あの魔獣がそこまで反応するほどのレベルなのだ。
「でも不思議。あれほどの魔物が、どうしてあの城にこもってるの?」
「え?」
「王宮は、どんな盟約をしたのかしら……」
「アヴィ、この計画は中止しよう。危険すぎる」
「……」
「アヴィ!」
「ファンファンは言ってたんでしょう、残された時間は長くないって?」
俺はガナンシャ大寺院での、魔導士からの伝言を思い出した。
確かにファンファンはそう言っていた。
「ガナニカ城はあいつの魔力の結界に守られている。このチャンスを逃したら、もう入ることはできないわ」
「やっぱり行くのか、城に?」
「うん」
「くっ、ほかに選択ルートはないのかっ!」
「バンドメンバーを連れて行って戦いに巻き込まれたらまず命はない。でも伴奏するミュージシャンは必要。だから一人だけ、できればギターがいい」
「それでアコースティックって言ったのか」
俺はピンクがかぶりついた二つ目のケバブサンドを見た。
「……それ俺の」
「ご、ごめん、美味しくてつい」
アヴィは紙袋を差し出す。
「あ、でもちょっと食べちゃった、あたしのだえ」
俺はサンドをむしゃむしゃと一気に食った。
「問題ない。俺はもうお前の菌を受け入れている」
「……ばか」
「覚悟を決めるしかないか!」
俺はベンチから立ち上がった。
「猫と後輩にもちゃんと説明しなきゃな。でもアヴィ、連れていけるようなギタリストなんて、いるのか?」
「うん、一人、知ってる」
アヴィも立ち上がると、俺の手をとって歩き出した。
「一緒に来て。会ってほしい」
「え? なんで俺が?」
「いいから!」
俺とアヴィは乗り合いの箱車に乗り、エルレニアの下町に向かった。
美しく整備された市街地は、次第に汚れて雑然とした町並みに変わっていく。終点に近い停留所で降りると、そこはほとんどスラムと言っていいほど荒れた街だった。
汚れた道に座り込んだ男や、通りの反対にたむろしている少年たちがアヴィをじっと見ている。俺はすぐにシールドを張れるように、周囲を警戒した。
歩道を進むとしゃがれた歌声と生ギターが聞こえてきた。
俺とアヴィは建物の角を曲がった。
少し先にコートを着たレゲエのおっさんが立っていて、ギターを弾きながら気怠げに歌っている。
おれはぁモテモテだぁ〜ったんだぜベイビィィィ〜
だからぁかまってくれよぉ〜うベイビィィィ〜
ねぇ~んおかねかしてぇぇぇ〜
だらだらと歌い続けるおっさんに通りかかったカップルがゴミを投げつけ、おばさんの連れた犬がおしっこをかけ、飛んでいる鳥のフンが頭に命中した。
俺は驚愕の叫びを上げた。
「な、なんて凄い歌なんだッ!」
「えっ! ゆーじはあの歌がわかるの?」
アヴィが俺の腕をつかむ。
「あんなに世の中を舐めきったどうしようもない歌い方ができるなんて!」
「……やっぱり!」
ピンクはがっくりとうなだれた。
「アヴィ、あのボロ雑巾みたいなおっさんは誰なんだ?」
「ドラモン・ロックデイル・ルルル・オルガティス・グラン・アリストレイタス」
「はい?」
「あたしのパパです」
うっそおおおおおおおお!