第16話 トロピカル幻獣島
「ラッシュー!」アヴィ。
「黒猫さーん!」思春期。
「エロ猫ー!」俺。
「もう、ゆーじは!」
アヴィが怒る。
「そんな呼び方したら出てこないよ!」
俺たちはゴンさんの家から白い砂浜にでて、あたりを見渡した。
「ありました!」
クマザサがすぐにラッシュの足跡を見つけた。
まっすぐ昨日の洞窟に向かっている。
砂浜を早足で歩きながら、俺はアヴィに言った。
「ちょっと気になるんだが」
「……りゅうちゃん、のこと?」
アヴィは顔をくもらせた。
「やっぱり、ゆーじも?」
「名前だけではないでしょうか?」
クマザサは砂を蹴りながら先頭に立った。
「あの龍とりゅうちゃんが同じだなんて、意味わかんないです!」
俺とアヴィは顔を見合わせ、小声で言った。
「なんか反抗期みたい」
「あつかいにくーッ!」
洞窟に着くと、ラッシュの足跡は奥に続いている。
「ラッシュが警戒もせずに入っていくとは思えない。やはり、目的があって」
「……会いに行くため?」アヴィは俺を見た。
「黒猫さーん!」
クマザサがいきなり駆け出して洞窟に入っていく。
「おい待て! 思春期!」
「ルミナス・ピラー!」
アヴィが光の柱を奥の暗闇に飛ばす。
「急いで!」
俺とアヴィは曲がりくねった洞窟を走った。
突然、広い場所に飛び出した。洞窟の奥は鍾乳洞のホールのような空間になっていた。
「黒猫さんを離しなさい!」
クマザサが投げナイフを構えている。
「早く!」
「いやだよ」
奥の岩壁を背に、日焼けしたりゅうちゃんが立っている。
太い腕にはぐったりしたラッシュを抱えていた。
「これはぼくのだからね」
黒猫は完全に気を失っているようだ。俺は警戒した。
あの魔獣がこんな姿をみせるとは、このりゅうちゃんは凄い魔物なのかもしれない。爽やかイケメンの外見に惑わされてはいけない。
「あ、エロ猫は外見に惑わされたんだった」
俺は地面を踏みつけた。
「まったく女ってやつはーっ!」
「なんか言った?」
アヴィとクマザサがじろりと俺をにらむ。
「いえなんにも」
「この黒い子の魔力は美味しいんだ。そっちのピンクの子は強すぎてとても近づけなかったけど」
りゅうちゃんはアヴィを指差してから、俺に視線を向けた。
「でも、そっちの男の魔力は苦い、黒くてこわい。なにものなの?」
「え? 俺の魔力?」
あるわけねー! と叫ぼうとして、はっとした。
大寺院でファンファンが無理やり流し込んできた『力』。
あれは魔力だった!
「……俺の中に、あいつの魔力が残ってんのか?……」
いや、ちょっとまて!
それじゃあ、夢の中でキスしたアヴィはアヴィじゃなくて、実はこの……。
「おええええええ!」
俺はガクリと膝をついた。
りゅうちゃんとデープキスしちゃいました!
「まさか……あなた幻獣なの?」
アヴィがつぶやいた。
「もう絶滅してしまったと……」
「なんだアヴィ、幻獣って?」
俺は涙目でピンクを見上げた。
「人の心の願望を読んで姿を変える魔物。あのりゅうちゃんは、あたしたちの誰かが望んだ姿をとっているの」
「……あ」
俺はたらりと汗をかいた。
最初にこの龍に接近したのは俺だ。それじゃぁ、この日焼けして真っ白い歯の爽やかマッチョのイケメンは、俺の願望であったわけ?
なんか認めたくねーッ!
「帰ってよ!」
りゅうちゃんはラッシュを抱え直すと、じりじりと移動した。
「ぼくはこの黒い子とくらすんだ。この子の魔力があれば、ぼくはまだ消えないでいられるんだから!」
「アヴィ、おかしいぞ」
俺はピンクの魔法使いに言った。
「魔解門から魔力は漏れているんじゃないのか?」
「うん、そのはずだけど……」
「それ、となりのコワイやつがみんな食べちゃってるんだよぅ!」
「……となり?」首を傾げるアヴィ。
「ひとりで、ぜんぶ食べちゃってるんだよぅ!」
「どういうこと?」
「ついてきてよ」
りゅうちゃんとラッシュ、クマザサ、アヴィと俺は洞窟を出て海側に回った。
突き出した岩に隠れて、もうひとつ洞窟がありました。
「離して!」
ラッシュの声に振り返る。
気がついた黒猫がりゅうちゃんの腕をほどこうともがいている。
「いや! 離してよ!」
「にげないで! いっしょにくらそうよ!」
りゅうちゃんは必死になって黒猫を抱きかかえようとする。
「ゆうべやくそくしたじゃない! あんなにいっぱいキスしたじゃない!」
「にゃーっ!」
ゴスッ!
鈍い音がしてラッシュの頭突きがりゅうちゃんの額に炸裂した。
棒のように砂浜にぶったおれるりゅうちゃん。なむー。
「……聞こえちゃったの。わたしの魔力がほしかったんだって!」
「お、落ち着いてラッシュさん、りゅうちゃんもほんとは悪いやつじゃ」
なにしろこいつ、俺の願望っぽいし。
「クマザサ!」
突然、ラッシュが叫んだ。
「ごめんねッ!」
「え?」クマザサが眼を見開く。
「わたし恋ってわからなかった! だから答えられなかった!」
「黒猫さん……!」
「でもわかったの! 恋ってねッ!」
「メモメモ」忍者手帳を出すクマザサ。
「甘くて楽しくて、でも切なくてとっても苦しいのッ!」
「メモメモ」魔法手帳を出すアヴィ。
「もうあなたしか考えられなくて……それなのに……あなたは……」
ラッシュは全身を震わせ、声を振り絞った。
「わたしが好きじゃなかったのーッ!」
「おおおお落ち着ついてラッシュ!」まさか魔獣化するのか?
「ぜんぶおまえのせいだぁぁぁぁあああ!」
「え?」
「うおおおおおお!」
腕をブンブン振り回しながら、もうひとつの洞窟の中に突進するラッシュ。
数秒後、ものすごい衝撃波が洞窟から吹き出し、俺たちは海まで飛ばされた。
「ぶはぁぁっ!」
俺は波の上に飛び出した。
「海水が目にしみるー!」
横を見るとずぶ濡れのアヴィとクマザサ、りゅうちゃんが立っている。
「みんなー!」
洞窟から出てきたラッシュが手を振っている。
「とったどー!」
真っ黒いチビ龍を高々と突き上げる。
「あれって……」
クマザサがボソリと俺とアヴィに言った。
「ほとんど八つ当たりですよねー?」
「うん!!」
「我が名は……(早送り)……せよ!」
魔封魔符に紅蓮の炎が吸い込まれる。アヴィが赤いカードを振り切ると炎は途切れ、洞窟の奥にあった異界の裂け目は力を失ったように鎮まった。
「漏れてくる魔力だけでも、りゅうちゃんの分は充分あるよ。安心してね」
「あ、ありがとう!」
ラッシュはずっと、りゅうちゃんと並んで立っている。
本当は魔力を吸うためだったと知っても、気持ちが離れられないでいるのだ。
まさか島に残るなんて言い出さないよな。戦力ダウンになっちまう!
俺たちは白い砂浜に出た。
遠浅の海は波打ち際のエメラルドグリーンが沖合の青に溶け込み、美しいグラデーションを作っている。
みんなが足を止めて、おだやかにたゆたう海原を見つめていた。
「ほんとうに、きれいな海」アヴィがつぶやく。「キラキラ輝いてるよ」
「私シャワー浴びたいです」クマザサが言った。「ベトベトしてきました」
「うーん、そうだねー」
アヴィが濡れて貼り付いたTシャツをひっぱる。
俺は何食わぬ顔をして二人の横に立ち、心の中で舌打ちをした。
濡れTで下着がすけすけ! エロい! もっと見させろ!
クマザサがじろりとこちらをにらむ。
「勇者がちらちら横目で見てます。ワニみたいなやらしい眼で」
鋭い子はきらいだよ! あとワニに失礼だろ!
「ねぇクマザサ、脱いじゃおうか?」
え?
「そうですねぇ〜」
思春期はなぜか俺を見てにやにやする。なにこの魔性の子!
「はい! 脱いじゃいましょう!」
二人は並んで俺の前に立ち、Tシャツのすそに手をかけた。
「せーの!」
一気にめくりあげて、脱ぎ捨てる。
うおおおおおおお!
「下も!」
うひゃぁぁぁぁぁ!
「ちゃ~んと水着を着てま〜す!」
アヴィはいたずらっぽく笑いながら小さくウインクした。
「エロゆーじ!」
「えっ?」
「ゆーじはエロゆーじ! エロじ!です!」思春期まで。
「きゃーっ!」
歓声を上げながら二人は海に走り、飛び込んだ。
俺は呆然として立ち尽くした。
歓喜の波が魂の底から押し寄せて来る。
水着回、キターッ!
「ゆーじ」
「え?」
振り返るとラッシュが猫耳をぺたんと伏せ、しゅんとした顔で立っている。
「心配かけて……ごめん」
「な、なに言ってんだよ。あれ、りゅうちゃんは?」
「お昼ごはんつくるって」
「そっか」
「うん」
「……おまえ」
「……なに?」
「……いいんだぞ……残っても……」
「……」
「あいつ、イイやつそうだしな」
ある意味、俺の分身っぽいし!
「……うん」
目をそらして、黒髪をかきあげる。
「アヴィのことは、心配すんな」
俺は静かに言った。
「あいつの願いが叶うまで、俺はあいつを守る」
「……」
ラッシュは海水をかけ合うピンクと思春期を見た。
「わたしがあの子とずっといるのは……封印が解けたとき、あの魔力を食べるつもりだったから。そうすれば、最強の魔獣になれる」
「リ、リアルっすね」俺はドン引きした。
「あの子は途方もない魔力を持って生まれた、最高位の魔法使い。でもずっと一緒にいてわかった」
黒猫はすこし寂しげに微笑んだ。
「こんなに純粋に人を信じ、誰よりも孤独で、そしておバカな子はいないと」
「同感です」
「ラッシュー! いっしょに遊ぼー!」
アヴィとクマザサが海の中から手を振って叫んでいる。
「でもなラッシュ、おまえだって自分の幸せを求めてもいいんだぜ」
「幸せ?」
「言ってただろ、愛されたいって」
「女湯でな」黒猫の眼が光る。「やっぱり覗いて」
「ちっ! ちがうってば!」
「わかっている。冗談だ」
ラッシュは背を屈めてスパッツを降ろした。
え、下からなの?
「わたしの幸せは……」
ラッシュは色っぽく身体をくねらせてタンクトップを脱いだ。
うおおッ! 黒ビキニだぁぁぁぁッ!
「みんなと一緒にいることだ!」
タンクトップを俺の顔に叩きつける。
「もう! 喜びすぎ!」
ラッシュはキャーッとか言いながら海に飛び込んだ。
三人は子供のようにバシャバシャ水をかけあって悲鳴を上げている。
俺は砂浜に腰を降ろし、女たちをぼんやりと眺めた。
三人の水着の少女が思いっきり楽しそうにじゃれ合っている。
なんか、ふーっとため息が出た。
こいつら、可愛いのになぁ……どっかで普通に暮らせないかなぁ。
ん……!
突然、俺に真逆の考えが浮かんだ。
三人の可愛さは『普通』じゃない。だとしたら……。
ユニットで売り出したら人気出るかも!
うおおお! 異世界でお金儲け! いいねそれ!
その邪心に満ちたアイデアは、俺の中に残った魔導士の黒い魔力のせいだったかもしれない。
いや、そういうことにしておこう!
俺は立ち上がり、砂を蹴って走り出した。
「おーい、ひらめいた! みんなはこれから」
「きゃーっ! エロじが来た〜!」
「いやーっ! ヘンターイ!」
アヴィとラッシュの前に、クマザサが両手を広げて立ちふさがった。
「ゆーじはこっちにこないでください! 海が汚染されます!」
「てめーっ! そこまで言うか!」
俺は激怒した。
「くすぐってやるー!」
俺は指をわしゃわしゃさせ、海に駆け込んだ。
クマザサが揃えた手を腰だめに構えた。
「かわいい波ーッ!」
ドッカーン!
「師匠ーッ!」
吹き飛ばされた俺は頭から砂に突き刺さった。
太陽が傾き始めるころ、俺たちは砂浜に整列した。
ゴンさんの奥さんが、お弁当を一人ずつ手渡してくれる。
「今夜だけでも泊まっていけばいいのに」奥さんは悲しそうだ。
「ごめんなさい。ちょっと、時間がなくて……」
アヴィは頭を下げた。
「いろいろと、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」全員で礼をする。
「うんうん」ゴンさんがうなずく。「それじゃあ、みんな気をつけて」
りゅうちゃんは寂しげに立っている。
しかし黒猫は眼を合わそうとしない。
「これで魔解門を三つつなげた。次は風の都エルレニアに行くよ」
アヴィが皆の顔を順に見て言う。
「場所は思い出せたか、アヴィ」
「大丈夫、よく覚えてる。だって思い出の……」
急に黙り込んでしまうアヴィ。
「おい、どうした?」
「なんでもない。じゃぁ、みんなあたしにつかまって!」
ピンクが両手を広げる。
「行くよ! マジカル・テレ……あっ! ラッシュ!」
ラッシュが駆け出し、一直線にりゅうちゃんに向かっていく。
「黒猫さん……」
クマザサが声を落とす。
「……ほんとうは……」
長い口づけを交わした二人は、抱きしめあっていた身体を離し、互いに背を向けて歩き出した。
「ごめん……」
戻ってきた黒猫が小さくつぶやく。
「……行きましょう、姫」
「うん」
身体を寄せ合う俺たちを、アヴィの腕が抱きかかえる。
「おーい」
どこからかエンジンの音と、呼びかける人の声が聞こえてきた。
沖合から小さな釣り船が近づいてくる。
「そんなところで、なにやってんだぁー?」
平底の小舟は砂浜まで来て停まった。
真っ黒に日焼けした漁師のおじさんが目を丸くしている。
「あんたら、こんな無人島で、なにしとったね?」
「む、無人島!」
俺はまわりを見た。だれもいない。ゴンさんたちは?
「しっ」
アヴィが唇に指を当てる。知ってたのか。
「えっと、ちょっと無人島キャンプを、えへへ」
「へぇ〜!」
おじさんは理解できないという顔で叫んだ。
「ここには魔物がおるからのう、大丈夫じゃったか?」
「あ、はい……」
「この船で良ければ乗んなさい。近くの港まで連れっててやるで」
俺たちは顔を見合わせ、そろって頭を下げた。
「お願いします!」
夕日に照らされた穏やかな海を釣り船は快調に走っていく。
俺は操舵室の壁にもたれ、波の揺れと単調なエンジン音にうとうとしていた。
あぐらをかいて座っている右側から、黒猫が寄りかかってきた。
「よしよし……」猫耳をなでてやる。
ラッシュはコトンと俺の肩に頭を乗せた。
「……また、ここにこような」
左側からピンクが寄りかかってきた。
「お疲れ、アヴィ……」
肩に乗せたピンクの頭をゆっくりなでる。
「……寝てていいぞ」
あぐらをかいた中にクマザサが座り込み、背中を押し付けてきた。
金髪からいいにおいがする。
「あ、シャンプーあったんだ、あの家?」
「……ばか……」
この子も、やっと変わってきたなー。
黄昏の中に、港が見えてきた。
たくさんの小さな灯りが郷愁を誘うように瞬いている。
こんな静かな時間は、これから先はもう、ないかもしれないな。
俺はなんとなくそう思った。




