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第15話 ラッシュの恋

 真紅のイブニングドレスを着た少女が、アイアン・ルージュの艦橋に立っている。

 壮麗な伽藍を誇った大寺院が、いまは黒煙を上げて炎上する瓦礫の山に変貌していた。その徹底的な破壊の跡を少女は冷たい目で見下ろしている。


「なぜ下に降りた?」

 ベルガメイズは振り返りもせずに言った。

「ファンファン?」


「魔物が逃げぬように始末しておりました、ベルガメイズ様」

 ファンファンはうやうやしく頭を下げた。

「念のために」


「……そうか、ご苦労だった」

 赤い少女は口調を少しだけ和らげた。

「あと……ベルガでいい。そう言っている」


「畏れ多い」


「いいの。貴方は特別。魔導士ファンファン」


 ファンファンは赤髪の少女の横に並んだ。


「ガナンシャ大寺院は貴重な観光資源。ここまで破壊してよろしいのですか?」


「あの大寺院が十数年前から魔物の巣なのはわかっていた。放置していた王宮に責任がある。多数の行方不明者がでていたというのに……」

 ベルガメイズは厳しく美しい顔を曇らせた。

「長く王位を不在とした無責任な先王と、第一皇女アヴリルの無知によるものだ」


「お厳しい……」


「近年、魔物の動きが各地で活性化している。漏れている魔力を封じなければ」


「非常に困難な仕事です。じっくりと取り組まれては?」


「……そうだな。そうするしか、ないか」

 ベルガは白塗りの魔導士を見上げた。

「これからも、私の力になってくれるな? ファンファン?」


「もちろんです。ベルガメイズ第三皇女様」


「……ふう……」

 ベルガは重い吐息をつくと、ドレスの裾をつまんで歩き、艦長席に座った。

「動きにくい。ドレスは嫌い」


 ファンファンがまばたきする。

 赤い焔の揚羽蝶が数匹現れ、ベルガの周りを優雅に舞った。


「……綺麗……」

 ベルガは表情を少し緩め、火の粉を散らす焔の蝶を眼で追う。


「戻ったらすぐ舞踏会。無駄な儀式。でも今夜は……」

 ベルガメイズは視線をそらし、小さく溜息をついた。

「ちょっと、別かな……」


 ファンファンは黙った。

 この苛烈な性格の第三皇女が唯一愛情を持てるもの、それが今夜の舞踏会の主役として現れる。それを眼にした瞬間、真紅の少女が惹かれ、恋し、愛を捧げることはもう決まっていた。

 なぜなら、そうなるよう周到に設計して作ったからだ。魔導の力で。


「帰投する! 最大船速! 舞踏会に間に合わせよ!」

 ベルガは片手を伸ばし、艦橋の乗組員に命令した。

「一秒の遅れも許さん!」


 だれからも返事はない。

 当然だ。

 魔法戦艦の乗組員は、すべて魔法の杖の機械人形、魔杖兵なのだから。


 アイアン・ルージュはその真紅の巨体をゆっくりと旋回させ、艦首を王都に向けた。


 艦橋後部が騒がしくなった。


「ちょっとー! 離してよ痛い痛い痛い! なにすんじゃー!」


 二体の魔杖兵に腕をかかえられたランランが連行されてくる。


「もう帰りたいー! ザルパンはどこーっ!」


 真紅の少女はピクピクと美しい眉根を寄せた。

「アヴリル、いつからそんなに騒がしくなったの?」


「げっ! あんた、もしかして真紅の烈女?」


 艦長席から降りたベルガはランランと向かい合った。


「何その眼鏡? ふざけてんの?」

 ベルガはしぱしぱとまばたきし、眼を細めた。

「なんか感じ変わった? よく見えないんだけど?」


「ベルガメイズ様、お眼鏡は?」横からファンファンが言う。


「やだ。かっこ悪い。かけたくない」

 ぷーっとふくれて、ランランのぐるぐる眼鏡をひったくる。

「ちょっと貸しなさいよ」


「あっ! こら! 我の眼鏡じゃぞ!」


「うるさいわね。うおっ、よく見えるわこれ!」

 分厚い眼鏡をかけたベルガは、ランランを見てぎょっと後ずさった。

「あ、あんただれ?」


 眼鏡のないランランは、ペンで書いたような糸目だった。


「ピンクランページじゃないじゃない!」


「じゃないじゃないじゃなーい!」

 ランランは叫んだ。

「だから人違いだってばー!」


「え? ほんとに?」ベルガの顔がひきつる。


「ほんとだってばー!」

 腕を抱えられたまま、ランランは足をバタバタさせた。

「もう辺境の王族でいいから、帰らせてー!」


「……廃棄!」


 ランランの足元が四角く開き、ずーっと下の船底開口部から町並みが見える。


「ぎゃー! バカバカなにすんじゃー!」


「あ……ひらめいた」

 ベルガは宙をにらんだ。

「あたし、頭いいわ〜。自分でも感心するわ~。よしそうしよう!」


 床の四角い穴が閉じる。


「どうなさるのですか?」ファンファンが訊く。


「ピンクランページは逮捕された! 王宮の地下牢に監禁する!」

 ベルガメイズは赤い髪の毛をかきあげた。

「全国の統制局に精霊紙を飛ばしてそう伝えなさい!」


「かしこまりました」

 魔導士は小さく首を傾げる。

「ですが、それでよろしいのですか?」


「……泳がせるの」

 真紅の美少女は戦艦の進行方向をにらみ、傲然と顎をあげた。

「あの子が何をしようとしているのか、突き止めなくちゃ!」


 魔導士はお辞儀をして薄く笑った。

「ご賢明です、ベルガメイズ様」





 俺は水筒の水をごくごく飲んだ。マジで暑い。いや熱い。

 砂浜は真っ白で海は真っ青、快晴の空にギンギンに燃える太陽。

 そう、ここは南海の島なのだ。


 俺たちはでかい水牛の引く屋根付き荷車に乗っている。

 沖縄の竹富島みたい。行ったことないけど。


 炎天下、海沿いの道をフラフラになって歩いていた俺たちを、この牛車の持ち主、漁師のゴンさんが助けてくれたのだ。

 俺は水を飲みながら、向かい側で読書しているピンクに声をかけた。


「アヴィ、なに読んでるんだ?」


「初めての赤ちゃん」


 吹いた。


「げー! きったねーゆーじ!」ラッシュが叫ぶ。


「ちょっと、服にかけないでください!」クマザサまで。


「これ、騒ぐんでねーよー!」

 御者席からゴンさんが叱る。


「すいませーん」全員で頭を下げる。


 俺は水筒に蓋をし、バッグに押し込んだ。

「いいかアヴィ、何度も言ってるだろ? 俺は何もしてないって!」


「でも、あのとき、二人は裸で……」

 ピンクTシャツのアヴィはみるみる真っ赤になる。

「きっと赤ちゃんが……」


「うあー」

 俺は頭をかかえた。


「姫、もし純潔を失っていれば、わたしの封印も解けるのですよ?」

 黒いタンクトップのラッシュが汗を拭きながら言う。

「ですから、姫はまだ処女です」


「…………」


「…………」


「なぜ二人で赤くなる?」


「あの、黒猫さん?」

 Tシャツに麦わら帽のクマザサが訊く。


「なんにゃ?」


「舌を出さないの?」


「それは犬」


 ジャングルみたいな藪を抜けると爽やかな海風が吹いてきた。

 昨日までいた寒冷地ガナンシャとは大違いだ。


 俺は急に思い出した。

「あーっ! しまったー!」


「うるさいなーゆーじは」猫が顔をしかめる。


「今度はなんですか?」


「どうしよう、パチョメン食い忘れた!」

「あ、ほんとだ」

「そういえば」


「え、戻る?」

 アヴィがニコニコして赤いカードを出す。


「やめてーっ!」俺たちは叫んだ。



 目指す洞窟は海岸に降りてすぐの崖にあった。

 アヴィがガナンシャの次に思い出したのは、この南海の小さな島にある魔解門ゲドム・ゲートだったのだ。


「ええっと、この奥に魔物がいるんだっけ?」


 俺は暗い洞窟の入口に立ち、ピンクを振り返った。


「うん、黒き海の龍、カイリュウ」


「その名前はまずいな」


「じゃぁ、りゅうちゃんとかどう?」低い声が言う。


「いや、もうちょっと考え」

 前を向くと、でっかい龍の顔が目の前にある。

「……やぁ、りゅうちゃん」


「いただきまーす」ぐわっと口を開く。


「シールド!」


 バッキィィィン!


 俺の張った防御結界を、龍のりゅうちゃんは難なく噛み砕いた。


「逃げろー!」




 その夜、俺たちは漁師のゴンさんのお宅に泊めてもらった。


 夕食はゴンさんの奥さんの手料理で、ゴーヤチャンプルーのような炒め物とラフテーのような豚肉の角煮、根菜の煮物に魚の唐揚げ、新鮮な刺身に暖かいご飯に味噌汁だった。美味しかったー!


「あー、もうお腹いっぱい!」

 アヴィが幸せそうに言う。


「こんなに食べたのは初めてにゃ」

 ラッシュがお腹をぽんぽんする。


「みんな、とっても美味しかったです!」

 クマザサが感激している。


「もうこの子達は、嬉しいねー」

 ゴンさんの奥さんはにこにこして言った。

「よかったらここで暮らさない? ずっとうちにいてもいいのよ?」


「ありがとうございます。そうしたいですけど」

 ラッシュがきちんと座りなおす。

「わたしたち、やることがあるので」


「そうかい、残念だねぇ……そうだ! 料理を作ってくれた子を紹介するよ」


「え? 奥さんが作ったんじゃ?」俺は訊いた。


「いつもはね。でも今日は、りゅうちゃんが来てくれたから」


「……え?」


「りゅうちゃーん!」

 奥さんは台所に声をかけた。


「はーい」

 台所から日焼けした青年が出てきた。

「どうも、りゅうです。ようこそいらっしゃいました!」


 キリッとした笑顔に、白い歯がまぶしい。

 俺も負けじと、にーっと歯ぐきをむき出して笑った。


「どうもゆーじです。勇者やってます。これでもレベルは」


「アヴィです!」

「ラッシュです!」

「クマザサです!」


「みなさん、あとで花火しませんか?」


「するーっ!」女どもが叫んだ。



「まぁまぁまぁ」

 ゴンさんが俺のコップに島酒を注いだ。

「りゅうちゃんなら大丈夫。悪いことはしないよ」


「そーいうところがまた、さわやかーっていうか、いけめーんっていうか」


 夜の庭からは花火の爆ぜる音と、キャーキャー騒ぐ女たちの声が聞こえてくる。

 めっちゃ楽しそうじゃん。おれは庭に背を向けコップの酒をあおった。


「俺には声もかけないしー。でも誘われたっていかねーよーだ! ぶー!」


「ありゃー、悪い酒だねあんた。こまったなー」


「どうせモロ出しのプリケツですよー、ぼかぁ」

 俺は畳の上にひっくりかえった。

「あーあ、苦労して守ってやったのにーっ!」


「男はそんなこと言うもんじゃないよ」

 奥さんがうちわであおいでくれる。

「あんただってその子を絶対守ろうって、思ったんだろう?」


「思いました! 思いましたけどー!」

 俺はぐだぐだとしゃべりつづけた。あーかっこわりーなーとか思いながら。

「それがぁ、じぶんのぉ、ほんしんかぁ、わかんなくってぇー」


「そのうちわかるよ。それに相手だって、自分が大事にされていることくらい、ちゃんとわかってるからね」


「そーでしょーかー?」

 俺は畳に顔をぐりぐり押し付けた。

「そーで……」



「わかってるよ、ゆーじ」

 気がつくと俺は縁側に寝そべり、膝枕されていた。

「守ってくれて、ありがとう」


 アヴィが優しい顔で俺を見下ろしている。


「……アヴィ……俺は……おまえを……」


「ありがとう、ゆーじ」

 アヴィは微笑むと、俺の顔の上に覆いかぶさってきた。


「ア、アヴィ?」


「好きだよ……ゆーじ」

 アヴィはささやき、俺の唇にやわらかい唇を重ねた。

「……大好き……」



 翌朝、俺は布団の中でぼうっとして目覚めた。

 ものすごくスウィートな夢を見た。あれが現実とは思えない。

 だって、俺はアヴィと何度もキスを……。


 ぼうっとしたまま朝の食卓につくと、バーンと肩を叩かれた。

「おっはよーゆーじ!」

 いってーよピンク!

「あっれ~どうしちゃったのーぼうっとした顔してー!」


 アヴィはおれの隣に座っているラッシュの顔を覗き込んだ。


「あっれ~どうしちゃったのーラッシュまでぼうっとした顔してー!」


 ラッシュは、はぁーっと切なげな吐息をついた。

「ものすごくスウィートな夢を見たにゃ。あれが現実とはとても思えないにゃ。だって、わたしはりゅうちゃんと何度もキスを……」


「……ラッシュ?」

 アヴィがぎょっとして猫を見る。

「ホントにそんな夢を?」


「ひうっ!」

 黒猫は恥ずかしげに手で顔をかくした。

「ど、どうしよう!」


「え?」


「わ、わたし、恋をしてしまったにゃ!」


「ええーっ!」アヴィが叫ぶ。


「あの、黒猫さん?」クマザサが起きてきた。


「なんにゃ?」


「恋ってなんですか?」


「自分でググれ」



 朝ごはんを食べながら、俺とアヴィはベソをかいているクマザサの機嫌を懸命にとっていた。


「ググれとか意味わかんないです。それにあんなに邪険にしなくても」

 クマザサは結構ショックを受けているようだ。

「あ、これ美味しい。ご飯おかわりください」


「まぁ魔獣だから何考えてんだ? みたいなとこもあるかも」

 俺はなだめるように言った。

「魔界の常識とかわかんないよなー、それほん《《まかい》》? なんちゃって」


「お味噌汁のおかわりも」


「お、お味噌汁ね? うんわかった」アヴィが椀を受け取る。


「わかめ多めで」


「わかめ、多め、オーケー!」


「……黒猫さんが、恋をするなんて……」

 突然、クマザサが声を落とす。

「……似合いません。もっとクールでかっこいい人だと思ってたのに!」


「いや、ケモノだけどね?」


「私、残念です!」


「扱いづらい後輩だなー」


「なんか言いました?」


「いえ別に」


 俺は立ちあがって台所に入り、アヴィの肩をつついた。


「どうしよう、クマザサが面倒くさくなってる!」


「思春期じゃない?」

 アヴィは味噌汁をよそいながら言った。

「ねぎを多めと……あれ、ラッシュはどこいったの?」


「そういえば……」


 俺とアヴィは顔を見合わせた。

 急に気持ちがざわざわして、心配になってきた。


「……探しに行こう!」

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