第14話 魔神殿炎上!少女激怒拳!
やばいやばいやばい!
俺の頭の中は混乱して爆発寸前。
突然、あのじじいの言葉が飛び出してきた。
『結界はその腕でしか出せんのか?』
左腕からだって出せただろうが!
ん?
じゃ、結界はどこからでも出せるのか?
『意識せよ』
じじいの言葉が浮かぶ。
『細胞ひとつさえ、お前自身なのだと』
え? っていうことは……?
いやもう時間がない。
考えるな!
やるっきゃない!
身体全体から結界が広がるイメージ。
武士たちを跳ね飛ばしたように強く、速く。 全力で全身から! つまり……!
「全方位結界!」俺は叫んだ。「シールド・コンプリート!」
叫びと同時に、輿が爆発したように四散した。
俺は粉煙の中に立ちあがった。
破片を踏みしめ、鬼を指差して叫ぶ。
「待てこのエロ鬼ッ! アヴィに触るな!」
赤鬼が顔をこちらに向けて、キョトンとしている。
おれは自分の身体を見下ろした。トランクスしかはいていない。
着ていた服は、俺の体表から発生した全方位防御結界に突き破られて散り散りになっていた。
爆発してもズボンだけが残るのはよくあることだから気にしてはいけない。
俺はおしりを突き出して中腰になった。
「おしりシールド!」
尻から発生させたシールドに突き上げられ、俺は空中に飛び上がった。
「あ」
飛び上がったのはいいが、落下地点はピッタリ赤鬼の顔の上。
「うわああああ! シ、シールドッ!」
俺は空中で手足をバタバタさせた。
限定範囲で発生した防御結界がバシバシ鬼の顔を叩く。
怒声を上げて鬼が腕を振り払った。
「ぎゃうっ!」
俺は鬼のデカイ手のひらでハエのように祭壇に叩き落とされた。
だが反射的に結界が張られたのか怪我はしていない。
防御本能とリンクしているのか?
俺は体を起こし、横たわったアヴィに向かってダッシュした。
振り下ろした鬼のパンチを転がって躱し、アヴィの身体に覆いかぶさる。
「グワアアアアアアッ!」
両手を高々と上げた赤鬼が、もの凄い怒声を上げて拳を振り下ろす。
俺はアヴィの上で、絶叫した。
「シールドーッ!」
鬼は狂ったように拳を叩きつける。そのたびにドーム状の防御結界は青く光り攻撃を跳ね返した。しかしその光は徐々に弱くなり、結界のドームが低く沈んでくる。どうすればいいのかわからない。後はもう精神力しかないのか。
突然、鬼は攻撃を止め、遠吠えのような声を上げた。
ぞぞぞっと俺の背中に鳥肌が立つ。
なんか嫌な予感……。
祭壇の周りの闇の中から、闇よりも黒いものが湧き上がってくる。
それは赤鬼が統べる闇の眷属、凶悪な魔物たちだった。
真っ黒な魔物たちは俺の張ったドーム結界にのしかかり、這い上がり、あっという間に頭上を埋め尽くした。
重なり合いうごめく魔物が鋭い牙や爪で防御結界をガジガジ傷つけている。
あ、なんか地味に削られるとヤバイみたい。
ビシリ!
青い結界に、細かいヒビが入った。
ラッシュ!
クマザサ!
た、助けてぇェェェ!
俺の頭上を埋め尽くしていた黒い魔物たちが吹き飛んだ。
いや、一瞬で燃え尽きた。
紅蓮の炎に。
「な、なんだ?」
俺はアヴィに覆いかぶさったまま、顔を上げた。
「すごい炎だ……!」
燃え盛る圧倒的な火炎の奔流。
超高温の炎の渦が防御結界の外を怒り狂ったように暴れまわっている。
焦炎地獄があるとすれば、この怒涛の炎を言うのかも知れない。
紅蓮の炎は現れたときと同じように、一瞬で消えた。
暗い神殿の中は豪雨のように火の粉が舞い、黄金神像も焼け落ちて魔解門の裂け目が空間にむき出しになっている。
「もうヒドすぎて見てらんないわ」
どこからか、深く響くいい声が聞こえた。
「お姫様、起きなさい。魔毒は中和してあげたわよ」
この声は……だれだっけ?
「……ファン……ファン……?」
アヴィが眼をこすった。
「……おはよう……ここ……どこ?……」
アヴィは眼を開き、すぐ前の俺の顔をみつめた。
それから顎を引き、あらわになった自分の胸を見て、その上に覆いかぶさっている裸の俺を見た。
俺は結界を解除した。
そして眼を閉じ、高く舞い上がる覚悟をした。
……
……あれ?
……何も起きない。
目を開けると、アヴィは気を失っていた。
「あらあら、仕方ないわねぇ」
祭壇の床がポウッと丸く光り、その中から背の高い男が浮き上がってくる。
おかしなデザインの長いマントにおかしなデザインの大きな帽子をかぶっている白塗りメイクの魔導士、ファンファンだ。
「じゃぁ、今日だけはサービスということで」
俺はアヴィの上から体を起こし、立ちあがった。
入れ替わりにしゃがみこんだファンファンがアヴィの服の前を重ねる。
そしてその手には赤いカード。どこから出したんだ?
「まぁ、しぶといわね」
ファンファンがこちらを見て言った。
「え?」
振り返ると全身が焼けただれた赤鬼が立っている。
「ヘルフレイム」
魔導士の瞳から小さな火球が飛び出した。
鬼の胸に火球が消える。
次の瞬間、爆発したように炎が吹き上がり、鬼は燃え上がった。
「うわっ!」
「耳をふさいで、異邦人」
ファンファンは言った。
「我が名は…………」
早っ! 耳押さえた! ギリギリセーフ!
「…………を………………せよ!」
空間の裂け目がトカゲの瞳のように開いた。
ファンファンが赤いカード、魔封魔符を高くかざす。
魔解門から吹き出した真っ赤な炎が、カードに凄い勢いで吸い込まれていく。
ファンファンは流れを断ち切るようにカードを振った。
「この子に伝えて。残りの門を早くつなげなさい。残された時間は長くないと」
ファンファンは赤いカードをアヴィの胸元に差し込み、くるりと背を向けた。
「お、おい……待ってくれ! ファンファン!」
魔導士が立ち止まる。
「あんたはどうして、《《ここ》》がわかったんだ……?」
「……精霊紙を使った者がいる」
白塗りの魔導士は低く言うと、俺を見てニヤリと笑った。
「あれは当社、ファンファン魔導商会の製品でね、同じ通信がこちらにも届くようになってるの。あらこれ内緒だけど!」
「それじゃ、まさか……あのじじいが!」
俺は宙をにらみ、歯ぎしりした。
「うっ、裏切りやがったなザンパル!」
ファンファンが顔を上げた。
まだ火の粉の舞う暗い神殿の天井を見つめ、小さく息を吐く。
「もう待てないの? ……気の短い子ね」
「え?」
魔導士は俺に視線を戻す。
「ゆーじ? だったかしら?」
「そ……そうですが……?」
「警戒しなくていいわ。私はこの子の味方よ」
白塗りで微笑まれても不気味なんですけど!
「まだ力は残ってる?」
「へ? いやもうへとへとかも……ぎゃっ!」
魔導士の腕が急に伸びて、俺の喉を握りしめた。
「ぐ、苦じい!」
「魔力を分けてあげる。この子を守りなさい」
「!」
喉を掴んだ手から得体の知れない《《力》》が流れ込んできた。
それは有無を言わさず俺の身体に押し入り細胞に浸透する。
俺は感電したように全身を痙攣させた。感電したことないけど。
「ぐ……ぐえぇぇ!」
俺は祭壇の上に倒れ、腹を抱えてのたうちまわった。
めちゃくちゃ気持ち悪い。涙目で探すが、ファンファンの姿は消えている。
あの白塗り野郎、俺に何をしやがったんだ……!
「ア……ヴィ……」
俺は床を這いずり、ピンクに近づく。
「にげ……るぞ……おき……」
突然!
落雷のような轟音。
ドッゴオオオオン!
俺は絶叫しながらアヴィの上に飛び込んだ。
「シールドォォォォオオオオ!」
神殿の屋根が炸裂した。
屋根だけではない、壁が吹き飛び、神殿そのものが崩れ落ちていく。
……これは……艦砲射撃……!
吹き飛んだ屋根から夕暮れの空が見える。
俺は意識を失う寸前、朱く染まった空を悠然と飛ぶ巨大な《《それ》》を見た。
……あのゴーマン女、絶対、頭おかしい……。
真紅の魔法戦艦は大寺院の上空を旋回しながら敷地の中の建物すべてを、跡形がなくなるまで砲撃し続けた。
気がつくと雨が降っている。
いや。
それは雨ではなく、俺の顔にポタポタ落ちる水だった。
「気がつきました! ゆーじ! ゆーじ!」
可愛いクマザサちゃんがボロ泣きして俺を見ている。
俺って、罪な男だなぁ。
「あぁ、よかったにゃ……」
眼を動かすと黒猫が口をへの字にしてにらんでいる。
あれ、こいつも泣いてるのか? 俺って……。
「アヴィ!」
俺はガバッと上体を起こした。
「アヴィ! どこにいるっ!」
「落ち着けゆーじ。姫は大丈夫だ」
ラッシュが俺の肩をかかえた。
「お前が守ったんだ」
アヴィは毛布に包まれ、横たわっている。
眼を閉じて眠っているように見えた。
「よく耐えたな……あの砲撃を」
ラッシュはつぶやいた。
「おまえは姫を守ってくれた……ありがとう、ゆーじ」
「……ラッシュ?」
黒猫は腕で眼をごしごしこすり、立ちあがった。
「にゃーんて!」
「はぁ?」
「よし! さっさとずらかるにゃ! 憲兵隊が来る前に」
「来ました」クマザサが低く言う。
「えっ? もう!」
「あいつは、あいつだけは、許しませんっ!」
黒マスクもしてないのに、金髪が逆立つ。
クマザサがめっちゃ怒ってる。
俺はようやくまわりの景色が目に入ってきた。
威容を誇っていた大寺院の建物すべてが破壊され、あたり一面の瓦礫の山がまだ炎と黒煙を噴き上げている。敷地の外の民家や建物は無事で、どうやったのか知らないが、この大寺院だけを狙い撃ちにしたらしい。
「よく生きていたな、若いの」
じじいの声に、俺は振り返った。
積み重なった瓦礫の上をザンパルが軽々と飛び移りながら近づいてくる。
「くっ、くそじじいッ!」
俺はよろめきながら立ちあがった。黒猫が俺を支えてくれる。
「なぜ裏切ったんだ! ベルガになぜ通報した!」
「黒く染まると決めた覚悟が、ああもたやすく揺らぐとはな」
ザンパルは焼け落ちた太い柱の上に立ち、俺たちを見下ろした。
「儂は自分の心の弱さに絶望した。そして願った。すべてを焼き尽くし灰燼に帰そう。真紅の烈女なら儂の愚かさも脆弱な心も平然と踏みにじってくれようと!」
「ドMだったのか、じじい!」
「小娘」
ザンパルはクマザサに視線を移し、ぞっとするほど冷たい声で言った。
「冥土の土産じゃ。殺してやろう」
「許さん!」
少女忍者は投げナイフを両手に構えた。
そんな武器でどーすんだよ!
俺は唇を噛んだ。
コニーアイランド脱出のとき、折れた忍者刀の代わりを持ち出しておけば!
「愚かな」
じじいは手にしていた刀を鞘ごとクマザサに投げた。
「丸腰では斬れぬ。使え」
「くっ!」
クマザサは細身の刀を帯に差し、スラリと抜いた。刃紋がぎらぎらと光る。
ザンパルは腰から別の刀を抜いた。
「死ね、小娘」
老剣士と少女忍者の戦いは一見、静かなものだった。
刃毀れを嫌って刀身では打ちあわない。お互いに神速で繰り出されるカミソリのように鋭い斬撃を紙一重でかわしながら、足場の悪い瓦礫の上を縱橫に飛び移った。
少女忍者と老剣士が空中で交差し、立ち位置を入れ替えて着地する。
クマザサの乗った板がバキッと割れた。じじいが先に強く蹴って跳んだ板だ。
「しまっ!」
ガキン!
初めて火花が散った。
「クマザサ!」
少女は左腕をだらりと下げている。
老剣士は跳躍し、足場の平らな倒れた壁の上に立った。
「来い!」
クマザサも壁の上に跳躍する。
右手だけで刀を鞘に収めると、腰を落とし、居合抜きの構えを取った。
「そうだ」
ザンパルは深くうなずいた。
「それでいい」
二人の間合いは数メートルしかない。一瞬で勝負は決まる。
時間が静止し、そして……。
弾けた。
振り下ろしたザンパルの刃をかいくぐったクマザサが放った居合の刃は老剣士の背から脇を深々と切り裂いた。
「やったーッ!」
俺とラッシュは同時に叫んだ。クマザサが勝った!
「あ、あれ?」
少女忍者は倒れた剣士の横に座り込み、その頭を抱え起こそうとしている。
「なぜ!」
クマザサは泣きながら叫んだ。
「なぜ斬られた!」
「こうでもせねば……」
ザンパルは血を吐きながら言った。
「……受け取ってはもらえまい、その刀を……」
「あなたを斬った剣など!」
「使え!」
ザンパルは眼を見開いた。
「しかし!」
「その刀は儂の魂」
ザンパルは眼を閉じ、深く息を吐いた。
「使ってくれ……お前の手で……!」
「そんな!」
「正しきことの……ために……」
「わ、私……」
「お前なら……でき……る……」
「……し……」
「……きっ……と……」
「……師匠ーっ!」
「…………」
クマザサはゆっくり顔を起した。
ずずずと鼻をすすり上げる。
「えっと」
「…………」
「あのー」
「……なんじゃ?」
「おしり、触らないでください」
ザンパルの手がクマザサのお尻をナデナデしている。
「いや、もう死ぬから、いいかなー、なんて」
ザンパルはクマザサを見上げ、ニッと笑った。
「てへっ?」
「てへっじゃねーッ!」
少女の激怒パンチでじじいは空高く舞い上がった。
「スカイハーイッ!」