第13話 エロティック伏魔殿
「実はね」
アヴィが声をひそめる。
「ガナンシャ大寺院にある魔解門は、一番奥の神殿、御神体の黄金神像の中にあるの」
「はぁ」
俺とラッシュ、クマザサは気の抜けた声で言った。
「だからぁ、神殿の中に入れるのは好都合なの。ラッキーって」
宿屋の貴賓室であれこれあった日の午後、俺たちは厨房で夕食の付け合せを皿に盛る作業をしている。
「ですが姫、あの魔物に襲われたら、いくら姫でも」
「大丈夫、魔法でなんとか逃げるから。えへへ」
えへへじゃねー!
大丈夫じゃないだろ! 露天風呂まで押しかけてくるエロ魔物だぞ。
やる気マンマンじゃないか!
アヴィがあの筋肉ムキムキの赤鬼に押さえこまれて……。
「絶対だめだ、アヴィ! あの鬼にやられちまう!」
「え? やられるって?」
「くっそーっ!」
「ゆーじ!」
俺は厨房を飛び出した。
階段を駆け上がり、最上階の貴賓室に飛び込む。
ランランや武士たちが車座になって座っていた。
「な、なにやってんだ?」俺は眼鏡ピンクに言った。
「いや、ちょっと反省会を」
「じじいは?」
「ベランダ」
窓の外に出ると、眼下にはガナンシャの街が広がっている。
丸い尖塔の寺院が立ち並んだ古都は、明日の御幸会に向けてお囃子と華麗な山車のパレードがあり、人々は朝まで飲んだり踊ったりのサンバカーニバル状態になるそうだ。観光客が溢れる街全体がざわざわと浮足立ち、昂ぶっているように見えた。
「不思議なものじゃ……」
ザンパルは手すりに肘をつき、景色を眺めながら言った。
「あんな小娘に、眼を開かせられるとはな」
「頼みがある」
俺は座り込み、額を床にこすりつけた。
「修行させてほしい! 俺を鍛えてくれ!」
「……」
「強くなりたいんだ!」
「簡単ではないぞ。死ぬかもしれん。覚悟はあるのか?」
「あ、ある! とにかく、やってみる!」
「とにかく、では無理だと思うがな」
ザンパルは近づくと俺を見下ろした。
「もう一度ここまで上がってこられたら、修行してやろう」
「え?」
襟首をつかまれ、ベランダから空中に投げられた。
「うっぎゃぁあああ!」
一瞬で地面に激突だ。
「シールド!」
バン!
全身が撥ね上げられ、俺は地面を転がった。
「うああああ! 死ぬかと思った!」
右腕がビリビリしびれている。
防御結界を張っても衝撃がモロにきている。
「……あのじじい、ひとを何度も投げやがって!」
俺は膝をガクガクさせながら階段を登り、貴賓室にたどりついた。
広い室内の真ん中に、じじいだけが立っている。
「若いの、お前の腕は何本ある?」
いきなり変なことを訊いてくる。
「はぁ? 二本に決まってんだろ!」
「では指は?」
「十本! 足も入れたら二十本!」
「いや、一本しかない」
「え?」
ザンパルは腰の刀をすらりと抜いた。
細身だがすごく斬れそうに刃がギラギラしている。
マジかこのじじい。お、おっかねぇー!
「あ、いや、修行っていうのはトレーニングっていう意味で」
「右手と左手は一本ずつ。足も同じ。そしてどの指も一本しかない」
刀を下げたままスタスタと近づいてくる。
「すべてたったひとつのもの」
「えと、何を言ってるんでしょうか?」
俺は気圧されてザザザと下がった。
「内蔵も心臓もひとつ。髪の毛や細胞さえ、同じものはひとつもない。おまえはすべて、たったひとつの尊いものから出来ておるのじゃ」
「あ、なんとなくわかってきました」俺はテキトーに答えた。
「意識せよ。細胞ひとつさえ、お前自身なのだと」
「シールド!」
俺は接近するじじいに向かって右腕を突き出した。
「それ以上近づくな!」
「結界はその腕でしか出せんのか?」
ザンパルは一瞬で俺の左側に回り、斬りかかってきた。
「わぁーっ!」
とっさに左腕を上げた。バキン! と青い火花が散る。
あれ? 結界が出た?
「皆の者!」ザンパルが叫ぶ。「参れ!」
奥の部屋の扉が開き、十数人の武士たちが飛び出してきた。
あれ、これじじいとの修行なんですけど?
皆さんなんで俺を取り囲んで刀抜いちゃってるんでしょうか?
いやこれ数的に無理っすよ! 集団でいじめですかぁぁぁ!
「斬れ!」
武士たちが前後左右から斬りかかってきた。
「ぎゃーっ!」
俺は頭をかかえてしゃがみこんだ。
もう死ぬ。絶対死ぬ。
あれ?
次々に頭上に振り下ろされる刀がすべてはね返されている。
うす青く光るドーム状の結界が俺を包みこんでいた。
俺はふらつきながら、立ちあがった。
「突け!」
周囲の武士たちが刀を倒し、鋭い切っ先を向けて突進してきた。
ぎえええええ!
突き破られたらヤバイんですけどおお!
「いやーッ!」
俺は悲鳴とともに、武士たちをはね退けるように手足を突き出した。
え?
本当に全員が壁際まで吹っ飛んでました。ごめんなさい。
「結界を意のままに使いこなせ。それがおまえの、ただひとつの生きる術じゃ」
ザンパルが刀を納め、両手を揃えて腰だめに構えた。
え、それあの有名な技まんまじゃないですか?
パクリはまずいんじゃ。
「愚乱破ーッ!」
「おじいさーん!」
結界ごと吹き飛ばされました。
ザッパーン!
「ぶわっぷはぁっ!」
俺は湯を吹きながら身体を起こした。
「クソじじい! やっぱ許さねぇーッ!」
露天風呂まで飛んで落ちたらしい。
顔を拭うと湯気の中に沢山の人がいる。
全員がこっちを見て、固まって……。
「あ」
俺のまわりは全裸のおねえさんばかり。
ここ、女湯でした。
「きゃぁーっ!」
おねえさんたちの悲鳴が青空に響き渡った。
「で、俺はなんでこんなとこに入るんでしょうか?」
座面の背後の狭い空間にからだをねじこむ。
「隠れるにはうってつけにゃ? 女湯の侵入容疑で追われている身だし」
「だからラッシュ、あれはじじいに吹き飛ばされたからで」
「ゆーじ、閉めますよ」
クマザサが背面に板をはめ込む。
「開ける時は、右の仕掛けを引いてください」
「いま引いてもいい?」
「だめです」
目の前の小さな穴から少しだけ外が見える。
ぐるぐる眼鏡をかけたアヴィが俺を覗き込んだ。
「大丈夫? 苦しくない?」
「狭い苦しい、早く出して!」
「我慢して隠れててね、この輿で奥の院まで入るから」
「ううう……」
眼鏡と黄金の民族衣装でランランに変装したアヴィは、人夫のかつぐ輿で大寺院の本殿から奥の院まで入る。奥の院は神像を祀る最も神聖な神殿で、そこで大司祭が花嫁を待っている。
俺はアヴィが座る椅子の背面に潜み、守ることになった。
しかし窮屈。まさに人間椅子だ。
「姫、わたしたちも後から潜入します。くれぐれも油断しないでください」
「わかったわ、ラッシュ」
「ゆーじは頼りになりませんから、いざとなれば魔法で火の海に」
「うん」
うんじゃねー!
しかし、俺の結界があの赤鬼の化け物にどれだけ保つは確かに不安。
よく考えたらアヴィの魔法は超強力だし、まぁ大丈夫だろう。
輿がぐらりと揺れて浮き上がった。人夫が担ぎ上げたのだ。
「出立!」
ザンパルの声がする。あのじじい、なんかお返ししないと気が済まん。
後ろであっかんべ~してやる。
宿屋から大通りに出たらしく、周囲の群衆のどよめきと歓声がすごい。大寺院に向かっているのだ。
「花嫁が通るぞー!」
「ランラン様だーっ!」
「お美しい! ランラン様ーっ!」
お、結構人気あるじゃんあいつ。
「眼鏡姫様ーッ!」
「眼鏡ー!」
コアなファンがいるーッ!
しばらく揺れていると、急に静かになった。
大寺院の本殿に入ったらしい。敷地に敷かれた玉砂利を踏んで進む音が続く。
「ゆーじ、聞える? ……奥の院に入るよ」アヴィが肩越しにささやく。
「……わかった。鬼が出てきたらソッコーで燃やしてしまえ」
「もう!」
ギイイイと重い扉が開く音。
ゴトリと輿が置かれ、人夫たちが立ち去っていく足音。
再び扉の音。閉められ、鍵がかけられる。
「すごい綺麗な神殿。誰もいないよ」
アヴィがささやく。
「あ、ちっちゃいお坊さんが来た」
可愛らしい子供の声が言う。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞお茶をお召し上がりください」
「あ、ありがとう。緊張して喉がかわいてたの」
ごくごくとお茶を飲むアヴィ。
「あー、美味し……」
パリン!
茶器が落ちて割れる。
おい! アヴィ! どうした!
俺は覗き穴に眼を押し当てた。
ピンクはガクリと首をたれて動かない。
しまったぁーっ!
神殿の中に黒い靄が流れ出し、どんよりと暗くなっていく。
な、なんかヤバイ雰囲気になってきたぞ……。
輿が置かれた正面の御簾がするすると上がる。
一段高くなった祭壇のまん中には、広くて真っ赤なエロい布団。そしてその前に立つ絢爛豪華な袈裟を着た老僧。
この大寺院最高位の僧、大僧正だ。
大僧正が両手を広げると、祭壇奥の大きな扉が左右にスライドする。
そこにはあの鬼そっくりの巨大な黄金立像が、多数のロウソクに照らされてテカテカ光っている。
俺はのぞき穴に目を当てながら、ゴクリとつばを呑んだ。
あれがご神体である金の神像。
あの中に魔解門がある。
大僧正が祭壇から降り、輿に歩いてくる。
衣装は豪華だが、よく見ると痩せた貧相な老人だ。
「待ちかねたぞ、美しき花嫁よ。その肉を捧げ、我が贄となれ!」
老僧は身体を震わせ、するすると袈裟を脱ぎ捨てた。
うげっ! まるで骸骨みたいなじいさんだ。
「ぐひひひひ……」
裸の老人は舌をペロペロ出しながら笑った。
「骨までしゃぶってくれようぞ」
老人は背後を振り返ると、遠くにある神像に向けてフーッと息を吹きかける。
黄金立像を照らしていたロウソクが次々に消え、神殿の中は暗闇になった。
大僧正の眼が赤く光っている。あいつ……人間じゃねえ!
「我にぃぃぃ、力をぉぉぉぉーッ!」しゃがれた声で叫ぶ。
神殿奥の黄金立像が、真っ二つに割れて左右に開いた。
そこには爬虫類の瞳のような縦に細長い異界の裂け目、魔解門が宙に浮いている。
赤黒い裂け目がギン!と広がった。
赤い炎が噴き出し、骨と皮の老人を包む。
「おオおオおオッ!」
その身体がみるみる膨らんで大きくなり……。
あの赤黒い筋肉むきむきのマッチョ鬼が立っていた。
赤鬼はズンズン脚を踏みしめ輿の前に立つ。
アヴィを覗き込む顔が近くてマジで超コワイ。鬼は興奮してハアハア息を荒くし、俺の顔にまで生臭い息がかかる。
鬼はぐったりとしたアヴィを両手で抱え上げ、祭壇の上に運んだ。
アヴィは赤い布団に横たえられた。
民族衣装の裾から白い足が太ももまで見えている。
俺は焦った。とにかくここから出てアヴィを助けなければ!
隠れている背板を開く仕掛けを引く。
スコスコ。あれ? 開かない!
思い切り手足を突っ張ったが背板は外れない。
ちょっとまずいぞこれ! 早くここから出ないと!
鬼がアヴィの上にかがみこんで帯を解いている。
民族衣装の前をはだけると、鬼の口からだらだらと大量のよだれが流れ落ちた。
「グゲェアアアアアア!」
このエロ鬼がーッ!




