表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第10話 魔解門の秘密

 夜空は雲に覆われ、昨夜の満月を見ることはできない。

 黒い飛行船は海面すれすれを飛び、その前方には夜空よりも黒く、コニーアイランドの絶壁がそびえている。


「ラ、ラッシュ、大丈夫か?」

 俺は操縦席の黒猫に恐る恐る声をかけふた。

「やっぱり猫だから、こんな闇夜でも見えるんだよな?」


「もちろん! バッチリにゃ!」


 うそくせーと思って顔を見ると、眼をクワッと見開いている。

 必死じゃん!


「あの岩の裂け目が見える?」

 アヴィがラッシュの横で前方の闇を指差した。

「あそこに入って。幅はぎりぎりだから注意してね」


「……くっ」

 黒猫は一声うめき、操縦桿を小刻みに倒して進入コースに入った。

 島の断崖に打ち寄せる波頭が夜目にも白い。

 その岩壁がみるみる迫って来る。


「ぶ! ぶつかるぅーッ!」

 俺は隣の席の少女忍者に抱きついた。

「クマザサ! 俺につかまガフッ!」


 強烈な肘打ちを顎にくらい、俺は床に崩れ落ちた。


「気安く触るんじゃねーバカヤロー!」

 

 可憐なクマザサちゃんが、黒マスクしたとたんに人格豹変アウトレイジだ。金髪も逆立つし、あれ絶対邪悪なアイテムだろ!


 コニーアイランドを黒い飛行船で脱出した俺たちは、深紅の鋼鉄魔艦アイアン・ルージュの追跡をかわすため嵐の雲に飛び込み、なんとか逃げ切ることができた。

 そして今、夜を待って再び島へと戻ってきている。

 あの真っ赤なお嬢様でもこの動きは予想できないだろう。


「このまま突っ込む! つかまれ!」ラッシュが叫ぶ。

 エンジンが唸りを上げ、飛行船は急加速した。


 俺は顔を上げた。

 操縦席の前に岩壁の裂け目が黒々と広がっている。

 飛行船はその狭い隙間に突入した。


 左右の岩壁に気球がこすれ、ゴンドラが激しく揺れる。

 バン!と破裂音がして船体が沈む。金属の骨格がひしゃげる嫌な音がした。


「うおおおおおお!」

 ラッシュはもう効かない操縦桿を懸命に引いた。


 バリバリバリッと気球が裂ける音がして一気にゴンドラが沈む。

 俺は座席にしがみつきながら、無我夢中で右腕を突き出した。

 こいつらを、守らなくては!


 ゴンドラが下から突き上げられ俺は天井にあたって跳ね返り床に落ちた。

 内部照明は消え、真っ暗闇だ。

 俺はうめきながら身体を起こした。


「痛ってェェェェッ!」


 右腕に激痛が走る。折れたらしい。


「……ルミナス・ピラー」

 アヴィの囁きが聞こえた。


 青白い光の柱がいくつも周囲に浮かび上がり、ようやく状況が分かった。

 飛行船は岩壁に挟まり、ゴンドラは脱落して奥の砂地に突っ込んでいた。


「みんな、大丈夫?」アヴィの声。


「わたしは問題ない」

 黒猫が操縦席から顔を出した。砂まみれじゃないか。


「おいらも生きてるぜコノヤロー」

 忍者が壊れた座席の間から這い出てくる。


 俺はだらんとした右腕を押さえながら、傾いた床に座り込んだ。うう、気持ち悪い。

 はっとしてあたりを見まわす。


「アヴィ! アヴィ! どこだッ!」


「あたしはここ」


 俺の背中に柔らかいものが当たった。耳元に暖かな息がかかる。

 ピンクは座っている俺を、後ろからそっと抱きかかえた。


「動かないで」


 折れた右腕にアヴィは手をかざした。手のひらから金色の光の粒が溢れるように湧き出し、折れた腕に降り注いだ。温かくて本当に気持ちがいい。


 ……これがアヴィの治癒魔法か。


 コニーベルよりも光の量が桁違いに多い。

 腕の痛みはウソのように消え去っていた。


「防御結界が、最後の衝撃を受け止めてくれたの」

 アヴィは後ろから俺の頭をよしよしとなでた。

「ありがとう、ゆーじ」


「いちいち腕折ってんじゃねーぞボケ!」

 クマザサがゴンドラから砂地に飛び降りる。

「このヘタレのカス勇者が!」


「まったくだ」

 俺は苦笑して立ちあがった。アヴィの手を取って砂地に降りる。

「見てくれ、ほら」


 俺は開いた手の平を突き出し、気合を込めた。 


「シールド!」


 前方にうす青いドーム状の結界が広がる。


「なんか、コツをつかんだぞ」


「レベルも上がってるよ」

 アヴィが嬉しそうに言う。


 岩壁の亀裂の奥を見ていたラッシュが振り返った。

「姫、これからどうするんですか?」


 俺はアヴィを見つめた。

「……探さなくて、いいのか……コニーを?」


「……お祖母様は……」

 ピンクはぎこちなく微笑んでみせた。

「……きっと……大丈夫だと思う……」


 沈黙が流れた。

 それぞれが、あの激しい艦砲射撃を思い出している。

 城館が崩壊するほどの攻撃を受けては……。


「おいらもそう思うぜ!」 

 クマザサが急に明るく声をあげた。

「なにしろしぶといお方だからな! お館様は絶対に生きてる!」


 いちばん泣いてたくせに! と言ったら殺されるから黙っておこう。


「確かに、あの砲火をそのまま食らい続けているはずはない。脱出した可能性は高いでしょう」

 ラッシュが冷静に言った。

「しかし姫、わたしたちがここで心配しても状況は変わらない。今はやるべきことをやりましょう」


「……そのとおりね、ラッシュ」


 ピンクはふうっと息を吸うと、少女忍者に向かい合った。


「クマザサ!」


「なんだアホピンク?」


「お祖母様が不在の間はあたしがあるじです。いいわね?」


「ちっ! ……しょうがねぇなぁ」

 クマザサは黒マスクの顔をくいっとあげた。

「わかった。おいらは、あんたを絶対に護る。で?」


「縛り上げて」


「おう!」


「あれ? ちょっとなにするにゃ!」


 クマザサは細い紐を出し、あっという間にラッシュをぐるぐる巻に縛りあげた。


「オリハルコンの極細ワイヤー入りだ。おまえでも切れねぇからな」


「ごめんねラッシュ。でもこの先は魔力がどんどん強くなるの」


「ああ、島の地下は魔力が渦巻いてんだ。また魔獣になられたらたまんねぇからな!」

 クマザサはアヴィを見た。

「行くんだろ? 魔解門ゲドム・ゲートへ?」


 ピンクは黙ってうなずいた。


「ゲドム・ゲート? おいアヴィ、それってもしかして」


「そう。魔界に通じる門よ」


「……僕ここで待ってるね」


 そんな危険なとこ、誰が行くんだよ! 

 魔物とか魔神とかのバトル確定じゃないか!


「わかった。ゆーじはここにいて」

 アヴィはくるりと背を向けた。

「もうすぐ満潮で水没するけど」


「やっぱり行きます」


 歩きだした女たちの後を、俺はしゅんとしてついて行った。

 このピンクは優しいのか怖いのかわかんない。

 女ってめんどくさいなもう!


 亀裂の奥はどんどん狭くなり、カニのように横になって進むしかない。

 先頭のアヴィが岩壁の隙間を通り抜けようともがいている。


「せ、狭いわ! 胸がはさまって」


「…………」

 黒猫と忍者は無言でするりと通り抜ける。

 ここで何か言うほど、俺は勇者じゃない。 


 岩の隙間を抜け切ると、細い洞窟に出た。

 いや、歩ける程の高さがあり、岩盤をくり抜いた明らかに人工的な物だ。

 つまりトンネル。 


「こっちよ」


 アヴィは光の柱(ルミナス・ピラー)をカーブするトンネルの先にいくつも飛ばした。

 魔物とかモンスターとか出てきませんように!


 トンネルを進んでいくと霧がかかったようになり、足元にスモークが流れだす。

 この怪しい雰囲気、いよいよ魔界の門が近いのか。

 俺はこそこそと少女忍者の後ろに隠れた。


「このヘタレは……」

 クマザサが呆れて俺を見る。

「おい、こいつを持ってろ。離すなよ」


 ラッシュを縛った紐を手渡された。

 はふはふ音がするので猫娘を見ると、眼がすわって鼻息が荒くなっている。

 やばい、こいつなんか興奮してやがる。


「……静かに」

 アヴィが囁いた。

「着いたわ。ここよ」


 トンネルの先は、巨大な暗黒空間が広がっていた。

 暗くて広さも高さもわからないが、頭上から濃密な暗闇が重くのしかかかってくる。そして《《それ》》は、闇の中央に浮かんでいた。


 爬虫類の瞳孔のような、縦に細長い赤黒い光のすじ。

 それは空間にできた異界につながる亀裂だった。

 説明のできない禍々しい『力』がその亀裂から漏れ出しているのがわかる。


 俺たちは声もなく、空中に浮かんだ異様な光を見上げた。


「おい、これからどうすんだ?」

 クマザサが声を震わせる。

「さっさと済まして退散しようぜ」


 縛られたラッシュがぶるぶる震え始める。

 俺は黒猫の身体を抱え込み、低く叫んだ。


「ラッシュがやばいぞ、アヴィ、早く!」


「いけない……」

 アヴィが顔を上げた。

「……サルタンマクリが来る」


「は?」


 頭上の暗闇から、大きな黒い塊が音もなく降りてきた。

 その黒い巨体は床すれすれでぴたりと静止すると、ぎちぎちと軋み音を立てながら毛むくじゃらの太い脚を四方に伸ばした。

 馬鹿でかい黒蜘蛛でした。


「……音を立てないで。攻撃されるから」アヴィ。


「……おう、わかった」クマザサ。


「……あむ」ラッシュ。


「ぎゃーっ!」


 黒猫に耳をあまがみされ、俺は飛び上がった。

 巨大黒蜘蛛の8つの赤い複眼がフラッシュのように発光する。

 赤外線か。位置をつかまれた。


 ラッシュが俺の手を振りほどき、縛られたまま巨大蜘蛛に向かって駆け出す。


「ばか! 待てラッシュ!」

 俺はアヴィとクマザサの前に出て、右手を突き出した。 

「くそっ! シールド!」


 黒蜘蛛は姿勢を低くし、ラッシュに向かって鋭い顎を開く。


「アヴィ! ラッシュを助けろ!」


「だいじょうぶ」


「はい?」


「見て」


 巨大蜘蛛のすぐ前にラッシュが立っている。

 黒猫は人の姿のまま、威嚇の叫びを上げた。


「キシャーッ!」


 蜘蛛は弾かれたように八本の脚を動かし、ザザザと後退した。


「あれ?」


「従うしかないの。魔王からも恐れられる殺戮の凶獣、魔界の猫ラッシュ・カル・クルツには」

 アヴィが俺の横に立って言った。

「蜘蛛の王、サルタンマクリでもね」


「おい、うそだろ……」

 俺はうめいた。

「マジですごい魔獣だったのかあのエロ猫。いや、そんな奴をどうやって封印したんだ、アヴィ?」


「あたしがこの魔解門ゲドム・ゲートを開けかけたとき、ラッシュは出てきたの」


「子供のときのことか」俺はコニーの話を思い出した。


「あたしはずっとひとりぼっちで……友達がほしかった……だから……」

 ピンクの魔法使いは声を落とした。

「……気がついたら、黒い髪の女の子が立っていた。あたしがやったのね……」


 ベルガとかいう赤いゴーマン女が叫んでいた『暴走』の意味が少しわかった気がした。子供のアヴィは自分の力を制御できなかったんだ。


 物凄い巨大な魔力を持ちながら、自覚もなく無邪気に使ってしまうピンク。


 こいつはもしかしたら、とてつもなく危険なのかもしれない。


「下がれ、蜘蛛の王(サルタンマクリ)よ!」

 アヴィは片手をかざしながら、前に進み出た。

「お前が食らうだけの魔力は残しておく。おとなしく闇に帰るのだ!」


 巨大蜘蛛は口惜しげに顎をガチガチ鳴らしたが、身を低く沈めると音も立てずに上昇していった。


「うあー、マジでビビった」

 俺は地面に座り込んだ。

「もうやだ帰りたい」


「はい、どうどう」

 クマザサがラッシュを連れて戻ってくる。


 ピンクは胸元から赤いカードを取り出した。

「みんな、もう少しだけ我慢して。この魔解門ゲドム・ゲートを魔封魔符につなげるから」


「つなげる? リンクさせるのか?」


「耳をふさいで! 封印名を絶対に聞かないでね」


 クマザサは自分の耳を手でしっかり押さえた。俺もあわてて耳をふさぐ。ラッシュは聞いても大丈夫らしい。もともと魔界にいた魔獣だからな。


 アヴィは宙に浮かぶ裂け目に向かって赤いカードを突き上げた。


 魔解門ゲドム・ゲートの赤黒い光が脈動し、空気がビリビリと振動する。

 次の瞬間、嵐のような暴風が吹き始めた。

 アヴィはピンクの髪を振り乱しながら、異界の裂け目に声を上げた。


「……我が名……は………………!」


 ギン! と赤黒い裂け目が開いた。

 細長い瞳孔のような空間の奥で、魔界の炎が燃え上がっているのが見える。

 こ、怖ぇえええええ!


「……その………を………………せよ!」


 魔界の裂け目から爆発するように紅蓮の炎が吹き出した。

 しかしその炎はすべて、赤いカードの中に吸い込まれていく。

 アヴィは炎を断ち切るようにカードを振り払うと、ガクリと膝をついた。


「アヴィ!」

 俺はピンクに駆けより、倒れそうになる身体を支えた。

「おい! しっかりしろ!」


「……だいじょうぶ、あたし、うまく出来た……」

 アヴァイは俺の腕を掴むと、喘ぐように言った。

「でも……まだ足りない……全部……つなげなきゃ……」


「まさか……」


 顔をあげるとクマザサが立っている。


「5つの魔解門ゲドム・ゲートを、みんなつなげる気か?」


「……じゃないと勝てない。アイアン・ルージュには……」

 アヴィは膝に手を突いて立ちあがった。

「次に、行かなきゃ……!」


「なに言ってんだ? 飛行船はもうないんだぜ!」忍者が叫ぶ。


「魔法で瞬間移動する……テレポゥの呪文を使うの」


 なんだそれ? ルーラみたいなやつか?


「次って……知ってるのか? 別の門がある場所を?」

 クマザサは疑うように言った。


「あたし、行ったことがある……子供のころ、連れて行ってもらった。全部に」


 少女忍者は息を呑んだ。

「……全部だって? 誰がそれを!」


「ファンファン。魔導士ファンファンよ」

 ピンクは静かに言った。

「……彼はあたしの、魔法の先生なの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ