幸せをあなたに
発投稿です!
もしかしたら、誤字脱字があるかも知れません………。
月明かりがカーテンの合間を脱い、真っ暗だった部屋を明るく照らす。
まるで時間が止まっているかのように静かで、子鳥のさえずりも、風になびく葉音さえ聞こえない。廊下から使用人の足音も聞こえないとなると、少し気を使わせているのかもしれない。
「ハァ………」
椅子に座り、ぼうっとしていた私は、大きく、深くため息をついた。
その理由は、結婚のことだ。
私は明日、とある公爵様と結婚する。
今日は最後の夜。
「………誰か、助けて」
無意識に口から出たか細いは、誰の耳に届くことなく消えていく。
***
私はある伯爵家の一人娘だ。
両親に甘やかされ育った私は、外の世界をまるで知らなかった。
舞踏会や毎年開催されるパーティは面倒くさくて行っていなかったし、行こうとしても両親が反対した。変な虫がついたら大変だとかなんとか。
当然、そんなだから私は友達もいなかった。
別に使用人達が相手をしてくれたし、両親が遊び相手にと雇った、歳の近い執事もいたので寂しくはなかったし、欲しいとも思わなかった。
青い目と真っ黒な髪を持つ執事は、私の10歳の誕生日の日にやって来た。
彼は、感情をあまり表に出さない人だった。
仏頂面で無口なせいか、他人は彼に苦手意識を持ち、近寄ろうとしない。私も最初は戸惑ったほどだ。
そんな執事なのだけれど、彼はいつも黙って私の傍にいてくれた。
お転婆だった私は、度々、危険なことしていた。庭で1番高い木に登ったり、3階の窓から紐を使って玄関まで降りてみたり。
勿論、それを良しとする者はいなく、見つかった時には両親にも執事にも、それに使用人達にも怒られた。
…………怖かった。
けれど、木から降りられなくなったとき、助けてくれたのは彼だった。怪我をした時に手当をしてくれたのも、引っ掛けてお気に入りのドレスを破いてしまったときも彼が直してくれた。
「ろばぁーとぉ……」
彼の名前、ロバートの名を呼ぶ。
「お嬢様。……肘、出して」
「はい………ぐすんっ……」
それだけ言うと、彼はどこからか救急箱を取り出し、さっき転んで怪我をした肘を、ガーゼで軽く撫でる。
なんとなく雰囲気で分かる。彼が今、凄く怒っていることに。
後が、怖いな………。
顔に似合わず、実は優しい性格の彼。初めて気づいた時には本当に驚いた。
外見で誤解されることの多い彼の優しさに触れる度、自然と胸の当たりがほっこりと温かくなり、自然と顔に熱がともった。
誰も知らない彼の性格を自分だけが知っている。そう思うと、何故たがかとっても嬉しかった。
6年後。両親達は流石に跡取りの事や私の婚約の事も考えるようになり、私は16歳にして初めてパーティにでた。
今まで知らなかったことだが、私は結構人の目を引きつけるらしい。
私に視線が集まるのをみて、エスコートしてくれた父は周りを睨みつけていた。
「今日はすっごく楽しかったです!ダンスはちょっと疲れましたが、スイーツがとても美味しくて……!」
「…………」
パーティが終わり、馬車の番をしていたロバートに、帰りの馬車の中で今日のことをたくさん話した。
彼は無言で手元にあった本に目を通していたが、時々、相槌を打ってくれるのでしっかり聞いてくれているらしい。
「今度はロバートも一緒に行きませんか?」
「………機会があれば、」
彼は静かに本を閉じた。
次の日。屋敷に一通の手紙が届いた。私への婚約の申し入れである。
その手紙は、代々国王の側近に仕える程、お偉いの公爵からだった。
けれど、それをみて喜ぶ者は誰もいなかった。
その公爵は、ほぼ50歳という歳にして、ロリコンというなんとも残念な方なのだ。
断ることも出来ず、公爵は私の婚約者になった。
***
そして今に至るわけである。
正直、結婚したくないです。だって、………ねぇ?
「ハァ………」
また深くため息をつくと、突然、誰かがドアをノックした。
「どーぞ」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのは、ティーセットを片手に持ったロバートだった。
ロバートはつかつかと部屋に入ってくると、一人用のソファに座る私の隣で、無言で紅茶を入れはじめた。
その手は、見入ってしまうほど優しく丁寧に紅茶を入れていたが、よく見ると、長い前髪に隠れるようにある青い瞳はいつもより鋭いような気がする。
「ロバート?」
「…………」
「お、怒っているのですか?」
無言で紅茶を差し出される。
「ねぇ、ロバート」
「……早く飲んで。冷める」
「なぜ怒っているのですか?」
「……………」
「返事に答えて、」
「うるさい!!!!」
ビクリと身体が震えた。
え?ロ、ロバート?
初めてだ。
何度もいうが、彼は仏頂面で無口な人だ。
彼の荒らげた声を聞いたのも、苦しそうに歪ませた顔を見るのも、哀しそうな瞳で睨みつけられたのも。
ロバートは、座っていた私の正面で屈み、両手をとり、じっと見つめられながら叫んだ。
「貴女に何が分かる!?昔から1番近くに居たのも、守っていたのも、惹かれていたのも、この僕なのに!ただの紙切れ1、2枚だけでその存在を奪われるんだ!!……………何で?何でなんだよ!」
「え?え?」
いつもと別人のようだ。
言っていることはまるで分からなかった。
ロバートの迫力に私は、無意識に体が後ろへ引いてしまう。
それに気づいたロバートは、一層鋭い目付きで私を睨んだ。
「そうやって貴女は逃げるのか?僕を置いて行ってしまうのかよ!」
「は、はい?」
「ちっ、こんな事になるなら、力ずくで奪って仕舞えばよかった!!」
腕を引かれロバートの腕が背後にまわる。肩に顔をうずくめられ、彼の髪の毛が顔や首筋をくすぐる。
「!?」
突然、痛いくらいに鼓動がはやくなった。体が熱くなる。上手く息ができない。どうしたんだろうか?
「…………鈍感な貴女だからどうせ気付いてないだろうけど、全部貴女のことを言っているんだよ?」
「え?」
「僕はずっと貴女の事が好きだった。」
「!」
「………やっぱり」
キョトンとした私の反応をみて呆れた顔をされる。
好きかぁ。
なら、私は?
私のこの変な感情は…………
恋だったんだ。
ストンと胸のあたりがすっきりする。
「ロバート」
「はい」
「私も貴女が、…好きです。」
どこかむず痒い。恥ずかしくって目線を逸らしてしまう。
「そっか。そうだったんだ」
「…………はい」
そっと目線を戻すと、幸せそうに微笑んだ彼の顔がすぐ近くにあった。
目が合うと、もっと顔が近づいてきて唇に柔らかい感触がした。
キスをしていると気付くのに少し時間がかかった。
何度も向きを変えて。何度もついばむようにして。やがては彼の舌が口に入ってくる。
「………ろばぁーとぉ」
「嗚呼、やばい」
「なに、が?」
彼の吐息がかかる。
さっきより息がしにくい。胸が苦しい。
紅く染まっているであろう頬を包む彼の大きな手が愛おしくて、優しく撫でる。
この時間が終わってほしくない。
「お嬢様。どうか、僕に逃げたいって言って。僕は貴女の隣にずっといたい」
「に、逃げる?」
「そう。お願い」
彼は私をじっと見つめる。
潤んだその目はどこか、子供がおもちゃを欲しがるときと似ていた。
「ロバート」
「はい」
「私は貴方と生きたいです。私をここから連れだして。」
「承知しました」
***
「あれからもう60年経ちましたね、あなた」
「………そうだな」
大きすぎず小さすぎない、そんな一件の屋敷のバルコニーに二人の年老いた夫婦が寄り添っていた。
「僕は貴女と生涯を共にする事ができて、本当に良かったよ」
老人がそう言うと、老婆はしわくちゃの顔をより一層しわくちゃにして、嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ。私もですよ」
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