5 クベラの再来
久々に見上げた空は雲一つない美しい晴天だった。
透き通った青色がどこまでも続いており、空がとても高く感じられる。
曇りも、雨も、どれも等しく必要だが、やはり晴れの日の空が一番好ましい。
こんな穏やかな陽気の日はジェイお手製の弁当片手にピクニックでも行きたいところだ。
ヴァルナ砦は防壁に仕切られた四層構造になっている。
中心にはかつてヴァルナへの攻撃拠点として建てられた砦がある。サヴィトリ達が宿泊していたのもこの建物だ。現在では守備兵達の居館になっている。
その居館を取り囲むように中央広場があり、十字に大路が走っている。広場の外側の二つの区画は商業施設と住居とが混在していた。
ドゥルグ率いる先発隊はすでに一番外側の区画の制圧を終えていた。あちこちに魔物の残骸が散らばっている。その量を見る限り、サヴィトリが突撃した時よりも明らかに魔物の数が多かった。
南の大路に設営された前線基地では負傷者の治療などがおこなわれている。ざっと見たかぎり重傷者はいない。
精鋭というのは伊達ではないのかアイゼンの瘴気の効果がすごいのか。
「よう、お嬢ちゃん。いい天気じゃのう」
総指揮をとるドゥルグが声をかけてきた。
戦場で見るドゥルグは普段よりも雄々しく若々しい。
東西ルートから進攻する遊撃隊の指揮はそれぞれヨイチとル・フェイが、南の主力部隊はアレックスが率いていた。
隊の編成を決めたのはドゥルグだ。
サヴィトリには用兵の心得がない。その道のプロフェッショナルであるドゥルグに一任することにした。元々そうなることを想定していたのか、ドゥルグはすぐさま兵の配置を決め、先発隊の先陣に立った。
「おはようございます、ドゥルグさん」
「調子はどうじゃ? お嬢ちゃんには棘の魔女をきっちり討ってもらわにゃならんからのう」
「ありがとうございます。私の為に準備立てていただいて」
サヴィトリは深く頭を下げた。
薄々感じていたことがここに来て確信に変わった。
リュミドラを倒すのにサヴィトリの力は必要ない。
頭のどこかでわかってはいたが認めづらいことだった。
サヴィトリがヴァルナ村から戻るのを待った分だけ棘の魔女の魔物が増殖してしまった。サヴィトリを待たずに出兵していればもっと迅速に制圧できただろう。リュミドラの相手もドゥルグ、ペダ、ル・フェイ、ヨイチの四名がいれば充分だ。四人ともサヴィトリよりも遥かに戦闘力が高い。そこに残っていたヴィクラムも入れれば盤石だろう。
自分で決着をつけたいというサヴィトリの我がままをドゥルグとペダは汲んでくれたのだ。
「次代のタイクーンには箔をつけてもらわにゃならんからのう」
サヴィトリの胸中を知ってか、ドゥルグは意味ありげに顎ひげを撫でつけた。
「箔、ですか?」
「おう。生ける天災・棘の魔女を討ち滅ぼし、建国の王初代タイクーン・伝説の女傑クベラの再来としてタイクーンの座についてもらいたいんじゃよ」
「初代タイクーンって女性だったんですか?」
「しかも金髪緑眼であったという記述もある。ヴァルナ族が蜂起した大義名分の一つでもあったデリケートな話じゃがな」
サヴィトリは自分の髪を握りしめた。
己に流れる血だけではなくこの外見も、自分のあずかり知らないところで意味を持つものだった。
「お嬢ちゃんの性格的に世継ぎを生むためだけのお飾りの王は性に合わんじゃろ。おのが身を守るためにも利用できるものはすべて利用した方が良い」
「……つまり、うだうだ考えずにさっさとリュミドラを倒してこい、ってことですか?」
サヴィトリはにっと笑って見せた。
ドゥルグは満足そうに微笑み返す。
「お嬢ちゃんに棘の魔女を倒せる見込みがないのであれば、そもそもお膳立てなどせぬよ」
ドゥルグは大きな手でサヴィトリの背中を叩いた。
「ぐっさんはね、早く若い子に引継ぎして隠居したいんだよー」
負傷者の治療にあたっていたペダもやって来た。ちゃんと人間の姿をしている。
「今回連れてきたのも、実戦経験こそ少ないけれど伸びしろのある子達が中心なんだよ。決して棘の魔女を侮っているわけじゃないけれど、彼らに経験を積んでもらうためにね」
改めて兵の顔ぶれを見てみると、確かにペダの言う通り若い者が多い。サヴィトリより年少に見える者もいる。
「お喋りはそろそろやめにするか。じじいの長話は嫌われる」
ドゥルグは少し険しい顔をし、手振りで兵を数名どこかへと向かわせた。
「どうかしたんですか?」
「今報告が入ってな。三隊それぞれを封じるように大型の魔物が現れたらしい。中でも南の主力であるアレックス隊が劣勢に追い込まれているようでな。早めに援護に行かねば南中に間に合わぬかもしれん。それに、奴の隊には日傘のお嬢ちゃんも同行しておる。彼女が負傷しようものなら計画そのものが危うい」
「俺が棘の魔女の首級をあげてやるーって息巻いてたのにね。あの子ってばほんと人の話を聞かないですぐ先走っちゃうから親衛隊の末席に甘んじてるんだよねー」
ペダはからっとした口調で毒づく。
「やはり足手まといでしたね、あの平凡な名前の下賤の輩は。しかし、なぜ彼に主力を任せたりしたのですか」
カイラシュはため息をつき、今更なことに文句をつける。
「臨機応変さが求められる遊撃隊はむいてないからじゃよ。知ってのとおり、突撃しかできんような阿呆じゃからな」
「俺と一緒だな」
自覚のあるヴィクラムが阿呆なことを呟く。
「ヴィクラム、おぬしのように理をこじ開けられるほどの力があればそれでも良い。アレックスは残念ながらちょいとたりんのじゃ。色々とな」
本人のいないところで散々な言われようだ。今後の成長を期待しての苦言だとは思うが。
「そんなことよりさっさと救援に行ったほうがいいと思うけど。アホの隊はもちろん、東西の隊も危ないんでしょう」
顔をしかめたナーレンダがまともな提案をする。
「おう、そうじゃな。しかし、どこにどれだけ戦力をさくかのう。ここの守りはペダに任せるとして……」
「東には俺が行こう。同僚のよしみだ」
「あ、じゃあ俺、西の方行きますね。これでも機動力にはちょっと自信ありますし」
ヴィクラムとジェイが東西の隊の援軍に名乗りをあげる。
「迷惑をかけてすまんのう。ワシとお嬢ちゃん達はアレックスと合流し、そのまま中央広場まで一気に突破する!」
サヴィトリは力強くうなずき、リュミドラの待つ中央広場の方へと視線をむけた。
こんな所で足止めを食らっている場合ではない。




