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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
空色の章

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3 触れられる距離

 窓の外で鳥が鳴いている。


 どうして彼らは朝になるとぴーぴー騒ぎ出すのか。

 それとも、せわしない一日が始まる前のこの時間だから、彼らが鳴いているのに気を留めていられるのだろうか。


 とりとめのないことを考えながら、サヴィトリはゆっくりと目蓋を持ちあげた。


 ナーレンダは眠っている時でも、しばしば眉間に皺を寄せている。

 先に目が覚めてしまったサヴィトリは、そーっとナーレンダの眉間の皺を押し伸ばした。


 ナーレンダの寝顔は、サヴィトリの記憶の中にあるものと変わらない。

 サヴィトリが幼い頃よく絵本を読んでもらっていたが、だいたいラストシーンがくる前にナーレンダが飽きてしまう。展開がご都合主義的だとか、子供向けにしては教訓臭が強すぎるだとか、とにかく難癖をつけて最終的にはナーレンダ自身が寝落ちする。

 だから、サヴィトリには結末を知らない物語がたくさんあった。


「……っ! あ、ああ、サヴィトリ。もう起きてたの」


 一緒に寝たことを忘れていたに違いない。

 ナーレンダは取りつくろえたつもりかもしれないが視線に動揺が現れてしまっている。


「おはよう、ナーレ」

「ん、おはよう。……何を朝からそんなにニヤついてるのさ?」

「ニヤついてる?」


 サヴィトリは自分の顔に手を当てる。

 笑顔で挨拶はしたがニヤついていると言われるのは心外だ。


「いつもより腑抜けた顔してるよ」


 ナーレンダは楽しそうに笑い、サヴィトリの頬を指先でつついた。


「だって、仕方ないじゃないか。ナーレといられて、嬉しいし」


 サヴィトリはナーレンダの指を払い、唇をとがらせる。


「別に今までだっていただろう。一時期カエルだったりしたけど」


 ナーレンダは視線を逸らし、不明瞭な声で言った。


「身体も心も、触れる距離にはいなかった」


 サヴィトリはナーレンダに抱きつき心臓のあたりに耳を当てる。

 温かい身体も、少し早い鼓動も、ほんの少し手を伸ばすだけで感じられる。


「また、君はそうやって無自覚に煽るんだから……!」


 ナーレンダは言葉にしきれない不満をため息として吐きだす。

 ナーレンダの腰が若干引けているのはなぜだろう。


「じゃあ自覚して煽ればいいの?」


 サヴィトリは手をわきわき動かしながらナーレンダの脇腹の方にむける。


「馬鹿! そもそも煽る必要がない!」


 またナーレンダを怒らせてしまった。

 軽い冗談程度でそんなにも頭に血を昇らせることもないとサヴィトリは思うのだが。このままでは遠くないいつか、血管が切れる。


「ふん、それくらいいつもと変わらず呑気なら、今日の戦いは余裕だね」


 摩擦熱が生じる勢いで、ナーレンダはサヴィトリの頭を強く撫でた。


「当然、勝つよ。だって私達は、自称『超絶美形天才術士』の子供で弟子、でしょう」

「ま、あそこまで規格外じゃあないけど、棘の魔女程度に何度も遅れを取ってなんかいられないね。もしまた負けたらクリシュナに一生笑いものにされ続ける」


 小指を鼻の穴に突っこみ、げらげらと高らかに笑うクリシュナの姿がたやすく想像できてしまった。


「そうならないためにも、そろそろ起きなきゃね」


 サヴィトリはベッドから飛び起き、気合を入れるために自分の顔をぴしゃりと叩いた。

 いつまでもナーレンダに甘えている場合ではない。


「サヴィトリ」


 急に名前を呼ばれた。

 振り返る前に、うしろから服の襟首をつかまれる。

 ナーレンダにしては強い力で引っぱられ、そのまま身体が大きく反る。


 顔が天井を見上げた瞬間、影が差した。

 柔らかく、唇に触れる。


 呆気にとられたサヴィトリは足の力が抜けてしまい、腰から床に倒れこんだ。腰と背中をしたたかに打ちつける。


「サヴィトリ!?」


 焦った様子のナーレンダが、慌ててサヴィトリを抱え起こす。


「……びっくりした」


 サヴィトリは両手で唇を押さえ、呟いた。

 不意打ちは卑怯だ。

 戦いへの決意があっさりと吹き飛んでしまう。


「ごめん、その……今日は、しばらくできなくなるからさ」


 ナーレンダはばつが悪そうに目線を下方にむけた。

 サヴィトリは言葉より先に飛びつくようにナーレンダに抱きついた。ナーレンダもろともベッドに倒れこむ。


「ちょっ、ちょっと……」

「ありがとう、ナーレ。早くキスできるように速攻で倒して帰ろう」

「まったく、臆面もなく恥ずかしいことを言えるね」

「恥ずかしいことをしたのはナーレのほうが先じゃないか」

「はいはい、この件に関しては僕が悪かったよ」

「謝罪に誠意がない」

「本当に面倒くさいな君は……!」


 ナーレンダは顔を引きつらせ、サヴィトリの頬に手を添えた。

 互いのまつ毛がこすれ合う距離にまで近づく。


「僕がしたかったからしたんだ。なんか文句ある?」


 最初から言わせる気なんてないくせに。

 サヴィトリの文句は、音にすらさせてもらえなかった。

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