7 敵を欺くにはまず味方から
ニルニラの案内のもとに細い道や棘の間を抜けていくと見覚えのある棘の扉の前までたどり着いた。
周囲には魔物も、緑なんとかというスライムもいない。
だが安心するのは早計だろう。
前回リュミドラは広場に魔物を潜ませていた。潜ませていたのではなく新たに創ったのかもしれないが。
どちらにせよ油断はできない。
「南中まであと十数分といったところでございます。優秀でございます」
ニルニラは要石を地面に置き、空を見上げた。
「他の二か所は大丈夫かな……」
サヴィトリはぽつりと不安を漏らしてしまう。
皆を信じていないわけではないが、今どういった状況に置かれているのかまったくわからない。
「設置する必要があるのはこれ一つでございます」
「ああ、なんだそれなら――」
ニルニラの言葉にうなずきかけ、サヴィトリは動きを止めた。
耳に入ってきた情報を反芻する。
「……一つ!?」
「他の二つはフェイクなのでございます。ただ闇雲に魔物と戦うより、具体的な目的があったほうが使命感に駆られて士気も上がるのでございます」
「そういうもの?」
「よくわからない小娘が少数でボスを倒すからその間雑魚を引き付けておいてくれ、って言われてやる気出るのでございます?」
「全然」
「そういうことでございます」
ニルニラは地面に何かを描き始めた。要石に彫ってある紋様に似ている。
「棘の魔女の目もくらませられたらと思っていたのでございますが……そう甘くはいかないようなのでございます」
ぞろり、と周囲にある棘が蠢く。
ニルニラを背にかばい、サヴィトリは指輪にくちづけた。他の三人も、ニルニラを守るような配置につく。
動いたのは棘ではなく、棘に擬態して潜んでいた蛇型の魔物だった。
体長は一メートルほどだが数が多い。完全に周囲を取り囲まれてしまう。
棘と見分けがつきにくいため、ちゃんと総数を把握できない。
「そうみたいだね。リュミドラのいる所の近くで何か怪しいことをしているんだ。気付かないほうがおかしい」
サヴィトリは魔物と棘の扉とに視線をむける。
(南中まであと十分あるかないか。魔物を殲滅しあの扉を破れるだろうか。前回と同じようにリュミドラ自ら開けてくれると助かるが……)
「突破口開くからさっさと行きなよサヴィトリ。これくらい僕一人で充分だ」
ナーレンダが右手に炎を集め始めた。青い炎は線状に立ちのぼり、波を描きながらナーレンダの周囲を漂う。
「ナーレ!」
「全員消耗したり間に合わないよりはマシだろう。親衛隊のクソガキになんか僕の代わりを任せたくないけどね」
「きゃー! ナーレンダさんはずかしー! 年甲斐もなくかっこつけようとしてるー!」
「長々喋っている間に焼けばいいのにな」
左右の道からほぼ同時に、ヴィクラムとジェイが現れた。
暴風のように蛇の魔物を切り伏せていく。
「ヴィクラム! ジェイ! どうしてここに!?」
「援軍に行くとヨイチに追い返された。要石は偽物だからここは放っておいて構わない。それよりも、お前を守りに行けと」
「俺の方も大体おんなじー。ル・フェイさんには野郎の助力などいりませんって言われてちょっと泣いたけど……」
「二人にも見抜かれていたんだな」
ニルニラがちょっと頬を膨らませているのが視界の端に見えた。
その隣で出した炎を持て余しているナーレンダの姿も見えた。
「ああ。ここは引き受けた。お前は早く棘の魔女の元へ」
ここはヴィクラム達に任せ、早くリュミドラの所へ向かった方が良さそうだ。
サヴィトリが棘の扉にむかって走ると、招き入れるようにゆっくりと扉が開いた。
リュミドラの方も会いたがってくれているようだ。
今度は、負けない。
サヴィトリは氷の弓を強く握りしめ、棘の扉を駆け抜けた。




