1-7 類は友を呼んだり敵を呼んだり
「相も変わらず、野蛮な方達なのでございます」
たっぷりと卑下がこめられた言葉がサヴィトリの背中に突き刺さった。
面倒くさいことになりそうだなぁと思いつつ、サヴィトリはオニオンスープをすすりながら振り返る。
背後にいたのは、室内だというのにもかかわらず、ピンク色の日傘を差した女だった。やたらめったらにひらひらのフリルがあしらわれているから、晴雨兼用ではないだろう。
少女趣味なパフスリーブのワンピースもふりふりでピンク色。瞳が大きく可愛らしい顔立ちによく似合ってはいるが、一緒に出歩くのにはかなり抵抗がある。
「……あー、誰だっけ?」
サヴィトリは場を取りつくろうため、とりあえずあははと軽薄に笑ってみせる。
「あんたさんならそう言うと思っていたのでございます」
娘はじとっとした瞳でサヴィトリをにらみつけた。
サヴィトリは首をひねる。
この目立つ格好は確かに見覚えがあった。しかし名前が出てこない。やはり自分には健忘症のきらいがあるのだろうか。
「ニルニラ? なんでここにいるの?」
サヴィトリが当てずっぽうに適当な名前を言う前に、ジェイが助け船を出してくれた。
ニルニラ。
そう言われればそんな名前だったかもしれない。
「ジェイ、この人誰?」
サヴィトリはこそっとジェイに耳打ちをする。
「俺の同業者だよ。サヴィトリも何度か襲われたでしょ」
「食事中に調理師または下僕に襲われたことはない」
「俺そもそも調理師でも下僕でもないんだけど……。そうじゃなくて、暗殺者だよ、暗殺者」
言われてから数秒後、サヴィトリはニルニラとの記憶をようやく引っぱり出すことができた。
「災厄の子」が事実上亡き者とされても、実際にその死体を目にしないかぎり心が休まらない輩がいるらしい。そのおかげで、サヴィトリは物心つく前から理不尽に命を狙われた。
幼い頃はクリシュナやナーレンダに守ってもらっていたが、クリシュナに戦い方を教わってからは、やられる前にやれ、という格言のもとに処理をした。同情はしたことがない。自分の命を狙うものはただの敵でしかなかった。野生の獣よりもよほど性質が悪い。
そんなサヴィトリの前に暗殺者として姿を晒して生き残ったのは、ジェイとニルニラだけだ。
二人ともおそろしく腕が立つ、というわけではない。明確に敵だと認識できなかったのが原因だ。
「性懲りもなく、わたくしに血祭りにされに来たのですか?」
「単身、正面から挑むか。その無謀さに敬意を表し、一太刀で終わらせよう」
カイラシュとヴィクラムが同時にサヴィトリの前に立つ。
「ちょっとちょっとちょっと、待つのでございます! この気の短い番犬どもをどうにかしてほしいのでございます! あんたさんを殺しに来たなんて言っていないのでございます!」
二人の強烈な殺気に押されて、ニルニラはあとずさりしながら甲高い声でわめき散らした。
ニルニラは一度、カイラシュとヴィクラムによって完膚なきまでに撃退されている。その二人に策もなしにぶつかるなど正気の沙汰ではない。
「じゃあ、ニラは何しにきたの?」
ニルニラの動向に興味はなかったが、サヴィトリは仕方なく尋ねた。
このまま放っておけば、カイラシュが八つ裂きにしかねない。カイラシュとの付き合いは四人の中ではもっとも日が浅いが、彼がどういった人物なのか嫌というほど知っている。
「その、観光ガイドとして雇われたのでございます……っていうか、あんたさんなんかに『ニラ』とかなれなれしく呼ばれたくないのでございます」
「サヴィトリ様、今すぐこの小うるさいピンク女の息の根を止めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
カイラシュは男女どちらにも厳しい。サヴィトリが関わると特にその切れ味は鋭さを増す。
「一応まだダメ。
ニルニラ、具体的にどういうことなのか説明してもらえるかな。お節介かもしれないけど、言葉は選んだほうがいいよ」
サヴィトリはサラダを食べながら忠告する。
基本的に野菜はあまり好きではないがジェイの作るサラダなら残さず食べることができた。今日のサラダのように半熟卵やベーコンが乗せてあったり、ドレッシングに工夫がされていたりするからだろう。
「説明も何も、ここの将軍さんの依頼を受けたのでございます。砦に滞在している『とある高貴な客人』をヴァルナ村までお連れし、観光案内をしてあげてほしいと。なんでも、名門のご子息とご令嬢が婚前旅行を兼ねて、ヴァルナへと結婚指輪にする宝石を探しに行くのだとか言っていたのでございます」
ヴィクラムとサヴィトリとを指差し、ニルニラは言った。
サヴィトリは首をかしげる。
自分達のことを指しているのなら何ひとつとして事実に即していない。
サヴィトリが可動限界まで首を曲げきった時、カイラシュが嬉々としてジェイを締めあげているのが見えた。
「ここの将軍に話をつけたのはジェイ殿でしたよねぇ? いったい、どのようなクサレ戯言を吹きこんだのでしょうか?」
「いや、そういうことにしておくのが一番無難かなーと思って。なんでも、ここの将軍さんは元々羅刹の部隊長だったらしく、偶然ヴィクラムさんの顔を知ってて、サヴィトリのことを恋人だって勝手に早合点したんです。だからそれを利用して適当に話を作ったら将軍さんが『今まで決して特定の相手を持たなかったあいつが……!』ってむせび泣いちゃったんですよ」
「……遺言はそれで終わりですね?」
「いっ、ぎゃああああああああああああああああっ! やめてえええっ、ジェイ君のライフはもうゼr――」
人体が破壊される音が響き、サヴィトリはそっと目をそらした。
「いまさらだけれど、ここの将軍と知り合いなら、ヴィクラムが話をつけるのが一番早かったんじゃないのか?」
サヴィトリは軽くヴィクラムの脇腹をつつく。
「前二番隊隊長の赴任先がここだという話は聞いたことがある。だが、それほど面識があったわけではないのでな」
「でも、ヴィクラムのことを聞いてむせび泣いたんだろう?」
「羅刹の隊士が他人の色恋に過敏なのはある種の伝統だ。総隊長の悪ふざけが伝染した、とも言う」
「ふーん?」
「しかし、図らずも元同僚をあざむいてしまったのは心苦しいな。……今から婚前旅行に切り替えるか?」
ヴィクラムは薄く笑い、サヴィトリの左手を取った。何もはまっていない薬指を、親指の腹で撫でおろす。
「無自覚に口説くな馬鹿ラム!」
再びヴィクラムの頭に小瓶の鉄槌が下った。
「俺は口説いているわけではない。虚偽に合わせて事実をねじ曲げようとしているだけだ」
ヴィクラムは微かに眉根を寄せ、真剣な面持ちで反論する。
「余計に性質が悪い!」
ナーレンダは木製のスプーンを握り、全力でヴィクラムの額を打ち据えた。剣の達人であるヴィクラムが反応できないほどその動きは速く、額にくっきりとスプーンの形に赤い跡が残る。