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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第七章 反撃の狼煙

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7-10 干戈を交えて

 唾を飲みこむ音が、いやに体内に響く。サヴィトリは自然と口角が上がってしまうのを抑えられなかった。

 目の前には、木刀を片手に、無造作に立つヴィクラムの姿がある。

 並んで戦っている時も感じてはいたが、対峙するとその威圧感のすさまじさが肌に鋭く突き刺さる。並みの魔物くらいなら眼光だけで追い払えてしまいそうだ。


 サヴィトリとヴィクラムとを取り囲むようにヨイチや隊士達がベーグルサンドを片手に静かに見守っている。普段とは違い、みんな真剣そのものだ。一対一での訓練をほとんど受けることのないヴィクラムがサヴィトリの申し出を二つ返事で受けたからだろう。


『ヴィクラム、暇だから鍛錬にでも付き合ってくれないか?』

『わかった』


 やりとりはたったこれだけ。

 その直後、隊士達がうるさく騒ぎ立て、何人か斬られかけていた。今はぴんぴんしているが。隊士の中にもカイラシュに匹敵するほどの回復力を持っている者がいるようだ。


「動く気がないのなら、こちらから行くぞ」


 感触を確かめるように木刀を握り直し、ヴィクラムは地面を蹴った。


「やすやすと近寄らせるか!」


 ヴィクラムの間合いに入った瞬間、勝敗は決する。

 直進してくるヴィクラムにむかって、サヴィトリは氷の矢をひたすらに撃ちこんだ。威力を落とせば、同時に三本まで撃つことができる。


 ヴィクラムは木刀の一薙ぎで矢の大半を粉砕した。木刀には傷ついた様子も凍りついた様子もない。牽制用とはいえ、矢に氷結能力はある。事実、矢の破片が落ちた地面には霜が広がっている。


(わかってはいたが、手加減をする気などさらさらなさそうだな)


 サヴィトリは深く息を吸いこみ両手に冷気を集めた。

 術の行使には多少の時間を要する。大気中に存在する「術素」を取り込み、変換・放出するという手順が必要だからだ。吸収・変換・放出の巧拙は人によって差があり、術法院の術士であっても術を攻撃手段として活用するには術具や詠唱などの補助が必要らしい。

 その点では呼吸と集中だけですむサヴィトリは三つの要素が高水準でまとまっており、戦闘における術の才があるといえた。


 が、世の中、上には上がいる。しかもごく身近に。


(ナーレくらい自由に操れたらいいんだけれど……やめよう、ないものねだりだ)


 ナーレンダは手足より意のままに呼吸をするように炎を扱う。あれでもっと好戦的な性格だったらこの大陸の地形や版図は変わっていただろう。


「余裕だな。他の男のことでも考えていたか」


 時間としてはほんの一瞬にも満たなかったにもかかわらずヴィクラムは刀の間合いまで迫っていた。

 サヴィトリは歯噛みをし、叩きつけるように両手を胸の前で重ね合わせた。別々に放つはずだった冷気をぶつけ、炸裂させる。サヴィトリの合わせた手から無数の氷のつぶてが無軌道に射出される。


「っ、馬鹿なことを……!」


 ヴィクラムは後方に退き、腕をかざして顔をかばう。つぶての数と予測できない動きのせいで木刀ではさばききれない。


「仮に他の男のことを考えていたとして何が悪い!」


 自身も氷のつぶてを受けつつ、サヴィトリは怒鳴るように大声をあげた。サヴィトリの発言に、ギャラリーがどよめく。


 サヴィトリは右手に意識を集中しなおし、地面に冷気を叩きこんだ。それに感応し、地面に落ちていた氷のつぶてや矢のかけらが青白い光を放つ。甲高い金属音を合図に大小さまざまな氷の刃へと変じ、ヴィクラムへと襲いかかる。

 更にサヴィトリは氷の弓を引き、追い討ちをかけた。どれだけ攻撃を重ねてもヴィクラム相手に安心はできない。


「悪い」


 なぜか、ヴィクラムの声が頭上から降ってきた。


 サヴィトリは見上げて確認するよりも先に、左方に飛びのいた。

 一瞬ののち、木刀が叩きつけられ地面が円形に深くくぼんだ。直撃していれば頭蓋骨粉砕――いや、全身がばらばらになっていたかもしれない。


「俺以外、見るな」


 ヴィクラムは容赦なく迫り、木刀を振りおろした。

 サヴィトリは急いで厚い氷を小盾のように張ってガードするが簡単に砕かれてしまった。さいわい骨にまでダメージは通っていないが最低でも青あざは間違いない。


「くっ、多少の斬撃なら弾けるのに……無茶苦茶な膂力だな!」


 サヴィトリはほとんど気力だけで木刀を押し返し、素早く足に術を施した。足先にナイフほどの氷の刃が生える。

 ヴィクラム相手に接近戦は御免こうむりたいが間合いから逃がしてくれるほど優しい相手ではない。

 サヴィトリは薙ぐようにヴィクラムの足元を蹴り払う。が、完全に読まれていた。がっしりと足をつかまれ簡単に転倒させられる。

 

 背中から地面に打ちつけられ、一瞬息が詰まる。

 視界が白く霞んだがサヴィトリは頭を大きく振るって無理やりもやを消し去った。

 ずきずきと痛む手を支えに身体を起こ――せなかった。地面に引っぱられているような感覚がある。その方向に目をやると氷の刃で服が地面に縫いとめられていた。サヴィトリは舌打ちを禁じ得ない。


「終わりだ」


 ヴィクラムは静かに言い、サヴィトリの咽喉元に木刀を突きつけた。


 弾けたように、隊士達がけたたましい歓声をあげる。


 サヴィトリは脱力し、地面に身体を預けた。緊張の糸が切れ、全身に心地よい疲労感が広がる。


「はー。わかってはいたけれどさすがに強いな。まったく歯が立たない」

「相変わらず初手で牽制する癖が抜けないな。鍛錬であっても初撃で殺すつもりでやるべきだ。しかし加減ができず悪かった。隊士達の手前、無様なところを晒すわけにもいかん」


 ヴィクラムはサヴィトリに手を差し伸べた。

 サヴィトリは特に考えなしにその手を取る。ヴィクラムが微妙に口の端をつり上げているのにも気付かずに。


 ヴィクラムは勢いよく引き起こすとそのままサヴィトリの身体を抱きあげた。


「さて、何はどうあれ俺の勝ちだな」


 隊士達が、先ほどとは種類の違う歓声をあげる。


「え、おいっ、わざわざこんなことをしてもらわなくても私は自分で歩ける! どっちかっていうと痛いのは腕と背中だ」


 遅まきながら雰囲気がおかしいことに気付き、サヴィトリは手足をばたつかせる。


「好きにさせてもらう」


 ヴィクラムはまったく意に介さず、それどころか唇をサヴィトリの目蓋に寄せた。

 隊士達の中からもはや断末魔に近いような叫びがあがる。


「た、ただの鍛錬だろう。なんの約束もしていないぞ!」


 サヴィトリは懸命に首を振って抗う。

 隊士達の存在のおかげでどうにか流されないですんでいる。


「勝者に従うのが通例だ」


 ヴィクラムは無駄に揺るぎない鋼の意思でサヴィトリをどこかへと連れて行こうとする。それがどこなのかは見当もつかない。


「わあああああっ! 腕がいたいー絶対折れてるーその他打撲裂傷流血色々あってもうダメだー早く術法院で治療してもらわなきゃー」


 サヴィトリは更に大声をあげる。

 だがここに助けてくれる味方はいない。最悪カイラシュでもよかったがその気配もなかった。


「その程度、舐めれば治る」

「お前だけだ馬鹿!」

「ためしてやろうか」


 ヴィクラムがちろりと舌を出し、今言われた台詞が一気に剣呑なものに変わった。


「――ったく、それくらいにしとけよド阿呆隊長!」


 と言ってヴィクラムを一撃で蹴り倒し、サヴィトリを解放したのはヨイチだった。さすが羅刹五番隊隊長と言うべきか。


「女にゃあ雰囲気ってモンが何より大事なんだよ。黙ってても女が群がってくるてめえにはわかんねーだろうが」

「俺は黙っているわけではない。話すことを考えるのが面倒なだけだ」

「本当に戦闘以外はくそポンコツだなおい」


 ヨイチは頭を抱えてしまった。色々と気苦労が多そうだ。


「色恋ってのは、しかるべき踏む手順ってのがあるわけ。色欲とはちげーの」


 部隊長二人が、決戦の前日に隊士達の前で恋だのなんだのと話してていいのかと思うが、サヴィトリは傍観を決めこんだ。下手につついて飛び火しても困る。


「……ただ欲しいと思うのは、色欲か?」


 ヴィクラムは呟くように尋ね、視線をサヴィトリにむけた。


「俺も偉そうなことは言えねえけど愛ではないだろうな。欲しがるのはガキにだってできる。互いに相手のためを思って与え合うのが大人の恋愛ってやつだろ。……お若い殿下にはちょっと早い話ですけどね」


 ヨイチは肩をすくめ、サヴィトリの方を見た。


「ま、なんもかんもわからねえってならガキの恋愛から始めんのも悪くはないんじゃね? ただ、節度が守れない奴は論外な」


 ヨイチはヴィクラムの眼前に指を突きつけ、釘をさす。


「節度か。難しいな」

「全然難しいことじゃねーから。とりあえず屋外ですんな」

「屋外のほうが興奮する」

「くそ真面目に変な性癖暴露すんな」

「できれば森や林等の自然に囲まれた場所がいい」

「黙れ馬鹿。大自然はてめえのラブホじゃねえ」

「……………………わかった」

「あとは、合意なしにやんのもやめろ」

「いやよいやよも」

「それは野郎の幻想だからな。今はイエス以外は全部ノーだ」


 ヴィクラムの呟きに、ヨイチはすかさずツッコミを入れていく。


「……善処する」


 近年稀に見るほど真剣な顔をし、ヴィクラムはうなずいた。


「――が、一度で覚えきれない。あとでまとめたメモをくれ」


 メモの前に、ヨイチから全力の蹴りをもらったのは言うまでもない。


「サヴィトリ」


 急にヴィクラムに名前を呼ばれ、少しぼんやりしていたサヴィトリはびくりとした。


「傷の手当てを。ナーレンダの所へ行く」


 サヴィトリが何か答える前にヴィクラムはサヴィトリを再び抱きかかえた。さっきよりも優しいと感じるのは気のせいだろうか。


「負傷者を歩かせるわけにはいかない」


 どう反論しても今のヴィクラムには封じこめられそうで、サヴィトリは諦めて腕の中に納まった。


(ヴィクラムとやり合って怪我した、ってナーレが知ったらかなり怒られそうだな)


 サヴィトリは思わずため息を漏らす。ナーレンダの第一声は、「ふん、まったく馬鹿じゃない」だ。確実に。


「……やはりナーレンダの所へ行くのはやめだ。治療は父――導師に頼む」


 唐突にヴィクラムの眉間に皺が寄った。


「どうしたんだ急に? わざわざペダさんの手をわずらわせなくても」


 ヴィクラムもナーレンダに怒られるのが嫌なのかな、とも思ったがそれにしては表情が深刻すぎる。


「……俺も往生際の悪いことだ」


 ヴィクラムは気まずそうに顔を逸らし、歩調を速めた。

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