7-3 反社的な彼女
「無駄な時間と体力を使ってしまった。ドゥルグ殿、現状を――」
「……待てよてめえ!」
アレックスが言葉を遮ってきたので、サヴィトリは言うとおりに彼が上体を起こすのを待った。立ちあがりきる前に思い切り顔面を蹴り倒す。アレックスの身体が無残に転がった。
こういった手合いは性根まで徹底的に叩き直さないと寝首をかかれる。こういうときの正しい矯正方法はクリシュナに習った。相手が折れるまで徹底的に起き攻めを繰り返す。
「だから待てって……」
サヴィトリは再び、アレックスの立ちあがりざまに蹴りを腹部に叩きこんだ。アレックスは短い悲鳴をあげてイモムシのようにうずくまる。
「待て……」
まだ反抗する意志があるらしい。
サヴィトリは握った右の拳を左手で包むようにして両手を組み、アレックスのつんつん頭に振り下ろした。アレックスは勢いで顔をしたたかに地面に打ちつける。
「待って、ください……」
そろそろ可哀想になってきたが、中途半端なところで止めると仕返しされるとクリシュナが実演つきで解説してくれた。
サヴィトリは心を鬼にして後頭部を踏みつけ、地面ににじりつける。
「サヴィトリ、経歴真っ黒な俺が言うのもなんだけど、やり口が反社会的勢力だよ。反社会的勢力系武闘派ヒロインはさすがにえぐいし流行らないよ……」
ジェイが小声で苦言を呈する。
「お願いしますお願いだから少し待ってください……」
アレックスも意外と学習能力がない。生まれたての小鹿のようにぷるぷると身体を震わせながら立ち上がろうとする。
「もうおやめくださいサヴィトリ様!」
そろそろアレックスの心が折れたかなといったところで、カイラシュが割りこんできた。
アレックスを救おうとしているわけでないことは明白だ。
というか今まで誰一人としてサヴィトリの悪行を止めなかったあたり、みんな性格が悪いか、よほどアレックスの性格に問題があるかのどちらかだ。
「わたくしこれ以上黙って見ていられません! こんな俗物を蹴るなどサヴィトリ様の高貴なおみ足が穢れてしまいます! さ、どうぞこのカイラシュを存分に蹴り倒して、サヴィトリ様のおみ足を清めてくださいませ! ご命じとあらば、爪の先から太ももに至るまで丹念に舌でご奉仕――」
サヴィトリは体勢低く構え、裂帛の気合いとともに掌底をまっすぐに突き出しカイラシュの腹にねじり込んだ。
カイラシュは大粒の涙をこぼし、ゆっくりとその場にくずおれた。
「あぁ……アルカディアとサンクチュアリが見える……」
カイラシュはうふうふと薄気味悪く笑い、虚空に手を伸ばしている。いつもどおりの変態っぷりだ。
「ドゥルグ殿、今度こそ本当に会議を始めましょう。このままでは日が暮れ――」
「――サヴィトリ殿下!」
性懲りもなくアレックスがサヴィトリの足にしがみついてきた。起きあがるとぶちのめされる、ということは学習したようだ。
サヴィトリはため息をつかずにいられない。
「お願いします! 俺を弟子にしてください!」
つかまれていないほうの足で脳天に踵落としを叩きこむのと、アレックスが懇願したのは同時だった。
サヴィトリの脳裏に、うっかりカイラシュをぶちのめしてしまった時の光景がよぎる。
まさかこのアレックスも、カイラシュと同じ組合――あるいは、度重なる暴行の衝撃で目覚めてはいけない何かが目覚めてしまったのだろうか。
「無慈悲を体現したかのような強さと悪逆っぷり! 俺の目指す強さはそこにありました! どうかお願いします!」
カイラシュやヴィクラムとはまた別種の、非常に残念な脳味噌をしているようだ。
「気安くサヴィトリ様に触りやがらないでいただけますか凡百野郎! サヴィトリ様にお仕置きされるポジも、脳筋ポジも、地味な名前ポジもすべて埋まっているのです! 貴様の入る隙などこの世にもあの世にも存在しないのですよ!」
復活したカイラシュがアレックスをサヴィトリから引きはがす。
こういう時のカイラシュは便利だ。
「わけわかんねーこと言うな! 俺はそんな変なポジションに就きたいわけじゃねーよ!」
「ならばタイクーン親衛隊に残れるように今から媚を売っておこうという薄汚い権力欲にまみれた腹づもりでしょう! タイクーンが変わるごとに、親衛隊も再編成されますからね」
「は!? タイクーン変わったら俺即クビでいい歳して無職!? それならよりいっそう弟子にしてもらわないと!」
「どうぞご心配なくアレックス殿。今すぐ補佐官権限で棺桶に派遣してあげますよ!」
カイラシュとアレックスの不毛きわまりない戦いの火蓋が切って落とされるのを見届け、サヴィトリは口を開いた。遠回りしたがこれでようやく作戦会議を始められる。
「今度こそ本当に作戦会議を始めましょう。まず現状を教えていただけますか」
「おう。ちと悪ふざけに時間を取りすぎたか。簡単に説明すると状況は何も変わっておらん。棘の魔女に大きな動きはないようじゃ。砦内にいかほどの魔物がいるか把握するのは難しい。何せ生成機が中央にどんと鎮座しておるからの」
ドゥルグの報告は少なくとも最悪ではない。ヴァルナ砦を拠点として近隣の村落が襲撃されていないだけましだ。
「棘の魔女について少しわかったことがあるんだけど、いいかな?」
ペダが控えめに手をあげた。
サヴィトリはうなずいて先をうながす。
「わかったと言ってもあくまで推測だからそのつもりで聞いてね。棘の魔女が操る棘も、彼女が創りだす緑の魔物も、どうやら植物と同じ性質を持っているようなんだ。活動には水・栄養・光・酸素・温度を必要とする。それらのどれか一つが欠けるだけで、著しく行動速度が低下する。あの時曇ったおかげで私達三人が棘の魔女がいる広場までたどり着けたし、あの場から逃げることもできた」
ペダの推測に、サヴィトリも思い当たる節があった。
サヴィトリが以前リュミドラと戦ったのは塔の内部だった。陽は当たらず、栄養と水分を補給する土もない。だからジェイと二人だけで退けることができた。
また、ヴァルナにむかう途中でリュミドラの愛犬に襲われたあと、ジェイも疑問を呈していた。リュミドラが差しむけたにしては弱い、と。その時も空は曇っていた。
「正面から当たっても物量で負けるこちらが不利だからねー。どうにかそこらへんを突きたいんだけど……」
ペダは腕組みをし、うーんとうなる。
「方法はいくつかあるけれど、いまいち現実味に欠ける」
ナーレンダがペダの言葉を引き継いだ。
「僕がぱっと思いついたのは三つ。
一つは、ペダ様の術でヴァルナ砦の地質を変質させる。ただこれを使うとむこう五十年は人が住めなくなる。
もう一つは、夜襲をかける。羅刹はともかく、他の部隊は夜行には不慣れだ。しかも視界が得られない上、砦のいたる所に棘が張っていて足場も悪いから相当機動力が落ちる。
最後の一つは、単純に曇りの日まで待つ。それまで棘の魔女がおとなしく待ってくれるとも限らないけど」
ナーレンダは前髪をつかむようにかきあげ、小さくため息を漏らした。
代替案を出そうとみんな顔をしかめたりなどするが、そうそう突然に妙案が浮かぶわけがない。
(どうにか消耗を抑えてリュミドラの元へたどり着くには、できるだけ弱点をつきたいところだが)
前回と違いこちらの戦力は大きく増えているが、リュミドラも承知の上だろう。
それに、誰がなんと言おうと決着は自らの手でつけたい。




