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1-5 朝食はきちんと食べましょう

「それではサヴィトリ様、これからわたくしとサヴィトリ様が歩む究極の愛の道について再確認しましょう」


 食卓に着いた途端、カイラシュがおかしなことを言い始めた。


 宿を借りている身なので、人目のつく所で騒ぎを起こすわけにはいかない。

 サヴィトリはごく自然にカイラシュを無視し、テーブルに並べられたジェイの手料理に意識をむけた。


 薄い湯気とともに、ほのかに甘く香ばしい香りを立ちのぼらせている半円形のパン。

 ごろんと果実が残った贅沢感たっぷりなアプリコットジャム。

 絶妙な火加減の半熟卵が乗ったベーコンとレタスのサラダ。

 じっくりいためて旨味を存分に引き出した琥珀色のオニオンスープ。

 見た目の派手さこそないが、どれもこれも丁寧に作られていることが窺える。


「王都と比べて物流がいいとは言えないからさ、とりあえず簡単に調達できる物で作ってみたよ。でも、水が美味しいのが救いかな。ヴァルナの近くは名水が多いんだ」


 給仕をしながら、気恥ずかしそうにジェイは言う。


 サヴィトリ達の他に、食堂には何人か男がいる。筋骨隆々で、見るからに屈強そうだ。

 ジェイは彼らに頭を下げつつ料理をふるまう。二言三言話すだけで、男達の表情が柔らかくなった。意外にジェイの会話力は高い。


 屈強な男達は、ここ――ヴァルナ砦を守るために常駐している守備兵だった。

 ヴァルナ砦という名称は便宜的なもので、ヴァルナの地に対する攻撃拠点として作られたことに起因する。


 サヴィトリが生まれる以前、クベラとヴァルナとの間に争いがあった。

 原因は諸説ある。

 ヴァルナの鉱物資源欲しさにクベラが侵略をしただとか、ヴァルナの民が怪しげな蛇神にそそのかされて蜂起しただとか――どちらにせよ、多くの血が流れたのだという。

 列強三国に名を連ねる北の大国クベラと、集落が点在する一地方にしかすぎないヴァルナ。

 大方の予想どおり、圧倒的武力でもってクベラがヴァルナを版図の一部に組みこんだ。

 役目を終えたヴァルナ砦は、クベラ王都ランクァとヴァルナとの交易中継地として新たな道を進み始めている。


(ヴァルナ、か。母の生まれ故郷らしいが……)


 カイラシュから教えてもらったヴァルナの情報を反芻していると、ふとサヴィトリの頭の中に母のことがよぎった。

 母・ラトリはサヴィトリを生んでからほどなくして亡くなったらしい。死因は聞かされていない。

 タイクーンの側室で、ヴァルナの生まれ。

 その二つのキーワードと、自分が災厄の子として城から追われたことを考えると、いい死に方をしたとは思えない。


(どんな人だったのかな?)


 タイクーンである父には髪の毛筋ほどの興味も湧かないが、母については気にかかった。もう二度と会うことができないからだろうか。


「……あいつ、他人に取り入るのがやたら上手いよね」


 サヴィトリが思案にふけっていると、ナーレンダが呆れたように呟くのが耳に入ってきた。

 ナーレンダの方を見ると、生クリームとはちみつとアプリコットジャムとを山盛りにぬりたくったパンにかじりついている。サヴィトリはカエルの構造に詳しくないが、人間の食べ物をちゃんと消化できるのか気になった。


 屋根のある部屋で眠れ、こうして美味しい朝食にありつけるのも、すべてはジェイのおかげだった。

 サヴィトリ達がヴァルナ砦に到着した時にはすでに、宿は宿泊客で埋まってしまっていた。ヴァルナ産の希少鉱石は良質で人気が高く、買いつけに来る商人があとを絶たないことと、その受け皿となりうるほど砦周辺の開発が追いついていないのが原因だった。


 職権を濫用しようとするカイラシュをやんわりと押しとどめ、ジェイは単身で砦の居館にむかい、どういった方法を使ったのか、居館での宿泊許可を取ってきた。

 砦の最高責任者である将軍は、ヴァルナにむかう怪しげな一行を不審がるでもなく笑顔で歓迎してくれた。


「それも才能だ。おかげで補佐官殿が暴挙に出ずにすんだ」


 朝からひとり、分厚いサーロインステーキを食べるヴィクラムが控えめに口をはさんだ。

 飢えた獣並みのスピードで皿から肉片が消えていくが、それでも見苦しい印象を与えないのは所作に品があるからだろう。


「確かに行く先々で『控えおろう! このお方をどなたと心得る!』なんてやられたんじゃ気軽に外も歩けない」


 サヴィトリはため息をつき、パンを真ん中から二つにちぎった。

 焼きたてのパン特有の、食欲をそそるほんのり甘く芳ばしい香りが一瞬にしてため息を吹き飛ばす。が、不満はまだ心の中にくすぶっていた。


 カイラシュには、サヴィトリの身分を吹聴したがる癖があった。

 サヴィトリがタイクーンの娘であり、次期タイクーンだということを伝えれば、格別のもてなしを受けられるだろう。だが、サヴィトリは堅苦しいのが苦手だった。


 それに、指輪の呪いを解き、棘の魔女リュミドラを倒すまではサヴィトリの素性を口外しないと約束をしてくれたはずだった。にもかかわらず、カイラシュはサヴィトリのことを特別扱いする。

 補佐官がかしずくのはタイクーンに対してのみ。

 城内の鼻の利く人間は、サヴィトリが何者なのか勘づいてしまっている。

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