5-8 極彩色の因縁
砦の中央部に位置する広場は、蠢く棘によって支配されていた。
深い緑が目に突き刺さる。今までの場所よりも、一段と棘が濃い。
広場からは四方に通りが走っていたが、すべて棘によって塞がれ、行き止まりになっている。
サヴィトリの背後で、棘の扉が閉まった。
簡単に帰してくれるつもりはなさそうだ。わかってはいたことだが。
サヴィトリは深く息を吐き、ターコイズの指輪にくちづけた。
石が色を失い、氷弓が手の中に現れる。強く握りしめると、浮足立った心が静まるような気がした。
「――うふふ、緊張してるサヴィトリちゃんも可愛いわねぇ」
どこからか七色のライトが生じ、広場の真ん中あたりを照らす。
小さな地響きと共に、照らされた場所の地面から三メートルほどの球体が現れた。棘に覆われており、無数の小さな突起がある。
昔、マッサージ用にクリシュナが使っていた手のひらサイズのボールに似ているな、と余計なことがサヴィトリの頭をよぎった。
「あぁん、サヴィトリちゃんお・ひ・さ・し・ぶ・り! とっても会いたかったわぁん☆」
棘の球体に亀裂が入り、花開くように割れる。神々しいばかりの光が漏れ、目に痛い。
「私もだ。棘の魔女、リュミドラ」
中にいたのは、絶世の美女――ではなく、最高等級の贅肉をふんだんにまとい、タコ糸がわりの棘で全身を締めあげられたボンレスハムだった。
羞恥心があるのかないのか、黒い細切れの布をまきつけ、ハートのニプレスを貼っているのがなんともシュールだ。
「もうっ、ボンレスハムだなんて失礼しちゃうわぁ~。アタシは骨太なだけなんだからぁ!」
テレパスボンレスハム――もとい、棘の魔女リュミドラは頬の肉をぷるぷると揺らして抗議する。
「確かに、それだけの重量の脂肪を支えるには、骨格がしっかりしていないと自壊してしまうな」
軽口を叩きながら、サヴィトリはリュミドラの周囲をうかがう。
魔物も人質も、いる気配がなかった。
魔物に限っていえば、発生の原理がわからないため、姿が見えないからといって油断はできない。
「ところで、三人の人質、というのはどこにいるんだ?」
サヴィトリは単刀直入に尋ねてしまうことにした。
時間を稼いで他の三人の合流を待ち、数の暴力で圧倒する、というのも考えたが、なぜサヴィトリとナーレンダだけを通したのかも気になる。
「あらぁ、もうわかっているんでしょう? 誰が人質なのか」
リュミドラは口元に手を当て、ほほほ、と小さく意地悪く笑った。目は細められていたが、瞳は笑っていなかった。
「花を咲かせず実をつける――アタシの棘は寂しがり屋だから、すぐに種をまいて仲間を増やしちゃうのよねぇ」
ぷつ、という聞きなれない音がした。
左手に鋭い痛みが走る。
サヴィトリは思わず氷弓を取り落しそうになったが、痛みに耐えるように強く両手で握りなおす。
血で濡れた細い棘が、左手の甲から伸びていた。サヴィトリをからかうように左右に揺れ、薬指に巻きつく。とげが浅く食い込んだ。
「うふ、アタシとサヴィトリちゃんの婚約指輪ってところかしら」
「この程度で、私を人質に取ったつもりか!」
サヴィトリは手の甲から生える棘をつかみ、
力まかせに引き抜いた。薬指に絡みついたものは噛みちぎり、地面に吐き捨てる。
それ以上、手から棘が生えてくる様子はなかった。




