5-7 棘の扉の守護者
それは、サヴィトリには扉のように見えた。
開け放たなければならない、扉。
広場へと通じる道は封鎖されていた。棘が幾重にもなり、紋様を描いているように見える。
棘の扉の前には、見覚えのあるものがあった――否、いた。
緑がかった半透明の流動体。
リュミドラの腹心を名乗る(ヴァルナ村村長談)スライム、緑川土左衛門。
(あれやっぱりこの前のスライムかな。スライムの見分けなんてつかないけれど)
どう対処すべきか迷っていると、ヴィクラムが一人進み出た。
そういえばヴィクラムはスライム語ができるらしい。どうにか話をつけてくれるかもしれない。
だがヴィクラムが話しかける前に、スライムは怪しく蠢き始めた。半透明の身体にさざ波が立つ。
波が次第に激しくなり、スライムの身体はぶくぶくと膨れあがった。ほどなくして人の形をとる。
『いちいち翻訳するのも骨が折れるでしょう。自分の口で、お伝えいたします』
長身のヴィクラムをも上回る体躯。
ぼさぼさで伸ばし放題の灰白の髪。
朱で印が刻まれた褐色の肌。
猛獣を思わせる、眼光鋭い金の瞳。
『リュミドラ様より、サヴィトリ様とナーレンダ様以外は通すなと仰せつかっております』
スライムが変じたのは、ハリの森にいるサヴィトリの養父クリシュナそのままの姿だった。
「師匠!?」
「クリシュナ!? 馬鹿な!」
サヴィトリとナーレンダがほとんど同時に声をあげる。
クリシュナには、力で絶対に勝てない。
二人の中には、共通の刷りこみがあった。実際にクリシュナと戦ったことはないが、一緒に暮らしていて本能的にそれを感じ取った。
「よくわからないが、強そうだな」
ヴィクラムは刀を正眼に構え、目を細めた。
「噂によれば、小指一本で大陸を滅ぼせるそうですよ。まぁ、あくまで、噂。そして本人のほうの話ですが」
何本もの黒針を扇子のように広げ、カイラシュはスライムを見据えた。
「といってもコピーですし、三人で囲んでボコればなんとかなりますよね」
珍しくやる気を出しているジェイは、いつでも飛び出せるように、体勢を低くしている。
「いや、ジェイ殿は下がっていてくれ」
「空気は無理して出張らなくて結構です」
「うそーん」
戦力外を言い渡されたジェイはその場にしゃがみ込み、いじいじと地面にいたずら書きをする。
サヴィトリは無言でジェイの肩を叩き、ナーレンダと共に棘の扉の方へとむかった。下手に慰めの言葉をかけても逆効果だろう。
それよりも、サヴィトリとナーレンダの二人しか通さないというリュミドラの意図が気になる。
(会えばわかる、か)
サヴィトリが棘の扉の前に立つと、扉の中央に縦に切れ目が入った。そこから、両開き扉のように左右に回転して道が開く。
サヴィトリは意識して息を吐き、扉のむこう側へと足を踏み入れた。




