5-3 色濃い疲労
「ナーレ、今だ!」
サヴィトリの声に、ジェイは現実に引き戻される。
まだ合成獣は完全に消滅したわけではない。戦闘中でも、すぐ他のことに気を取られてしまうのは悪い癖だ。
「もうやってるよ!」
ナーレンダの応えとほぼ同時に、獅子の頭が青い炎に包まれた。
耳にこびりつく悲鳴をあげ、青い炎の中で獅子の頭が歪んでいく。
ジェイは目を背けた。
生きながらに焼かれるというのは視覚的に相当きつい。原料が枝葉であるせいか、それほど嫌な臭いはしない、というのがせめてもの救いだ。
(あの人を本気で怒らせないようにしよう)
ジェイはしっかりと肝に銘じる。
本当に焼き殺すつもりで炎を放たれたら逃げることしかできない。いや、逃げるという選択肢が浮かぶ前に灰になっている確率のほうが高い。
(っていうかサヴィトリを筆頭に、チートすぎるんだよこの集団)
矢数が無制限の氷の弓を持ち、准術士長レベルの氷術を操り、おまけに体術までこなすサヴィトリ。
精確な投擲も脅威だが、それ以上に、岩をもやすやすと砕く化け物じみた怪力をもつカイラシュ。
もはや説明不要、当代随一の剣士と称される魔物討伐のエキスパートであるヴィクラム。
殺傷能力の高い火術の他に、回復から補助まであらゆる系統の術を使いこなす不世出の天才ナーレンダ。
そんな面々の中に、どうして平凡な自分が混じっているのか。
天からの才能の振り分け方を嘆いていると、突然、ガラスに爪を立てたような音が鼓膜を貫いた。顔をしかめずにいられない。
発生源はすぐにわかった。
左右の首を失った合成獣が、サヴィトリに飛びかかっていた。
サヴィトリは転がるようにして攻撃を避けたが、爪がかすって服の肩口が破けた。
たとえ頭部を破壊しようとも、棘の魔女の魔物は核があるかぎり動き続ける。
「頭部に核があるんじゃなかったのか!」
サヴィトリは氷の矢を撃ちこみながら怒鳴り声をあげる。
先ほど同様に氷の矢は四散してしまい、かすり傷にすらならない。
「ほぼって言ったろう! なんにでも例外はある!」
ナーレンダもつられて大声をはりあげた。
火球を発生させるが、サヴィトリが近くにいるため放つことができない。
「――いや、やっぱり頭部なんじゃないですか」
ジェイは合成獣にむかって走り、鎖を持って鎌のほうを投げつけた。
刃が深々と合成獣の尻に突き刺さる。
「あ、やっぱはずれた」
「何がやっぱだ! ふざけている場合じゃあないだろう!」
「あははははー」
ジェイはかるーく笑ってなかったことにし、そのまま加速して合成獣との距離を詰めた。
迎え撃つように合成獣はジェイの方に顔―――炭化してほとんど残っていないが――をむける。焼けただれた跡が痛々しい。
「棘の魔女さんは何を考えてこんな魔物を作っちゃったやら」
ジェイはふぅとため息を一つこぼし、左足で地面を強く蹴った。合成獣の背中に手をつくと同時に右足も振りあげた。
一瞬だけ、合成獣の上で片手逆立ちの状態になる。
触ってみてわかったが、ほどよい硬さのつるっとした毛で触り心地がいい。高く売れそうな毛皮だ。
(……すぐ査定する癖やめよう)
手を突き放して飛び越し、ついでに鎌を引き抜いて回収する。
そろそろ倒さないと遊んでいると勘違いされて、ナーレンダに火球をぶちかまされる。
「頭ってこれでしょ」
ジェイは鎌を逆手に持ち、その場で素早く身体を半回転させた。肉を断った感触が手に伝わり、地面に何かがぼとりと落ちる。
数秒遅れて、合成獣の身体が倒れこむ。
ジェイが切り落としたのは合成獣の尾だった。蛇そっくりのそれは、もがくように激しく身体をくねらせている。
頭部に鎌の刃を振りおろすと、ガラスを割ったような音がした。
蛇も合成獣の身体も、ただの葉の山に変わる。
「あー、終わった終わった。カイラシュさん達が戻ってくるまで休憩にしない? ほら、奥で棘の魔女が待ち構えてるんだから、体力はできるかぎり温存しなくっちゃ」
ジェイはサヴィトリとナーレンダの首を抱えこんだ。
二人とも理由は違えど疲労が激しい。
サヴィトリのそばを離れることを嫌うカイラシュが露払いを買って出たのもそのためだ。
サヴィトリの疲労の原因は単純だ。
焦り。
そのせいで無駄な動きが多く、余計な力も入ってしまっている。
問題はナーレンダのほうだ。
ジェイはあまり術に詳しくないが、おそらく無理に封術を破ったことが原因だろう。
正規の方法で封術を解いたのではなく、まるで鎖でも引きちぎるように力まかせに破った。そのために必要以上の力を使ってしまった。サヴィトリを救いたいがために。
数日休めば回復する程度のものだろうが、今はそれが死活問題だ。
戦闘を重ねるたびに火力が落ちている。本人もそれに気付いていないわけがない。
「でも、行かないと」
サヴィトリはにらむように遠くを見つめる。
棘に覆われたヴァルナ砦の中でも、ひときわ緑と瘴気の濃い場所。
そこに棘の魔女リュミドラはいる。




