5-2 中ボスバトルは荷が重い
「あー、早く二人とも戻って来てくれないかなぁ~」
ジェイは困ったように笑い、頬を指でかく。
人間相手でも魔物相手でも戦うのは苦手だ。
怪我をすれば痛いし、死んだらおしまい。死んだ人のために誰かが悲しむことだってある。人間だけじゃなくて、魔物だってそうかもしれない。自分達が知らないだけで。
(……だからって、他人に押しつけていいわけじゃないよね。集中集中っと)
ジェイは分銅のついた鎖を振りまわし、目の前に立ち塞がる魔物に意識をむける。
刺さるほどの敵意をジェイにむけているのは双頭の獣だった。
左の頭は山羊、右の頭は獅子。虎模様の胴からは蝙蝠の小さな羽が生えている。尾は蛇だ。神様がたわむれに創ったとしか思えない。
「こういう、いかにも中ボスっぽい奴の相手として、俺じゃあちょっと力不足だよね。ほどほどには頑張るけどさ!」
山羊さんごめんね! と心の中で謝りつつ、ジェイは分銅を投げる。
分銅は狙いどおりに山羊の角に絡まった。
軽く引っぱってはずれないことを確かめてから、ジェイは念じる。
戻れ、と。
この鎖鎌もサヴィトリの氷弓と同じく術具で、鎖の部分が際限なく伸びる。どこまで伸びるか実際にためしたことはないが。
伸びた鎖は、ジェイが念じるだけで瞬時に柄の中に巻き取られていく。
ジェイは地面を蹴った。
一気に合成獣との距離が詰まる。
(確か、核は頭部に内包されてるんだっけ)
ナーレンダが言っていた情報を反芻し、ジェイは草でも刈り取るように山羊の頭を口から上下二つに切り開いた。
人間のものに似た断末魔の叫びが耳をつんざく。
手には、肉と骨を斬った感触しかない。
「うーん、やっぱはずれかぁ」
気弱に笑い、ジェイは合成獣から全力で離れた。
核を壊せば棘の魔女の魔物は自壊する。
合成獣が生きているということは、獅子の頭に核があるに違いない。
片方の頭を失い、合成獣は狂ったように咆哮した。滑るようにして地を駆け、猛然とジェイに迫る。
「げ、ちょっと足速くない!?」
よく見ると、飾りだと思われた蝙蝠羽がほんの少し身体を浮かせているようだった。
地面を這う棘やひび割れた石畳に足を取られるジェイのほうが分が悪い。
(あー、そろそろ俺転んで大ピンチ! みたいな状況になりそ……)
「馬鹿なことを言っているんじゃあない! さっさとそいつの動きを止めないか!」
ジェイから見て左方から、怒鳴り声と青い火球がものすごい勢いで飛んできた。
慌てたジェイは棘に足を引っかけてしまい、したたかに鼻を地面に打ちつける。
「うぅ、やっぱ転んだ……っていうか声出したつもりなかったんだけど……」
這いつくばっていたい気持ちを抑え、ジェイは急いで飛び起きた。
合成獣の追撃がない。さっきの火球で仕留められたのだろうか。
先ほど以上の咆哮が、ジェイの甘い期待を打ち壊す。
合成獣は健在だった。
ただ、獅子のたてがみが微妙に焦げてしまっている。
獅子にとって山羊の頭よりも自分のたてがみのほうが大事なのか、敵意は完全にナーレンダにむいていた。
「いつも俺達に当てるみたいに、さくっと一発でやっちゃってくださいよ!」
「うるさいっ、僕は球技が苦手なんだ!」
ナーレンダはむかってくる合成獣にいくつもの火の玉を放つ。
一つだけ山羊の頭の残骸に当たり、完全に炭にした。しかし、それ以外はかすりもしない。正確には何発か大きく軌道をそれ、ジェイのマントには被弾したが。
「充分得意じゃないですか……」
ジェイは燃えるマントを捨て、合成獣にむかって駆けた。
ゆったりとしたローブ姿などから推測するに、ナーレンダは接近戦が苦手だろう。武器らしいものを携帯している様子もない。
術士なのだから物理攻撃が不得手なのは当然かもしれないが、サヴィトリという大いなる例外もいる。彼女はむしろ、格闘のほうがむいているような気がする。
個人的にナーレンダのことははあまり好きではない――むこうがジェイのことを嫌っているから、自然と嫌な感情が溜まる――が、だからといって見殺しにしていいわけではない。
「何を遊んでいるんだ二人とも!」
合成獣の蝙蝠羽に、青みがかった透明の矢が突き刺さる。矢傷を起点として羽はみるみるうちに凍りつき、砕けた。
合成獣は痛みに悲鳴をあげ、全身を大きく震わせる。
「あれ、もう鳥の魔物倒したの? 早いね」
ジェイが合成獣を引きつけている間に、サヴィトリとナーレンダは、それぞれ別の魔物に当たっていた。
「いや、ナーレのほうが早かったのだろう」
答えながら、サヴィトリは容赦なく合成獣に氷の矢を射かける。
しかし、虎模様の胴に当たると矢は四散した。氷か術に耐性があるのかもしれない。
合成獣の攻撃目標がサヴィトリに移る。
距離的にナーレンダのほうが圧倒的に近いが、無視してサヴィトリに突進する。
山羊の頭を失ってから、行動が単純化しているようだ。
「こうして見ると、ずいぶんと頭の悪そうな顔をしているな」
サヴィトリは腰に手を当て、悠然と待ち受ける。
合成獣は低くうなり、にわかに加速した。サヴィトリの発言が理解できたかのようなタイミングだ。
「サヴィトリ!」
名前を呼んでも彼女の集中力を削ぐだけだとわかっていたが、ジェイは叫ばずにはいられなかった。
全力で走っても間に合わない。
「……いや、訂正しよう。『ような』ではなく、本当に頭が悪いな」
サヴィトリは犬歯をむき出しにして笑った。
ジェイは知っている。
サヴィトリがこういう風に笑うのは、ぶち切れている時か、絶対的に優位な時だ。
合成獣はよだれを垂らしながら、サヴィトリに躍りかかる。
合成獣の牙が、サヴィトリの白い肌に突き刺さることはなかった。
サヴィトリに届く一歩手前の所で、合成獣は何かにぶつかり、激突したのと同じ勢いで弾き飛ばされた。
サヴィトリの姿を覆い隠すように、空間に無数の白いひびが入る。
おそらく氷の矢で攻撃したすぐあと、サヴィトリは自分の目の前に透明な氷の壁を発生させたのだろう。
頭の悪い合成獣は挑発にまんまと乗り、自ら全力で壁に衝突した。
「予想以上に当たりが強かったな。びっくりしたじゃないか」
サヴィトリは少し唇をとがらせ、右手を振りあげた。
氷の壁が大小さまざまに砕け、合成獣を取り囲む。
「行け」
短く命じ、サヴィトリは腕を振りおろす。
合成獣に引き寄せられるようにして、氷の破片が次々と刺さっていく。
数秒前の不機嫌さはどこへやら、サヴィトリの口元には微かに笑みが浮かんでいた。
戦いや暴力、殺戮を愉しむ傾向が彼女には見られた。そういった性癖を持つ輩を見飽きているジェイですら、心臓を冷たい手で撫であげられたようにぞっとする。
幼い頃から命を狙われ続けてきたという環境が、彼女をそのように変容させたのかもしれない。




