4-5 罪の所在
「さて、茶番はここまでです」
縄で拘束した村長とニルニラを椅子に座らせ、カイラシュは加虐的な微笑を浮かべた。
やはり今回の件はこの二人が共謀して働いたことのようだ。おそらく他に協力者はいないのだろう。もしいれば、カイラシュが確保していないわけがない。
捕縛された疲労か、カイラシュに対する恐怖か、あるいは自分の仕出かしたことへの罪悪感か。村長の額にはびっしりと脂汗が吹き出ていた。瞳は虚ろで、唇が小刻みに震えている。
「ヴァルナ村村長、アミラル」
普段とは違う、朗々としたカイラシュの声。
自分の名を呼ばれているわけでもないのに、サヴィトリはぎくりとした。
「まず最初に、わたくしの素性をあかすことといたしましょう。たいしたものではありませんが、準備運動だとでもお思いください」
鳥やネズミをいたぶる猫の顔をして、カイラシュはゆったりと会釈をした。
「ふん、たいしたものじゃないだって? 左右丞相に匹敵する高官がよく言うよ」
ナーレンダが呆れたように呟くのが耳に入ってきた。
ジェイとヴィクラムは、これといった感情なく状況を傍観している。
「クベラ国タイクーン補佐官、カイラシュ・アースラと申します。――ああ、覚えていただかなくて結構ですよ。現世では、もう二度と会うこともないでしょうから」
カイラシュはトランプ大の薄い金属板を取り出すと、村長の眼前に突きつけた。身分証明のようなものかもしれない。
「良くて斬首刑、最悪でヴァルナ壊滅――それほどの重罪を、お前は起こしたのですよ」
村長の顔から滝のように汗が流れ落ちる。おそらく顔だけでなく全身同じような状態だろう。
(陰湿なことをするなぁ……)
サヴィトリはこっそりとため息をつく。
村長を一発ぶん殴って憲兵に引き渡しておしまい、というわけにはいかないらしい。
「村長さんもアホだよね。ヴィクラムさんいるし、俺の鎧にもクベラの紋章入ってるってのに。でもまぁ、ニルニラのおかげで成功しかけたけどさ」
飽きてきたのか、ジェイが話しかけてきた。
話題にのぼったニルニラの方を見てみると、ただひたすらにうな垂れていた。
声をかけられる雰囲気でもなく、かける言葉自体も見つからない。
サヴィトリは視線をカイラシュと村長に戻した。
「まさか、たかが小娘一人……」
状況を把握できていないのか、村長はもっとも言ってはならないことを口走ってしまった。
カイラシュを除く全員が頭を抱えずにいられない。
ヴィクラムとジェイが、カイラシュを制止するために動いたが遅かった。
「たかが小娘?」
村長の顔面にカイラシュの靴底がめり込む。
「貴様が私利私欲のため化け物に差し出したのは次期タイクーン。クベラ国第一王位継承者サヴィトリ・ナヴァ・クベラ様であらせられる。よもや、そのことを知った上での所業ではあるまいな!」
カイラシュは村長の胸倉をつかみ、身体を片手で持ちあげた。喉を圧迫しているのか、村長の顔が赤黒く変色していく。
「やめろカイ。やりすぎだ。私は戻ったのだから、もういいだろう」
サヴィトリの言葉も聞かず、カイラシュは村長の首を絞め続ける。
「カイ! やめろと言っている!」
腕を引っぱって揺さぶるが、カイラシュはサヴィトリの方を見ようともしない。
「この地を貴様の墓標としてやる。地獄でヴァルナが焦土と化すのを見ていろ」
カイラシュの手に力がこもる。
サヴィトリは息を大きく吸い、へその下に力を入れた。喉を潰すつもりで叫ぶ。
「慎めカイラシュ! ここは私の母の郷里でもある。それを害する者は、たとえお前であろうと許さない!」
カイラシュの身体が雷に打たれたようにびくりと震える。カイラシュの手が力なく開き、村長の身体が落下した。大きく咳きこんではいるが、命に別状はなさそうだ。
「……出すぎた真似を、いたしました」
カイラシュは顔を真っ青にし、消え入りそうな声で非を詫びる。
「ありがとう、私を思ってくれてのことだろう。でも、そのためにカイが手を汚すのを見たくない」
サヴィトリはカイラシュの両手を取り、手の甲に唇を押しあてた。
「サヴィトリ様……!」
瞳を潤ませ、抱きついてこようとするカイラシュをひらりとかわし、サヴィトリは村長に近付いた。
村長はがちがちと歯を鳴らし、おびえた瞳をサヴィトリにむける。
「も、申し訳ございません……! あ、あ、あなた様が、クベラ、次期タイクーンであるなどと、露にも思わず……」
「次期タイクーンだからなんだ? もしも私がどこの馬の骨とも知れぬ娘であれば、悔いることもなかったということか?」
間髪入れないサヴィトリの切り返しに、村長は言葉を詰まらせた。
「……正直なことだ」
サヴィトリの口から重苦しいため息が漏れる。
「さっきも言ったように、私はこの村をどうこうするつもりはない。が、このまま不問にするほどお人好しでもない。舌を噛みたくなければ歯を食いしばれ」
村長は数秒逡巡してから、目をつむり、固く歯を食いしばった。
サヴィトリは息を吐き、猛禽類のような勢いで村長の髪の毛をむしり取った。
「ええええええええええええええっ!? そこは顔面殴り飛ばすところじゃないの! いや、そもそも暴力に訴えてる時点でおかしいんだけどね」
真っ先に不服を申し立てたのはジェイだった。
「あー、その、いや、このほうが精神的ダメージ与えられるかなーとか思って」
サヴィトリはかるーく笑って、むしった髪の毛を床に捨てる。
特に考えなしに「歯を食いしばれ」と言ったせいで引っこみがつかなくなった、などと本当のことを言えるはずもない。
村長は、よほど痛かったのかそれとも髪が減って悲しいのか、目にいっぱい涙を溜めている。
「えっと……そうそう、ナーレ、ちょっと相談なんだけれど、術法院でさ、解呪の泉と地質とかの因果関係って調べられる?」
サヴィトリは不自然なくらい話をそらした。ジェイがジト目で見ているが気にしない。
「ん、解呪の泉とかいう不可思議なものを調べさせてくれるの? 実にありがたいね。それに、導師のペダ様は当代一の土術使いだ。大地に関することであの方にわからないことなんてないよ」
ナーレンダは落ち着いた様子で答える。




