4-4 がんじがらめの愛
来た道を引き返すと、途中で横穴が開いているのに気が付いた。サヴィトリが通った時は一本道で、こんなものはなかった。大きさは人ひとりが余裕をもって通れるくらい。見落とすはずのない規模だ。
「あの泉の所に行くのにいくつか仕掛けを解かなきゃあいけなかったから、面倒でね」
サヴィトリの疑問に答えるように、ナーレンダは壁に手を当てる。触れた部分が一瞬青白く光り、どろりと溶けて落ちた。どうやら力技でショートカットをこじ開けたようだ。理論がどうのこうのと言うわりにやっていることは脳筋と大差ない。
「ここは、村からどれくらい離れているんだ?」
「水天祭の時に使う正規ルートだと半日かかるらしい。なぜか村長の家の地下から道がつながっていたおかげで、さほど遠くはなかったけどね」
サヴィトリはほっと息をつく。
自分がさらわれてから思ったほど時間はたっていないようだ。
とはいえ他の皆の動向が気になる。特にカイラシュ。発狂していなければいいのだが。
「サヴィトリ」
先を歩いていたナーレンダが急に立ち止まった。
少しぼんやりとしていたサヴィトリはナーレンダの背中に顔をぶつけてしまう。
「いっ……どうしたの、急に?」
「ん、いや、大きくなったなと思ってさ」
ナーレンダは肩越しにサヴィトリを振り返った。記憶の中よりもナーレンダと顔の距離が近い。
「今更?」
「しょうがないだろ。カエル目線じゃいまいちサイズ感がわからないし」
「ナーレは全然変わらないね」
ナーレンダのてっぺんからつま先まで、サヴィトリはじーっと見つめる。記憶との違いは少し伸びた髪くらいだ。
「変わったさ」
平坦な調子で言い、ナーレンダは歩き始めた。
「ピーマン食べられるようになった?」
「ふん、あれは敵だね。食べ物じゃあない。食べなくても生きていける」
「つい間があくと、金平糖とかロリポップ咥えちゃう癖は?」
「ちょうど今切らしててイライラしてる」
「じゃあ何が変わったの?」
「うるさいな。教えない」
「変わったって言ったのナーレだろう」
「う・る・さ・い」
ナーレンダはサヴィトリの額を爪で弾いた。ダメージというより衝撃のほうが大きい。
ナーレンダは面倒くさくなると暴力でうやむやにしようとする。本当に変わっていない。
しばらく歩いていくと、物置のような場所に出た。壁の半分が石英洞窟と同じ材質、もう半分が木製だった。
たくさんの箱が置いてあり、中に何が入っているかわかりやすくするために、「衣服」、「備蓄」、「原石加工前」、などと走り書きがしてある。
「これでも着ておいたら」
ナーレンダは衣服の箱の中にあったワンピースをサヴィトリに投げ渡した。
ぼろぼろの服よりはましだろうと袖を通す。サイズは問題なかったが、一点、胸の所が緩かった。かぱかぱと浮く。
「サイズ合わないんだけど」
「間に合わせだからなんでもいいよ。どうせカイラシュが着替えを持ってきているだろうから、気になるならまた後で着替えなさい」
そんなことよりさっさと行くよ、とナーレンダはサヴィトリの左手を取った。
ナーレンダがしている右手の指輪と、サヴィトリの指輪とがかすかに擦れる。
対になった指輪。恋人同士であれば、互いに左手の薬指にはめるのだろう。
(……さっきから余計なことばかり考えてる)
サヴィトリはあいている方の手で自分の頬を軽く叩いた。
* * * * *
床に転がされているものを見た瞬間、サヴィトリは思わず頭を抱えた。
ちらりと見えたが、ナーレンダも同様の反応をしている。
「なんなのさ、これは……」
呆れ果てたナーレンダはようやく声を絞り出した。
尋ねられたヴィクラムとジェイは互いに顔を見合わせ、なんとも言えない顔をする。
村長の家のとある一室。床には、縄で全身をぐるぐる巻きにされた村長とニルニラ、カイラシュが転がっていた。
「さっさとこの縄をほどきくださいやがれうじ虫どもがあああっ! わたくしを縛ったり縛られたりしていいのはサヴィトリ様だけだ!」
(……目を合わさないようにしよう)
さいわい、まだカイラシュには気付かれていない。
サヴィトリは慌ててナーレンダの影に隠れた。
ナーレンダは大きくため息をつく。
「今からでもさるぐつわを噛ませましょうか?」
提案したのはジェイだ。
慣れた手つきで布を結び、簡易猿轡を作る。
「腕を噛みちぎられたくないから俺はやらん」
すぐさまヴィクラムが拒否した。
ヴィクラムもジェイも、手や顔などに傷を負っている。
「羅刹三番隊隊長の言葉ですかそれが……」
「この魔物とは関わり合いたくない」
(まずいところに帰ってきてしまったみたいだな)
サヴィトリは音を立てないように部屋を出ることにした。こういう時は逃げるに限る。
が、
「――このかぐわしい香りは、サヴィトリ様!」
何一つ物音を立てなかったにもかかわらず、カイラシュに存在を感知された。
「犬かお前は!」
血や汗の匂いはするかもしれないが、どうしてそれで個人を識別できるのか。
カイラシュに対する謎がまた一つ増えたが、今は逃げるのが先決だ。
「わたくしはサヴィトリ様の犬です!」
カイラシュはしゃくとり虫のように身体をΩの形にし、反動を利用して大きく飛んだ。
落下してくるカイラシュに対し、サヴィトリは恐怖で足がすくんで動かない。
「焼けて散れ!」
高速で飛んできた青い炎がカイラシュに炸裂し、弾き飛ばした。
炎上しているカイラシュは悲鳴をあげながら床を転がりまわる。
「ナーレンダさん! いくらなんでもやりすぎですよ!」
ジェイはマントで叩いて消火をこころみるが、一向に火勢は弱まらない。
「もったいないが、酒でもかけて消すか」
ヴィクラムは懐から酒瓶を取り出し、栓を開ける。
「あああっ、余計に燃やしてどうするんですか!」
「酒は燃えるのか? 水みたいなものだろう」
「アル中やだ」
ジェイは泣きながら水を汲みに行ってしまった。
「凍らせたほうが早い」
サヴィトリは仕方なくカイラシュにむかって手をかざす。
さすがのカイラシュも炎で焼かれれば、ただではすまないだろう。
しかし、ナーレンダがサヴィトリの腕をつかんで術を阻止した。
「ナーレ?」
「ラム、構わない。酒をかけてやれ。僕が許可する」
「何を言っているんだ!」
「ふん。この変態馬鹿は、君に対するセクハラがすぎると前々から思っていたんだ。ちょっとしたお仕置きだよ」
「私が言うのもなんだけど、限度って言葉知ってる、ナーレ?」
ナーレンダは意味深な笑みを浮かべただけで何も答えなかった。
「よし、許可がおりた」
ヴィクラムは躊躇いなく酒瓶を逆さまにした。
度数の高い酒だったらしく、一気に火勢が強まる。
「わあああああああっ! ほんと馬鹿ですかあんたは! 家ごと燃えたらどうするんですか!!」
水を汲んできたジェイが悲鳴をあげる。
サヴィトリは再び頭を抱えた。




