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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第四章 蛇神アイゼン

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4-3 煉獄の蒼炎

「――まったく、この歳になって血が逆流するような出来事があるなんて思いもしなかったよ」


 サヴィトリの身体のすぐそばで何かが青く揺らめいた。それとほとんど同時に、わずか一瞬のことだったが、熱風で身体があぶられる。

 サヴィトリは反射的に起きあがる。自分を拘束する水のリングも卑猥なゼリーもなぜか消え失せていた。


 そんなことよりも、サヴィトリには確かめなければいけないことがあった。


「――ナーレ!」


 サヴィトリはよろめきながらも声のした方にむかって走る。

 手に青い炎を灯した空色の髪の術士が、不機嫌きわまりない表情をして立っていた。

 確か歳は三十前後のはずだが、サヴィトリが幼い頃に見たのとまったく変わっていない、思い出のままの少年の顔だった。


「ナーレ!」


 サヴィトリはもう一度名を呼び、体当たりするような強さでナーレンダに抱きつく。この感触と体温は夢でも幻でもない。

 衝撃の強さにふらふらとよろめき、ナーレンダは頬を染めたが、すぐに表情を引きしめた。


「ごめん。君を守れなかったのは二度目だ。呪棘に君が呑まれた時、もう二度とつらい目に遭わせないと誓ったのに」


 ナーレンダは確かめるようにサヴィトリの顔に両手を添え、そっと額を合わせる。

 サヴィトリは首を横に振った。


「私にとってつらかったのは、ナーレと別れた時だけだったよ」

「……ふん、殊勝な嫌味を言えるようになったじゃないか」


「――今邪魔したら、間違いなく消し炭にされますよね、僕」


 どこからかアイゼンの声が聞こえる。

 ナーレンダはサヴィトリを背にかばい、さながら天使のようににっこりと笑った。


「素直に出てきたほうがいいんじゃない? 今なら血も肉も、一瞬で気化させてあげるよ」


 ナーレンダの周囲でいくつもの青い火球が燃えあがる。

 拳大の火球は無軌道に洞窟内を飛びまわり、天井や壁などに被弾した。オレンジ色に発光し、水あめのようにどろりと溶ける。


「馬鹿ナーレ! こんな換気の悪い所で炎なんかぶちまけるな!」


 サヴィトリは拳でナーレンダの後頭部を殴りつけた。

 岩を溶かす温度がどれほどのものかわからないが、炎が激しく燃えればそれだけ酸素も消費される。また、周囲の空気が熱せられ熱風と化す。

 表面をあぶられるだけならまだしも、意図せず吸いこんでしまえば内側から焼かれ、もがき苦しむことになる。陰陽五行の術の中で火が最も殺傷能力が高いとされる所以だ。


「馬鹿は君だ! ここでいちいち僕に術の講釈をさせるつもり? 確かに酸素を燃焼させる術もあるけど、これは違う。詳しい原理を聞きたければあとにしなさい」

「……はーい」


 サヴィトリはしぶしぶ返事をする。

 きっと原理を聞くことはないだろう。使い方がわかればいい、というのが術の師でもあったクリシュナの教えで、サヴィトリ自身もそう思っている。師が同じだったのに、どうしてこうもナーレンダは理屈っぽくなったのか。


「火と雷を扱う奴は本当に嫌いです」


 泉からアイゼンの頭が現れた。不機嫌そうに息を吐き、水面をぶくぶくと泡立たせる。


「今は引きますけど、あなたが卵を生んでくれるまで僕は絶対に諦めませんからね、サヴィトリさん」


 アイゼンは子供のように頬を膨らませ一方的な宣言をすると、ざぶんと音を立てて泉に潜った。

 額に青筋を浮かべたナーレンダは泉に炎弾を打ちこもうとしたが、途中で握りつぶすようにして炎を消した。


「解呪の泉とかいう興味深い研究材料を蒸発させることもないか」


 ナーレンダはサヴィトリの指輪に視線をむける。


「後先考えずに来たけど、あの泉のおかげで呪が消えたんだろう」


 サヴィトリはうなずく。

 ナーレンダが近付いても棘が発生しないということは、リュミドラの呪いが完全に消滅したことを意味する。


「でも、ナーレらしくないね」


 呪いが解けていない状態で接触すればどうなるのか、一度見ているナーレンダにわからないはずがない。合理を重んじるナーレンダにしては軽率な行動だ。


「ふん、うるさいな! 心配だったから無理に封呪を破って来てやったっていうのに」


 ナーレンダはむくれてそっぽをむく。

 三十路間際のいい大人の態度ではないと思うが、少年の外見をしているせいで違和感がない。


「心配するの、ナーレが?」

「しちゃ悪いのか!」

「ううん、すごく嬉しい」


 サヴィトリは慌てて首を振り、はにかんだ。口うるさくて意外に心配性なところも変わっていない。


「まったく、君は本当に馬鹿だね」


 ナーレンダは押しつぶすようにサヴィトリの頭を撫でる。

 一緒に暮らしていた頃、しばしばナーレンダは照れ隠しにこういった撫で方をした。


「……それにしても、少しは隠したらどうなのさ」


 ちらっとだけサヴィトリの身体を見て、ナーレンダは頭を抱えた。

 なんのことかわからず、サヴィトリもつられるようにして自分の身体に目をやる。

 アイゼンによって溶かされた服はいたる所に穴が開いてしまい、もはや布きれと呼んで差支えない。少し腕を動かすだけで更にぼろぼろと落ちていく。


「これはひどいな」

「君って妙に冷静だよね。もっと恥じらったりしない?」

「故意でこうなってしまったわけではないけれど、このまま村まで戻れば猥褻物陳列罪で連行されるだろうな」

「馬鹿なこと言ってないでこれでもかぶってなさい!」


 ナーレンダはどこからともなく外套を取り出し、サヴィトリに押しつける。


「はいはい」


 サヴィトリはおざなりな返事をして外套を受け取る。


 その瞬間、異変が生じた。


 身体が熱い。

 外側から熱せられているというより、身体中の体液がじわじわと温度を上げているという表現のほうが近い。皮膚の下で得体の知れない何かがくすぶっているようだった。

 サヴィトリの口から自然と熱のこもった吐息が漏れる。できることなら肺の中の空気をすべて出しきってしまいたかった。


「サヴィトリ?」

「……ううん、なんでもない」


 サヴィトリは外套を乱暴に羽織り、逃げるようにその場から立ち去った。

 ナーレンダに余計な心配はかけたくない。

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