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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第三章 魔物討伐

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3-10 既存の裏切り

 部屋に戻ったサヴィトリは、すぐさま扉に鍵をかけた。

 ベッドに腰かけ、左の服の袖をめくりあげる。ターコイズの指輪から肩口にかけてまで、深緑の棘が螺旋を描くように絡みついていた。

 サヴィトリは舌打ちを禁じえない。

 リュミドラの呪詛を受けた時は常時幻視の棘が現れていたが、精神衛生的に良くないからという理由で、棘が見えなくなる術をかけてもらっていた。あくまで見えなくなるだけで、ナーレンダが近付いたり、サヴィトリの心が弱ると、呪いは棘の形をとって痛みをもたらす。

 それがここ数日、解け始めてきているようだった。夜になると、こうして指輪から棘が見えることがある。

 今日は特にその程度がひどい。痛みはまだないが、それも時間の問題のような気がした。


(ナーレが近くにいるから? いや、そもそもナーレだけが棘の発生条件だとは限らない。これがどのような呪いなのか、本当に知っているのは、術者のリュミドラだけなんだから)


 サヴィトリは左腕を振りあげ、壁に叩きつけようとして、やめた。イライラして自分の身体に当たっても仕方がない。


(解呪の泉が本物であればいいけれど……)


 サヴィトリは心を落ち着けようと窓から外を眺める。

 と、窓ガラスに人の顔が映った。自分以外に、もう一人。


「痛そうな棘なのでございます」


 振り返ると、扉の近くにニルニラが立っていた。つまらなさそうに、ピンクの傘をくるくるとまわしている。


「なんだ、ニルニラか。珍しいな、何か用――」


 ここでサヴィトリははっと思い出した。

 自分は扉に鍵をかけたはずだ。それなのに、どうしてニルニラが部屋の中にいるのか。カイラシュならばあっさりと突破してきそうだが。


「あんたさんには教えていなかったのでございますが、あたしはもう一つお仕事を引き受けているのでございます」


 ニルニラの言葉を聞きながら、サヴィトリは何か武器になりそうなものを探す。

 せまい部屋の中では氷の矢は不利だ。氷術を使えば家の破損は免れない。


「そういえばニルニラは観光ガイドとしてついてきたんだったよな。一つの仕事さえ満足にできていないのに、自分の力量をわきまえてないんじゃないのか?」


 時間稼ぎと攻撃のタイミングを作るため、サヴィトリは挑発するように言う。

 ニルニラは微笑んだ。


「確かに、それはあんたさんの言うとおりなのでございます。ですがあんたさんが望むなら、あとでどこでもいくらでも案内してあげるのでございます」

「……私を殺しに来たんじゃないのか?」


 サヴィトリにはニルニラの意図がつかめない。

 ニルニラから殺気は感じられないが、肌がざわつくような嫌な感じはする。


「一番最初にも言ったのでございますが、そんなこと一言も言っていないのでございます」

「じゃあなんだ?」

「あたしが受けた依頼は、あんたさんを生贄――蛇神の儀式に協力させることでございます」


(なんだかきな臭くなってきたな。依頼主はおそらく、村長だろう。色々胡散くさかったしな。直接私に頼むのではなく、ニルニラ経由で協力させるってことは、その儀式とやらは相当ろくでもないことらしい)


 サヴィトリは両手に氷を集め始める。

 村長もグルなら、多少家を壊したところで良心は痛まない。


「そんな胡散くさいことに、私が素直に協力すると思うか?」

「勝負は最初からついているのでございます」


 ニルニラの瞳が蛍光を発する。

 目をそらせと頭の中で警鐘が鳴った時には、サヴィトリは膝から崩れ落ちていた。身体に力がまったく入らない。


「催眠暗示系の術って結構バクチ要素が強いのでございますけど、あんたさんはかかりやすいから助かるのでございます」


 ニルニラはしゃがみ込み、サヴィトリの顔を見下ろす。


「目的は、金か?」


 サヴィトリの口から自然とため息が漏れる。

 ニルニラが何か含むところがあって同行していたことはなんとなく感じていた。だが実際にこうして事を起こされると、意外なほど悲しく、悔しい。


「たくさん、お金がいるのでございます」


 ニルニラは目蓋を伏せ、傘の柄を強く握りしめた。


(金、金、金、か。前にジェイも、大金がいるから暗殺者をやっていると言っていたな。暗殺者の大半は、危険を冒してまで金を必要とする者達なのだろう。そんな物を必要としない私は、きっと幸せなのだろうな)


 ハリの森で暮らしていた時は、クリシュナもナーレンダも働いていなかったにもかかわらず、お金に困ったことはなかった。クベラに来てからは、カイラシュがすべて事前にすませてしまう。


(こんな世間知らずの甘ったれが一国の王になるだなんて、本当に正気の沙汰じゃない)


「くっ……こんな芸当ができるのなら、私を殺したほうが儲かるんじゃないのか」


 サヴィトリは喋りながら、爪を食いこませるつもりで自分の手を握る。催眠暗示だというなら痛みを与えれば解けるかもしれない。


「あたしは謙虚で学習能力があるタイプなのでございます。これの上位互換の術を使ったのに、前回はあっさりとあのカマ犬に邪魔されたのでございますし」


 ニルニラはサヴィトリの手を取り、意外なほど強い力で開かせた。サヴィトリが再度爪を立てようとする前に、手を握りしめる。

 ふわふわと柔らかい手だった。およそ血に濡れた暗殺者の手とは思えない。サヴィトリはそれだけで抵抗する気を削がれてしまう。


「それに、ジェイとも約束をしたのでございます」


 ニルニラの声に、微かだが熱がこもったのをサヴィトリは感じた。


「……ジェイが、好きなのか?」

「まさか。ちょっと似てるだけ、でございます。そのせいで不覚にも好きになりかけたこともありますが、やっぱりあの人とは全然違う」

「あの人?」

「あんたさんは知らなくていいのでございます」


 ニルニラはにっこりと笑う。

 ちょっと可愛いな、と場違いなことを思いつつ、サヴィトリの意識は沈んだ。

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