1-2 続々現れる同行者
「……またか」
低音の呟きがサヴィトリの耳に入ってきた。もうすでに様子を見に来ていたらしい。
同行者の中でもっとも長身である赤髪の男は喉元に手を当て、不機嫌そうに眉根を寄せた。
その視線の先にあるのは乱闘真っ最中のカイラシュとジェイ、ではなく、サヴィトリだった。
「お前には警戒心がないのか?」
質問というより叱責に近い声音で、帯刀した赤髪の男――ヴィクラムは言った。
高身長から放たれる低音は無駄に凄みがあり、サヴィトリは反射的に身をすくませてしまう。
「一応人並みにはあると――」
「そのようにまったく防御力のない格好で寝ている上に、男を二人もたやすく侵入させるのが人並みの警戒心か?」
即座に切り返され、サヴィトリは反論できない。
「お前は次期国王だろう。四六時中気を張っていろ、とまでは言わないがある程度自覚はしておいたほうがいい。己と周囲のためにもな」
いつも口数の少ないヴィクラムにしては長い説教だった。
「うん、まぁ、わかったけれど、あの二人は特別だろう? たとえどんなに警戒していても、寝首をかかれない自信はない」
と言ってサヴィトリは、子供の喧嘩以下の口汚い罵り合いをしているカイラシュとジェイとに目をむける。
普段は、ゾンビ以上のしぶとさを持つ色ボケしたドMの変態と、料理の腕以外に特筆すべきもののない存在感ゼロの凡夫だが、それぞれ特異な経歴・技能の持ち主だ。
同様に、ヴィクラムともう一人の同行者であるナーレンダも彼らに勝るとも劣らぬ異能を備えている。
役職・能力だけを見れば、大陸北部を統べる大国クベラの次代を担うエリート集団だが、残念なことにどいつもこいつも性格が破綻していた。
(私も他人のことをとやかく言えるほど人格者ではないが)
つい一ヵ月ほど前まで、養父とともに森の中で生活していたため、自分の常識のなさは自覚している。
就寝時に全裸なのも、クベラ人から言わせれば非常識きわまりないものらしい――もっとも、ジェイはクベラ出身ではないが。
「……それで、ヴィクラムは何をしているんだ?」
いつの間にかベッドに組み伏せられたサヴィトリは、自分を見下ろす精悍な顔にじとついた視線を投げる。
目覚めてからすぐに引き起こされたり押し倒されたりと脳みそを揺すられたせいか頭が痛い。
「据え膳を食わないのは男の恥だろう」
「ごめん何言ってるのか全然わからない」
「こういった貧相な手合いは好みではないが仕方がない」
「だから何を言っているんだ! 私に喧嘩を売っているのか!」
「生家キリークの名にかけて、諸事のけじめはつける。安心しろ」
サヴィトリの身体を覆う掛布の端にヴィクラムの手がかかる。
ちょうどその瞬間、
「お前まで一緒になって何してんのさ馬鹿ラム!」
最後の同行者が大幅に遅れて到着した。
べたっとヴィクラムの顔に金色のカエルがはりつく。この喋るカエルこそ、一行の中で最年長のナーレンダだ。
「そう怒るな、ナーレンダ・イェル術士長。ただの冗談だ。総隊長から、冗談の一つや二つくらい言えるようになれ、という命令があってな」
ヴィクラムは金色のカエル――ナーレンダを顔から引きはがし、涼しげに微笑んでみせた。
「やっていい冗談といけない冗談の区別もつかないのかお前は! 昔から斬り合いと妓楼にしか興味のない脳筋エロガキだったけどさ。国語数学理科社会倫理哲学外国語、一般教養に術理論等々、今度こそ逃がさず徹底的に叩きこんであげようか?」
ナーレンダは短い前足で器用に腕組みをし、思いきり偉そうにふんぞり返る。
「……イェル先生の知識をあますところなく吸収した奴は、あのような性格になったようだが」
ヴィクラムはこっそりと、いまだ不毛かつ目的が迷子な争いを続けているカイラシュを指差す。
名門子息であるカイラシュとヴィクラムの家庭教師を務めていたこともあるナーレンダは、全力で見ないふりをした。
カイラシュもヴィクラムも、ベクトルは違えど相当なアホに育ってしまっている。アホ製造機としてナーレンダは相当優秀だったようだ。
「はいはいー、ヴィクラムさんもそろそろこっちに混じりましょー。ご乱心のカイラシュさんがお待ちかねですよー」
影のように音もなく現れたジェイが、対カイラシュの戦場にヴィクラムを引きずりこんだ。関わると面倒なので、サヴィトリは無言でそれを見送る。
「君はさっさと衝立のむこうで着替えて! ……まったく、たかだか君ひとりを起こすってだけで、どうしてこんな大騒ぎになるのさ……」
ナーレンダはベッドの上でぴょんぴょんと跳ねてサヴィトリをうながす。
色々と言いたいことはあったが、これ以上引き伸ばして冷めた朝食を取る羽目になるのは避けたい。
サヴィトリは素直に掛布を身体に巻いたまま移動した。
(しかし、起きぬけに四人から強烈なモーニングコールを受けたせいか頭がくらくらする。またさっきみたいな一過性の健忘症になっても嫌だし、思考の柔軟がてら色々再確認でもしようかな)
サヴィトリは着替えながら彼らの方へと視線をむけた。