3-6 祝宴
「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」
村に一軒しかない宿屋兼酒場を貸し切りにして祝宴が始まった。
魔物討伐の立役者であるヴィクラムは早々に村人に取り囲まれ、盛大なコールを肴に樽酒を次々と飲み干している。
ちなみに、生産量が少ないためにあまり市場には出まわらないが、酒もヴァルナの隠れた特産品らしい。
村人の中にはヴィクラムに張り合おうとする者もいたが、ヴィクラムのペースについていけず倒れ伏している。
「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「ヴィクラム!」「馬鹿ラム!」「ダークラム!」「ホワイトラム!」「アナグラム!」「阿呆ラム!」「キログラム!」「金に目がくらむ!」「花の散るらむ!」
なんだかわけがわからなくなってきたので、サヴィトリは他に目をむけてみることにした。
ジェイはデフォルトのへらへら笑顔で色んな人に愛想を振りまいている。ヴァルナ砦でもそうだったが、どこにいっても如才ない。
村人から奇異の視線をむけられているナーレンダは、我関せずといった感じで、いつもどおりに大量の食べ物・飲み物を小さな身体に押しこんでいる。
カイラシュの姿はどこにも見あたらなかった。といっても、天井に潜んでいたり、死角に潜んでいたり、サヴィトリの影の中に潜行していたりするので気は抜けない。
「お騒がせして申し訳ありません、サヴィトリさん」
壁際で所在なくジュースを飲んでいたサヴィトリに村長が声をかけてきた。
「これといって娯楽のない所ですからね。祝い事があると、皆つい度を越えてはしゃいでしまうのです」
村長は困ったように笑い、あたりを眺めた。
「村に着いた時といい、少し驚きましたが、活気があるのは良いことだと思いますよ」
サヴィトリも村長と同じように周囲を見渡す。
村人の顔は皆明るい。
かつて戦があり、それに負けたせいでクベラの一部に組み込まれることになった――そういった影を微塵も感じさせない。村人の多くがクベラからの入植者だということもあるのだろうが、ヴァルナ族との軋轢みたいなものも見当たらなかった。
「そうだ、いくつかお聞きしたいことがあるのですが」
サヴィトリはジュースを飲みほし、村長に視線をむけた。
村長の行動やこの村について、気になったことがある。
「私でお答えできることでしたらなんなりと」
村長は人が良さそうな笑みを浮かべた。
「私の母がヴァルナ出身だったらしいのですが、この髪と目の色は珍しいんですか?」
サヴィトリは自分の髪をつまみあげる。
金髪緑眼がヴァルナ族の外見的特徴だと言っていたのはナーレンダだったか。ヴァルナ村でその色を持っているのは、村長を含め数人だけだ。金髪だけ、緑眼だけ、というのは何人もいる。
「昔はたくさんいたのですがね。あんな、戦なんて馬鹿なことをするから……」
村長は少し悲しげに遠くの方を見て、続けた。
「私と同じ年代の男は兵として、女は……いえ、あまり若いお嬢さんにお聞かせする話ではありませんね。皆蛮族に連れ去られ、蛮族としてクベラに殺されました。震えて隠れていた卑怯者の私だけが生き残り、この色を持っているという理由だけでこの村の長をすることになりました」
ぐしゃりと村長は自分の金の髪を握りつぶした。
「……すみません酒が入っているせいか余計な話を。ちなみに、差支えなければご母堂の名前はなんと? 皆亡くなったかと思っていたが、生き残っている者もいたのですね」
「いえ、母は私を生んですぐに亡くなったそうです。名前は、ラトリ、と」
名前を聞いた瞬間、村長の目が見開き、それからほどなくして驚きは懐かしさに変わったようだった。
目を細め、サヴィトリの顔を見る。
「ああ、あのラトリの娘さんですか。うん、言われてみれば、面影がありますね」
(『あの』ってどういう意味だろう?)
サヴィトリはついいぶかしむ目で村長を見てしまう。
村長もそれに気付き、慌てたように手を振った。
「いや、彼女は集落で唯一、術が使えたんですよ。何かの役に立つような術ではありませんでしたが。それと、人気も高かったですね。すごく気は強いけど、綺麗でスタイルも良かったから。集落では一番もてていたと思いますよ」
「――上から下まで凹凸のないつるぺたでも充分素敵ですよ、サヴィトリ様」
ぽん、とサヴィトリの肩に手が置かれた。確かめなくても誰かわかる。
「……てっぺんからつま先まで身体中凹凸だらけにされたいんだな、カイ」
サヴィトリはにぃっと凶悪に口角をつり上げ、カイラシュのテンプルに強烈なフックを叩きこむ。
どの程度の強さでどの角度に入れればカイラシュから何分間ダウンを取れるかわかるようになってきた。
今は人目につくので気絶させるだけにとどめておく。村長がどん引いているのが視界の端に見えたが、とりあえず気にしないことにする。
「あともう一ついいですか。解呪の泉――ヴァルナでははじまりの泉という名前でしたっけ。そこはどういった場所なんですか?」
リュミドラはヴァルナまでの道や採掘坑に魔物を配していた。はじまりの泉にも魔物がいないとも限らない。できれば事前に中の構造を知っておきたかった。
「泉は石英洞窟の奥にあります。村人以外に洞窟の所在を漏らすことは禁忌とされていますので、輿にて洞窟までお送りいたします。どうぞご了承ください。最奥には水天様が住んでいると言われており、決して魔物の寄りつかない場所です」
サヴィトリの考えを見透かしたかのような答えだった。
(でもリュミドラは普通とは違うしな……かといって無理強いして案内してもらえないのも困る)
「ちなみに水天様ってなんですか? 昨日も聞いたような……」
サヴィトリは昨日の夕食時の記憶を引っぱり出す。確か、年に一度の祭がどうとか言っていた。
「水天様は、ヴァルナの地脈・水脈・鉱脈といったあらゆる流れを守護する蛇神様です。かれこれ四十年ほど、このヴァルナの地を守っておいでです」
「四十年?」
サヴィトリは思わず聞き返した。神様のわりにずいぶんと歴史が浅い。
「あ、いえ、数十年のサイクルで生まれ変わるという話です。まあ蛇神というくらいですから、きっと脱皮でもするのでしょう」
村長の弁からは適当さがにじみ出ている。
水天様を祀るのは信仰心からではなく、古くから伝わる行事、ぐらいに思っているのかもしれない。
「――それでは、私はそろそろ戻ります。皆様はどうぞごゆっくり」
話が途切れたタイミングを見計らい、村長は会釈をして退出した。




