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Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-  作者: 甘酒ぬぬ
第二章 ヴァルナ

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2-9 異世界FT通信 創刊号はなんと100円!

「あのう、皆様に折り入ってお願いがあるのですが……」


 ヴァルナ村の村長が申し訳なさそうに切り出した途端、時が凍りついたかのようにその場がしんと静まり返る。

 香辛料をふんだんに使った、少々クセはあるが後引く美味しさの料理に感嘆のため息を漏らしたり感想を言い合ったりとにぎやかな食卓だった。

 異変を敏感に察知した村長はその元凶に媚びるような視線をむける――フォークを咥えたまま動きを止めたサヴィトリに。


「断る」


 サヴィトリは短くきっぱり簡潔に言うと鹿肉のミートパイにフォークを突き立てた。


「ちょっとあんたさん、いきなりなんなのでございますか? お行儀が悪いのでございます!」


 険悪な雰囲気のサヴィトリに怯むことなく、ニルニラが文句をつける。


「そこの下品なピンクの日傘女! サヴィトリ様にたてついてお仕置きされていいのはこのわたくしだけです! それ以前に、室内で食事中にもかかわらず傘を差している貴様に行儀を口にする権利などありません!」

「こ、これは大人の事情で仕方ないのでございます!」


「まぁまぁ二人とも、食事中に喧嘩しないで。カイラシュさん、一応ニルニラは女の子なんだから、俺達に対するのと同程度の圧力をかけたら可哀想ですよ」


 いがみ合うカイラシュとニルニラとの間にジェイが割って入った。


「薄っぺらいフェミニズムなんぞを押しつけないでいただけますか。サヴィトリ様以外がどうなろうと、わたくしの知ったことではありませんね」

「ふん、よく躾の行き届いたカマ犬なのでございます」

「……わたくし、サヴィトリ様への愛と隷属という名の首輪は付いていても、鎖にはつながっていないんですよ。ふとしたはずみで喉笛を噛みちぎってしまったらすみませんねえ」

「主が野蛮なら、従者も野蛮でございますこと」


 ジェイが覚悟をして間に入ったにもかかわらず、結局つかみ合いの乱闘が始まってしまう。

 ジェイはため息を一つこぼし、自分の席へと戻った。


「……そろそろ続けていいかな?」


 ミートパイにフォークを突き立てたままのサヴィトリは誰にともなく言った。


「ああ、なんかさえぎっちゃってごめんね。主犯は忙しそうだから俺が代わりに謝っとく」


 答えたのはジェイだった。

 ナーレンダとヴィクラムはフードファイターさながらに肉料理とむき合っている。食べることにのみ意識を集中し、ほとんどまわりの音が耳に入っていないようだ。


「えーっと、それで、私はなんの話をしていたのだっけ?」


 サヴィトリはミートパイをかじりながら村長に尋ねる。

 少し塩気が強いが、添えてあるサワークリームと一緒に食べると味がまろやかになって美味しい。

 村長と何かを話していたということは覚えているがその内容がすっかり飛んでしまった。やはり自分には健忘症のきらいがあるのだろうか。


「そのですね、私が皆様に深く心を込めたお願いをする前に、サヴィトリさんがいきなり『断る』と仰ってですね――」

「ああ、思い出した。断る」


 サヴィトリは笑顔で拒否を突きつけた。


「私はまだ何も――」

「断るったら断る。どうせ単調でつまらない上に散々無駄なまわり道をさせられ、その挙句に子供の駄賃程度しか報酬をくれないおつかいイベントをやらせるつもりだろう」


 サヴィトリは村長の言葉をさえぎり、ミートパイが刺さったままのフォークを振りかざす。


「村長というのはそういう面倒事をよそ者に押し付ける存在だと『異世界FT通信vol.22~過疎町村の歩き方~』に書いてあった」


「また君はそういう得体の知れない本に感化されて……。クリシュナがいかがわしい本屋から定期購読してるやつだろう。あれほどあいつの本棚の本は読むなって言ったのに」


 これみよがしに大きなため息をついたのはナーレンダだ。心ゆくまで料理を堪能したのか、腹部が風船のように丸く膨れている。


「だが確かに、辺境の村などに行くと、なぜか不可解な頼み事をされることは多い」


 肉と酒を消費するペースを落としたヴィクラムも会話に参加してきた。


「生えているかどうかも定かでない幻の薬草を峻嶮な山の山頂まで採りに行かされたり、魔物が多数生息する危険きわまりない洞窟に落とした婚約指輪を探しに行ったり、借りパクされたアイテムを取り戻すために秘境をたらいまわしにされたり――何事もなく帰れたことは一度もないな」

「この子の妄言を裏付けてどうするのさ馬鹿ラム!」


「ほらやっぱり。村長の頼みは問答無用で断るべきだ」


 サヴィトリは勝ち誇り、ナーレンダの頭に人差し指をぐりぐりと押しつける。


「お取込み中のところ大変申し訳ないのですが、せめてお話だけでも聞いてはいただけないでしょうか……」


 村長はめげずに、身体ごとサヴィトリ達の方に食いこんできた。


「俺の経験で言えば、話を聞くと自動的に受理したことになる」


 ヴィクラムがさらりと村長の希望を打ち砕く。


「もー、みんなには相互扶助の精神とか一宿一飯の恩義とかないんですか? おつかいイベントの一つや二つくらい、やってあげたっていいと思いますよ」


 意外とお節介なジェイも話に混じりだした。

 ちなみにカイラシュとニルニラは、いまだに髪の毛をつかみ合い、丁寧かつ口汚く罵り合っている。


「村長さん、ここにいる地味な茶髪のジェイが一同を代表してなんでもやるって」


 サヴィトリはジェイを生贄として差し出した。

 ナーレンダもヴィクラムもその案に異論はないらしく、特に口をはさんでこない。


「俺、そろそろ本気出して転職を考えようかな……」


 ジェイは明後日の方向をむいてはらはらと涙をこぼした。


「はぁ、この方だけ、ですか。厚かましいと重々承知ではありますが、できればもうお一方ほどご協力いただければと。相手は棘の魔女の魔物ですし……」


「俺、そんなに弱そうに見えるんだ……いや、実際この中だと最弱だしビジュアルも見劣りするよね、ははっ……はは……」


「ジェイ邪魔。棘の魔女の魔物って言いましたよね、今?」


 いじけているジェイを蹴散らし、サヴィトリは村長に詰め寄る。

 棘の魔女が関わっているのなら、おそらく避けようとしても避けられない。


「はい。数日前に、棘の魔女の腹心を名乗る魔物が採掘坑に現れ、村の貴重な財源である鉱石を食べてしまっているんです」

「自ら腹心を名乗っているくせに、やっていることは間抜けだな。というか、聞かれもしないのに素性をばらす時点でアホというか」

「たとえ間抜けであろうと、村にとっては致命的な損害です。ヴァルナ砦に救援要請をしようと思っていた矢先、音に聞く猛将、羅刹のヴィクラム様がこの村に訪れたと聞き、興奮のあまり皆であのように騒いでしまったというわけです」

「へー」


 サヴィトリはやる気のない相槌を打ち、ヴィクラムの方を見る。

 ヴィクラムは特に表情を動かすこともなく、酒を飲み続けていた。


(ヴィクラムって結構有名なんだな。砦の時もそうだったし)


 サヴィトリの視線に気付くと、ヴィクラムはグラスを置いて目蓋を伏せた。


「魔物討伐なら俺が行こう。羅刹としての本分だ」


 ヴィクラムはあっさりと引き受ける。

 村長が諸手を上げて喜んでいるのが視界の端に見えた。


「ヴィクラム、私もそれについて行ってもいいだろうか? 間抜けな魔物にちょっと興味が――」


「ダメです」


 サヴィトリの申し出を厳しく却下したのはカイラシュだった。


「わざわざサヴィトリ様が出向く必要などありません。酒びたりの脳筋と地味な偽善者にやらせておけばいいのです。それに、サヴィトリ様はここに来た目的をお忘れですか?」


 カイラシュに言われ、サヴィトリは自分の左手に視線を落とす。

 自分にかけられた呪いを解くことが最優先事項だ。魔物はヴィクラム達に任せて、解呪の泉を探したほうが効率がいい。


「ご理解いただけたようですね。そう、サヴィトリ様はこのヴァルナ村でわたくしとの甘美でとろけるような婚前旅――」


 サヴィトリは物理的にカイラシュを黙らせた。近頃、どの程度の力を入れれば一撃ですませられるか感覚で理解できるようになってしまった自分が悲しい。


「……なんかさ、カイラシュさんの妄想が日増しに――いや、一時間毎に加速してない?」

「ジェイ、ちょっとこれを庭に埋めておいてくれない? 何時間か土に漬けておけば多少まともになるかもしれないし」

「んー、かえって熟成するかもよ?」

「……現状維持で、経過観察が妥当かな」


 サヴィトリは気を取り直すように一息ついてから、少し冷めてしまったミートパイを食べた。


「それで、どうする。俺は一人でも構わないが」


 酒も肉もあらかた食いつくしやることがなくなったのか、ヴィクラムが結論をせかしてきた。


「あの、ヴィクラム様のお力を疑うわけではないのですが、できれば皆さんで当たっていただければと。棘の魔女の魔物に感化されたのか、採掘坑には他の魔物も集まってしまっているとの報告もありますし」


 村長は媚びへつらうような笑みをその場にいる全員にむけた。


「うーん、おつかいイベントってレベルじゃあなさそうだなぁ。それなら村長さん、こちらからも一つ要求があるんですけど、聞いてもらえます?」


 勝手にジェイが交渉をし始めた。

 大抵の場合、ジェイに任せておけば間違いはないので、サヴィトリは成り行きを静観する。


「はぁ、村長の権限の範囲内のことでしたら」

「無理難題とか金銀財宝を要求しようってわけじゃないんです。ただ、ヴァルナにあるらしい解呪の泉について何か知っていたら教えてほしいなーって」

「解呪――ああ、『はじまりの泉』のことですね。誰がそんな噂を広めたかは知りませんが、この村にありますよ」


「本当に!?」


 サヴィトリはつかみかかるような勢いで村長に尋ねてしまった。

 むざむざ、相手の手札の価値を上げる行為だ。村長が性質の悪い輩だったら、足元を見られる可能性がある。


「昔、うっかり呪いの鎧を装備してしまったとある剣士が、泉の力によって無事に呪いを退けたとかなんとか。ただ、あくまで伝聞ですので効果の保証はできかねます。元々は年に一度の水天祭の時に使う水ですから、多少の御利益はあるかもしれません。それでもよければ、泉にご案内しますが」


 当たり障りのない回答だった。

 一般人からしてみると、解呪の泉などそれほど重要なものではないのだろう。そもそも、ごく普通に暮らしていれば、生命をおびやかす呪いを受けることなどない。

 それに、下手にこちらの機嫌を損ねて魔物退治の話が立ち消えるほうが損失が大きいと踏んだのかもしれない。いつ来るかわからない救援を待つより、偶然村に立ち寄った猛将とその他ご一行に頼んだほうが、迅速かつ安くあがる。


「じゃあ引き受けよっか、サヴィトリ。ご飯と泊まる場所を提供してもらえる上に、人助けができて、しかも俺達の目的にも一歩近付ける――断る理由はないよね?」


 ジェイは笑顔でサヴィトリの意思を確認する。


(ここまで話を聞いておいて、今更受けないというのもなんだし。ヴィクラムの言っていた、話を聞くと自動的に受理、って本当だな)


 サヴィトリは内心苦笑し、首を縦に振った。

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