夏と恵と、おじいちゃん。
『ただいま~お母さん。』
『あれ?』
『買い物にでも出掛けているのかな?』
小学校から帰宅した恵。
いっもの明るい母親の『お帰り~♪』の返事がない。
玄関には見慣れない革靴があった。
恵は母子家庭で父親がいない。
男物の革靴ということは、お客様かもと思った。
ゆっくりと居間の方へ進むと、年配の気品のある紳士がソファーに座っていた。
『こんにちは~』
その紳士は、私を見かけると優しい笑顔で挨拶をしてくれた。
『こんにちわ~』
私もペコリと頭下げて挨拶した。
私は二階の自分の部屋へ上がろうした。
その時、年配の紳士が私に声を掛けて引き留めた。
『お嬢ちゃん、お母さんが帰ってこられるまで少しお話ししましょう。』
『はい。』
私は対面のソファーにチョコンと腰かけた。
『お嬢ちゃんは、何年生かな?』
『小6です。』
『そう、じゃ来年は中学生だね。』
『はい。』
『おじさんは、お役所の人なの?』
『いや、ちがうよ。』
『あなたの、お母さんの古い友人てとこかな。』
『そうなんだ。』
『それにしても、お母さん、おじさんを待たせてどこへいったんだろう?』
『いつもは、私が帰るまで買い物とか行かない人なのに?』
『おじさん、母と今日、会う約束してたんですよね?』
『そうだよ。』
紳士は腕時計を見た。
時刻は丁度、午後の四時
テーブルの上にあったお茶を飲み干すと年配の紳士はニコリと笑って帽子を取った。
『おじさん、お帰りになりますか?』
『もう少ししたら、母が戻ると思いますが……』
『ありがとう、きっと、お母さんも用事が立て込んでいるのかな。』
『日を改めて、また出直すとするよ。』
『お嬢ちゃん、お母さんが戻られたら信二郎が訪ねて来ていたと伝えてくださいね。』
『はい。』
『わかりました。』
『母が、戻ったら伝えます。』
年配の紳士は玄関先で革靴に靴べらを丁寧に滑らせた。
山高帽をかぶりステッキをついて玄関の引き戸を開けて庭に出ると
帽子を軽く上げて私に笑顔で挨拶してくれた。
私もペコリと会釈をして年配の紳士を見送った。
しばらくすると、母親が帰宅した。
『ただいま~♪』
『恵ちゃん、ごめんなさいね。』
『ちょつと、お買い物のつもりが、お隣りの奥さんとスーパーでバツタリ会ってつい長話ししてたの。』
『おかぁさーん!』
『だめじゃないの!』
『お客様と今日、会う約束してたんでしょ!』
『さっきまでお母さんの帰りを待ってたのよ。』
母親なキョトンとした顔で私に答えた。
『え?…………』
『お客様?』
『今日、どなたかと会う予定あったかしら?』
『恵ちゃん、そのお客様のお名前は?』
『たしか…………えーと』
『そうそう、信二郎さん。』
その名前を聞いた母親は、しばらく考え込んでた。
『しんじろう…………』
はたと、母親は我に戻った。
すると大粒の涙
母親の瞳からあふれでた。
突然の出来事に私は母親に駆け寄った。
『おかぁさーん、どうしたの?急に』
『そんなに涙を流して……』
母は私を居間のお仏壇の前に連れていった。
仏壇の下の引き出しを開けて一枚の写真を私に手渡した。
『あ!おじさんだ!』
母親は私の肩を優しく抱いて話した。
『今日は、あなたのお祖父さんの命日だつたのよ。』
『私が恵ちゃんくらいの時、亡くなったのよ』
『その時の最後の約束を忘れずに守って来てくれたのね。』
『お前の子供が12歳になったら必ず会いにゆくと。』
お祖父さん……わたし、あなたから大切な何かを教わりました。
ありがとう………………
天国のおじいちゃん。
わたしと母は、縁側に座り込み夏の真っ青な空をいっまでも見上げていた。




