協会の魔導士たち その2
前回のラストから直接続いています。
「先生は第二序列の魔導士なんですよね。カグラさんとメ……ナックスさんは第五序列。魔導士の序列って、どうやって決まるんですか?」
「まず魔導士全体の話をしよう。協会の魔導士はだいたい500人ぐらいだったか。でも第一序列は一人しか居ないし、私の第ニ序列は全部でたったの10人。それで一番下が第十序列。だが認定試験に合格した魔導士が必ず第十序列になるわけじゃない」
「カグラさんは、一ヶ月前魔導士になったばかりと言ってました。でも、第五序列ですもんね」
「ああ、あいつは優秀だからな。認定試験では、最高でいきなり第五序列の魔導士になることもあるんだ。まあ、そういう奴が居ない年の方が圧倒的に多いがな。ほとんどは第十から八序列までの魔導士になる」
「じゃあ、カグラさんは相当腕がいいってことですね」
ルミナリエは、カグラの部屋に大量の魔導に関する本があったことを思い出した。そして以前聞いた、「賢者」になるという夢。幼い頃から必死に勉強していたのだろうな、とルミナリエは思った。
「そうだ。ちなみにあの筋肉は第七序列で合格した。」
「そうなんですか。……そういえば、メっ、ナックスさんとはいつから面識が?」
「ん、第二、第三序列は試験の監督役にされる事が多いんだが……あいつが受けた認定試験と昇格試験、二回とも私があいつの評価を担当してたんだ。腐れ縁みたいな物だな。一度ここでも会ってる」
「そうなんですか。……昇格試験は、一度にいくつも序列が上がることはないんですね?」
「気づいたか。昇格試験で昇格するのは序列ごとに二人、それも一序列昇格するだけだし、試験で昇格できるのは第四序列までだ。まあ昇格試験なんていうのは本当は邪道なんだよ。大抵の魔導士は、研究やら仕事やらで成果を挙げて昇格する」
「クィーネ先生もそうだったんですか?」
「研究と魔導学校の教師。私は十五年この仕事を続けて今の序列に居るよ。昇格試験は兵士たちの競技会のようであまり好きじゃない」
「必ずしも昇格試験を受ける必要はないんですね。……じゃあ、第一序列になるには、どうしたらいいんですか?」
クィーネ先生は第ニ序列になるまで十五年かかっている。そこから第一序列になるには、どれくらいの苦労が必要なのだろうか。カグラとナックスが目指す夢なだけあって、その眼差しは真剣だった。
「第一序列が死ぬか引退したら、第ニ序列の中からなんらかの形で選定する。それだけのことだよ、怖い目で見ないでくれ」
「あ……すいません」
「まあ、今の第一序列は私が子供の頃から第一序列だし……正直いつ交代になるかは分からないかな」
「クィーネ先生が子供の頃……二十数年ほど前からですか」
ルミナリエは何の気無しにそう言ったがクィーネにとってはお世辞に聞こえたらしく、
「気を使わなくてもいいよ。私ももう四十いくつになるし、子供の頃なんて三十年以上前だ」
と髪をいじるのを止めて返した。
「いえ、気なんて……見た目でそう思っただけですよ」
するとクィーネはほんの少しだけ微笑みを浮かべた。こんななりでも、若いと言われるのは嬉しい物だな、クィーネはそう思ったのだった。
「話を戻そう。……仮に交代になっても、あの二人が第一序列になるにはまだまだ未熟さ」
「実力の差ですか?」
「ああ。高位の魔導士たるものは実績が必要だし、単純に魔導の質が違う」
「そうですか……」
あのナックスたちでさえ敵わない相手が居る。ルミナリエはこの旅に出てからつくづく、世界の広さと自分の小ささを実感していた。空気が少し沈んだのを察知したクィーネは、
「そろそろあいつも報告を済ませた頃だろう。この機会だし協会の中も案内してやるから、ついて来なさい」
と立ち上がり、強引に話題を変えた。そのまま二人は部屋を出て、突き当たりの階段を上がった。もちろんこの階段にも、豪華な装飾が施されている。
「さっき、ここの話は聞いただろう。確かにこの内装は私の趣味だよ。だがこれは一種の研究成果なんだ。魔力結晶を使った、固有魔導領域の半永続的な固定……」
魔力結晶という言葉を聞いて、ルミナリエは顔を少し歪めた。育ての親が魔力を吸収されて亡くなったのだから、この反応も仕方のない事だった。
「ああ、これはすまない。だが私が用いている魔力結晶は自然の魔力や魔力を含んだ鉱石を利用したものだ。他人のそれを用いた物じゃない。安心してくれ」
「いえ、こちらこそ……」
少女の繊細さに少したじろぎつつも、クィーネは話を続けた。
「この協会、外はオンボロだろう? 偉大な権威を持っている魔導士たちの協会がそれでは示しがつかない。そこで、これだ。こうすれば、魔導士の力を誇示することも出来るし、わざわざ本当の内装を付ける費用も浮く」
「でも、これだけの内装を維持するには、もの凄い魔力が必要なんじゃないですか?」
以前ナックスがヴィレントに対し言った事だった。もちろんここは、ヴィレントの領域よりも数段魔力消費が高い。
「鋭いところを突くな。だがそこに私の研究が役立っているんだよ。自然界の物質からの効率的な魔力の搾取。そうして出来た魔力結晶が協会の壁にいくつも埋め込んであるんだ」
「わぁ、さすがに第ニ序列の魔導士ですね。魔導協会は、どこもこうなっているんですか?」
その疑問を聞いた途端、クィーネは目を丸めてしまった。そして再び、自分の髪をいじり始める。
「うん? いや、まあ。ここは立地の関係で建て直しが何度も延期になってるから、な。他の場所は外も中も綺麗だし、装飾も本物だし、本部を除けばわざわざ固有魔導領域も使われてないかな……」
一瞬、先までからは考えられない態度をクィーネは見せた。だがすぐ元に戻って、
「それだけに、ここは特別だろう!」
と付け加えた。聞いてはいけない事だったとルミナリエは反省して、
「は、はい! ……すいません」
とそこまで話したところで、受付のような場所に着いた。一階にも同じような場所はあったが、それとは用途が違うようである。そこには、ナックスの姿もあった。
「ここは何をする場所なんですか?」
「ここは換金所だよ。協会が指定した魔力を持った鉱石なんかを一般人が持ってきた時はここで売り捌けるんだ」
「じゃあ、メ……ナックスさんはどうして?」
ルミナリエが先から「メ」と何かを言いかけているのをクィーネは気にし始めていたが、特に尋ねる事でもないとそのまま質問に答えた。
「まあ魔導士にとっては専用の金庫と思ってくれていい。明確な職務に就ていない魔導士は序列に応じて毎年研究費用を貰っているんだ。それをここで引き出せる」
本人確認として固有系統の魔導_肉体鋼質__を見せたナックスが、金の入った袋を持って二人に近づいた。
「終わったぜ。あの町には協会から調査員が送られるみたいだからもう大丈夫だ、ルミナリエ」
「良かった……これでみんな安心して暮らせますね」
「お前も人助けをするんだな」
「当たり前だろ!? 俺をなんだと思ってるんだよ!」
また、「口の聞き方に気をつけろ」とクィーネは言いかけたが、これ以上注意しても効果は無いと諦め代わりに、「筋肉バカだ」と嘲るように言った。
「別にそこまで筋肉にこだわってないっての……」
ナックスは溜め息を吐いたが、クィーネと話すと終いには喧嘩になるのでそれ以上は口を開かなかった。
「あの、そういえば、どうしてまたお金を?」
「あー、貰った金をな、取り上げられちまった。使った分もこの事件の報酬と差し引きされて、報酬はほとんどパー。だから引き出さざるを得なくなっちまったって訳だ」
それを聞いたルミナリエは苦笑いを浮かべた。内心では、お金はしっかり町のみんなに戻る、と嬉しかった。
「付き合いきれんなお前は……用が無いならとっとと行け」
「言われなくても出て行くっての。嫌味な奴だな。ルミナリエ、行くぞ」
ナックスが腕を引いて立ち去ろうとした時、クィーネは急に何かを思い出したのか、ちょっと待て、とルミナリエの肩を取って引き留めた。
「魔導を本格的に勉強したくなったら私のところへ来い……じゃなくて、君のペンダントだ。良かったらどんな物だったら教えてくれないか」
「はい、もちろん」
ルミナリエはクィーネから紙とペンを借り、出来る限りの情報を書き込んだ。形状、色、材質……。絵も描いた。
「ありがとう。私の方でも調べておくよ。このペンダントの元の出処を……産みの親、いつか探すつもりだろう?」
それを聞いたルミナリエは満面の笑みを浮かべ、
「ありがとうございます!」
と言って深々を礼をした。カグラの時やナックスを最初に見つけた時もそうだが、人は見かけや第一印象では判断出来ないですね、とルミナリエは痛感した。
「いや、いいんだよ。話に付き合ってくれたお礼だ。……それとナックス」
「なんだよ、また嫌味か?」
反射的にそう返したナックスだったが、振り向くとクィーネの表情は意外に真剣だったので、話を聞くことにした。
「少し惨い話になるから、ルミナリエは耳を塞いでくれて構わない……最近、細い路地や郊外で死体が良く見つかっているんだ」
「何だって? 飢え死にとかじゃねえのか?」
「いや……死体は全て、何かに貪られた跡があった」
耳を塞がずに話を聞いていたルミナリエは不快感を抱き、口に手を当てた。それを見たナックスが、先に出ていてくれ、と言うと、ルミナリエは一礼して階段を降りていった。
「じゃあ、人間の仕業じゃねえよな……まさか、アレか?」
「恐らくそうだろう。そして相当賢い個体が居る。こちらも付近の森に調査員を何人か派遣してみたが、何の成果も出ていない」
「お前が直接探せばいいだろ? 罠でも仕掛けてさ」
「これ以上被害が増えるならばそうするつもりだ。……この町に居る間は気をつけろよ」
「俺とカグラは心配要らないけど、ルミナリエはしっかり見とかねえとな。ありがとよ、じゃあな」
軽く頭を下げて、ナックスもまたその場を去っていった。