表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

協会の魔導士たち

キナドルフの町を出てから数日。いくつかの町を経由しつつ、ナックスたちは魔導協会のある街キール・ウェストへと足を踏み入れていた。ウエストヴェリア国の西の国境付近にあるこの都市は隣国との貿易が有名で、この国で一番商業が盛んであった。町を少し離れた場所には魔力を含んだ植物が豊富な森林が多くあり、ここに拠点を置いて研究を行っている魔導士も多い。

「わあ……私、こんな大きな町、初めて来ました……」

ルミナリエは家の手伝いが忙しかったので、育った町を出たこと自体、数える程しかない。旅を出てから衝撃を受けてばかりだ、とルミナリエは感動していた。

「俺もこの辺はあんまり来たことないな。カグラはどうだ?」

「俺はここの魔導学校に一時期通っていたから地理には多少詳しいぜ。まあ、人の往来が多いから住むには向かない街だ」

ナックスたちは街の入り口から少し離れた場所を歩いているが、作物を担いで走る雇われ人や、住民に雑貨を売る行商人の姿をここまでで何人も見かけていた。

「お、それなら丁度よかった。協会まで案内してくれよ。道、覚えてねえからさ」

「まったく適当な奴だなお前は……。付いて来い」

カグラさんの言う通りです、とルミナリエも同調した。自分の町を救ってくれた英雄の面影は、普段は微塵もない。この数日でルミナリエは理解してしまったのである。

それからカグラの案内を受け、ナックスたちは魔導協会へたどり着いた。外から見たその建物は、貴族の屋敷のような壮大なものではなく、せいぜい町の集会場をもう少し大きくしたもの、という程度だった。ルミナリエにとってこれは意外だったが、中へ入るとその感情は一瞬で驚嘆へと変わった。内装は外見からは想像もつかないほど絢爛で華美だった。薄暗い広間の白い壁には、蝋燭や装飾品が飾ってある。床には柔らかい絨毯が広間一面に敷いてあり、ところどころに術式と思われる刻印があった。

「綺麗……本当にあるんですね、こういう世界……」

「ビックリしたか? 外見からは考えられないだろ?」

「はい。でも、なんで内装だけ……?」

ナックスが、さあ? という顔をしたので、カグラがその質問に答えた。

「この内装は魔導によって行われているものだ。一種の固有魔導結界(マギフィルド)。そこら辺に術式もあるだろ? この協会の責任者の趣味だよ」

少し先を歩いていたナックスは、それを聞くと得意げに振り返った。

「あいつの趣味か! だったら分かるぜ。見るからに見栄っ張りなバ__」

瞬間、ナックスの口が何らかの力によって閉ざされる。意図したものではないのか、ナックスは口をもごもごさせて暴れている。ルミナリエには何が起きているのか分からなかった。

「……お出ましか」

広間の奥から、高価な絹のローブを着て、首や腕に金の装飾を付けた女性が現れた。茶の長髪で、衣装とは似合わない眼鏡を掛けた風格のある女。ルミナリエにも分かった。この人が、ここの責任者なのだろう。

その人物はナックスに近づくと頭を掴み、

「馬鹿でかい声で何を言おうとした? 言えるか? 言ってみろ!」

「ひっ……」

突然の大声に、ルミナリエは思わず怯んでしまった。同時に、いくらかの恐怖。ナックスは口をごたつかせているものの、抵抗する気配はない。あのナックスが。それが怖かったのだ。

女はカグラが居ることに気づくとナックスから手を放し慌てて、

「あ、ああこれは済まない。カグラ、お前もいたのか。そこの女の子は初見だが、新しい魔導士……ではないな」

「……先生、まずナックスにかけた魔導を解いてやってください」

「先、生?」

「ああ。協会の責任者だけじゃなくて、魔導学校で校長もやってんだよこの人は」

さぞ生徒からも恐れられているんだろう。カグラさんもそうだったんだろうか……と女を遠い目でルミナリエは見つめる。

「……仕方ないな」

女は浮かない表情を浮かべつつ指を鳴らした。同時にナックスが、いきなり何すんだ! と大きく口を開けて叫ぶ。

「口の聞き方に気をつけろ、筋肉バカ。私は『第二序列』なんだぞ」

「あーもう分かった。分かりましたよ。俺は奥で話付けてるから、お前らは適当に時間潰しといてくれ」

「あ、おい! 待て!」

そう言い終えるとナックスは逃げるように広間の奥へと向かった。

「まったく、あいつの生意気な態度はどうにかならんのか……」

「すんません。まあナックスは普通に話す分には気のいい奴ですから……というか、先生。あいつと面識あったんですね」

「以前、少しな。私としては、お前のような優秀な魔導士が、あんな戦闘狂と一緒に行動しているのが信じられないよ」

「まあ、いろいろありまして……」

「暇なんだろう? 久しぶりに話でもしないか?」

「いえ。俺はちょっと魔導学校に行って挨拶して来ます」

「え!? カグラさん!」

こんなに怖い人と二人きりは嫌だ、そういう目線をカグラに送ったが効果はなく、

「じゃ、後は頼む。ルミナリエ」

カグラもまたそそくさと魔導協会を出て行った。カグラは特にこの女が苦手な訳ではない。だが、この女は一度話を始めると満足するまで放してくれないのである。それは嫌だし、先のような用事もあったので、この場はルミナリエに任せたのだ。

「ふん、つれない奴だな。じゃあ君……ルミナリエと言ったか? あの筋肉バカが来た目的も含めて、色々教えて貰おうか。言っておくが、逃がしはしないぞ」

「お、お手柔らかに……」

ルミナリエはこの女性から恐怖しか抱いていなかった。恐る恐る、前を歩く女に着いて行く。広間には長椅子もあったのだが、何故かそれを通り過ぎてルミナリエは個室に案内された。客人用の部屋なのか、部屋の中は椅子と机しかない。しかしここも、内装は豪華だった。

「まあ、座りなよ。そんなガチガチにならなくてもいいじゃないか」

「お、恐れ入ります」

お互い向かい合う形になってしまい、ルミナリエは更に固まってしまった。ああ言った女としてもここまで明確に壁を作られると話しづらかった。

「一応聞くが、魔導士ではないな?」

「あ、はい。ただの一般人です。ここには、魔導士騙りを捕まえたという報告をしに来ました」

「魔導士騙り? ……ああ、確かに最近報告が二三件あったな」

「えっと、実は私が住んでいた町で……」

ルミナリエは緊張しながら、カグラに話したときのように自分の町であった事を話した。しかしナックスを「救世主(メシア)」と呼んでいることは、恥ずかしくて言えないのだった。

「なるほど。それであいつに着いてっているのか。私はてっきり、カグラの連れかと思ったがな」

女は、あのバカ、格好付けやがって……、と思ったが、この純粋な少女の思い出を汚す訳にもいかないので、そのまま話を聞くことにした。

「私たちが旅に出て最初に着いた町がカグラさんの故郷で偶然出会って、それでメっ……ナックスさんとカグラが意気投合して仲間になったんです」

「ふむ、成る程。しかしあいつも趣味が悪いな、あの筋肉バカと意気投合とは」

先からカグラのことをしきりに気にしていることが気になったルミナリエは、

「あの……カグラさんとは、学校時代先生と生徒の関係だったんですよね?」

「ああ。カグラは自慢の教え子だよ。とにかく熱心で、私の所にもよく質問しに来たな」

「私……魔導の事は全くと言っていいほど分からないんですけど、学校でどんな事を習うんですか? あの、答えたかったらでいいので」

この少女に自分はどう思われているんだろうか、と思いつつ女は質問に答える。

「んーそうだな、まず基本的な術式の構造だな。最も基本的なものをいくつか書き出して、この円は何を意味しているとか説明していくんだ」

女は今こそ校長であり協会の責任者なので通常の授業には出ていないが、かつては先頭に立って何人もの魔導士を教育してきた敏腕魔導教師だった。

「へえ、そうなんですか。あの、まだ質問していいですか? 私……魔導の事をもっと知りたいんです」

少女の表情から、少しずつ恐怖と緊張の色が消えていた。代わりに表れたのは、純朴な知識欲。女はそれが気に入って、

「ああ、何でも言ってくれ」

と返した。

「ありがとうございます! じゃあ、ええっと……魔導士なら、勉強すればみんな同じ魔導を使えるんですか?」

「……少し説明が難しいな。自らの体内以外から魔力を使用する時はまた別だが……人間一人が持つ『魔力の種類』は一つで、その系統の魔導しか扱う事はできない」

「『魔力の種類』……?」

「ああ。まあ細かく分類するとキリがないが、似ていても一人一人違う。本当に厳密に言えばだが」

「ええっと、それはどういう?」

「大雑把に言うとだな、例えば『火』という性質の魔力を持った人間が居たら、そいつは火の魔導へしか自分の魔力を使えないんだ」

「とにかく、同じ魔導を全員が使える訳ではないんですね」

いまいち理解が深まらなかったルミナリエだったが、専門的な知識を必要とする事は分かったので詳しい事は聞けなかった。

「そうだ。一部の系統や魔導学校で教えるような基本術式は自然界の魔力を取り込んで発揮するから、構造を理解できれば誰にでも扱える代物だがな」

「私にもですか!?」

「ああ、もちろん。勉強したかったら、いつでも学校に来なさい」

女は自分の髪をくるくると指でいじりながら言った。先までは恐怖しか抱いていなかったルミナリエも、多少は打ち解けられたな、と思った。

「そういえば、名前、まだ聞いていませんでした」

「私はクィーネ。クィーネ・ミルツだ。クィーネと呼んでくれて構わない」

「はい……じゃあ、クィーネさん」

「おいおい。さんは止めてくれ、なんだか堅苦しい。どうしてもというなら、先生、だな」

「じゃあ、クィーネ先生。次の質問をしてもいいですか?」

「……うん、いいぞ」

まさか、冗談を真に受けるとはクィーネも思わなかったが、教え子がまた増えたようで気分が良いので、そのまま呼ばせることにするのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ