ナックス・ハイネ
元々一万字程度の話を2~3話に分割して投稿しているので、話が中途で終わることがあります。ご了承ください。
男と少女は、町の外れにある魔力機関を導入した工場に来ていた。
「ここが、この町で一番デカい工場か」
「はい。魔導士はここを管理しているはずです」
一見して、その建物は男が散歩している間に見てきた普通の工場と大して変わらない大きさに見えた。もちろん見た目は違うのだが、土地の広さという面から見れば、そこまで生産効率が良いとは思えない。
少女によれば、魔導士は魔力機関の調整をしているらしい。
「あ、あの、メシアさま。どうやって魔導士の所まで行くんですか?」
「その呼び方は辞めてくれ。なんだか背中がむず痒くなる」
「い、いえ! 私にとってメシアさまはメシアさまですから!」
「はあ……背中、掴まれ」
少女は言われるがまま男におんぶされた。
「この位、ひとっ飛びだぜ!」
男が地面を思い切り蹴り上げると、空中遥か高く、100メートルは上空へと飛翔した。
「えっ……嘘……!」
もちろん、工場など有に見下ろす高さだった。少女はあまりの出来事にそれ以上言葉を発することが出来なかった。
「あそこをぶち破って入るぞ、ケガしたくなかったらしっかり掴まってろ……ッ!」
とんがり帽子のようになっている地点、そこを管理棟だと推測した男は、体制を変え頂上部の窓目掛けて急降下した。結果、ガラスを突き破って無事工場内へと侵入する事に成功した。
「ケガ無いか?」
「え……あ、はい……」
少女はすっかり腰が抜けて、しばらく立ち上がる事が出来なかった。
侵入した場所はズバリ管理棟で、奥で椅子に座っていた細身の老男が驚いた様子で立ち上がった。部屋は薄暗く、宝石のような物を飾ってあるショーケースが目立っていた。
初老で白髪混じりの男はこちらに近づくと落ち着いた口調で尋ねた。
「なんだ、君たちは? どうやってここまで上がってきた?」
「飛んできた。んで、お前ぶっ倒しに来ただけだぜ」
男は少女の手をとって立ち上がらせるとと、下がってろ、と言って自分は初老の男へ詰め寄った。
「お前、魔導士らしいな」
「ふん。何処の馬の骨か知らんが、魔導士たるこのヴィレントの前に立ち塞がるとはいい度胸だ。その度胸は認めてやろう」
「お前なんかに認められたくはねえよ。もう一度聞くぜ、お前、魔導士か?」
「当たり前だ! 魔導もこの通り、見せてやろう」
そういうと、ヴィレントは懐から杖と本を取り出した。そして本のページをゆっくりと捲り、
「土槍!」
そうヴィレントが唱えると、男の杖はその形を槍に変えた。
「や、やっぱり本物の魔導士……! 救世主さま、攻撃してきます、下がって!」
「ふん、私はそんなに野蛮な男ではない。小娘、私は君が誰だか知っているぞ。ルミナリエ・パンセチルド……ペンダントをありがとう。その礼として、この男共々今すぐ出て行けば許してやろう」
男はそこで初めて少女の名を知った。長い銀髪をなびかせ、この町の救済を一心に願っていた少女の名を。
「……ルミナリエ、俺は大丈夫だから、安全な所まで下がってるんだ」
「でも、その男は!」
ヴィレントは槍をこちらへ見せつけるように構え、威嚇しているようだった。
「こいつは、魔導士なんかじゃねえよ。本当の魔導士は、魔導士か? と尋ねられた時には協会魔導士としての階級を言って、そして自分の名を名乗るんだ」
その言葉にヴィレントは動揺したのか、声を荒げた。
「な、何を言う貴様ッ! 先は貴様の侵入に驚いて忘れていただけの事よ! 私は__」
「おいおい、本物の魔導士が素人の戯れ言に耳を貸してどうする?」
冷静に語る男に対し、ヴィレントは先程までの冷静さを忘れ完全に激昂した。
「貴様あああっ! 『土弾』!」
ヴィレントが再び魔導を唱え槍を振ると、槍から銃弾程度の土塊が5、6発、男目掛けて放たれた。
「メシアさま!」
「効かねえよ」
男はさも当然のように、片手だけでその全てを掴みとった。少女にはその動きは速すぎて、手が分裂したように見える程だった。
「な、に……! 全て掴みとっただと……!」
焦ってヴィレントは次の攻撃が出来なかった。男は右腕を前に突き出し、掴みとった弾を地面に捨てると大声で名を名乗った。
「俺は協会魔導士第五序列『使い手』の位、ナックス・ハイネだ!」
「えっ……!?」
「魔導士を騙り、この町を壊してルミナリエに涙を流させたお前の罪は……重いぞ!」
ルミナリエは心の底から驚いた……まさか、自分が偶然傷の手当てをした男こそが、本当の魔導士だったなんて!
「ま、まさかっ、本物の魔導士か貴様!」
ヴィレントがその言葉を言い終わる頃、ナックスは既にヴィレントの背後に回っていた。
「遅いぜ……!」
「がは……ッ!」
ナックスの肘打ちが背中に入り、ヴィレントはその場に倒れた。
「め、メシアさまが本当の魔導士で、そこの魔導士が魔導士じゃなかった……! 凄い!」
ルミナリエはナックスの元へ駆け寄った。その表情は、喜びに満ち溢れている。
「だから、メシアじゃなくてナックスだっての…………ルミナリエ、動くな! こいつまだ何かやる気だ!」
ヴィレントが静かに立ち上がると、床一面に魔導の術式が浮かんだ。同時に、ショーケースの中にあった宝石たちも輝き出す。
「くくくく……まさか本当の魔導士が来るとはな……だが、だがな! 領域の中ならば勝機はある!」
『固有魔導領域・土の城!』
その瞬間地面は輝き出し、工場全体が激しく揺れた。
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眩しさで目を閉じていたルミナリエが目を開けると、周囲の景色は一変していた。先まで何の内装も無い部屋だったはずの場所が、地面から天井、壁に至るまで土で出来た部屋になってしまっている。ナックスたちが入ってきた窓や部屋のショーケースは消失していて、代わり無数の小さな術式が刻み込まれていた。
「え……! メシアさま、これは一体!?」
「固有魔導領域……一定の場所または地域に無数の小術式と核となる大術式を設置しておき、発動と共にその場の形質を変化させてしまう……つまり自分の良いように戦闘場所を変えちまうって事だ」
ヴィレントは冷静さを取り戻し、最初のように冷静な口調で語り始めた。
「流石は本物の魔導士、ご丁寧な説明を感謝しよう。本物の魔導士だとわかった時には少し焦ったが、見たところその衣服や身体に術式を刻んでいる訳でも無い、魔導書を携帯しているわけでも無い……つまり能無しじゃないかお前は。領域下でならば、私の勝利は揺るがん。殺してくれよう」
そう言って、魔導書のページを捲る。対するナックスは焦りの様子一つ浮かべずに、ヴィレントへと質問を投げかけた。
「ああ、やってみな。だがその前に一つ聞いとくぜ。てめえ、この領域を作り上げる為に、何人の魔力を使った?」
「おやおや、そこまで察しが良いか。冥土の土産だ、話してやろう。確かに、貴様の言う通りこの領域は私一人の魔力では形成されていない。だが……何人、そんな聞き方をされても困る。俺すら、何人かなど覚えていないからな」
ヴィレントは満足気に言い放ち、懐から何かの結晶を取り出した。先ほどまでショーケースに飾られていたものに違いなかった。それを見たナックスの顔が怒りの物へと変わる。
「ここで働いてた奴全員の魔力を少しずつ奪っていたな! そしてそれを結晶にして物質化、売り捌いてたって訳か……!」
「え、それって……」
「ご名答だ。魔力機関を使った工場などない。ここにあるのは魔力吸引の装置だけだ。ここで働く一般人……小娘の父親も、そして母親も、むざむざ魔力を吸い取られて衰弱死するのだからお笑いだったよ。おかげであのペンダントが手に入ったのだから、感謝するべきだがね」
「お父さんたちは、魔力を吸い取られて、死んだ……」
ルミナリエの目には再び涙が浮かんでいた。この工場で一生懸命働いたばっかりに、育ての父母は死んでしまったのだから。
「クズが……生かしておくのが嫌になるぜ」
「さあ、無駄話はおしまいだ。ここにある無数の術式。見れば分かるだろう、貴様らの死を表しているのだ! 死ね!『土槍連打』!」
部屋を覆う術式のほとんど全てから土の槍が飛び出し、二人を襲った。
「メシアさまっ……!」
ナックスはルミナリエを庇い、土の槍は全てナックスに命中した。渇いた音が鳴り響く。土煙が、二人の姿を隠した……。