旅人は救世主
初投稿ではありませんが、これは処女作です。至らぬ点が多々あるかもしれません。楽しんで読んでいただけると幸いです。どんな感想でもお待ちしております。
8/29(土)より暫くの間(10日間~)毎日更新とさせていただきます。詳しい更新日程は活動報告をご覧ください
大陸の半分を支配しているここウエストヴェリア国の一大都市、キール・セントラルには王国の干渉を一切受けない「魔導協会」本部が設置されいている。そこでは半年に一度、既存の魔導士の昇級試験を、更には一年に一度、新しい魔導士を認定する試験が執り行われている。
そのキール・セントラルから西へ100キロメートル程。ウェストヴェリア国の中でも農耕や商業が盛んな地方、ウィル・ブルームへの道を一人の男が歩いていた。
「…………」
時刻は既に夜。その男は今日1日起きてから歩きっぱなしで、水すらまともに飲んでいない。食事などもっての他だった。茶色の外套で身を覆っているその男の腹は、今とても空いているのだ。普段鍛えている筋肉も、すっかり萎んでしまったように思える。
「……! 町だ!」
不意に男が顔を上げると、そう遠くない場所に松明の灯りが見えた。ここは一本道なので実は結構前から灯は見えていた筈なのだが、男は空腹から下を向いていたので気づかなかったのだ。
先までの元気の無さはどこへ吹く風か男は、飯が食えるぜ! と叫びながら灯りの下へ真っ直ぐ走っていくのだった。
・
・
・
「いやあ、ここの飯はうめえなあ親父さんよ」
「若いだけあって、沢山食うじゃねえか。こっちも気分が良いよ」
「そりゃいい。酒も美味いし完璧だぜこの酒場」
数十分後、男の姿は松明の灯りが灯っていた町__ウィル・ブルーム地方の入り口とも言えるヴェールミナンの町__の酒場にあった。酒場では仕事を終えた血気盛んな労働者達が、酒だ料理だと宴を開き盛り上がっている。男はカウンターのど真ん中に陣取り、あれよあれよと料理を平らげ、酒を飲んでいた。その食いっぷりに、労働者たちも唖然とする程だった。
「はーっ、食った食った。げふっ」
「兄ちゃん、終いか? 勘定出すぞ?」
「か、勘定……あ、そういや俺、金持ってなかったな。なーんて、はははは……」
「んだと? 冗談言ってんじゃねえだろうな!」
「歩きっぱなしでもうくたくただったんだよ! 水だけ貰おうと思ったら、良い匂いがするもんだからさ……」
実際、男は勘定の事はそれほど真面目に考えていなかった。現金でなくとも払える方法があったからである。
上機嫌だった店主の顔は一瞬で酔い潰れた男のように真っ赤になった。
「おい……こいつ裏に連れてけ!」
店主の呼びかけに反応して、カウンターの裏から大男達が現れる。
「お、おいおいおい! ちょっと待てって! 話せば分かる! 金も用意出来るから! 魔導協会に言ってくれれば__」
大男の一人が、男を顔面を思い切り殴り飛ばした。周囲の客を巻き込んで、男は派手にぶっ飛ばされてしまう。
「最近多いんだよなあ。てめえみたいな、魔導士を偽って俺たち善良な民を騙す奴が。第一、そんな筋肉付いてる若僧が魔導士に見える訳ねえだろ。次やるんなら、王城の憲兵でも騙るんだな」
「だから……違うって、筋肉付いてる魔導士が居て……何が……」
旅の疲れからかそれとも酔いが酷かったからか、男はそのまま眠ってしまった。労働者たちは口々に、もう伸びちまったぜ、鍛えた身体も大したことねえな、と大笑いしている。店主は呆れたのか、
「身包み剥いで店の前に捨てとけ」
とだけ言って、あとは大男達に全てを任せた。大男達もこんな酔い潰れた男に興味は無いのか、言われた事だけやって、結局男は下着一つで酒場の入り口付近に放置される事となった。しかし男の持ち物は服だけだったので、酒場的にいえば大赤字だった事に間違いはない。
・
・
・
「……大丈夫ですか? 大丈夫ですか!」
陽が昇り始めた頃だった。一人の、まだ年端もいかない少女が男の身を案じて声をかけたのだ。何度か呼びかけられた後、男はやっと瞼を開けた。
「あれ……俺、何してたんだっけ?」
少女は男の右頬に出来た痣を見て、
「酒場の人たちに何かされたんですね!?」
少女は、この酒場の実情、つまりは大男達の存在を知っていたので、男の風貌をさして気にしなかった。
「俺確か飯食って……っ、痛ててて……」
男が痛いと言ったのは二日酔いを起こした頭のことだった。しかし少女は右頬に受けた傷の事だと思い、腰に提げていた小さい水筒の水を手に汲んで、
「し、失礼します」
まだ横になっている男の右頬へ優しくかけた。
「ん、悪いな……飲み過ぎちまって、まだはっきりしねえんだ」
「この酒場、他の町から来たお客さんには、ワザと値段を上げて勘定を出すんです。それでお客さんが払えなかったら、身包み全部……」
「そうなのか? いやでも俺の場合仕方なかったような……」
少女が語ったこの酒場の実情は、男にとっては何の関係も無かった。しかし実際、酒場の店主は昨日この男に割増した勘定を出そうとしていたのであった。
「でもお嬢ちゃん、何でんなこと知ってるんだよ?」
「えっ……以前、母が働いていただけです。それよりほら、顔、まだ痛みますよね。うちに来てください。手当しますから」
そう言って少女は男に手を差し伸べた。男がそれをとって立ち上がる。
「ん、すまんすまん。優しいなあ、お嬢ちゃんは」
「いえ、いいんです。……私が好きだった頃の町は、全部壊れちゃいましたから。私だけでも、昔のままでいたいんです」
「なんか、重い話だな。若いのにそんな話をしちゃ駄目だぞ」
男は得意げにそう言った直後、くしゃみをした。寒いな、そう言って男は腕を組む。そこでやっと、自分が下着一つである事に気づくのだった。
「あれ、俺の服は?」
「ですから、酒場の人が全部」
「……何だってえええええええええ!?」
事の重大さに気づいた男だったが、既に全てが遅かった。二日酔いの頭は更に痛む。そんな中、男が痛む頭を全力で回転させて出した結論はこうだった。
「ごめん。ちょっとだけ厄介になるわ、嬢ちゃんの所」
・
・
・
少女は一人暮らしだった。しかし家自体は、家族一世帯が住める大きさである。それについては少女自身が、昔は両親と暮らしていたと語った。何があったのか男は疑問に思ったが、それを口に出すことはしなかった。
「すいません、父が昔着ていた小さい服しかなくて」
「いや、いいっていいって! 本当助かるよ」
男は、少女の父が働いていた工場の作業着を着せてもらった。少女の父は小柄だったらしく、作業着は男の細く締まった肉体には不釣り合いだった。
男は服を貰ったところで礼を言って去ろうとしたのだが、少女は、朝食を用意した、と男を引き止めた。男は腹が空いていたし、この町にいささか疑問を抱いていたので、それに甘えることした。
「おお、美味そうな飯だ。……うん、このジャガイモが特別美味しい!」
少女が用意した朝食は、パンと蒸した芋。量は少ないけど、味は申し分ないな、と男は味わって食べる。
「このジャガイモ、うちの畑で採れたものなんですよ。喜んでいただけて幸いです」
くすっと微笑んだ少女に、男は一つ疑問を投げかけた。
「……俺の記憶違いじゃなきゃ、ここは農耕が盛んな筈だよな。でもここまで来る途中、畑はあまり見なかった。どうしてだ?」
その質問を聞いた途端、少女の笑顔は曇った。
「すまん。話したくなければいいんだ」
「いえ……」
少しの静寂の後、少女は食事の手を止めて話し始めた。
「ここは、もう農耕の町じゃありません。畑は、村を賄う分だけ残して、糸や布を作る工場にしてしまったんです。町の外れには、魔力機関を使った特別な工場もあります」
「工場に……? 誰がそんな事決めたんだよ?」
「五年ぐらい前、丁度収穫が終わった頃に……魔導士が来たんです」
「魔導士が? そんで、そいつが命令したのか?」
「はい。突然、前の町長さんが魔導士に町長を任せて、居なくなってしまったんです」
「……そりゃ、変な話だな」
「だから最初は、皆畑を潰す事に反対しました。でも魔導士は、どこからか屈強な男の人を沢山連れてきて、みるみるうちに皆を逆らえなくして……」
「酒場でワイワイやってんのはそいつらか」
「はい。元から町に居た人は、みんな生活が苦しくなったから、贅沢なんて絶対出来ません!」
少女は目に涙を浮かべながら、町の状況を懸命に伝えた。それは決してウソではないと、男は確信している。食事が盛られている皿は所々歪んでいる粗悪品であるし、両親と住んでいたはずなのに寝具は一つしかない事が、それを裏付けていた。
「……俺が言うのもなんだけど、嬢ちゃん、一人でやっていけてるのか?」
男は少女を心配してそう言ったが、少女はそれを聞いてさらに表情を暗くしてしまった。男の目を見ることはなく、半ば俯いてしまっている。
「今は、使わない家具を売って生活しています。父は、私たちをちゃんと養うため必死に、魔力機関の工場で働いて……」
「母も、父が亡くなった後私が働かなくてもいいようにと、……。二人とも、捨てられてた私を拾ってくれた、とても、いい人だったんです……」
少女は涙を流すことを必死で堪えていた。男は、恩人にまずい事を聞いてしまったと少し後悔して、それ以上は何も聞かなかった。しかし少女はなおも話を続ける。
「魔導士が来てから変わったんです! 元からこの町は農耕しかやっていなかったのに、魔導士が来たから……酒場の主人も、昔はいい人だったんですよ……」
少女は、既に泣いていた。語る事が辛いのである。しかしその裏で、誰かに助けてもらいたい、という気持ちでいっぱいだった。
「魔導士は! ぐすっ、私の本当の母が唯一残してくれたペンダントを、高く売れるからという理由で、奪って……!、私から、何もかもを……奪っていったんです……」
「そうか……魔導士……」
少女は男が魔導士と聞いて萎縮してしまったのだと思い、
「旅人さん、こんな町は一刻も早く出て行った方がいいですよ……そのうち、無理矢理工場へ連れてかれるかもしれないですから」
涙を拭ってそう言った。それを聞いた男はパンとジャガイモを一口で飲む込み、
「……酔い覚まさねえとな。飯、美味かったぜ」
そう言って少女の家を出て行った。残された少女は一人、涙を流しながらうつむくのだった。
・
・
・
「お父さん、お母さん、ぐすっ……」
しばらくの後、少女は朝食の器も片付けず、テーブルに突っ伏して泣いていた。そのせいで、眼は少し腫れてしまっている。
「あの人も何処かへ行ってしまった……当たり前だ、魔導士が居るって聞いて残る人がお訳ないよね……」
自分を笑うかのように少女は続ける。
「お父さん、お母さん。他の町から来た人なら何とかしてくれるかもって、毎朝酒場の前を散歩してみたけど、やっぱりダメみたい。……どうすればいいのかな、私」
その時だった。少女の背後から、先程聞いたばかりの声。
「俺に付いて来いよ」
「え……!?」
少女が振り向くと、そこには姿を消していた男の姿があった。何故か、両頬が赤い。
「この町から、もう出て行ったんじゃ……」
「違う違う。酔いを覚ましにちょっと散歩してただけだよ。それじゃ、行こうぜ」
「ど、何処へ……?」
「決まってるだろ? 魔導士をぶっ倒すんだよ!」
少女の目から、また自然と涙が溢れた。このペンダントに祈り続けなさいと育ての母言われた、実母の形見。祈り続けた願いが叶ったのだ。
この町を救ってくれる、救世主さまが来ますように。