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第1話

 ***********


    入学届け


氏名 黒羽くろばね 沙雪さゆき

年齢 十二

性別 女

適性 剣劇魔法 刀剣生成

備考 予備科入学



 ***********



「……よし。不備はないようだな」

 沙雪が手渡した書類に目を通し、事務係の男は頷いた。

「確かに登録は完了した。入学式は三日後だから、その日にはこの制服を着てくるように」

 そう言って沙雪は大きな袋を手渡される。制服一式が入っているものだろう。礼を言ってその場から去る。腰に届きそうなほど長い黒髪が、風に揺られて宙を泳いだ。

 国立第一魔法学校。

 それが沙雪の入学することになったが学校の名だ。

 第三次世界大戦、またの名を魔法大戦とも呼ばれる戦争の中で、魔法の存在は広く世に知られる物ものとなった。魔法師一人の唱える呪文が、科学の叡智を集結させて造られた兵器を凌駕する破壊力を秘めるのだ。それも当然の話だ。

 現在では、その国の保有する魔法師の力が即ち軍事力であると認識されるほどである。それほどまでの力を、魔法師は戦争で見せつけた。

 それ以来、各国は魔法師の育成に力を注ぎ続けている。

 そうして出来た初めての魔法学校が、沙雪の入学する第一魔法学校だ。日本で初めての魔法学校と言うことで、その実力は非常に高い。

 ……正規の生徒は、だ。

 この学校の入学試験で測られるのは、現時点での学力と魔法技能、そして将来性。潜在能力の高さと言い換えても良い。そして、入学を認められた生徒は二つの科に分けられる。

 一つは正規の生徒。

 そしてもう一つは、予備の生徒だ。

 予備とは、文字通り正規クラスの生徒の予備。魔法の訓練に怪我は付き物だ。その中には当然、精神的はものも含まれる。そして魔法は、使用者の精神状態に大きく左右される。

 精神状態が著しく悪化している魔法師は魔法を上手く行使できない。それは即ち、魔法に対してトラウマなど精神的な問題を抱えた者は魔法師になれないことを意味している。

 だから、予備がいるのだ。

 魔法の訓練などで正規の生徒がダメになったとき、その席を埋める予備の生徒が。

 それが予備科である。

 当然、予備科の生徒は正規クラスと比べると実力が劣る。

 そして沙雪は、その予備科での入学だった、


 魔法学校への合格が分かった時点で引っ越していたマンションの一室に入り、事務員に受け取った袋の中身を確かめた。聞いていた通り制服が入っている。白のシャツとブレザーだ。

 白のその制服は、沙雪にはとても輝いて見えた。自然と頬が緩む。

 数年に前に別れた友人も、たしか魔法学校を目指すと言っていた。

 彼は入学できただろうか……。いや、彼は沙雪とは違い魔法の素質に恵まれていた。きっと、予備科などと言わず正規クラスでも上位の成績で入学を果たしていることだろう。

 広げた制服をクローゼットにしまい、ベッドに寝転がった。

「……暇だなあ」

 入学試験も終わった今、正直やることがない。慌てなくてもいいように、と早めに部屋を借りて引っ越してしまったのが裏目に出た。普通なら部屋を片づけるなり家具を並べるなりとやることはいくらでもあるのだが、生憎と沙雪はすでに終わらせてしまっている。

「……寝よ」

 小さくつぶやいて眼を閉じた。

 横になっていると、すぐに意識は闇に落ちていった。



 ◇◆◇



「……え?」

 視線の先で、家が燃えている。

 パチパチと音を立て火の粉が舞う。

 召使いや侍女たちが消火のために水魔法を使おうとする。もちろん少女もそれに協力しようとするが、何故か魔法が使えなかった。

「なんで!? なんで魔法がっ」

「お嬢様、お逃げください!」

 現実は非情。

 喚く少女に追い打ちをかけるようにその知らせは届く。

「敵襲ですっ! 本館はすでに……」

「お父さんっ!?」

 襲撃を受けている本館は、少女の両親が仕事をする場だ。そこが襲撃されたということは、襲撃者の目的は少女の両親である可能性が高くなる。

 少女はそれを悟り、侍女たちの制止を振り切って本館へと駆けて行った。



 ◇◆◇



 入学式の日の朝、早く目が覚めてしまった沙雪は、鏡に映る自身の背う服姿を見てにやにやと笑っていた。

「えへへ」

 気持ちの悪い笑い声を上げる。沙雪自身にもそう聞こえるのだから間違いはないだろう。けれど、予備科とは言え日本で最高の魔法学校に合格できたのだ、という実感が迫って笑みを抑えられない。

 とはいえ、沙雪は実力不足で正規合格から外れたわけではない。本来ならば魔法学校になどに通う必要はないし、そもそも沙雪は魔法師・・・ではない。

 だが、そのハンデを背負った状態で合格を勝ち取ったのは、間違いなく沙雪自身だ。

「あ、時間だ!」

 時計を見て小さく叫ぶ、まとめてある荷物を持って部屋を飛び出した。

 沙雪は非常に朝に弱い。

 今日のように早く起きてしまうのは例外中の例外であって、普段はぎりぎりどころか昼過ぎまではベッドの中で丸まっていたい人間なのだ。

 だから、学校に通ううえで決めたこの宿は学校の眼と鼻の先だ。全力疾走すれば、アニメのように運命の出会い的な邪魔がなければかかる時間はおよそ三分。鏡に映る自分にニヤけて時間を浪費しても、人並みの時間に起きていれば遅れることはない。

 のんびりと学校までの道を歩いて行く。短い道には、真新しい制服に身を包んだ、新入生と思われる生徒が多くいる。彼らは皆、沙雪と同じ十二歳のはずだが、緊張の色を濃く映した姿は沙雪よりも幼く見えた。

 新入生たちの中には良く見ると、自信に充ち溢れんばかりの者と所在なさげにうつむいている者の二種類がいる。正規クラスと予備科の違いだ。

 その違いは、制服にも現れている。

 ブレザーの胸ポケット……そこに、魔法師の象徴である六茫星が刺繍されているのが正規。無地なのが予備科である。

 つい三日前にも来た校門を、今度は通り抜けて中へと入る。

 予備科と正規は当然クラスが分けられるため、クラスの通知場所も異なる。胸ポケットに刺繍のない生徒の波に乗って移動し、クラス分けを確認する。

「えっと……あ、あった」

 E組の欄に黒羽沙雪の名前を確認し、教室に向かおうと人込みから抜け出そうと試みる。予備科の生徒が正規の生徒に比べて少ないとはいえ、この第一魔法学校は一学年千人を超えるマンモス校。何箇所かに分散して発表される正規とは違い一か所でしか発表されない予備科のクラス分けはかなり混雑していて簡単に抜け出せない。

「うー、よっと……うわっ」

 そして当然のようにぶつかりぶつかられ、人の流れに流されそうになり……突然、誰かに腕を引っ張られた。そのおかげでなんとか人混みを脱出する。

「大丈夫?」

「あ、はい……ありがとうございます」

 どうやら、誰かが助けてくれたらしい。お礼を言って頭を下げる。

「良いって、あたしも大変だったしさ。しかも今、連れが絶賛迷子中」

「あ、あはは……。大変ですね」

 そう言って笑う、沙雪の恩人。

 身長は十二歳の女子としては平均よりもちょっと高いくらい。体つきは非常にスレンダーで、沙雪と大差ない程度。だが、そんなことよりも強烈に印象に残るのが、鮮やかな赤い髪と瞳だ。燃えるような赤髪を肩のあたりで切りそろえ、少女は快活に笑っていた。

「あ、あたしは鈴音神楽っていうんだ。E組だよ」

「黒羽沙雪です。私もE組です」

「お、偶然。迷子中の連れもEなんだけど……どこに行ったのかな」

 神楽はやれやれ、と言うように視線を人混みに向ける。とてもではないが、この中で個人を特定するなど不可能だ。

「その、手伝いましょうか? せっかくなので」

「お、助かるよ。……あと、嫌ならかまわないけど、あたしに敬語はいらないよ」

「え、あ、はい……うん。分かった」

「うんうん、その方が良い」

 背伸びをして周りを見回す神楽。

 沙雪も真似をしてぴょんぴょんと跳びあがってみたが……当然、見当たらない。というか探している人の特徴を知らない。

「えっと……どんな人?」

「あ、言ってなかったっけ」

「うん」

「悪い悪い。水色の髪が特徴。あたしくらい水色」

「それは……すごいね」

 自らの黒髪をいじりながら苦笑する。

 魔法師にとって、髪の色と言うのは顕著に実力を表すものとなる場合が多い。体内にある魔法因子が得意とする属性に応じて体も変化を促される。神楽のように鮮やかな赤い髪と瞳は、火系統の魔法に特に優れているという証でもあるのだ。

 ちなみに沙雪の黒は無属性の色でもあるのだが……日本人としての特徴と重なるため、魔法師としてすぐれているのか生粋の日本人なのか判別がつかないために特にどうということはない。というか、属性魔法が不得手であることの証明と取られることのほうが多い不遇の髪色である。

「あ、いた」

「えっ」

 見つけたらしい。神楽は人混みに入っていき、沙雪は置いて行かれた。

「……どうしろと」

 取り残された沙雪は一人溜息を吐いた。

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