何の為にこんなことをするのか
首都の出口である門壁へ走る。
アルベルトはこのまま門を抜けるため、加速入れようと腰を落とす。
「――っと」
踏み込み、右脚に体重を移動させる瞬間、アルベルトは前に出した右足の踵で地面を蹴り込んだ。
地面を削りながら制動し、アルベルトは前を見た。
門壁が閉じられている。
そして、門壁の前に隊列を組んだ集団がいた。王宮の兵とは違う装いながら、同じ正式採用された装備である“猟犬の囁き”を構えていた。
首都警邏隊だ。警報を聞きつけ、先回りしていたようだ。
気付き、アルベルトは笑った。やっぱ簡単にはいかないな、と思っていると、目の前の警邏隊から一人の人物が前に出た。
「王女殿下を返してもらおう、黒髪の下手人よ。王宮より脱っすることが出来たとしても、首都から出られるとは思わないことだ」
壮年の男性だ。鬚も眉も白い。齢を重ねたことを窺わせるが、アルベルトを見る視線は鋭い。
天に掲げる長剣も一分の乱れもない。指揮官としても戦士としても熟練の者だ。
状況の変化を悟ったアリサが抱えられたまま口を開いた。
「あれ、どうしたんですか一体? あ、もしかして助けが来ましたか!? や、やりましたよ! もう変な食べ物を無理矢理食べさせられなくて済むんですね!」
「次に口を開いたらSUSHIを詰め込むぞ……」
「ひぅ……」
一瞬で静かになったアリサを無視しつつ、アルベルトは考えた。
現状、警邏隊がアルベルトの進路を塞いだ形だが、アリサの身柄を確保している状況で強引な手は打てない。
“猟犬の囁き”は視線を合わせた対象を発火させる熱線術式搭載だ。放てば当然アリサごと丸焼きになる。つまり、警邏隊自体はブラフだ。
時間稼ぎだな、とアルベルト思った。
チートな身体能力にものを言わせた杜撰な拉致計画とはいえ、アルベルトは王宮に侵入してから門壁に逃亡するまで一〇分も掛けていない。
幸運と神がかりな都合の良い状況が味方したことにより、ここまでスムーズに逃げることが出来た。むしろ、障害があって当たり前なのだ。
世の中甘くないね……。
甘くない世の中を望んだのは自分自身だが、これからはもうちょっと頭を使って行動しようと思った。
そう思い、アルベルトは膠着状態を打破するために、頭を使うことにした。
アルベルトは、肩に後ろ向きで抱いているアリサを前向きに担ぎ直す。
「ちょ、ちょっと、何ですか!? 何するんですか一体!?」
「妙な動きをするな! 状況が解っていないのか!?」
アリサと指揮官らしき壮年の男性が叫ぶ。
アルベルトは、その声を無視して、顔の横に来た服の胸元を掴むと、下に引っ張った。
「えっ」
服が伸び、重力に引かれた乳房が露わになった。
一瞬、アリサと警邏隊は事態を理解出来ず固まった。数秒経つと、何が起きたのか理解したそれぞれが反応を見せた。
「いやあああ――!?」
『うおおおおおおお――!!』
一瞬の隙を見逃さず、アルベルトはアリサに被せたブラを剥いだ。
「王女・フラッシュ!」
『ぎゃああああ――!?』
警邏隊が目を抑えてのたうち回る。
ブラを装着しながら、アルベルトは戦慄した。
「まさか美少女とSUSHIが組み合わさっただけここまで凄まじい兵器になるとは……」
「さ、最悪ですよ! 最低! 最低最悪!」
ジタバタと暴れるアリサを担ぎ直すと、アルベルトは動く。
警邏隊を飛び越え、アルベルトは門壁へと走る。
門壁の高さは十数メートルだ。一度に飛び越えることも出来るが、背後の警邏隊の視界が戻る方が早いだろう。
背後を確認したところ、他の兵士達がこちらに向かって来てるのが見えている。生じる隙は少ない方がいい。
こうして逃亡しているものの、アルベルトは侵入した際跳躍の隙を狙われ迎撃されている。
幸い門は木製だ。無茶をすれば突破できないこともないだろう。たぶん。
「行くか」
アルベルトは、右手を握り、開いてSUSHIを召還する。
オレンジ色の身を持ち、新鮮さを示す脂が光沢を放っている。サーモンだ。
サーモンを食せば、これから約一二時間エンチャント効果が持続する。しかし、効果の内容にアルベルトは少しだけ悩んだ。
まさか、これを食わねばならないほど追いつめられるとは、と思いながら、覚悟を決めるためにブラを被ったアリサに言った。
「なあ、姫様。今更だが改めて言うぜ」
自分が転生する際、神様と約束したこと。面白い事をやれ。そんな無茶振り染みた理由で、王女を攫ってきた。
だけど、
「人間に完全はねえ。例えどんな反則な能力を持っていてもだ」
そうとも、SUSHIで世界を救うなんて、果てから見ればどうかしてるとしか言えない。
半ばノリで得た怪物染みた身体能力を持っていても、状況が揃えばあっさり追い詰められるだろう。
だけど、
「はたから見りゃ狂人紛いな理由でも、行動しなきゃ世界は変わらねえ」
この世界に生まれてから見てきたもの。学んだこと。それらを思い出す。
クリーチャーと呼ばれる外敵の存在。侵される人々の生活。いつか望んだような、血の流れる殺伐とした世界。
人が死ぬを止めたいとか、誰も泣かなくても済むようにとか。そんなことを言うつもりはない。
言う資格が無い。
神田武が望み、臨んだのは、理想を掲げて貫くことじゃない。
「誰もがやるべきことがある。俺はやるべきことをやるぜ」
生で接した世界の現実。叩きつけられた事実。改めて思い知った、憧れた者達の苦悩と挫折。
そんな世界で、アルベルト・ジャクソンとしてやるべきことがある。
「SUSHIで世界を救う。そのために、アンタを利用させて貰うぜ姫様」
言って、アルベルトは疾駆した。
門壁は内側に閉じる仕掛けだ。つまり、内から押す力に弱い。その筈だ。おそらく。まあ、思いっ切りいけば解る。
サーモンを食す。咀嚼し、味わい、飲み込んだ。
変化はすぐに現れた。
下半身が筋肉が膨張し、明らかにアルベルトの速度が上がる。
サーモンのエンチャント効果は“増強”だ。それだけなら普通に良い効果だ。初手タ○カジャ三積みは基本なのである。
ただし、
「ぬおおおおおお!?」
「ゆれれれれれるおおおおおへえええええ!?」
元々化け物染みた身体能力ゆえ、増強されるとほとんど制御不能に陥るのだ。
もんどりうって転びそうになりながら、アルベルトは間合いを調節。歩幅を合わせ、門壁に向かって跳ぶ。
膨れ上がった脚力を存分に使い、凄まじい勢いで接近しながら、
「いっけええええええええええ!」
力技にも程がある盛大なドロップキックを見舞った。
轟音と共に、周りの壁を巻き込んで門壁が粉々に吹き飛ぶ。
それでもなお勢いは止まらず、アルベルトは寸でアリサを胸に抱いて地面を転がり衝撃を吸収した。
降り注ぐ木片や石礫が、俯せになったアルベルトの背中を叩く。
「やべえ、明日これ絶対筋肉痛だわ。つってるわコレ。てか姫さん大丈夫か? 生きてる?」
「ふ、ふぎゅう~……」
「あ、目が回ってますね。うん、正直スマンかった」
起き上がり、背後を見る。
そこには何処の爆心地かと言わんばかりに破壊された壁がある。門ごと吹き飛んだため空いた大きな穴は風通しを良くしている。
ついでとばかりに門の向こうからこちらに喚いている集団が見える。王軍だ。
この状況であってもこちらを追うのを諦めていないようで、肩車して人間橋を何本か作り、外敵防止用の堀を渡ってきている。
せっかく無茶したのに、あまり時間稼ぎにはならなかったようだ。
仕方ないね、と言わんばかりに立ち上がり、アルベルトはアリサを抱え、片足で地面を蹴りつつ逃げ出した。
適当に始めて適当にやってみた最初の暴挙は、まあ適当な感じで上手くいったと言ってもいいだろう。うん。
「いててて、ククク、この次はあいつを迎えに行ってやらんとなあ」
「むきゅ~……」
アルベルトは、次にやらかす目標を思い、何をやらかすかを考える。
笑いが浮かんで、口に出して叫ぶ。
「次なる目標は学園都市! 片足で着けるかな!? 痛ぇ無理だコレェ!」
そんなことを言いつつ、アルベルトは背後の怒号から必死こいて逃げ続けるのであった。