表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鬼神

作者: 不動 啓人

「9月15日、関ヶ原にて、石田三成いしだみつなり殿率いる西軍、敗れました!」

 天下分け目の関ヶ原。その報告が最上領、長谷堂はせどう城を攻撃していた上杉家筆頭家老、直江兼続なおえかねつぐの元に届けられたのは、9月29日の事だった。これは上杉家にとって絶望的な報告だった。

「兼続様、いかがなされます?」

 配下の将にそう問われると、兼続は苦りきった表情を表したが、すぐに判断を下した。

「城の囲いを解き、撤退する」

 上方での決着がもはやついたというならば、いつ徳川家康がとって返し、会津に攻め込んでくるとも限らない。今はできるだけの将兵を無傷で会津に返し、領土の守りを固める事が重要だった。

 そのために兼続は自ら殿しんがりをかってで、2万の兵を会津に発たせた。

 直江兼続勢、3千。これに対する最上義光もがみよしあき・伊達勢は2万であった。兼続は追撃に来る約10倍もの相手を食い止めつつ、撤退をしなければならなかったのである。

 戦いは壮絶を極めた。10月1日の早朝からの戦いは、約10時間に及び、僅か6キロの間に28回の戦闘が行われるというものだった。

 最上・伊達勢は数を頼りに押してくるが、兼続は要所要所、巧みに鉄砲隊を待ち伏せさせ、頑強に抵抗を試みた。

 しかし如何せん、兵力差があり過ぎた。兼続勢は次第に負傷者、死者が増え、敵の攻撃を防ぐのが困難になってきた。

 やがて兼続は、敵に首をとられるならばと自決を決意する。

 脇差を抜き、腹に当てようとしたその時だ。

「兼続殿、待たれい!」

 巨大な馬に乗った1人の武将が現れた。

「慶次郎殿……」

 兼続の視線のその先には、前田慶次郎の荒ぶる姿があった。

「心せわしき大将かな。そんな弱気でいかがする」

 慶次郎は馬から降りると、兼続を諌めるように脇差を奪い取った。

 前田慶次郎利大まえだけいじろうとしおき前田利家まえだとしいえの甥にして、現在は上杉家に2千石で仕える家臣。文武両道の勇将であり、その奇行の数々から“かぶき者”として全国に名を轟かせていた。

「しかし、もはや……」

「それが弱気と申す。兼続殿らしくもない」

 慶次郎は自分の手で兼続から奪い取った脇差を鞘に収めると、兼続に手渡した。

「ここは拙者にまかされよ」

 そう言うと慶次郎は愛馬“松風”の背に戻った。

「まかされよと? しかし、どうするつもりで?」

 どうにもならないからこそ、兼続は自決までをも決意したのだが。

 すると慶次郎はニヤリと不適に微笑むと、

「なに、丁度その辺りに最上勢の本陣が迫っておるゆえ、最上義光の首級をいただくまでの事」

 慶次郎はさらりと言ってのけた。しかし、兼続にしてみればただ唖然とするばかりである。最上義光は、敵方の大将なのだ。

 兼続は無謀を諌めようとして慶次郎の下に歩み寄ろうとしたが、慶次郎はそれを遮ると、

「さっ、兼続殿は早々に立ち退かれよ」

 朱槍を構え、雲霞の如き敵陣を遠く眺めやった。

「人間、生きるだけ生きたら死ぬものでござる。拙者がここで死ぬ運命にあれば死にもしましょうし、生きる運命にあれば、生きもしましょう。ただそれだけでござる」

 慶次郎は兼続を振り返った。それはとても戦場で見せるような笑顔ではなかった。とても涼やかな、澄んだ微笑み。

「慶次郎殿……」

 兼続に慶次郎を留める言葉はなかった。

 慶次郎はゆっくり頷くと、腹の底からの大音声を上げた。

「まだ耳の穴がある者、よく聞け! これより、最上義光殿の首級頂戴しに参る! 我と思うものは拙者について参れ! なに簡単な事だ、敵陣を一直線に進むだけでいい! そうすれば、おのずと義光殿を討てようぞ!! それ、参るぞ!!!」

 颯爽と駆け出す慶次郎。その後を、数十、数百の命知らず達が追いかけた。

「おおおおッ!!!」

 その様を呆然と眺めていた兼続ははたと我に返ると、

「鉄砲隊、ありったけの弾を撃て!あの者達の道を作るのだ!!」

 右手にした采配を、大きく振るった。


 前田慶次の働きは目覚しく、この突撃によって兼続勢は、2万の最上・伊達勢をなんと敗走せしめた。

 直江兼続、前田慶次両名は、無事に最上領から引き上げに成功したのである。


 この戦いにおいて、前田慶次はまさに『鬼神』の如しであったという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ