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9.交渉するならはったりだ

 すでに深夜なのに熱狂する信者たちは手を叩いてはやし立てたり、体を上下させてみたり口笛を吹いたりしている。

 教皇は体を止めると、ひたとみんなの方を向いた。そして掛け合いを始めた。


「神の国は!」「近づいた!」

「神の国は!」「近づいた!」


 教皇はよく響く(バリトン)で歌った。


「西方浄土に神はいる!」

 人々は短めのスカートの三人の修道女(シスター)と共に歌う。


「東西南北神はいる!」

「四方八方神はいる!」


 神はあまねく存在す――――もう一人の教皇が重々しく語る言葉を聞いたことがある。


「みんなのもとにも神はいる!」

「だから、悪いことぉするとその神さんが泣いてしまうのや。せやからみんな、ええことせえへんとあきまへんで!!」


 また語りに入った教皇は、そのあとふいに踊り出す。手拍子とアカペラが伴奏だ。

 身軽に踊っていた教皇は、最後に一つ大きなバック転を見せた。


「うおおおおおおおお――――っ!!」

 会場は沸き立つ。


「神の愛は永遠やで――――っ!!」

 ぜえぜえ息を吐きながらも教皇は見えを切った。



「さすがに年や、言う気がするわ。でもラストでかまさんとなんか感動薄いんちゃいまっか……って、誰? その人。信者さん? ジャーマネ通してはる?」

 控室と言うよりぶっちゃけ楽屋に俺は連れて行ってもらった。大きな鏡台前のストールに教皇が腰かけている。


「客人だ。少々尋ねたいことがあるらしいが、よろしいか」

 戸の外で部下と話していたJが遅れて入ってきた。

「よその地区の方やな、雰囲気でわかるわ。初めまして。地獄教皇インノケンティウス・西行十二世や。ケンちゃん言うてや」

「ケンちゃん……」

「言いにくいなら好きに呼べばいい。法王様でもパパでもいい。私はミスター・西行と呼んでいる」

 Jがフォローしてくれた。教皇もうなずく。


「名前なんて記号と同じやで。なんでもええわ。でもびっくりしはってる? 前にわしのこと見たことありはるのん?」

「え、ええ」

W教皇会談の時はただ温和で落ち着いた方に見えたのだが。


「別地区じゃこっちのスタイル受けへんねん。郷に入ったら郷に従うタチなんよ、わし」

「はあ…………お疲れ様です」

「ほんまに。驚きはったやろけど、こっちでは教皇は一流のエンターティナーやないと受けへんからしゃあないわ」


 毒気を抜かれた俺の前で教皇はスーパースターの苦悩を一通り語った。

 Jは仕事が入って部屋を出て行った。


「で、あんさんのご用は? なんか尋ねたいって言うとったっけ。サインもいる?」

 せっかくなのでマントの内側にマジックで書いてもらった。よく読めないサインの横に女の子が描くような可愛い似顔絵まで添えてくれた。


「ありがとうございます。それと、先週東エリアの少年があちらからの定期便に便乗してあなたに会いに来たと思います。ご存じないですか」

「覚えとるわ。賢くていい子やった。そして本当は女の子だったわ」

 なんと。気づいていた。


「どこへ行ったか知りませんか」

「コーラスのお姉ちゃんたちに処遇は任せたから、あっちに聞いたってや。そんだけ?」

 ビルのためにはほっとしたが本題が残っている。


「もう一つ。赤毛で緑の目をした美女を知りませんか?」

 彼女の詳細を説明すると教皇は首を横に振りかけ、ふいにそれを止めた。


「……見たことあるかもしれんわ。髪の色はわからんけど」

「どの辺りで!」

 勢い込んで尋ねると彼はしばらく考えていた。


「場所は思い出せへん。だけど巡礼者のローブ着てはった。聖地か、教会か、うち関係のどこかなのかは確かや」

 巡礼者は髪まで覆うフードの付いた長くて黒いローブを着て、双十字教の末端や聖地を巡る。一般信者と違って教会などに泊めてもらうこともできるし食事も与えられる。


「……感謝します」

 その可能性がどんなに細くても、わずかな手がかりさえあれば絶対に彼女を見つけてみせる。心の中でそう誓った。


「礼は神様に言ってや」

 そう言って教皇は双十字を切り、片目をつぶった。

 それから自分の前の入れ物からキャンディを一つ取ってくれた。


「はい、アメちゃん。まだもらってへんやろ」

 信者に配る神の愛キャンディーだ。

 原則として教皇自身は直接には物質的なものはこのアメしか与えてはならないことになっている。それも一人につき一日一個を越えてはならない。できれば週に一個程度が望ましいとされている。

 貧しい者への援助は教皇庁が計画を立てて行う。教皇本人が恣意的に実行してはならない。


 口に含むと優しい甘みが広がった。



 教皇のSPに尋ねると、コーラスのお姉ちゃんたちの楽屋を教えてくれた。

 すぐ近くだ。ノックをすると開けてくれた。


「誰?あなた」

 可愛い声で尋ねたのは俺と同じ黄色系の肌のシスターだ。十八ぐらいに見える。白色系と黒色系の二人も覗き込む。彼女たちは最初の子より少し上に見えるが実際のところはわからない。


「すみません。一週間ぐらい前にこちらに来た男の子みたいな格好の少女について尋ねたいのだけど」

「シェリルのことね」

 黒人のシスターが落ち着いた声を出す。先ほどのコーラスの中で一番脚が綺麗だった人だ。あの修道服は舞台衣装だったらしく、今は足首まで隠す長いローブに変わっている。残念だ。もっと早く来ればよかった。


「あまり斡旋とかはしないことにしているけど、同情しちゃってよそに回したわ」

 白色系のシスターも言う。この人は色は白いが顔立ちは割と平べったい。


「どこに行ったか教えてください」

 頼むと彼女たちはにっこりと笑って拒否した。

「だめよ、あなたじゃ」

「指定された人じゃないし」

「彼は何にもわかってないのね。逃げた理由も」


 なんだか腹が立ってきた。女性はいつも男のことを分かっているみたいだ。しかし男には女のことはわからない。分かったつもりで発言するとさらにバカにされることはわかる。

 しかし、わからないってことでそんなに否定されなきゃならんのか。


「ビルなら今殴られてのびてる。起きてからこっちに来るだろうけど効率が悪い。だいたいここに来るまでのヒントを見る限りあいつが一人でここにたどり着けるとは思えない。どんなに彼がその子を好きでも能力を超えたことはできない」

「もっと本気で探せば……」

「頑張った結果が俺なわけで。あいつも今まで探さなかったわけじゃないだろう。でも無理だった。こっちにとっちゃ迷惑この上ないが、俺を見込んで賭けたわけだ」


 女同士の共感を盾にするならば、こちらも似たようなものを振りかざしてもかまわんだろう。


 彼女たちは身を寄せ合って相談していたが、やがてそれを終えた。

「いいわ。教えてあげるわ。だけどその前に一つやってほしいことがあるわ」

「北区の教会から定期便が来ないのよ。ボブさんを通して問い合わせたのだけど、取り込むことがあって忙しいのでしばらくこれないって告げられただけで崇貴卿の動向も全く分からないの」

「あちらのボスが関知しないことにボブさんやその手下が突っ込むわけにはいかないけど、あなたなら大丈夫でしょう」


 崇貴卿は地獄地区でに一人ずついる高位聖職者だ。教皇はこの中から選ばれる。地区に縛られない人も多少いるらしいけどよくは知らない。


「ボブさんって、ここのボス?」

「そう。正式にはボブ・サンダース。ビルのお父さんよ」

 へえ。


「北区に教会はいくつある? それと連絡が取れなくなってどのくらいたつのか教えてほしい」

 教会は一つ。先週の初め月一回の定期便が来なかった。電話は通じていていつもの事務担当者がとるが、当分忙しいと言われるだけ。


「十七地区では基本毎月一回必須の定期便があって、それ以外でも所用でしょっちゅうここに来るのよ。残りの地獄都市からは年に一回が義務だけど。彼は先月の定期便のあと一週間ぐらい後に来たっきり。三週間は連絡がないわ」

「対処は教皇庁の人がするんじゃないのか」

「そう。だけどもう少し様子を見ましょうって言うだけ」

「教皇様は立場上動けないし。私たちは彼が心配で頼んでいるの」

 連絡の取れないのは教皇が一番信頼している崇貴卿らしい。


「シェリルは安全なところにいる?」

「もちろん」

「あんなに安全なところは他にないわ」

 少し躊躇する。どれも俺には関係ない。


「……教皇はその区に行ったことがあるのかな」

「もちろん。依頼のある個所は他地区でも行くの」

「そうなのか。ところで話は変わるが俺の捜している女性を見かけませんでしたか。教皇は覚えがあるらしいけど」

 強引に話題を変える。もし彼女たちが知っていたらそっちに向かう。


「……ううん」

「百七十八センチの巡礼者の格好の女性。気づかなかったわ」

「多少前後して考えたけどそれで美人だったら目立つわよね。でも覚えがないわ」

「教皇様の移動先には必ずついていくけれど……」

 ……駄目か。なら仕方がない。関連施設を尋ねつくす。


「そうか。ところで依頼を引き受けるけど捜索費用ぐらいは貰えるよね?」

 にっと笑って親指と人差し指を丸く合わせる。地獄地区での銭の形のサインだ。お姉ちゃんたちはその露骨さにちょっと顔をしかめる。

「ある程度は」

 金額を交渉して合意に至った。


「決して高い金額じゃないわけだからもう一つ条件を呑んでもらえない?」

 更にふっかっける。

「ちょっと、ビルからもらってるんでしょ!」

 白い子が憤慨してくってかかる。俺は彼女をじっと見つめた。

 その子はわずかに赤くなった。


「…………一銭ももらってない。むしろ貸している」

 三人が驚いたように俺を見た。


「…………どうして?」

「共感だか同情だかで動くのは何も女性の専売特許じゃない」

 つーか巻き込まれただけなわけだが。まあはったりってのはけっこう必要だと思う。


「条件て何?」

 黒い子が尋ねた。やはり落ち着いた声だ。

「聖地だとか教会だとか、教皇の行った可能性のある地域に彼女のことを電話で尋ねてほしい」

 その方が効率的だ。


「わかったわ」

 了承された。



 楽屋を出るとJの部下が待っていて接待用の部屋を提供された。女の子のあっせんもされたが断った。

 もらった夜食をもそもそと食べて速攻寝た。すでに日にちは変わっていた。


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