20. 犯人は誰だ?
ここの警察はどれだけのんきなんだ。俺の地元なら普通市民や教育済みの地獄市民だって使うし、愛区心の強い地元民の数も不足していない。
それでもメレディスは指先だけでモバイルを操作してくれたが、つながらなかった。ハッキングで通信機能がいかれてるらしい。
オートマタは動きの激しい人から順に襲っている。
「ここの警備はどうなってる?」
「区境に集中させてるから内部はあんまり。暴力沙汰なんてひっぱたきあいぐらいしかないもの」
それだって珍しいらしい。だからこそ亡くなった人は人を甘く見てあそこまでしつこかったんだろう。
「ドアからどけ!!」
突然外から叫びが聞こえた。ビルだ。人々はそうできる者はそうしたが、動いている瞬間に襲われた人も多い。それでもみな必死にそこから飛びのいた。
急に扉が一瞬だけ開いた。ビルがすばやく俺のグロックを投げ込んですぐに閉めた。
飛び上がって受け取り、こちらを向いたオートマタに銃弾を撃ち込む。
一体は倒れたが直後に撃ったもう一体は微動だにしない。そのまま俺を襲いに来かけて、間を走って逃げようとした人を投げ飛ばした。
「心臓の位置! 亭主が区長をやってた時はそこが急所だった!」
マダムの叫びが聞こえる。俺は正確にそこを狙って襲いかかるオートマタを撃った。
二体目が倒れる。あと、この部屋にいるのはポリス用三体と邸用三体だ。
別室にポリス用があと一体あるはずだが、邸用の数はわからない。
この部屋のポリス用が人をなぎ倒しながら俺に迫ってくる。連携のつもりか三体いっせいに近寄ってくる。
ーーーー焦るな。相手はレーザーは持ってない
たぶん人権に配慮したつくりなんだろう。今のところ力押ししかしてこない。
彼らはじわじわと俺を囲んでくる。周りの人たちは死んだように動かない。
『機械は人間よりすばやく強いが、ある種のリズムから逃れられない』
昔、先生が語ってくれた彼の私的な観点を思い出す。
『特に同じ工場で製造された同レベルのものは、そのリズム感がほぼ同じだ』
人を捕らえるために作られたポリス用オートマタは強い。俺は確実に死の隣にいる。だけどその死の間際のスリルで少しおかしい。思考も動きも妙に速い。
正確に一体、人の心臓辺りを撃ち抜いて、そのまま流れるように二体目を撃つ。彼らは人間じゃないから味方の損傷などは気にせず動く。今までの行動パターンならこの程度進むと予測した通りの位置にいた。
三体目の加速の前に、真横にすっ飛び間髪を入れずにこちらを向いた相手に連射する。
わずかに時差があり、こっちに猛進したあと急に倒れた。
まるでそいつの意思を引き継ぐように、他を襲っていた邸用がすべて俺に向かってくる。
だが、強化されたポリス用と較べれば割りに遅い。残り弾で充分だ。
大して時間もかけずに俺は邸用のオートマタをみな機能停止に追い込んだ。
動ける人々がドアに飛びつこうとするのを制止する。
「ここから動かないで! まだ別室にいるから行って来る!」
飛び出して別室にいくと、ビルが邸用のオートマタと格闘していた。
「離れろ!」
どかせてから心臓位置を撃ち抜く。オートマタは動きを止めた。
見ると、ポリス用は頭と胸を撃ち抜かれて倒れている。ビルが得意そうに説明した。
「格闘になったんだがどうにか突き飛ばした。起き上がる前に乗っかって頭ブチ抜いてやったんだが全然平気で、ギョッとして心臓撃ったら急に止まった」
「やるじゃん」
「ああ。だがこいつが飛びついて来てな、暴れるから急所狙えねえしどう考えても弾込め出来そうにもねえからぶちのめそうと思ってたとこだ」
ビルのコルトパイソンは威力はあるが、弾数のせいでこんな状況の時は不利だ。
ーーーーだが急所にはたどり着いている
友人としての俺は喜ばしいが、天国都市出身者としては考えさせられる。もし地獄出身者が天国内で暴れたら本能的に人の急所を狙い撃つ可能性が高い。うちの地元はそもそも人型オートマタは少ないが、急所の位置は兄に忠告する必要がある。同じ位置にあるとは限らないが、非常用スイッチとして必ず設定してあるはずだ。
「……無事でよかった」
「そっちもな。ババアとメレディスはどうだ」
「無事だ。ここの邸用はこれだけか?」
「知らん。この部屋ではこいつだけだな」
俺たちは屋敷内をチェックした。厨房には調理補助用のオートマタがいたが、別系統なのか同期されてはいなかった。あと、こっちの部屋の捜査員と別室の一人は爆発に巻き込まれてはいず、強化サポーターを身につけていたせいで、失神していたが生きていた。
「申し訳ありませんがまだ帰宅させられません。けが人は順次医療室で治療を受けてもらいます」
人々は大声で文句を言ったが「テロの可能性があります」と告げられるとさすがに主張は通せなかった。
ただ、レディスペンサーは治療済みのビルに近寄ると頬を平手打ちした。
「何すんだババア」
「この私をばばあ呼ばわりなど、許さないよ!」
途端にお貴族さまたちがニヤニヤ笑いを浮かべた。寵を失った地獄民など怖くない。一人が「しょせん無礼な下級民にすぎません。マダムのお近くに寄らせたのが間違いです」と聞こえよがしに言った。途端にマダムは激昂した。
「あたしの判断が間違っていると言いたいのかい?」
「い、いえそんな……」
「それに下級民とはどういう言い様だ。こいつはあたしの命の恩人だよっ。こいつに文句が言えるのはあたしだけさね!」
貴族は真っ青になって謝罪した。ビルが吹き出した。腹を抱えて笑うと、すぐに真面目な顔になった。
「あんたも筋を通したいたちだな」
「あたりまえだわ」
「レディスペンサー」
彼は真剣な顔のまま彼女の目をまっすぐにみつめた。
「俺はもう、あんたをマダムともババアとも呼びたくない。名を教えてくれ。俺のことも名前で呼んでくれ」
や、それはどうだろう。第一おまえの名を覚えているだろうか。
彼女はふん、と鼻を鳴らした。
「バーバラ。呼びたきゃ呼ぶがいいさ」
「わかった、バーバラ。あんたイケてるな。若い時会ってたら口説いてた」
「そん時ゃ亭主と殴りあいだわ」
「あんたのためならそれくらいやる価値あるな」
マダムはまたふん、と鼻を鳴らした。
「どっちにしろ亭主しか選ばないわ」
「つれねえなあ」
ちょっと残念そうなビルに彼女はにやりと笑った。
「だが友人としては上の方に置いといてやるよ、ビル」
「ほんと、イカすぜバーバラ」
ビルが差し出した手を彼女はためらいなくつかんで振った。
「いえもう、別室はいいです。ここにいてください」
唯一動ける捜査員は不満そうな人たちにそう命じた。
オートマタはやはり天国の人権意識をベースに作られていたため、ぶん投げられた人たちは死んではいなかった。ただし骨折など大ケガをした人も多く、医療室で対応しきれない分は医療施設へ緊急輸送された。後に起こった別室の爆破に巻き込まれて、捜査員が一人亡くなっていた。
それでも捜査員の増員はない。慰安旅行の人たちは予定を取りやめてすぐ帰るそうだが、今日中には無理らしい。一応政府関係者が来たが、マダムの無事を知って彼女のみを移動させようとしたが拒否された。
「あたしゃ客を置いて自分だけ逃げたりはしない」
てこでも動かない。それどころか「捜査の邪魔だから帰れ!」と追い出されてしまった。
動ける捜査員は見かけだけではなく本当に若い。まだ二十歳で大学の単位として志願しているそうだ。さっき目の前で骨が折れたベテランの捜査員が復帰するまで一人でがんばらなきゃならない。
「えーと、それぞれお名前は」
口々に言われても把握できないだろう。普通は補佐するオートマタが使えないから困った顔できょろきょろしている。
「パーティの名簿、プリントアウトできますか?」
執事に尋ねるとすぐに動いてくれた。捜査員がそれを見ながらマダムや他に今いる人を尋ねているが、暗澹たる気分になった。スタッフとか音楽家とか含めたらけっこう人が多い。
「これじゃいつ帰れるかわからないわね」
メレディスがため息をついて椅子に座った。まったくだ。
それだけでも嫌気が差したが、先に耐え切れなくなった客が大声をあげ始めた。
「どうせ地獄民に決まっている! われわれは先に帰してくれ。マダムもお疲れだろう」
そうだそうだと賛同する人を捜査員はおどおどと静めようとする。
「あたしゃ疲れてないよ」
「いえ、こんな前代未聞の事件です。お疲れでないわけがありません」
「そうですよマダム。今日はもうここまででいいのでは」
けれど捜査員の兄ちゃんは気弱に言いつのった。
「でも、スタッフの人はオートマタを改変することはできないんですよ」
「だが古くさいニトロ系の爆薬は地獄にしかないだろう。天国市民であるはずがない」
「そうよ。こちらの市民をたぶらかすドロボウ猫とか」
一人の女性がいやな顔でグラマーなメイドさんを見た。かちんときたらしい彼女は、凄まじい笑顔を浮かべて「確かに恵まれない地獄市民は、お金を出されれば簡単に爆薬を天国のみなさまにお売りするかもしれませんね」と言った。
「ほらご覧なさい。認めたわ」
わかってないな、この人。逆だ、逆。
「いえ、地獄民がオートマタを操作できないという条件は変わらないんです。でも天国都市の方だったらその条件をクリアーしてなおかつニトロ系爆薬を手に入れることもできますね」
つい口を挟んでしまった。先の女性はむっとした顔で黙った。兄ちゃんはますます困った顔で人々を眺める。その様子にイラついた客が強い口調で主張する。
「最近普通都市の住民の態度は目に余る。もしかして、何らかの新技術で自分たちにチップを埋め込んで犯罪を犯し、地獄民や私たちに押し付けようとしているのでは?」
途端に下町の歌姫が切れた。
「てやんでいっ、そんなややこしいこたするもんかいっ。やなことあったら自分で文句言うわっ」
美しい彼女の軽快な巻き舌に、男は引き気味になる。
「いや何も君だと決めつけているわけでは…」
「楽団そろってうちのメンバーよ。気心知れた仲間内にそんな薄暗えヤツがいるもんかべらぼうめ!」
かなりお怒りである。男は言いつくろおうとしてふいに俺を見た。
「君たち以外にも普通都市民はいる。ほら、あの男だ。君たちと違って身分が証明されているわけではないし」
「ありえないわ!」
メレディスが俺の代わりに怒ってくれた。
「私たちみんなの命を救ってくれたのはこの人よ! お礼も言わずにどういう態度?」
「いやしかし、われわれに恩を着せるためとか」
「命を懸けて? 私間近で見たけれど、本当にぎりぎりで闘ってたわよ!」
憤然と彼を睨みつけると、気まずい顔で目をそらす。捜査員の兄ちゃんは焦ったのか「それではそれぞれ出身都市別に分かれてください」と言い出して、部屋の住人を三つに分けた。
メレディスやバーバラ、お貴族さまたちやワビサビ芝居の人たちは天国列に並び、歌姫や楽団の人は普通都市列に並んだ。俺もちゃっかりそこに加わった。
執事や背の高いボーイ、少年ぽい巻き毛のボーイ、グラマーなメイドさんたちは地獄列だ。ビルもそこにいる。
もちろん並んだからと言って犯人がわかるわけではない。兄ちゃんは別れた人をぼんやり見ている。単位大丈夫だろうか。
「そもそも犯人はここにいず、タイマーとかリモコンで仕込んでるのじゃないかね」
お貴族さまの一人が、至極もっともな事を言い出した。だが捜査員は否定した。
「あー、ないです。捜査補助オートマタは警察署の研究所以外の場所で通常と違うプログラムを動かす場合、オペレーターの半径十メートル以内でなければ実行できません。無線操作も通常プログラムでしかできません」
のっとられ対策か。主犯かどうかはわからないが犯人は内部にいるらしい。
「そもそも大太鼓に爆弾が仕込んであったんだから、犯人は邸内のスタッフだろう。他は近寄れないし」
「いいえ」
巻き毛のボーイが答えた。
「太鼓は他の楽器と同じ部屋においてあったんです。誰でも近づけました」
「楽団の人たちはいつ到着したんですか」
俺が尋ねると「昨日です」言われたので「楽器はすべて持ってきたのですか」と聞いてみた。
「いえ、バイオリンよりも大きいものは楽器専門の輸送業者に頼みました。これはその前日に届いてます」
「太鼓の中に何か仕込むなんてわれわれには無理だ。こいつらに違いない」
また別のお貴族さまが主張した。歌姫が否定するより速くレディスペンサーが「あれは三年前の最新モデルで現代的だから、フェイクレザーを外そうと思えば誰でも簡単に外せる」と答えた。
「それでもそんなこと知らない人がほとんどだからやっぱり楽団が怪しい」
「オートマタの改変はどうなる。彼らができるならスタッフも怪しい」
「この人たちはほとんど派遣業者なんでしょ」
「ああそうらしい。だがマダムは長年同じ業者を使っている。ほとんどのスタッフは前回と同じだ」
「彼らも昨日邸に来て泊まったらしい。それよりずっと邸にいる執事じゃないのか」
執事さんが泣き出した。
「奥様が嫁いでいらしたその年からこの邸に仕え、生涯を捧げたこの私が疑われるなんて」
「絶対セバスチャンではない。あたしが保障する」
マダムが言い切ったので彼は泣きやんだ。ただ、それは証明できない。
「ワビサビ芝居の人はどうだ。演技者なんだからごまかすのは上手いだろ」
「普通の俳優じゃないんだから『あちきのことをお疑いかい。悲しいねええ』とかいってしまってバレるだろう」
みなが勝手な事を言い始めた。
「かつて成り上がって天国市民になったはいいが、失墜してまた普通市民に戻った男が恨みを持ってテロ工作をしたのでは」
「君、チップは生後半年以内でなければ入れても意味を成さないのだ。だからそうであってもオートマタはいじれない」
「ならわれわれ天国市民の中に犯人がいるというのか。それは賛成できない」
「さっきのあの人なら私は納得できるわ」
一人の女性が自信ありげに言い出した。
「あの人って誰だい?」
「ほら、さっき地獄民以下って言われて帰った方がいたじゃない。あの人じゃなくて?」
「ああ」
みながうなずいた。
「一人だけ攻撃される前に帰ってしまったし」
「品性も下劣だ。そうだ。あいつに違いない」
「きっとそうですわ。あの行為もわざとかもしれませんわ」
彼に押し付けてみんな心が少し軽くなった。だが捜査員が悲しそうな声を出した。
「ですからその時十メートル以内にいなかった方は該当しません」
そういやそんな縛りだった。あいつだったらよかったのに。全員がっかりしている。仕方なく別の疑問を尋ねてみる。
「太鼓は地下からせり上がってきましたが、それはいつ下ろしたんですか」
メイドさんが答えてくれる。
「直前です。パーティの十分ぐらい前かしら。私がオートマタに頼みました」
「地下までオートマタ一体で運んだんですか」
「ええ。でもマダムの大事なものだから私ついていきました」
彼女が十分で爆薬をセットできるテロリストだとは思えない。
「なるほど、そういうことか」
お貴族さまの一人が唐突に叫んだ。
「謎はすべて解けた。あなたが犯人だ、メレディス!」
人差し指で彼女を示す。メレディスはびっくりして目を丸くした。
「私が? なぜ?」
「最初は重い太鼓に爆薬を仕掛けるのは女性では無理だと思ったのだ。だがオートマタを使えばその条件はクリアーできる。犯人は天国市民でありなおかつ地獄民とも親しいあなたに違いない!」
メレディスは驚きのあまり声も出ない。お貴族さまは得意そうだ。
「あなたは人柄がよすぎる。誰もあなたを疑わない。一番意外な人物こそが犯人に違いないのだ!」
ダメなミステリファンみたいな事を言い出した。ビルが反論する。
「地獄ったって俺は17区出身だぜ。ニトロなんかかかえて来れんぞ」
「ふ、そこは同じ地獄民同士、2区のやつらが融通したに違いない」
「人外3区を通った時いっぺん虫刺されで倒れてんだ。ニトロ持ってたら爆発しとるわ。灰音ケンに聞いてみろ」
ロケットベルトのことは言い出さない。ナイスだビル。そんな手が使えることを知ったら一般的な天国民がパニくるだろう。
「ニトロ系も仕かけるまではそうそう不安定ではないはずだ」
「地獄じゃ最新技術などまったくねえぞ」
「旧技術でもどうにかなる。おがくずにしみこませたりするらしいな」
「知らん」
ビルがむくれる。その手の知識はないらしい。もちろん俺にもない。
「もしメレディスが犯人だったとしても、太鼓に仕かける暇なんかないでしょう。おとといは別のパーティだし昨日はこの邸を訪問していないんじゃないかな」
「ええ。来てはいないわ」
「そもそもマダムが最後に太鼓の練習をしたのはいつですか」
彼女はちょっと考えたがすぐに思い出した。
「昨日の夜九時ぐらいまでかねえ。そのぐらいまで楽団の人も練習していたし」
「今日は触っていないのですか」
「パーティのチェックで忙しかったからね。長年やっていることだから、今さら焦る必要もないし」
「楽団の人は? ちょっとたたいてみた人は?」
チェロ奏者が恥ずかしそうに答えた。
「昨日来た時にちょっとだけ。興味本位で」
パーカッションの人も「音が気になって私もその時に。ただし雇い主の持ち物なのでほんの少しだけ」と叩いた事を認めた。
少なくとも昨日の九時ごろまでは爆発物は仕掛けてなかった。
「誰か今日たたいたひとはいますか?」
叩いた人はいなかったが、巻き毛のボーイがいったん移動させようとしたことがわかった。
「早めに地下に運んでおこうと思ったのですが、テーブルの昇降が上手くいかないとダニーが呼びに来て。僕……私、その手の調整が得意なんですよ」
「ダニーとは?」
「私です」
背の高いボーイが手を上げた。
「ミッチェル……この人です、が調整が上手な事を知っていましたから。同郷なんですよ」
「ええ。私が十歳のときから親友なんです」
笑顔がまぶしい。だがお貴族さまは容疑者から外した様子はない。なんのかんのとスタッフを非難したりメイドさんを疑ったりやかましい。俺は何人かに更に質問を重ねてからマダムに告げた。
「天国都市のみなさんはみな身元がわかっている。たとえこの中に犯人がいたとしても逃げればバレバレですので、ぜひ帰してあげてください」
マダムは俺の目をじっと見た。それからうなずいた。
「わかった。必要があったらまた呼び出すからあんたたちは帰りな。いいね」
最後の一言は捜査員の兄ちゃんに聞いた。彼はうなずいた。
天国市民はぞろぞろと帰っていったがメレディスだけは残った。
「音楽家のみなさんもお疲れでしょう。いったんお泊りの部屋で休んでください。後から一人ずつ話を聞くかもしれませんが」
これも了承され彼らも部屋に戻った。人が少なくなったが、俺は更に人を減らす。
「執事さん、オートマタが使えないので残った人のためにお茶でも入れてきてください。ああ、そこの人たちは手伝ってあげて」
執事と空気のように存在感のない派遣スタッフを退出させると、グラマーなメイドさんとミッチェルとダニーが残った。俺はできるだけ穏やかな声を心がけた。
「君が犯人だね」
背の高いボーイは困ったような顔をした。
「なぜそうお考えなのでしょうか」
「ミッチェルが太鼓を移動させようとした時じゃましただろ。危険な目にあわせたくなかったんだね」
彼は苦笑した。驚いた様子のミッチェルをちらと見ると、すぐに俺に目を戻した。
「それだけで決めつけられるのは心外ですね」
彼には答えず、ミッチェルに尋ねた。
「君は……ダニーよりだいぶ年下だね」
「はい」
「いくつ違うの?」
「五歳下です」
「え、それなのに親友なの?」
メレディスが口を挟んだ。
「ええ。僕地獄でも底辺の出で生き延びたのが不思議なぐらいだったけど、ダニーに出会って、飯食わしてもらっていろんなこと習って、地獄では知識階級みたいなとこまで行けたんです。でも彼がもっと上に行こうと言ってくれたので、天国都市の使用人を目指したんです」
「普通都市での研修は、すごく辛いって聞いたけど」
過去のことなのに彼女は心配そうな顔で尋ねる。ミッチェルはまたにっこりと笑った。
「辛かったですけどダニーもいっしょだし、マナーも彼に教わってたのでがんばれました」
「つまり彼は、一般的な地獄市民より知識もありマナーも知っていたってことだね」
「はい……あ…」
ふいにミッチェルは呆然とした。自分が親友に何らかの不利益を与える発言をしたのではないかと気づいたのだ。
ダニーは怒った様子もなく少しやわらかく微笑んだ。
「で、私がどうしてこんな無謀な犯罪をたくらんだとおっしゃりたいのですか」
「先ほどの天国市民の意見の中にちょっとヒントがありましてね」
『かつて成り上がって天国市民になったはいいが、失墜してまた普通市民に戻った男が恨みを持ってテロ工作をしたのでは』
「普通市民は条件を満たせば天国市民になることができる。しかし失墜して普通市民に戻される人もいるようだ。そしてどうやらそのことに恨みを持つ場合もあるらしい」
「え、でもチップを入れても使えないって言ってたでしょ」
メレディスが不思議そうに尋ねる。俺は落ち着いて正答を提示する。
「そんな普通市民の子どもは? 天国市民だった時に生まれた子どもならチップを入れるだろうし、DNAに紛れ込ませるようなものなら摘出できないのじゃないでしょうか」
室内の人間はみな食い入るように俺を見ている。メレディスがうなずいた。
「家族が天国市民の資格を失った時、その人の子どもも資格を失う。だけどチップは取り出せないわ。もっとも二度と4区には入れないからその必要はないけれど」
「入れないって、物理的に?」
「ううん。でもそんな場合その子は親から引き離されて遠隔地の普通都市に行かされるの。あ、でも十五歳以上だったらDNA登録されるから物理的にも排除されるわ。その人十五歳で知りあったのだったら……あら?」
彼女は混乱した。俺はその糸を解いてやる。
「落ち着いて。ダニーがミッチェルと知り合ったのが十五歳の時だったとしても、天国都市を追われたのがその年齢とは限らない。第一、地獄都市じゃなく普通都市に行かされたんでしょ」
「ええ……?」
「そうか」
マダムが腑に落ちた顔で彼らを見た。
「この男は子どもの時に天国を追われた。復讐心を抱いて普通都市で学ぶべき事を学び、満を持して地獄に身を落とした。地獄市民になりきって経歴をロンダリングした。そういうわけかい」
「ご名答」
くっくっくっと彼は笑い出し、しばらく高笑いを続けた。ビルがすぅーっとレディスペンサーの横に身を移した。ダニーは目ざとくそれに気づいた。
「ああ大丈夫。もう手はないんだ。無茶な行動は起こさねえよ。第一俺はこのババア嫌いじゃなかったしな」
「じゃあなんであたしを狙ったのかい?」
まったく信じてない顔でマダムが尋ねた。そこにノックの音が響き執事たちがお茶を運び込もうとした。が、メイドさんと俺で受け取って彼らはすぐ部屋の外に出てもらった。
「一杯もらっていいかい?」
すっかり開き直った様子のダニーが尋ねる。マダムがうなずくと、メイドが震えながら彼に紅茶をついだ。彼は椅子に座るとゆっくりと香りを楽しみ、それから口に含んだ。
「ああ、久しぶりだ。ダージリンのファーストフラッシュだな。俺としてはセカンドの方がこくがあって好きだが、こいつも悪くない。さすがスペンサー家の紅茶だ。実にうまい」
「別に派遣スタッフがお茶一杯飲んだって責めやしないさ。今が初めてなのかい」
「俺は泥棒じゃない。客用の品に手をつけるなんて真似はしないさ」
彼のモラルはよくわからない。人殺しはいいのか。
ダニーは一杯の紅茶をゆっくりと楽しんだ。そのさまはなかなか優雅で、確かに地獄育ちには見えなかった。
「ふう。ごちそうさま。礼に何でも答えますよ」
「じゃあ答えてもらおうかね。あたしを狙ったのはなぜだい?」
レディスペンサーは感情を乱すことなく尋ねた。男はにやりと笑った。
「あんたのこと嫌いじゃないってのは嘘じゃないぜ。あんたは誰に対しても傲慢だ。それが天国市民であろうが地獄民だろうが。そこがけっこうよかったな」
いやおまえの性癖聞いてるんじゃないから。
「だがあんたはこの区の最大の支柱だ。あんたが死ねばこの都市は脆い。俺は4区を滅ぼしたかった」
「あたし一人殺したって大して変わらないさ」
「それはどうかな」
男は肩をすくめた。
「自分で思ってるよりあんたの存在は大きい」
マダムは答えなかった。捜査員の兄ちゃんがおずおずと本名や経歴を聞いた。
彼はやはり失墜した普通都市上がりの天国市民の息子だった。彼の父はすべての資産を失いこの区を追われた。その後両親は自殺したらしい。
「俺は十歳でこの区から捨てられた。もっと幼かったら、すべてを忘れることができたかもしれない。だがそれには年を食いすぎていた。価値観や文化の違う普通都市にはなじめなかった」
それでもそのことを隠して学べることは学んだ。やがて両親の死を知る。彼は復讐心を胸に計画を立て地獄に下る。十五歳だった。
「知らなかった。辛かっただろ」
ミッチェルのほうが辛そうな顔をしていた。それをダニーはせせら笑った。
「利用されただけの男がえらそうに」
ミッチェルは悲しそうにうつむいた。ダニーは都合のいいガキを見つけて手なづけたことを得意そうに語ったが、みんなわかっていた。こいつはこの少年をこの罪に巻き込みたくないんだ。
彼がもっと非情に徹することができれば、俺も特定できなかったかもしれない。だが彼はそうすることはできず、犯罪は露見した。
「二人ぐらいは死んでただろ。こいつ、死刑か?」
ビルが尋ねるとメレディスが首を横に振った。
「まさか。そんな非人間的なことはしないわ」
ここは人権意識の高い天国都市だ。差別はしても死刑はない。
「牢獄に収監されるだけよ。永遠に」
それは死刑よりも辛くないだろうか。いやわからない。生きてる方がマシかもしれない。
考え込んで黙った俺を気にもせずに、マダムはまっすぐに男を見た。
「覚悟の上だろうからこれ以上は言わない。体に気をつけてできるだけ罪を償いな」
「俺は罪だなんて思っちゃいないぜ。親父の失敗が自分自身のものだったらあんたらの非道も受け入れた。だが、ビジネス上の失敗はみんな天国市民がたくらんだものだ。わかってる、あんたはそんなことしないさ。自分でどうにかやっていける能力があるからな。だが、他はクズばっかりだ」
吐き捨てるように言うと、捜査員に両手を差し出した。
「ほら、仕事だろ」
兄ちゃんはおずおずと電子手錠を手首にはめた。男はそのまま俺たちに背を向けた。
彼が捜査員に連れられて扉まで来た時、レディスペンサーはまた声をかけた。
「セカンドフラッシュはそのうち差し入れしてやるよ」
「ありがたいね」
ダニーは振り向かずに一言つぶやき、部屋を出て行った。ミッチェルのすすり泣きがいつまでも響く。メイドさんが彼を励ましつつ立たせた。
「お見苦しい様を見せて申し訳ありません。会社に連絡いたしますので、みなさまはご歓談ください」
そういって部屋を出て行った。
いやおしゃべりする気分じゃまったくない。俺たちはしばらく無言だったが、メレディスが「地獄の人ってすごく老けてる人もいるから五歳も上だなんてわからなかったわ」とつぶやいた。
「それに親友といったら年が近いと思うもの」
「そうとは限らない。たとえば俺はあなたの年を知らないけど、いい友人だと思ってるよ」
彼女は嬉しそうに笑った。
「まあ。私もよ」
「親友だってそうだ。年は関係ない」
そう思ってるからこそ真実にたどり着くことができた。俺は肩の力を抜いて息を吐いた。その様子を見ていたレディスペンサーは「あんたたちには礼をしなけりゃならないね」とつぶやいた。
「いやあ、べつにいいぜ」
ビルが応えたが俺はすかさず言質を取った。
「そうですか。ぜひお願いします」
「何かほしいものがあるのかい?」
ためらいもなく答えた。
「あります」
メレディスが興味津々の顔でこっちを見ているのを感じる。だが別に隠さない。彼女は友人だ。人柄もよくわかっている。
「内密にロイ・ムロイ氏のお孫さんにこいつを会わせてやってください」
「ムロイ氏の孫? 最近発見されたと噂になってるあの子かね」
「そうです。ぜひよろしくお願いします」
マダムは少し考えたがうなずいた。
「約束しよう」
彼女の約束は重いと思う。言ったからにはきっと果たしてくれるだろう。
「感謝します」
礼を言ってビルのほうを見ると彼は興奮のあまりかえって無表情になっている。が、ふいに野太い声を出した。
「バーバラ」
「なんだい」
「一番の女にできずすまねえな」
マダムはちょっと口元を緩めた。
「そいつは残念だねえ」
「だが恩に着る。すっげえありがてえ」
「会えてからそう思いな」
彼女はわずかに笑みを含んだまま執事を呼び出し、紅茶の入れなおしを命じた。俺たちは四人で小さなお茶会を楽しんだ。