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19. 真中でするからチューシングラ

 意外なことに老女の邸はそれほど派手ではなかった。(とりで)として使われる小さな城みたいで、どこか無骨な印象を与えた。

 中に入ると初老の執事が迎えてくれた。ケンの邸にも同じような執事がいることを考えると、それだけ長く仕える人がいることがステイタスなんだろう。銃はここでも預かられた。


 大広間は本物の大理石がふんだんに使われている。豪華なシャンデリアが一つだけあったが他は現代的な光源に頼っていて、壁や床がほんのりと発光する。


 見事なのはいくつも飾られた後期ウキヨエだ。妖怪クビオイテケやその敵や仲間が格好よく額縁に収まっている。


「こんなにそろってるなんて」


 うちにさえない。ちょっと圧倒された。凄い財力だ。だがメイドやボーイは少ししかいない。汎用型自動人形(オートマタ)が飲み物用のタンクを連れて動き回っている。


「機械の方が気楽だってあまり人を入れないのよ。これほどの所にしては珍しいわ。ケンもそうだけれど」


 メレディスがささやく。これでもいつもよりかは人を入れているそうだ。


「派遣会社があって、毒抜き済みの人を手配してくれるのよ」


 それはうちの区ともあまり変わりがない。あっちでは単に教育済みというが。


「お困りのことはございませんか」


 ついぶしつけに人間のスタッフを眺めた俺に気づいて、背の高いボーイが近寄ってきて尋ねる。あわてて首を振った。


「特にないです、ありがとう」

「…………どういたしまして」


 笑顔を向けてくれたが、オートマタ相手にヒステリーをおこしてる女性に気がついてそちらの方に行ってしまった。


「だから、その飲み物を渡しなさいっ」

「それはできません。こちらの方が注文したものです」

「マダム、ご注文は何でしょう。私が承ります」


 ボーイがにこやかに割って入ったがオレンジ色のドレスを着た女は譲らない。


「私は今用意したこのカクテルがほしいのよ!」


 横で青いドレスの女がくやしそうにしているが口を出さない。たぶん序列が下なんだろう。メレディスが眉をひそめた。


「レディスペンサーのパーティは無礼講なのに、どうしてもマウンティングしたい方がいるのよね」


 彼女は後半になるまで現れないのでそれまでにコトを進めようとしているらしい。メレディスはちょっとため息をつくとそちらに向かった。


「ねえ、そんなに美味しいお酒なの? 私もほしいわ」


 すうっと割り込むと二人の女がきっと睨むが、どうもそこそこの家柄らしい彼女には逆らわない。


「これは何?」

「ウオッカマティーニをシェイクではなくステアーしたものです」


 自動人形が答える。彼女は驚いた顔をして騒いでいた女を見た。


「あら、じゃあマダムには強すぎると思うわ。口あたりもお好みではないでしょう?」

「ドレスに映えると思ったのよ」

「それならせめてスクリュードライバー、いえこれもウオッカベースだからお体によくないわね。ミモザはいかがかしら」


 シャンパンをオレンジジュースで割ったカクテルだ。だが女は首を横に振った。


「合わせすぎるのも無粋だわ」

「じゃあシャンパン・カクテルはいかがです? あなたの瞳に乾杯しますよ」


 つい口を挟んでしまった。女はなんだこいつはって顔で俺を見るがメレディスがやわらかく説明した。


「ケンの客人よ。食事もいっしょにとっていたわ」

「まあケンと!」


 途端に愛想のいい顔になり「じゃあそれをいただくわ。ケンによろしく言っといてね」と自分の名を告げたが乾杯の後すぐ忘れる予定だ。


「このマティーニはぬるくなったでしょうから処分して。こちらもすぐ作ってあげてね」


 メレディスはもう一人にも気を配るとすぐにビルのいる位置に戻った。彼はもの珍しそうにさっきとは別のオートマタと話している。


「へえ、天気予報もできるし好きな音楽もかけられるのかよ。一番得意なんはなんだよ」

「計算でしょうか」

「もしかして分数の割り算もできるか?」

「できます」

「もっと凄えのもいけるか?」

「どのような計算でしょうか」

「噂で聞いたことがあるんだがよ、四角い部屋のたてと横のサイズがわかれば、斜め半分に割ったサイズもわかるって本当か。いや俺エリートだから面積はわかるんだがよ、その長さはわからねえや」

「三平方の定理を使えばカンタンです」


 えらく感心している。俺たちに気づいてオートマタを示し「せっかくだから景気のいい曲でもかけてもらうか」と言い出した。


「あらここではダメよ。ほらあちらを見て。楽器の用意がしてあるでしょう。音が被っちゃうもの」


 大広間の隅に室内楽の用意があり、きちんとした服装の男女がそれぞれ微かな音を立てている。


「あれも地獄都市の人?」

「ううん、さすがに音楽は長く訓練した人じゃなきゃ無理よ」


 特別なパーティの時には普通都市の人が出張して来るそうだが最近はめったになく、腕自慢の天国市民が引き受ける時以外は、大抵ただのスマートスピーカーらしい。そういや前回のパーティでも役者はいたが楽師は見かけなかった。


「レディスペンサーのパーティではいつも生音が楽しめるの。でも、年に二回しか開かないけれど」

「うちでも大きいカチコミあった後は飲み会でカラオケだな」


 得意そうにビルが口を挟む。メレディスが尋ねた。


「楽器は何かあるの?」

「教会行きゃオルガンとかあるし流しのバイオリン弾きぐらいいるぜ。映画の応援上映の時もタンバリンとか使って盛り上げる。けっこう文化的だろ」


 彼は胸を張り、メレディスは「そうね」と言って微笑んだ。その笑顔を彩るように音楽が始まった。

 まずはゆったりとしたオールデイズ。アレンジしてあるがメロディラインが遠い過去を思わせて、知らなくても懐かしい。


 生音はいい。チェロやビオラの低い音が実家に戻った気分にさせてくれる。うちでもガーデンパーティ以外の集まりはこのくらいの規模の室内楽だった。

 だけどあっちでは普通市民ではなく教育を受けた地獄民の中で向いている者を専門職にしていた。こちらではそんな人はいないらしい。


 メレディスに尋ねてみるときょとんとした顔をした。


「妊娠した女性は地獄に戻されてしまうし、男の人も妻子はあちらに置いてくるしかないのよ。長期休暇はもらえるけど。従業員同士でこっそりつきあっていることはあるかもしれないけど、こちらの人は好意的には受け取らないわ。第一子どもじゃ毒抜きもしにくいから、天国で育つなんて事例は聞いたことがないわ」


 同じ天国都市でも俺の出身地とここはかなり違う。もっとも、地獄民の子が穏やかでナチュラルな差別を受けつつ育つうちの都市とどっちがいいのかはよくわからない。


「アペリティフはいかがですか」


 まだ少年ぽい巻き毛のボーイがにこやかに笑う。軽いものを受けとって礼を言っていると、お貴族さまの一人がグラマーなメイドの尻を撫でるのを目撃した。ぎょっとしたがメイド自身が対応した。


「主人に報告することになっておりますがかまいませんか」

「減るわけでもないだろうい大げさな」

「減る」


 いきなりビルが割り込んでいった。


「TPOをわきまえろ。おまえ地獄民以下だな」


 男は眉を吊り上げて言い返そうとしたが、メレディスがかばった。


「彼、ケンの正式な客人よ」

「だからと言って地獄民ごときが天国市民になんという口をきく」

「おまえはそれ以下だ」


 激昂しかけた男は周囲の視線に気づいた。みなさげすむような目で彼を見ている。たぶんメイドさんに触ったことより、地獄民にそれ以下だと断言されたせいでランクが下がった。


「……気分が悪い。帰る」

「二度と来るな」


 ビルが低い声で脅しをかけた。男は振り向きもせずに出て行った。


 かばわれたメイドが礼を言ったが「あいつの気持ちもわかるぜ。俺だってOKが出たら触りてえ」とまじめな顔で答えていた。


「ダメです。でも、あたし意外一生触らないって誓うなら、ちょっとぐらい……」

「残念だがそうもいかねえ。行ってくれ。じろじろ見ちまう」


 彼女はちょっと笑ってその場を去った。


「家に凄くさわり心地のいいぬいぐるみ持ってるけどあげましょうか」


 メレディスが善意あふれる顔で尋ねたが、ビルは苦笑して断った。


 天国都市のパーティによくある出し物はここでも用意してあった。ちょっと驚いたのはワビサビ芝居の一幕だ。”レディキラー、オイルヘル”という悲劇で、オイルショップのマダムがオリーブオイルやココナッツオイル、アマニ油やグレープシードオイルの飛び散る中殺される。オレイン酸とかαーリノレン酸まみれだった。


「縁起悪くてもいいのか?」


 ビルが尋ねるとメレディスがうなずく。


「伝統的なものならね。様式をタテにして悪趣味を愉しむのよ」

「へえ」


 身近にいくらでも死体の転がる生活を送ってきた地獄民は不思議そうな顔をする。

 俺も多少わかる。絶対に危険のない状況でスリルとサスペンスを味わいたいんだ。

 だが以前は平気だった演目が、妙に陰惨に感じられて目をそらした。そのせいで先ほどの女性が人目から隠したかったはずの行為が目に入った。


 さっきウオッカマティーニを奪われそうになった女性が、すばやくドレスにペン型のものをあてている。俺はその機械を知っている。簡易型繊維修復機だ。


 学生時代ちょっとした行動で服を破いてしまったことがある。絹はわりと丈夫な繊維だし化学的な補強もしてあるが、現代の人工繊維と較べりゃそりゃ脆い。焦っていると友人の一人がそれを貸してくれた。


「助かる。でも君、いつも持ち歩いてるの?」

「ああ。服を破いたレディと知り合えるだろ」

「で、つれた?」

「今目の前にいる間抜け面しかつれてないよ」


 俺たちはどっと笑ったが、そいつは真顔で「君にお姉さんか妹がいれば」とくやしがった。


「めったに服なんて破けないだろ」

「日常を天然繊維ですごすレディとつきあいたいんだよ」

「だからって修復機なんか差し出せば、いつもラッキースケベを期待しているヘンタイだと思われるぞ」


 みなでからかってそいつをむくれさせた。その時の修復機と同じものだった。


 人々は派手な殺人演技を固唾を呑んで見つめている。青服の女性はすばやく繊維のほつれをなおすと修復機をポケットにしまった。慣れたしぐさだった。


ーーーーそそっかしいので下に見られるのかな


 よく破いてるのかもしれなかった。ちょっと気になったがちょうど芝居が終わり、拍手が巻き起こったのですぐに忘れた。


「こいつらも地獄民か?」

「今のは代々やっている天国市民よ。その前のは毒抜き後の地獄民。もう一つ前は、はるばる第十普通都市から呼んだ有名歌手。下町の歌姫って子どもの頃から評判だった人なの。レディスペンサーの出し物は出自にこだわらずに選んであるから見ごたえがあるわ」


 歌姫だけは俺でさえ見たことがある。

 マダムは確かにこだわらないタイプなのだろう。俺たちのテーブル席にもちゃんとみんなと同じ食事が運ばれてくる。

 最初のうちは近くの席の客が思い切り顔をしかめていたが、ビルが見せつけるようにテーブルマナーを守るうちにスルーしだした。


「うめえな、これ」

「でしょう。マダムは実質的な方だから、こういった所に凝るのよ」

「邸は小さめなのにな」

「ここはスペンサー氏が亡くなった後に建てた私邸よ。先祖代々の巨大な館は管理しづらいからって都市に寄付したの。今は美術館になっているわ」

「子供はいねえのか」

「ええ。いらっしゃらないわ」

「財産狙いか、こいつら」


 ビルが他の天国市民に向けて顎をしゃくると、メレディスは苦く笑った。


「否定できないかも」


 少し翳った表情を見てビルが「どこだってそんなモンだ」と軽くフォローした。



 ディナーの後にテーブルは床に引っ込んで椅子だけになった。それもゆっくりとオートで移動して、中央を空けた幾重もの輪の形になった。

 上等そうな黒いドレスのレディスペンサーが扉からさっそうと現れ、みんなの歓声を浴びながらその中心に立った。


「楽しんでるかい?」


 みながいっせいに肯定する。彼女はにこりともせずに「そうだろうよ」と答えた。


「老い先短い身、どうせそう何度もないだろうから楽しんでいくがいいさ。今回はあの欲深い14区から極上品の酒と葉巻も取り寄せた。9区の菓子も用意してある。ヴィーガン用もちゃんとあるから安心しな。そんなもんのどこがいいのか気が知れないけど否定はしないよ。いつも通りの無礼講だから好きにしていい。だけどあたしの客にけちをつけたら許さないよ」


 最後にじろりとねめつける。明らかに客とはビルのことだ。彼は得意そうに彼女に向かって手を振った。


「それだけはちゃんとわきまえておくように。それじゃまあ、いってみるかい」


 彼女の前の床が開いて何かがせり上がってくる。エスニックな太鼓(たいこ)だ。室内楽のメインになるのかと眺めていると、オートマタが彼女に近寄りドレスの上に”ハッピー”なるイベント用のジャケットを着せた。更に額に”エイトロール”を巻く。


「チューシングラよ。なぜかマダムの十八番なの」


 だから中央でやるのか。レディスペンサーは気持ちよさそうにコーダン風の口上を述べている。お貴族さまたちにとっては毎度のことなのか、小声で雑談している人たちもいる。


 先ほど見かけた青いドレスの女性はおとなしく聞いていたが、またオレンジドレスが近くに寄ってきた。オートマタがすばやく現れて横に椅子を設置した。


「おのおの方、覚悟はよろしいか!」


 マダムが声を張り上げるのと同時に青いドレスの女が金切り声を上げた。


「いい加減にしてよっ!」


 全員がぎょっとして女の方を見た。こともあろうにレディスペンサーの演目の最中の無礼だ。マダムも口を閉じた。


 注目を集めたオレンジは逆上した。いきなり青服を突き飛ばした。そのせいで彼女の絹のドレスが大きく破れた。


「親から受け継いだ大事な服なのに!」

「知ってるわよ。それしかないんでしょ。色は変えてくるけど」


 せせら笑うオレンジに青服は激昂した。凄い勢いで立ち上がるとマダムの方に走りより、彼女の持っていた太鼓の(ばち)を奪い取ってオレンジ女の元に駆け戻ってきた。


「何する気っ!」

「こうするのよ」


 撥をつかんで彼女を殴った。さすがにみな立ち上がり、ボーイもすっ飛んできたがオレンジ服はバチを奪い取って青服を殴り返した。が、すぐに撥をつかんだ青服がそれを取り戻そうとする。けれどオレンジは両手で握って離さない。


「おやめくださいお二人とも!!」

「殿中でござる! 殿中でござる!」


 普通に止めているのが人間のボーイで、特別な命令がないと人間に手を出せないオートマタは少しでもなごまそうと考えたのか妙な叫びを上げている。


 マダムはあっけにとられていたが、そのうち腹に据えかねたのかつかつかと二人に近寄っていく。俺の横から人影が走り彼女の腕をふいにつかんだ。ビルだ。


「どっちも興奮している。近づくと危ない」

「うるさい。なん人たりとも私の行動を阻止することは許さないよ」


 だけどビルの力は強く、いらだったマダムがもう片方の手を振り上げてひっぱたこうとした。その時だった。


 両手を突っぱねるオレンジ服から青服が、太鼓の撥を引き剥がした。反動でオレンジは後ろに勢いよくたおれ太鼓で頭を打った。その瞬間に太鼓は爆発した。


「山鹿流の陣太鼓が!!」


 メレディスが叫ぶ。だが視線を巡らした後、今度はただの悲鳴を上げた。オレンジ服の女性は即死としか思えない状態になっていた。


「下がってください!」


 ボーイたちが叫び、オートマタがエマージェンシーモードに切り替わって何体も集まってきた。


「なんてこったい! あたしの客に!」


 マダムは死体に駆け寄ろうとしたが、ビルががんとして腕を離さない。


「無礼な! お離しっ!!」

「落ち着けばばあ」


 それほど大きな声ではなかった。だがボーイも含めて会場中の人が急にしんとしてみな彼を見ている。天国十四区で最も権威があり最も恐れられている女性をばばあ呼ばわりしたこの男を。


 レディスペンサーは極限を越える無礼さに呆然として声が出ない。それをいいことにビルは説教まで始めた。広い室内に彼の声と、救援活動をするオートマタの音だけが響く。


「あんたら天国市民はみんなバカか。地獄ではガキだって知ってんぞ。爆発が起こったら次の爆発が時間差で起きる可能性があるからなるべく離れ……」


 セリフの最中に太鼓の残骸から二度目の衝撃音がした。

 ビルはとっさに老女をかばい、背中一面にガラスの破片を浴びた。仕掛けてあったらしい。


「…………ケガないかばばあ」


 いく筋もの血が流れ、それは次第に床を赤く染めていく。

 マダムはしばらく黙って血だまりを見ていたがうなずいた。


「全くないね」

「そいつは……よかったな」


 ビルはよろよろと椅子の背をつかみ、またがるように座った。通常とは逆の形で背もたれに顔を押し付けた。すぐにオートマタがやってきて消毒液を吹きかけた。


「痛っ! いてえんだよこのバカ」

「お気の毒ですが言動を慎んでください。応急処置の後、すぐ医療室に運びます」


 ボーイの言葉を聞いてやっとこれが現実だと実感したのだろう。目を大きく見開いたままだったご婦人が一人、突然に気絶した。

 それを見て女性が次々に気を失いかけたが、マダムが「今倒れたらこいつの隣に寝かせるよ」と言ったら急に全員しゃんとした。


「こ、こんな所にいられるかっ」


 天国市民が一人立ち上がって部屋を出て行こうとしたが、執事が飛んできて引き止めた。


「危険です。まだじっとしていてください」

「うるさいっ。いつ殺されるかわからないのにいられるか!帰るっ」


 腕を振り払うその男に向かって言ってやった。


「あなたが犯人だと思われますよ」

「なにっ」


 男は振り向いて俺を見、バカにしたような顔をした。


「そんなわけないだろう」

「いえ、マダムを見捨ててこの場から急に逃げ出した。みんながそう証言してくれると思います」


 人々はざわめき、男は絶句した。俺はフロックコートを脱ぎながら更にたたみかけた。


「それと、俺が犯人なら更に廊下か玄関に爆発物を仕掛けます。逃げる人は必ずそこを通るから」


 全員ぎょっとして固まった。俺はコートを青いドレスの女性にそっと掛けた。彼女が驚いてこちらを見たので、できるだけ穏やかな顔でうなずいて見せた。


「亡くなった人は気の毒だけど、あの人が死んだのは不幸な事故だ。爆発物を仕掛けた犯人の狙いはマダムだ。太鼓に仕掛けた爆薬はこれだけだと思うけど、他の場所にも設置してあるかもしれない」


 俺はもう欠片まで粉砕された陣太鼓のあった場所に目を向けた。


「なぜマダムを狙ったと断言できる!」


 俺の言うことにすべて逆らいたい気分らしい男が叫んだ。余裕でそれに答える。


「太鼓は、あの気の毒な女性がぶつかった衝撃で爆発した。たぶんレトロなニトロ系の爆発物だ。だがそれは偶然としか思えない。本当はマダムが撥であの太鼓を叩いたときに発動するようにしてあったはずだ」


 さすがのレディスペンサーも顔色が悪い。自分が危機一髪だったとようやく悟ったのだろう。


「じゃあ犯人はこの女かっ」


 男は青服を指差すが俺は鼻で笑った。


「マダムが死ぬのをジャマしたこの人であるはずがない」

「なら最初に気絶してこの場を抜けようとした女、いや、あの地獄民かもしれん」

「気絶の人はまったく情報がないから知らないけど、ビルであるはずがない」

「わからんぞ」


 イヤな顔をして凄む。他の人と同様ロココな格好だが気品の欠片もない。


「殺すためにマダムに取り入ってここに入り込んだのかもしれん」

「ありえないわ」


 メレディスが参戦した。


「たった二日前に出たパーティで、たまたまご縁があって誘われただけよ。マダムが地獄民を誘うなんて、誰が想像できると思うの」

「あいつが何とか……色仕掛けで」


「あたしを侮辱する気かい」

「あなた本気? あの人すごく面白いけど、天国市民に色仕掛けできるタイプだと思ってるの?」


 二人に同時に責められて男は口を閉ざす。自分でもさすがに無理があると思ったんだろう。

 黙ってしまった男にメレディスが更に追い討ちをかける。


「ここにいる女性は誰一人そんなこと思いつかないわ。あなたがそんなこと考えたのは、もしかして彼、タイプなの?」

「ち、違っ!」


 この場にヤツがいたら、絶対に胸を押さえて跳び退ったに違いない。

 メレディスは視線をやわらげ、やさしい声で対峙した。


「人を愛するのは素晴らしいことよ。そんなことで誰もあなたを責めたりしないわ。受け入れてくれないかもしれないけれど、心の中で思うことは自由よ。だけど、自分の欲望を他者に転嫁させてはダメ。ビルは色仕掛けなんかしないわ」


 パリピたちは運び去られるまでそこにあった死体さえすでに忘れたかのように男を見つめ、ひそひそ語り合っている。彼は何か言いつのろうとしたが、恐ろしいまなざしで彼を凝視しているマダムに気づいて口を閉ざした。少し震えている。


「マダム、捜査員が来ました」


 初老の執事が現れて告げる。この言い回しはうちの都市と同じだ。天国市民は警官という露骨な言葉を嫌って、意味に多様性の出るこの言い方を好む。


「玄関に? 爆発は大丈夫かい」

「はい。調べてくださっています」


 人々は、少しほっとした様子で彼らを待った。



 やがて現れた捜査員は三人だった。彼らは天国市民だとメレディスが教えてくれた。専用のオートマタを六体連れている。


 人々は帰宅を許されなかった。が、捜査の間先に調べた別室の方へ移された。ここもかなり広い。更に別の一室が聞き取りのために使われる。


 まずはマダムが呼ばれた。彼女が立ち上がって聞き取りに向かおうとすると、この邸のオートマタが一体すいーっと追い越して行き先に部屋を出た。ドアは閉められ、マダムが立ち止まって首をかしげていると、また大きな爆発音が響いた。


「みなさん、落ち着いてください!!」


 唯一残った捜査員が叫ぶ。彼は捜査用のオートマタを呼んだ。が、そのうち一体が邸のオートマタの接触を受けていた。

 それとは別の捜査用オートマタが捜査員に近づき、いきなり投げ飛ばした。

 骨の折れる音がする。警官はもう動かない。


 人々の叫びは勢いを増した。


「ハッキングだ!」


 オートマタはすべて同期された。


「ありえないわ!」


 メレディスも叫ぶ。


「ここのオートマタのAIは、この都市の住民にしか操作できないのよ!」

「どういうことだよっ」


 いわば4区の秘密を尋ねてしまったのだが、メレディスも恐怖のあまり話すことをやめたら死ぬような気分らしく、小声になって続ける。


「この都市で生まれた市民は赤子の時、脳にある種のチップを埋め込むの。よそ者の成りすましを防ぐために」


 いわばICタグのようなものをDNA情報に紛れ込ませる。ただし危険がないように識別信号しか持たない。


「だからこの都市のオートマタは、よその人にはけして改変されないの」

「執事は?」


 長く勤めているようだった。だけどメレディスは首を横に振る。


「たとえあの人でもできない。もともとは地獄民だから」


 彼はビルのいる医療室に行っていてまだ戻っていない。


「そうだ、レディスペンサー!」


 ばあさまはまだ無事だ。呆然と立ち尽くしている。オートマタはどうやら動きの激しい人間から排除している。


「そうだ通報! もう一度捜査員に……」

「無理よ」


 メレディスは悲観的な眼をしている。


「こんな酔狂な仕事をする4区市民がそんなにいると思う? 全部で十人ぐらいしかいないのよ。しかも慰安旅行で半分よその天国都市に行ってる最中よ」


 俺も暗澹(あんたん)たる気分に陥った。

 人々はパニックを起こし、オートマタは暴れる人々を一人ずつ静かにさせていった。




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