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尻は嘘をつかない

番外編です

 自由でありたいと言う意思は、他者を侵害しない限り尊重されるべきだと思う。しかし世の中なかなか思うようにはいかない。情に棹さしゃ流されて、知に働けば角が立つ。だが一番やっかいなのは物理的拘束である。


 大変にシュールな状況だ。ひどく人相の悪い男たちに囲まれ銃も取り上げられている。両腕を後ろに縛られ、崩壊しそうな古い建物の床にひざまずかされたままだ。ここでは以前も銃撃戦があったらしく内装はすべて破壊され、地獄都市の常で少しでも金になりそうなものは残されていない。


 そして俺の前にはぼろい壁がある。ちょうど成人済みの平均的な男一人が横たわったぐらいの距離だ。銃痕などで穴はいくつか開いているが、位置が悪くて向こう側は見えない。

 その壁にはでっぱりがあり分厚い毛布が掛けてある。いったいこれはなんだ。

 首を傾げる俺にはかまわず、リーダーらしい黄色系の男は俺の相棒に声をかけた。


「よう、ボブ・サンの息子」


 ビルはちらりと目を向けた。感情はまったく浮かんでいない。警戒していることだけはわかる。


「…………ゲイツだ」

「俺は十七区西区の出身だぜ。とっくに死んだが親は組織にいた。おまえのことは知っている」


 ちっとビルは舌を鳴らした。囲んだ男たちはニヤニヤ笑う。


「こんな汚え町にようこそ、お坊ちゃん」

「お育ちいい方にはキツいだろ」


 いつものビルならきっともっといきってる。だが彼は冷静に次の言葉を待っていた。場慣れしているようにも見える。

 実際、そうなのかもしれない。彼の父親のボブ・サンは地獄都市最強の男として名高い。なら逆らう者はいないだろうと考えるのは別都市の住人で、だからこそ彼を倒して名を上げようとするのが地獄市民だ。


 ただしビルを人質にすることは無意味だ。地獄のボスはどんなに大切な家族であってもそんな話には乗らない。ボブ・サンは過去、こいつの腕と自分の妻を犠牲にしてそれを証明した。その上で地獄市民でさえ聞くだけで涙目になるほどの報復をした……らしい。俺は繊細な自分の心を守るため、内容については聞いてない。


「俺は組織に関わっちゃいねえから、細けえこと聞いても知らねえぜ」


 間が長いのに苛立ったのかビルが口を切った。男たちはニヤニヤしたままだが、リーダーは笑うのをやめた。


「そんなこたあ知ってる。おまえは何も知らねえ。だが、ボブ・サンの息子だ。そこに価値がある」

「殺すか? 意味ねえぜ。親父がまたバーサーカーになる程度だ」


 表面には一切恐怖心は浮かんでない。だがこれは心理戦だ。ビルの心の奥まではわからない。


「おれはボブ・サンを敵に回すほどバカじゃねえ。むしろお友達になりてえと思っている」

「じゃあさっさと俺を離してプレゼントでも送れよ。組織はともかく教皇庁の住所ぐらい教えてやる」

「ありがてえがそいつはわかる。おれがおまえに求めてんのはうちの組織に入ることだ」


 ビルも俺も周りに視線を巡らせた。七人。まさかこれで全部じゃなかろうがあまり大きな組織には見えない。下手すりゃ大手のヒャッハーより少ない。


「……人員募集中か」

「今はまだ少数精鋭よ。だがすぐに界隈一のビッグな存在になるぜ。この区のボスには大した力はねえ。すぐに俺の足元にひざまずいて靴をなめるぜ」


……どうもこの文化にはなじめない。俺だったらなめられる方でも絶対にイヤだ。だがビルは地獄都市出身者だし俺に強要したこともあるので平気かもしれない。


「俺にもなめさせる気か」


 声は静かだが殺気がこもってる。やっぱりイヤなのか。

 リーダーは両手を広げて首を振った。


「まさか。大事にするぜ。おれの腕に飛び込んでこい」

「女くどいてんじゃねえんだから」


 うんざりとした顔でビルがつぶやく。男は「ジョークぐらいわかれよ」とにやりと笑った。


「前向きに検討しろよ。ごほうびもあるぜ」

「ごほうびって何だよ」

「おまえの大好きなモノだ」


 男は気取った感じで壁に近寄ると、芝居がかかった手つきで壁のでっぱりから毛布を剥ぎ取った。


「見ろ!」


 言われなくてもガン見する。ぼろい壁には綺麗な形の尻が生えていて長くて素敵な脚が続いている。脚は逆さVの形に開かれているが、ほとんどひものような黒いランジェリーが惜しいカンジにそこを隠している。


 立場を忘れて口笛を吹きそうになった。その価値のある脚と尻だった。男は得意げな顔で自慢を始めた。


「うちで最高レベルの高級娼婦だ。この尻のラインはなかなかの……」

「黙れ」


 うなるような声が響いた。ビルだ。いつもとは違ってまるで氷の焔のようになっている。どんな尻でもいけると思ってたが好みじゃなかったのか。


 男たちは不安そうに彼を眺めたが、ビルはそれにはまったく頓着せずに通常よりも恐ろしくトーンの低い声で命じた。


「……拝め」

「は? 何を?」


 リーダーの男が素が出たらしい間抜けな声で尋ねたが、ビルの周りの空気は親父のボブ・サン並みの威圧感をはらんでいた。


「この尻に決まってるだろう」

「はっ! ケツかよっ!」


 甲高い声で笑い出したのはリーダーじゃない。さすがに小集団とはいえ頭を張る男はもう少し空気を読む。見るからにダメそうな男が腹を抱えて笑っている。


「ケツ拝めってのか。いいぜ。なんならキスでもしてやろうか」


 銃を持った男たちに囲まれているにもかかわらずビルは後ろ手に縛られたまま立ち上がった。そのあまりの迫力に他の男たちも焦ってはいるが動けない。

 ダメな男は、なんかサタデーナイトスペシャル的な安っぽい銃をかまえた。ビルはかまわずにその男の真正面に立った。さすがにそいつが青ざめた。


「……おまえにその資格があるとでも思ってるのか」

「へ? へ? 何の?」

「ざけんじゃねえ。てめえごときがこの美尻にキスする資格があると思ってんのか」


 ビルは叫んではいない。怖いぐらいに冷静な声だ。他の男たちは身動き一つしない。だがこのバカは震えつつも見栄を張った。


「たかが娼婦のケツぐらい、いくらでもやってやるさ」

「バカ野郎ッ!!」


 突然の大声に男はビビって銃を取り落とした。ナイス、ビル。こっちに蹴っ飛ばせ! と思ったが彼は安っぽい銃には目もくれず全力で男を睨みつけた。おい、そんなことやってる場合か。


「まずケツとはなんだっ。それはもっとやる気のねえ尻に対する名称だっ。この尻はそんな安っぽい扱いをしていい尻じゃねえっ。この尻には知性があるっ。そして優しさもあるっ!!」


 みな、ポカンと口を開けてビルを見ている。


「確かに俺はボブ・サンの息子、ビル・サンだ。いわば体制側のもんだ。だからこそ見えることもあらあ。いいか、組織には時たま意識高い系の女が売り込みに来る。たいていは自分できたえるだけきたえて磨くだけ磨いている。だがしょせん見よう見真似でやってるだけだ。ほとんどがやりすぎてカチカチの尻だ。そんな尻のどこがいいんだ。おまえっ、好きかカチカチっ」


 詰め寄られた男はプルプルと首を横に振る。それを見てビルも大きくうなずいた。


「仕事とかでガチガチなんはいいんだっ。そりゃ意味あるガチガチだ。以前修道院の門番がそんな尻だったがあれは認める。弱っちいシスターを守るためのガチガチなんだからあれはあれでけっこうそそる。自分の尻をガチガチにしてまで責務を果たそうとしてんだから価値あるガチガチだ。だが組織にカチカチの尻でやってくる女のほとんどがバカ女で『私を高く売って』とか自分のことしか考えてねえ。男のことはただの踏み台としか思ってねえぞ!」


 いやあの、女性をそういう扱いをする地獄都市のほうに問題があるんじゃないだろうか。


「そりゃ男の方もろくでもねえヤツがいるのは確かだ。だが仮にも娼婦として出世するつもりで来てるんだろっ。男の相手しなきゃはい上がれねえのにその一人一人をただのタマとしか考えてねえんじゃ上になんか行けるわきゃねえ。隠したってそんな根性は透けて見える。まだだらしないケツのほうがすげー疲れてる時とか需要あるわ。だがっ、この尻はそんなやつらとは一線を画してる。見ろこのラインをっ! 絶妙の形を保ちながら丸くやわらかく優しい。この尻は天性の美質を知性で磨きぬいてようやく行き着くことのできる神の領域に達している。俺もよくは知らんが一つ一つの筋肉の鍛え方も相当に考え抜いていると思う。普通都市とかなら何らかのハウトゥー本があるかもしれんがこっちじゃ見たことねえだろ。あだやおろそかにできぬ格の高い尻だ。拝めっ。とにかく拝めっ!!」


 勢いに圧倒された何人かが、頭を下げたり手を合わせたりしている。リーダーまで拝んでいる。さっきより更にシュールな状況を眺めていたらビルはじろりと俺まで睨んだ。

 あわてて頭を床に押しつける。彼は満足げにうなずいたがふいに焦った様子で手近な男に尋ねた。


「おい、この尻の持ち主はいつからこの姿勢だ。辛い思いをさせてねえか」


 リーダーがそれに答えた。


「いや安心しろ。壁の向こうには程よい高さの机とクッションが置いてあるし、この穴には低反発素材が詰められていて苦しくはない」

「そうか。ならよかった。この神尻の主にダメージを与えるわけにはいかんからな」


 ほっとしたように彼がつぶやくと、リーダーが気力を取り戻した。


「まあそういうことよ。な、俺たちもけっこうモノのわかった人間なんだぜ」

「ああ。この尻に会わせてくれたこたぁ感謝する」


 素直に答えてる場合かっ。さっきのバカ男自分の銃拾ったじゃないか。尻について語りながらでいいからこっちによこせばよかったのにっ。後ろ手に縛られてたってなんとか撃つからっ。

 いらだちながら隙をうかがっているとリーダーが交渉を始めた。


「この尻がほしければ俺の下に来い。おまえ専属にしてやる」

「行く」


 0.01秒も間をおかずにビルが即答した。おいっ、少しは考えろよっ。もっともったいぶって条件を聞き出せよ! 第一こんな安っぽい男の下についたら親父が泣くぞっ。


 リーダーは目を白黒させた。いくらなんでもこう上手くいくとは思っていなかったんだろう。まじまじとビルを見つめるがビルの視線は尻にしかない。


「おい本気だろうな。俺の下につくんだろうな」

「うるせえ。尻に二言はない」


 ガン見したままそう答える。おまえもう少し自分のライフスタイルについて考えるべきじゃなかろうか。

 男は疑わしそうに彼を見たがビルはわずかに視線を戻して「じゃボス、触っていいよな」と尋ねた。


「いや待て。おまえが本気かどうか証明してもらう」

「どうすりゃいい?」

「…………その男を殺せ」


 そいつの目は俺にあてられる。ぎょっとしたがビルはまるで動じずに「わかった。尻撫でた後な」と軽く答えた。


「甘く見るんじゃねえ。今やれ。でなきゃ指一本触れさせん」


 ビルは肩をすくめると後ろを向きそのまま縛られた手を差し出した。


「?」

「俺のパイソンよこせ。坊ちゃま育ちだから素手で人やれるほど力ねえぞ」


 こいつの義手のことがどれぐらい知られてるのか知らんが、少なくとも力の程度については知られてないと思う。


「それとこのヒモ解いてくれ」


 意外に細かく仕込む。この程度なら最初から簡単に切れるはずだ。男は少し考えたが首を横に振った。


「まだ信用できねえから銃は渡さん。ナイフ一本貸してやる。おい、ヒモをほどいてやれ」


 手下の一人がビルの紐を切った。彼は普通の手みたいに軽く振って、力の入り加減を試している。

 ヒモを切った男がそのナイフを彼に渡した。ビルは無表情にこちらに突進してきた。


 ぎゃっと思ったが身がすくんだ振りして動かない。これが正解のはずだ。

 案の定ビルのナイフはヒモをたたっ切ったが多少身も切れた。血が滲む。


「目測誤った。おい、今までのよしみで苦しまねえように殺ってやる。そのままじっとしとけ!」

「そうはいくかっ」


 まだ安っぽい銃に囲まれてる。俺たちは派手なアクションを見せつけた。


「正気に戻れ! 親父が泣くぜ!」

「るせえっ、尻こそ正義だ!」


 ひゅうっとナイフの唸りが耳元をかすめる。俺も割合強めにこいつの腹をぶん殴って飛び退る。ビルが派手に倒れる。その際に下っぱが一人巻き込まれ、デブの体重をすべて受けて失神した。


 すかさずビルがそいつの銃を奪って俺に投げつけてくるのでさっと受けた。回りが色めきたって撃ってくるが高速移動しつつ撃ち返す。しかし、ひどい銃だなこれ。


 お貴族さまの銃も教師の好みか1911系、コルトガバメントのコピー品だったがあれは丁寧に作られてありオリジナルへの敬意が感じられたし今どき感も加わっていた。だがこりゃダメだ。粗製乱造の見本みたいな代物だ。

 それでも使うしかないから弾筋を確かめ自力で修正しつつ撃ってるんだがぶれが激しい。


ーーーー殺す必要はない。戦闘不能にするだけだ


 そう自分に言い聞かせてトラウマが発動しないように心がけているんだが、こういう時に限って絶命させたりしている。いや、俺のせいじゃない。この銃が悪い。

 利き腕を狙ってるが相手も動くし、銃は最低なので少々あたり所が悪かったりする。なるべく死にませんようにと祈りつつ撃つ。祟る時は俺じゃなくて銃メーカーにしてくれ。


 泣き声やうめき声が響いているから生きてるやつもちゃんといる。だがまともに動けるヤツはリーダーともう一人だけだ。が、その一人はこの部屋から走って逃げた。


「悪りぃな。一対一ならなじみのほうにつくぜ」


 いつの間に拾ったのか、ビルは自分のコルトパイソンをリーダーに向ける。だがそれは早すぎた。


「手をあげろ。じゃねえとこの尻に穴が開くぜ」


 リーダーは壁から生えた尻に自分の銃を突きつけた。ビルが真っ青になった。


「おいっ、そんなモンを神に向けるな! 美に対する冒涜だぞっ」

「なんだっていい銃をおろせ。いや、そっちの男に向けて撃て」


 相手も興奮している。ビルの額には脂汗が浮かんでいる。


「でねえとこの尻は神の座を降りることになる」


 パイソンが震えている。震えながらそれは動き始める。


「どんな状態だってあんたは女神だっ!」


 銃口が火を噴く。硝煙がにおい立つ。

 俺よりも速く、普段はめったに当たりを見せないビルの銃がリーダーを撃った。


 尻に対してあれほどの執着をを見せていたから、まさか撃つとは思わなかったのだろう。

 男はほんのわずかに迷った。尻を撃つかビルを撃つか。

 その迷いが銃口を揺らした。だが尻は無傷ではいられなかった。


「うわあああああっ!」


 ビルが絶叫しながら尻に飛びついた。


「すまねえっ。ケガさせちまった、すまねえっ」


 かすり傷だが尻の稜線がすこし乱れた。ビルはポケットから消毒液と万能絆創膏(メディカルシート)を取り出し、謝りながら手当てをした。


「こんなつまらんことにまきこんでごめんな」


 おい、俺の命はつまらんことかいっ。

 いや、それでもこいつは自分の命より大切そうなこの尻より俺の命を選んでくれた。それは感謝すべきだ。


「あんたは傷ついても尊さはまったく変わらねえ。尻神さまになるまでの努力が減るわけじゃねえし」


 ビルが尻を撫でまくりながら優しく囁いている。それほど大事なものより優先してもらったんだから厚い友情が燃える感動的なシーンのはずだがどうにも締まらない。


「おい大丈夫か、そいつ死んでるのか」


 不満を抑えて尋ねると、ビルはリーダーをためらいなく蹴飛ばし「ああ。こら確実に死んでるわ」と答えた。


「慣れてんだ。死んだふりのやつは感じでわかる」


 経験値で覚えるものなのか俺は知らない。幼少のみぎりから死体の転がる環境にいたこいつとは違う。


「だとしても生きてるやつが気力取り戻す前にずらかろう」

「ああ。ちょっと待て、女神さまを何とか引っぱり出さんと」


 彼は壁尻を優しくつかんで引っ張ったが動かない。


「間につまった低反発素材を外せよ」


 自分のグロックを探しながら助言すると彼はうなずいた。だが外す暇はなかった。


「兄貴っ、無事かっ!」


 さっき逃げた男が戻ってきた。彼は床に転がったリーダーに目をやり、すぐに顔を紅潮させた。


「おまえらが兄貴を殺ったのかっ」


 聞くまでもないだろう。いや確認は大事か。正答が得られるとは限らないが。

 肯定はしなかったが彼は勝手に決め付けて「兄貴のかたきっ!」とよそに隠してあったらしいトミーガンを撃ちまくり始めた。命がけで跳び退る。


 リーダーに対する忠誠心には感心するが優先順位はそれじゃないだろう。ケガした仲間の確保だと思うんだが。

 ほら、あんのじょううめいてるやつの声が一つ消えた。流れ弾が当たったんだと思う。復讐は何も生み出さない。われわれは憎しみあうより許しあうことが必要なのだ。

 だが俺の崇高な理念を語る暇もなくそいつはサブマシンガンを撃ち続け、すぐに弾切れを起こした。ほっとしたが彼は不敵に笑い「弾はいくらでもある!」と豪語した。

 え、と思うと背中にしょったかごからドラムマガジンを取り出した。こいつ、体がやわらかい!


 さっき割と早く弾切れを起こしたから初期型のやつだと思う。だとしたらドラムに百発だ。ただし45口径だから一発でもあたるわけにはいかない。先生に昔、ある程度あたりにくい動きとか習ったけど程度問題だ。いつかは必ずあたる。えいっ、俺のグロックどこだよっ。


 青ざめつつ避けに避けてたら、いつの間にか上手いことそいつの後ろに忍び寄ってたビルががん、と突き飛ばした。そいつは倒れ、かごに入っていたドラムマガジンがいっせいに転がりだす。


「パイソン使え!」

「あほうっ、これ以上神を怖がらせてたまるかっ」


 そっちより俺とおまえの命を気にしてくれっ。

 転がってきたマガジンを男と反対に蹴り飛ばしつつ銃を撃つが当たらず、運悪く最後の弾だったのですっ飛んで逃げ、目線で自分のグロックを探した。


 ビルはさすがにあきらめて転んだ男に向かってコルトパイソンを連発したが、今月分の当たりを使い果たしたらしくすべて外れ、なおかつ予備の弾までは取り戻せてなかったらしく弾切れになってやはり逃げた。が、入り口は男の側だ。


「こっちよ!」


 女の声が響いた。いつの間にか尻が消え壁に穴があいている。え、と思ったがたぶん最初は呆然としていた尻神さまが自分で詰め物を外して抜け出したのだろう。


「こっちに銃があるわ!」

「投げてくれ!」


 とっさに叫んだが女の声は否定した。


「ごめんなさい、足がすくんで動かないの!」


 詰め物を外しても穴はそれほど大きくはない。俺がやっと通れる程度だ。そこにかがみこんだ時点で隙が生まれ、まだいくらか弾のあるトミーガンが集中するだろう。それに……


「いい子だジェニー」


 義理堅い男がニヤニヤしている。


「そのままじっとしとけ。悪くはしない」


 彼女は敵側の娼婦だ。信じられるだろうか。

 穴をくぐろうとすれば必ず狙い撃ちにされる。命がけで行ったとしても本当に銃があるとは限らない。

 女神は男には答えず沈黙を守っている。


 躊躇した。思わず視線をビルに向けるとこいつは俺を見返し、ためらいなく走って穴と男の間に立った。


 悩んでる暇などない! 俺も瞬時に動き穴に飛び込んだ。

 するんと出られるわけもなく、引っかかりながらどうにか隣室に出た。

 その間ビルが義手を構えてかばってくれたが、脱出と同時に横に飛んだ。


「きゃっ!」


 美女に見とれる時間さえない。銃撃が襲いかかるがあたりまえだが直線上にいるもんか。一瞬でどくわ。銃はどこかと目で尋ねると、彼女が震える指先で方向を示してくれる。そこに走る。俺のグロック18Cだ。何も考えずにそれをつかみ静かになった穴から隣をのぞく。

 相手も用心してずれていたが、脇腹の一部が可能範囲だ。

 フルオートで叩き込むと相手が崩れ落ちた。


「そいつ死んだか」


 穴から叫ぶとビルが「まだ生きてるが動けねえわ」と答えた。そして穴をくぐろうとし、自分の体格じゃ不可能であることに気づいてあきらめ、ちゃんとドアを出てこちらの部屋に回ってきた。


「はじめまして女神。あなたの信者です」


 ビルはまっすぐに彼女の瞳を見つめ、それから手を取って口付けた。


「守り抜くことができなくてすみませんでした」


 女神は本当に女神だった。


「ありがとう。でもごめんなさい、すぐ救急車呼んであげなきゃ。まだ生きてる人いるんでしょ」

「え、高いぞたぶん」


 地獄都市の救急車は金がいる。前払い金も出さなきゃいけない。


「仕方ないわ。電話かけてくる。近くの店にあるから」

「じゃあこの金を使ってくれ」


 取り返したらしい財布からごっそりと渡す。彼女は「ありがとう、あなたいい人ね」と微笑んで出て行った。


「……気前のいいことで」


 軽く皮肉ると「そりゃな」と彼は別の財布を振った。


「迷惑料として全員からいただいてきたし」

「ちゃっかりしてるな」

「こっち出身のお坊ちゃまだからな」


 ビルは財布を隠しに戻した。


「それにしてもあの状況でよく彼女を信じたな。いくら凄い尻でもあいつらのとこで働いてるわけだし」


 彼は真剣なまなざしで俺を見た。


「胸は嘘をつくが尻はけして嘘をつかない」

「はあ?」


 むっとした顔で反論する。


「尻だって嘘をつくだろう。尻パッドとか補正下着とかあるだろうし」

「バカだな、おまえ」


 あきれ果てたと言わんばかりの表情をされる。


「胸と違って尻は脚に続いてんだぞ。筋肉の動きを見れば一目瞭然だろ。不正はすぐにバレる」

「わかるかっ、そんなんっ」


 そこまで通なやつはそんなにいないだろっ。


「それにおっぱいは嘘をつくこともあるがそれ以上に癒しを与えるだろっ。大きければ大きいよさが、小さければ可憐なよさがある!」

「へっ」


 上から目線で見下される。


「いいか、壁尻はあるけど壁胸はないだろ。尻のほうが上だ」


 ぐぬぬとなるが負けちゃいない。


「ありがたすぎてめったにないだけだ!」

「高さに無理がある」

「椅子乗りゃいいだろっ。そのぐらいする価値はある!」

「使い方が」

「はさむ!」


 ビルは残念なものを見るような顔になった。


「……俺なら賢者タイムに自殺するわ」

「うっせえ」


 小声でうめくと失礼なことに慈愛に満ちた表情になりやがった。


「まあいい。俺は尻を愛し尻に生きる。おまえも好きなようにすればいい」

「言われなくともそうするわ」


 救急車の音が響いてきた。穴から向こうをのぞいて見ると凄い顔でずるずると這いずってるやつとかいる。


「意識があるってことは一応俺たちのことを覚えてるよな」

「けっこう死んでるし」

「俺の身元ばれてるわ」


 二人で顔を見合わせ、瞬時に音とは逆の方に飛び出て走った。


「女神を置いてきてしまった!」


 走りながらビルがわめく。


「後でラブレターでも書けよ!」

「住所がわからん!」

「この区の崇貴卿に頼んで探してもらえっ!」

「シェリルとカレンが認めてくれっかな」


 俺はちらっと横を見た。目つきでわかったらしく「やっぱりダメか」とうなだれつつ走る。


「いいからとにかく走り抜け!」


 ビルは以前よりかはいくらか持久力が上がっている。俺たちは必死に駆けてその町を後にした。




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