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17. ロココにマッチは不似合いだ

 石造りの壮麗な館は城と言ってもおかしくない。様式はいろいろと混ざっているがそれが上手く調和していた。

 階段を上りコリント風の柱に支えられたアーチをくぐると、重厚な彫刻のある(かし)の木のドアがありそこを開くと大理石の床が濡れたように輝く。

 灰音(ハイネ)ケンはそこまで案内すると、初老の執事に俺たちを託して自室に引き上げた。


「どうぞ、こちらです」


 案内された部屋は領主の館内の一室と言った感じだ。正面に焔の揺れる暖炉があるが、火はもちろん3Dだ。だけど装飾品はすべて本物で、流れるようなフォルムの美しい家具も天然木でできている。


 テーブルは象嵌(ぞうがん)が施され、椅子は金華山織りのビロードが使われている。これがこの区の標準だとしたら、もっとモダンなテイストを好むうちの区とは趣味が違う感じだ。


「すげーじゃん」


 二つの客用寝室をつなぐリビングを見渡したビルは感心した様子だったが、圧倒されてはいない。


「冷静だな」

「教皇さまあての天国カタログはそのままうちに来るからな。物によっては取り寄せるし」


 さすが地獄一のお坊ちゃまだ。並みの普通市民よりビビらない。


「だがありゃなんだ?」


 暖炉の上に飾られた後期浮世絵を指す。カタログには載らないが多少は流通しているので知っている。


「ビーンズペイスト入りのパンが擬人化されたスーパーヒーローだ。愛と勇気の他には友達がいない」

「ヒーローってのは孤独なもんだな」


 彼はもう一度だけ視線を走らせると「あいつもこんな邸にいるのかな」とつぶやいた。


カレンはロイ・ムロイの屋敷にいる。それは確かだから身の安全に対しての不安はない。

人外三区でケンのモバイルを使ってムロイ氏と連絡をとった。だが「落ち着くまで待ってほしい」と頼まれ、しばらく会えない。



ロイ・ムロイ氏はごく若い時は普通市民だったが、抜群のビジネスセンスで妻と共に第四天国市民に成り上がった。そして更にがんばって会社を世界的企業に育てあげたが、私生活では娘を失う悲劇にあった。

彼は育て上げた会社を処分して娘の行方を追ったが見つけることはできなかった。

結局彼はまた新しい企業を作り上げる。今も一線は退いたが名誉会長として助言はするらしい。


「情報だって金で買えますからね。天国都市といえどもそれから逃れることはできない」


ゲストルームとは別のディナー室に呼ばれていた。紫檀(したん)のテーブルの上に銀のカトラリーが輝く。グラスは特に高価な物だ。通常クリスタルグラスは鉛を加えることで透明度を高めるが、これは一切鉛を含まない。

なぜわかるかというと、うちの実家で使ってるやつと同じだからだ。たまたま家紋まで同じだ。ちがい鷹の紋章がグラスにもカトラリーにも刻まれている。


ビルは向かいの席でむっつりと肉を切っている。世話になっているせいかとりあえず不満を呑み込んでいるようだ。


「あなたは金では手に入らない特殊能力をお持ちのようですし、そうじゃなくても文化の方を重要視するように見えますが」


 ディナーに現れた彼は大昔の貴族のような閑雅さが更に増していた。一つにまとめて結んだ黒髪は変わらないが、時代物のドラマのような格好だ。

 この世界のすべての区は偏見を除去するために過去の国名は可能な限り排除することになっている。それでもある程度わかるが、この格好はかつて大陸にあった力ある国の絶対王政の頃の服飾だと思う。絹やレースが品よく使われている。俺の故郷では仮面舞踏会(マスカレード)かコスプレデイにしかお目にかかれない。


 ケンはくすりと笑った。


「金がなければ文化は守れませんが、それでも新しいものを生み出すよりかは安くつきます」


 銀のカトラリーを上品にひらめかせると、また言葉を続けた。


「この区では、こんなふざけた格好が常識なんですよ」

「優雅な風俗ですね」

「ええ。まさに落日の美しさです」


 なんだかお似合いですとかいえない雰囲気だ。だがビルが空気を読まずに「自分の部屋でもそんなの着てるのか?」と尋ねた。


「まさか。パジャマかジャージですよ」


 このすかした男がそんな気を抜いた格好をしているのは想像もつかない。けれどビルは納得したらしい。

 彼が充分に落ち着いてるのを見て、こちらも本題を切り出した。


「なぜ、カレンを勝手に連れてきたのですか」


 ケンはまた優雅な微笑を浮かべた。


「お話しすることはできません」

「ロイ・ムロイ氏の委託を受けたわけではありませんね」

「ええ」

「たぶんあなたはムロイ夫人の病状を知って動き出したのでしょう。緻密な計画を立て、人を動かし自分も動いた。偶然によって助けられた部分はあるにしても最初からカレンが狙いだった」


 ビルも尋ねる。


「あのじいいさんと知り合いだったのか、それとも知り合いになりたかったのか」


 ケンは首を横に振る。


「いえ、知人ではありませんし、故意に近寄りたいわけでもないです」


 それこそ金か。不自由しているようには見えないが、資産状況はわからない。

 だが微笑に含まれた毒は凄みがあって、そんな単純なことだとは思えなかった。

 考え込む俺に灰音ケンは「いつかわかると思いますよ。あなたなら」と根拠なく買いかぶった。否定しようとした時、ドアの辺りがやかましくなった。


「困りますメレディス様!」

「いいじゃないの私なら」


 執事の制止を振り払って入ってきたのは、二十代ぐらいに見える女性だった。もちろんここは天国都市なので本当の年齢はわからない。

 ケンはうんざりとした声を出した。


「来客中と言われたはずですが」

「だからこそよ。あなたが屋敷内に人を入れるなんてほとんどないじゃない」


 彼女は俺たちをしげしげと眺めた。


「見ない顔ね」

「うちの区の方じゃありませんよ」


 途端に彼女はぎょっとした顔になった。


「まさか、地獄民じゃないでしょうね」

「俺はそうだぜ」


 彼女は悲鳴を上げかけた。だが途中でそれをやめビルの手元を見つめた。


「ナイフを使えるの?」

「ああ」

「凄いわ! どうやってしつけたの?」


 好奇心満々の顔でケンに尋ねる。彼が頭を抱えながら「最初から使えましたよ」と答えると「まあ!」と叫んだ。


「あなた凄いのね! 努力したわね!」


 まったく悪気がない。ないだけに困る。ビルはあっけに取られていた。

 彼女はまたケンの方を向くと「でもいっしょのテーブルで食事するのは、衛生的にどうかと思うわ」と言った。


「ペットか俺は」


 ビルが突っ込みを入れるとメレディスは「ペットはちゃんと消毒してあるわよ」と答えた。


「食事前に風呂ぐらい入ったぞ」

「おフロ入れるの? 地獄民は怖いんじゃないの? 生まれたときと結婚式の二回しか入らないんじゃないの?」


 ビルは怒る気力さえわかないようだ。ケンがさえぎって「用事は何ですか」と尋ねた。


「あいも変わらずパーティの招待よ。五回に一回ぐらいは出てよ。あなたに夢中の女性陣がブーブー言ってるわ」

「あいにく女性に興味がありません」


 がたんと音がして向かいの椅子が後ろにずれた。なにごとかと見るとビルが両腕を交差させて胸を守りながら立ち上がり、後ろに逃げる。


「男性にもありませんっ」


 珍しくケンが憤慨した声で叫んだ。あれ、地味に腹立つよな。


「あなたのそんな声初めて聞いたわ」


 メレディスが面白そうな顔をした。



 彼女はケンの母方の従姉だった。ああいう人だが天国市内では破格に性格がいいらしい。彼は「海産物家族のヒロインのようです」と言っていた。唯一出入りを許している親族だそうだ。


 メレディスは次の日、ケンが人外区のパトロールに行っている間にも来た。昨日で慣れたのか、普通に同じテーブルについた。よその区の話を聞きたがったが、もっぱらビルに語らせた。


「まあ面白い。普通区はどうなの?」

「……地味なだけで面白くはありませんよ」


 更に言いつのられる前に「それより、ケンは一般的な天国市民とは違っているようですが」とやんわり探りを入れた。


「ええ。あの人、人外区に入れるのよ。あらそっちから来たなら知ってるわね」

「こちらの他の人も入れますか」

「まさか。たいてい死ぬわよ」

「どうしてあの人だけ行けるのですか」


 彼女は「私も子どもだったからよく知らないけど」と断って「五歳のときに迷い込んで一年ぐらい後に見つかったらしいけれど、生き延びたってことはたまたま体質があってたのでしょうね」と答えた。


「へえ」

「大きな声じゃ言えないけど、地獄民の子供を買って人外区に追い込んで試してみた人もいるらしいわ。だけど三ヵ月後にはみんな死んだって噂よ」


 ビルが物騒な顔をした事に気づいたのか、あわてて「うちの区の子どもだって死んだのよ」とつけ加えた。


「え、天国市民で試したんですか」

「まさか。少子化で大変なのに。これは私も覚えてるわ。ケンがうらやましくてたまらなかった子どもたちが三人、親に黙って勝手に入り込んで全滅したの。一日ももたなかったわ」

「かわいそうに」

「今思えばそうなんだけど、いじめっ子たちだったから当時の私はほっとしたわ」


 何かと正直な人だ。


「死者が出ても回収が難しいのよ。丈夫な防護服をつけても食い破られて中に入り込むし。なんだか特殊な体液を出す虫もいるらしいわ。昆虫学者が泣かんばかりに調べたがっているけれど、ケンは人外区の神秘を暴くことには協力しないし」


 マントとスプレーだけで入り込んで死んでない俺たちは、恐ろしく運がよかったんじゃなかろうか。


「でもこの区のおかげでうちの区は守られている面もあるのよね。あなたは別の区だから違うのでしょうけど、二区の住民は略奪が凄いから」


 マッチポンプだ。貧困が犯罪を呼び犯罪が差別を呼ぶ。


「うちの区も犯罪がないわけじゃない」

「そう。でもあなたはそんな風じゃないわね」


 ビルにそう言うと彼女は執事を呼んで紅茶を要求した。俺たちが驚くと「もうわかったわ。いっしょにいただきましょうよ」と言って磁器のポットの紅茶をカップに注いでくれた。


 俺たちはお茶を呑みながら、今度はロイ・ムロイ氏について尋ねてみた。

 彼はその暇がないのかめったに社交の場に現れないので、メレディスはほとんど知らないようだった。


「でも最近、他の天国都市にいたお孫さんが見つかったって噂があるわ。だけど本当は普通区育ちらしいといってる人もいるけれど」


 俺たちは耳をそばだてた。カレンの経歴はロンダリング中か。だとしたら返すつもりがないんじゃないか。


「へえ。彼の企業は世界的だよね。お孫さんにも興味あるな」


 ビルをけん制しつつ軽い口調で言ってみた。彼女は「そのうちパーティに来るんじゃない。会いたいのならケンを説得してよ」と答えた。


「地獄民は呼ばんだろ」


 ビルが苦い声を出すと、彼女は紅茶を持つ手を止めた。


「そうでもないわ。みんな退屈してるし大して変わらないパーティメンバーにも飽き飽きしてるわ。失礼を承知で言うけど、安全な環境でもの珍しい人をしげしげ見つめたいのよ。だけど行ったら、もの凄ーく見下されるわよ」


 メレディスみたいな無邪気なものじゃないだろう。彼女はちょっと考え「なるべく守ってあげたいわ。ほんのちょっとでも風あたりを弱められないかしら。もしかして銃を撃てる?」と尋ねた。


 なんだ。こちらのお嬢さまも銃を撃つのか。


「まさか。でも最近一部の殿方の間ではやってるのよ。撃てるのならちょっとしたシューティングマッチでも企画してあげましょうか」

「パーティで撃つのか。天国じゃ引かれないか」

「面白いことならなんだっていいのよ。でもいいこと、ここではみな暇をもてあましてるの。だから趣味にもそれなり時間をかけるわよ。よその区の人はそうもいかないでしょうから、甘く見ていると意外に腕があることに驚くと思うわ。だから、自信がないならやめたほうがいいわよ」


 ビルは考えもしないで「乗った!」と答えた。おい、おまえの銃はいばれるもんじゃないだろ。


「本場仕込の腕前を見せてやらあ」

「あら素敵。銃は何を用意すればいいの?」

「自前のがある」


 コルトパイソンを見せると彼女は喜んだ。


「アニメで見たことがあるわ。下の方に長いのついているのフルグラ銃身っていうのでしょう」


 意外な知識だが何かと惜しい。ビルが訂正した。


「そらヨーグルトにかけるやつ。正解はフルラグ銃身だ」


 彼女は少し赤くなった。



 射撃クラブのお茶会に特別ゲストとして招待された。ケンは「用事がありますので」と出席を断った。俺たちは用意されたフロックコートにシルクハットを着用した。これだって充分に古風だが多少ハードルが低い。あのお貴族様な格好をさせられなくてよかった。


「他都市の男性に着せられる衣装の一つなのよ」


 メレディスが教えてくれる。きっとこれも差別なんだろうけど、あんなロココの化身みたいな服装はイヤだ。もちろん俺は何着たって合うだろうがビルもいるし。


「おい、着方はこれでいいのか」

「中にベスト着ろよ」

「こうか」


 ダブルなせいか恰幅のいいビルにもよく似合った。機械仕立てだがちゃんと体形のデータは取ったのでぴったりだ。

 俺たちはメレディスに連れられてメンバーの一人の別荘に向かった。



「これはこれはメレディス嬢。ちゃんと連れて来てくれたのですね」

「ええ。約束しましたもの。こちらが地獄都市出身のビルさん。この方は普通都市出身のシロウさん」


 庭のあずまやに案内されるとお貴族さまたちが瀟洒な椅子に座っていた。彼女にだけそれを勧める。

 俺たちの名字は聞かれなかった。他市民にはないと思っているのかもしれない。

 白っぽいかつらまでつけた五人のロココ人たちはじろじろと俺たちを眺めた。


「なかなかどうして人間に見えるじゃないか」

「言葉はわかるのか。言語学者を呼ばなくていいかい」

「あら意外と普通よ。話も面白いしマナーもちゃんとしてるの」


 男性五人は腹を抱えて笑った。


「地獄民のマナーってバナナを食べるのに皮を剥くとかかな」

「トイレでペーパーを使うことは知っているかい」

「その前にトイレを知ってるかと聞くべきだろう」


 いやこいつトイレにはうるさいんですよ、と内心思ったがもちろん黙っとく。ビルはまるで聞こえていないような顔をしていた。

 さんざん言葉でなぶった後彼らはゲームの説明を始めた。


「五枚の金属のプレートを撃つだけの簡単な競技だ。撃つ順番は四枚は好きな順でいい。だが真ん中の一枚だけはストップターゲットなので最後に撃たなくてはならない。これにはセンサーが仕込んである」


 スティールチャレンジだ。子どもの頃、先生が過去にはやったゲームを取り入れてくれたのでけっこうやった。


「五回やって一番結果の悪いものを省いて四回分のデータで競う。続けてではなく交互にやることにしよう。かまわないかね」


ステージはあずまやから見える位置のこれ一つしかないようだ。ビルはうなずいたが銃を出そうとはしなかった。


「それでは銃を出したまえ」


 四区市民がそう言ってもビルは動かなかった。苦く笑ってお貴族さまを見た。


「……あんたらは地獄市民ってやつを知らない」

「だから知ろうとしてやってるではないか。なぜ人と同じような口をきこうとする」


 男たちはイヤな笑いを浮かべている。だがビルは落ち着いた口調で続けた。


「マイナス感情を抱いたまま銃を抜いたら、地獄市民は確実に相手を殺す。俺の銃はコルトパイソンだ。五人殺して一発余る」


 全員真っ青になった。この距離じゃ警備の人がいたとしても間に合わない。それに天国都市はたいてい内側の守りは薄い。恐怖のあまり座っていた一人など足ががくがく震えている。


「いやあのビルくん、われわれは地獄民に慣れないだけでそう悪意があるわけでは……」

「そ、そうだ。親しくなるために少しからかってみてゆっくりと互いの許容点を探そうと」


 一方的にディスってみて親しくなれるはずがない。ビルはぞっとするような視線を彼らに向けた。


「パイソンを選んだのは殺す相手が少なくてすむからだ。俺はほとんどムダ弾を出さねえ。軽い弾でもどうにかするが、さすがに死にきれず苦しむやつが出る。俺の腕でこれなら一息に逝かせてやって苦しめないですむからな」


 全員がたがた震えている。だがビルは一転、慈愛あふれる笑みを向けた。


「けど俺は、これ以上死人を増やしたくねえ。だからもうこの区では抜かないことにする。神と仏と地獄教皇インノケンティウス・西行十二世に感謝して双十字を切りな」


 男たちはやっと息を吐いて震えを止め双十字を切った。だが途端にのど元すぎればの気分になったのか「ではこのシューティングマッチはなしかね」と聞いてきた。ビルがそいつに目を向けると「ひっ」と叫んでまた息を呑んだ。


「いや。俺の弟子がやる」

「弟子って?」

「こいつだ。出身は違うが地獄仕込みだ。俺ほどじゃないがそこそこやれる」


……だろうと思った。ロココなヤツらは今度は俺をじろじろ見た。


「凄腕には見えないが」

「なめると痛い目見るぜ。やれるな、シロウ」


 こいつ、後で覚えとけよ。


「まったく師匠は人使いが荒い。俺じゃ大したことはできませんよ」

「人助けだろ。これ以上泣いてる遺族なんぞ見たくねえんだ俺は」


 五人はまた青ざめたが、もう一度俺のほうを見てひそひそ話し合った。

「弟子ならギリいける」そう聞こえたような気がする。

 


「まずは見本を見せてやろう」


 一人目の男が四角く区切られた定位置のボックスに立ち、両手を肩より上にあげてブザーが鳴るまで待った。

 なった瞬間に腕を下ろして四枚を射撃し、最後に真ん中を撃つ。悪くない速度だった。

 手持ちの銃は1911系、ガバメントの系列で複列弾倉(ダブルカラム)にしたハイキャパシティ(大容量)のものだ。ロココなどかけらもない。


「弾薬はいくら使ってもいい。9パラ? 足りなかったら補充しよう」


 うながされたがボックスに立つ前にきょろきょろと写真を探した。俺の先生はこのゲームをする前には必ずかつての伝説の人物の写真を拝ませたからだ。写真の人は黒縁メガネにヒゲの男性で、とても優しそうな笑顔だが侮れない感じだった。すきっ歯だが凄くかっこよかった。

 別の流派もあると聞いたこともある。マーケットを意味する漢字一文字のワッペンを拝むそうだ。だがそれもない。この都市ではそのままゲームに入るらしかった。


 ブザーが鳴った。今までの経験で自分では一番効率的な順序で撃つ。一人目よりは割と速かった。あずまやにいる男たちはざわついているがビルは腕を組んだまま黙って一つうなずく。メレディスは拍手してくれた。


「ほほう、なかなかやるな。次は私の番だ」


 別のロココがボックスに立つ。銃はやはりハイキャパだが、全体的に派手なエングレービング(彫り物)が施されている。

 彼は最初のロココほどの記録は出せなかった。その後撃ったやつらも最後の男だけがちょっと速かったが俺を越えることはなかった。


 二回目も無難にこなし三回目に入った。すでに距離も位置も把握していたから速度も上がるはずだった。が、そうはいかなかったのはターゲットが動いたからだ。


 一瞬目を疑ったが五枚とも動いた。外したがまた撃てばいい。俺はどうにかあて、終わってから抗議した。


「動くなんて聞いてませんよ」


 ロココはニヤニヤしながら答えた。


「これはムービングチャレンジだ。知らないのか。ああ、よそでははやってないのかもしれないねえ」

「二回目までがサービスで止めてあっただけだ。いつものことなのだよ」

「すまないね。知らない事を知らなかったので」


 汚い。だがこれはスティールチャレンジの後の時代に一時期だけはやったやり方だ。だが一般人には難しいし、かといってマニアはもっと複雑なシューティングに行ってしまったので短い流行だった。俺も話は聞いたことがあるがやったことはない。


 たぶんこいつらは今時のものまでは極めていないんだろう。俺は内密に練習させられたが、ウサギ箱も生き物を模しているからあまり人聞きはよくなさそうだし通常天国都市では使わないのかもしれない。


 一番悪い記録は省かれる。だから失敗は気にせず次のターンを待った。

 更に動きが激しくなっている。が、しょせん水平にしか動かない。その幅は予想がついた。多少は外したが他と比べてひどすぎるわけじゃない。

 俺は自分の分以外の時も注意深く眺め可動範囲を見極めた。最後のターンはかなり上手くいった。


「……君が優勝だおめでとう」


 メレディスの前だからか射撃クラブの五人がしぶしぶほめてくれる。彼女は喜んで「じゃあ次のパーティに呼んでもかまわないわよね」と確認した。


「否定はできない」


 積極的とはいえなかったが許可は出た。これでケンが乗り気でなかったとしてもパーティに出られる。


「よかった。みなさんもご協力ありがとう」


 彼女は悪い部分はまったく見なかったかのような笑顔を見せた。さすがの彼らもそれをけなすことはしなかった。



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