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15. みんな、丸太は持ったな!

狭い広場に人々は集められた。教会前に交差させられた二本を支えにメインの一本の丸太が立てられている。それに俺は縛り付けられていた。


「神に逆らい双十字教を騙る大悪人だ。彼は罪を償わねばならない。異議ある者は?」

「異議なし!」「ありません!」「ぶっ殺せ!」


人々の叫びの中悲鳴のような女の子の声が混ざった。


「あるわ!」


ベティだ。悲痛な声で抗議してくれる。


「その人いい人よ! 寝ないでお金くれたのよ!」


崇貴卿は憐れむような目で彼女を見た。


「おまえを騙そうとしたのだ」

「違うわ!」

「何もせず金を渡すなど、やましい所のある証拠だ」

「違うっ。案内しただけよ」

「教会までかね」


彼女はうなずきかけてためらった。周りの視線は冷たい。崇貴卿は余裕ある態度で人々をなだめた。


「この子は騙されただけだ。何の罪もない。巻き込まれた子羊を狼の仲間と思ってはならない」

「なんとお優しい」「さすがは猊下だ」

「だから違…」

「これ以上は黙りなさい。人々を抑えるのも限度がある」


口を閉ざしたベティが悲しそうにこっちを見た。さるぐつわをされた俺は声を出すことができない。ただ目だけで微笑んだ。


ーーーー君は何も悪くない


自分でちょっと失敗しただけだ。俺は嘘を完全否定しているわけじゃない。なるべく避けたいが状況によっては効果的だと思ってる。だがこの場合は大間違いだった。


崇貴卿は声を上げる。


「みなに問おう。この男の運命を。我らはいかにすべきか」

「制裁を!」「制裁を!」「死を!」「死刑だ!」「神の裁きを!」


おいここの組織はどうしているんだ。司法権は組織かそこの息のかかった法務機関の管轄じゃないのか。こんな神権政治で本当にいいのか。文句を言いたいが声が出せない。俺にとっては致命的な拘束だ。

 むぐむぐ言ってるうちに人々は俺の足元に薪を積み上げ始める。ちょっと待て。待ってください。いくらなんでもあんまりじゃないでしょうか。


「この男は教皇さまの特使を騙った。これが許されるべき罪であろうか」

「否!」「否!」「許せない!」

「死を!」「死を!」「苦痛と屈辱に満ちた死を!」


 自分たちの声に煽られて人々は過剰にエキサイトしている。だが崇貴卿だけは落ち着いた声で彼らを抑えた。


「私は苦痛も屈辱も与えない」


 人々は黙ってその声を聞いている。もしかしてただの演出で何かのセレモニーなのか。


「死者はみな仏だ。そこに至るまでに紅蓮の焔ですべて浄化される」


 だめじゃん! なんか文学的表現で焼き殺すって言ってるだけだ。俺は必死に身をよじらせたが固く結ばれたロープは緩みもしない。

 じたばたしていると安っぽいそろいのローブを着た一団が現れた。なんだ彼らは。


「おお、神と教皇に祝福された巡礼者諸君よ、長旅の直後にご苦労だったな。みなに経緯を話してくれ」


 代表らしい四十ぐらいの男が前に出た。


「われわれは迫害と差別に屈せず教皇さまの下にたどり着き神聖な祝福を受けました。教皇さまはそれはそれはお優しく清らかで長旅の苦労も忘れることができました。そして聖都の帰り道、われわれは奇跡に出会ったのです」


 彼はうっとりと目を宙に向け両手を組み合わせた。


「教会の周りを徒歩で回りそろそろバスに戻ろうとした時でした。道の端にバイクが止められていてその横に天使と見まがうばかりの少女がいたのです」


 どう考えてもカレンだ。やはり無事だった。


「われわれの有能なリーダーのケン・ハイネが彼女に声をかけました。燃料切れで困っていたのです。教皇さまの愛で満たされていた私たちはこの美しい少女にそのおすそ分けをしようと思いました。家まで送ろうとしましたが彼女はそれを拒みました」


 この人はそのケン・ハイネじゃないわけだ。ビルの話だとすかし系らしいが普通っぽい人だし。そいつはカレンに付き添っているのか。


「ケンはまず彼女をバスに誘い話を聞きだしました。われわれは外で待っていましたがやがて呼ばれ、彼女は二区を経由して彼女の祖父の出身地を訪れることになったと告げられました。大変デリケートなことなので深く触れないでやってくれと言う彼の言葉に素直に従い、彼女を伴って二区に戻りました。最初は緊張していた彼女もそのうちだいぶなじんできて、いっしょに聖歌を歌うまでになりました」


 え、カレンの祖父の出身地って俺の読みじゃ天国だが。地獄の人間がたやすく天国に入れるわけがない。だまされてひどい目にあってるじゃないのか。


「もしほんの少し早いか遅いかだったらあの子に会うことはできず、さしもの聖都十七区といえども地獄に変わりはないのですから彼女はひどい目にあったでしょう。だが神は彼女を見捨てずに何の邪心も持たないわれわれが手を貸すことを許してくださいました。まさに神のお与えになった奇跡です。心から神をたたえ感謝の祈りを捧げましょう」


 崇貴卿は満足げにうなずいた。


「神はすべてを見ているのだ。そしてこの世の悪はすべて人によってなされる。見よ、この男を! 汚れなき少女をだまし食い物にする悪魔のごときこの男を!」


 って誰だと思ってきょろきょろしたら俺か。みんなの怒りが集中する。


「この男は教皇さまの名を騙って双十字教を貶め、巡礼たちの救った少女をさらうためにやって来たのだ。真の悪人はいつもよそから訪れる。われわれは二区を守るために、そして聖なる少女を守るために闘わなければならない!」


 うおぉーーーっと人々は盛り上がる。憎むべき敵がいると人の心は一つになる。俺は彼らに捧げられた生贄だ。


「積み上げろ薪を! 燃やすのだ、この男の罪を! みんな、丸太は持ったな!」


 人々はまた、手にした丸太や薪をどんどん俺の周りに積み上げていく。もう顔しか出ていない。

 彼らは悪意を言葉にかえてぶつけてくるがベティだけが泣いている。俺も泣きたい。

 ロープを解いてくれ。それがダメならせめてさるぐつわだけでも外してくれ。そうしてくれれば後は自分でなんとかする。


 必死の願いも届かない。神様はよそ見してるのか。


「そこまででよろしい。いいか、みな見ておくのだ悪魔と化した男の最期を。燃やし尽くされ灰となりやっと仏となりゆく様を」


 崇貴卿は火のついた薪を受け取り高く掲げた


「恐れるな! これは浄化の焔だ。われわれはこの悪魔となった男の罪を払い救済するのだ!」


 人々は腕を振り上げて絶叫する。「悪魔を殺せ!」「罪を燃やせ!」「生まれ変われ!」

 満足げな崇貴卿はその薪を俺の周りの木に近づけた。だが太すぎたのかなかなか火がつかない。


「油を持って来い!」


 誰かが叫び何人かが教会の奥に向かった。すぐにポリ容器とともに帰ってきて薪にざぶりとかぶした。

 死ぬにしてももう少しマシな死に方がしたかった。痛すぎるのはいやだ。だが崇貴卿は炎を近づける。その時だった。


 銃声が響いた。それは三発連続だ。さあっと人が割れて道ができた。

 銃口を空に向けた男がその端に立っている。

 彼はモーゼかイッキューさんのように堂々と道の真ん中を歩いてきた。


「いくらボスが息子だからって、やりすぎだろウッズマン卿」


 ビルだ。憤りを抑えて冷静だ。ちっ、こっちの方やりたかった。

 ウッズマンとか言う崇貴卿は凄い顔つきで彼を睨んだが、すぐに声を張り上げた。


「だまされてはならん! この男はボブ・サンの息子に化けた偽者だ!」


 みなとまどってひそひそ語り合っている。ビルは「火を消してくれ。こっちも銃をしまう」と崇貴卿に交渉した。相手はしばらく睨んでいたが一応消してくれた。俺はさるぐつわ越しに息を吐いた。

 ビルがコルトパイソンをホルスターにしまうと、ウッズマンはここぞと言い立てた。


「そんな大物がよそに来るわけがない。おまえは偽者だ!」


 ビルは慌てなかった。彼は辺りを見回し巡礼の一団に気づいた。そしてそいつらに向かう。


「あんたらに俺会ったよな。覚えてるだろ」


 幾人かがうなづく。地獄じゃデブは記憶に残りやすい。だが逆にデブだってことしか覚えない。顔の細部までは覚えてないかもしれない。

 あんのじょう崇貴卿は言い立てた。


「だまされるな! 体形の似たものをよこしただけだ。よく見よ! 違うはずだ!」


 みな困って顔を見合わせている。そりゃ、一度見かけただけのやつよりいつも世話になってる崇貴卿の言うことの方を信じたいだろうし。

 ビルは静かな声で彼らに尋ねた。


「あんたら何が一番信じられる?」

「おまえではないことは確かだな」


 ウッズマン卿が鼻で笑う。だが彼は怒りを見せない。

 人々は困惑したまま「……双十字教」と答えた。ビルは畳み掛けた。


「その中では誰を?」


 みなちらりとウッズマンを見た。いや別に不審の目じゃない。だが少しためらっている。もう一人崇貴卿がいるはずだから断言できないのかもしれない。


「教皇さまだ!」


 誰かが叫ぶとみなほっとしたのか口々にそれに賛同した。ビルはうなずき、「そうだろうな。すばらしい方だ」と応えるとみんなうんうんとうなずいた。


「苦労してでも巡礼行った甲斐があっただろ。記念のコピーももらっただろ」


 何のことかと思ったら、巡礼者は漏れなく教皇さまのサインのコピーがもらえ、二十人以上の一団体につき一つ本物のサインももらえるそうだ。


「だから教皇さまのサインは知ってるな。こいつ、直筆のサインをマントにもらっている」


 顔だけ出た俺をみんなが見る。だが崇貴卿は余裕の表情だ。


「おまえもだまされているのか。こいつのマントにそんなものはない」

「いやある。だが着ているやつじゃねえ。これだ!」


 ビルが尻ポケットからマントを取り出した。俺のだ。以前西区に置いてきたものだ。


「それはおまえのだろう!」崇貴卿が叫ぶがビルは余裕たっぷりにそれを着て見せる。首のところが止められない。そのまま彼はサインのある裏を見せた。女の子のイラストみたいな自画像がついたサイン。人々が自分の分を取り出して確認している。代表っぽい人が本物を持って寄ってきた。

 ウッズマン卿は体勢を立て直してまた叫んだ。


「おまえ自身のはどうなんだ! ボブ・サンの息子を名のるのなら持っているだろう。それを出せ!」


 うんざりした調子でビルが答える。


「あのな、俺はガキの頃から教皇さまとよく食事する仲なんだ。親兄弟と変わらないぜ。いちいちそんなのもらうかよ。持ってる方が嘘っぽいわ。おまえたちの中で誰か一人でも、父ちゃんや母ちゃんや姉ちゃんのサイン持ってるやついるか?」


 こいつたまに、いやほんとに稀に妙に冴えることがある。今がその時だ。


「そのマントも……」

「やめてくださいウッズマン卿」


 少々太めの中年男性がえっちらおっちら近づいてきた。


「二区を守るその気持ちは立派ですがやりすぎです。その人を離してやってください」


 もう一人の崇貴卿らしかった。ウッズマン卿はいまいましげにそれを呑んだ。


「まず口から解いてやれ」


 ビルの提言でさるぐつわが外される。俺は空気を思いっきり吸い込んでから大声を出した。


「申し訳ありませんウッズマン卿!」


 人々どころかビルも、もう一人の崇貴卿も、ウッズマン卿自身も目を丸くしている。俺はそのまま謝罪を続けた。


「俺がちょっとした嘘をついたせいで誤解させてしまいました! 本当にすみませんでした!」


 被害を受けて謝罪ってのもなんだが、冷静に考えるとそれが一番丸く収まる。

 だってこの崇貴卿、組織のボスのお父さんなんだろ。下手に逆らうと後で粛清されるかもしれない。今回しみじみ思ったが、俺は命が惜しい。それに二区市民の反応を見る限り、こいつ煙たがられてるとしてもそれほど嫌われてるわけじゃない。つまりいつもは職務を果たしているわけだ。性格は嫌いだがこんなバカなことを繰り返さなきゃいいわけだし、もう一人の反応から見ると何か事情もありそうだ。


 彼の顔をつぶさないように気をつけて事情を説明し、誰も悪くないが行き違いがあったという形に持って行きどうにか事態を終息させた。



地獄都市二区は南区と北区に分かれていて組織も二つある。ウッズマン卿は片方の組織のボスのパパだが、もう一つの組織も掌握している。

話によると先代のボスはこの人の父親らしい。彼は息子をボスにせず崇貴卿にすることに全力を注いだ。


「三代だ! 三代かけてこの区を富ませようと努力している。銃も規制して銃犯罪も減らした。区民同士の犯罪率も下げ、狙うならよそ者の方がいいと倫理感を持たせた。なのに区民は貧しい暮らしを余儀なくされている。理不尽この上ない!」

「えーと、略奪に頼らぬ生活基盤を…」

「あたりまえだ! それぞれ必死に努力しておるわ。略奪はたまのおやつだ。いや、搾取されたものの奪還だ!」


この区には普通都市の立てた工場が多いが、物凄く安い値段でこき使われる。組織への支払いも慣例により低い。


「十七区はいい。教皇庁があるので人も訪れるし天国都市の教皇とも付き合いがあるから普通都市にもほとんど搾取されない」

「そうでもないぜ」


ビルが口を挟んだが相手にされない。


「わが都市と較べれば微々たるものだ! われわれは最も搾取される地獄民なのだ!」


 もう一つの地獄区第十二地区がどんなだか知らないので較べようがないが、十七区より貧相なのは確かだ。


「特産品でも作るんだな。十二区はじゅうたんとかで有名だがここの名産は聞いたことないぞ」


 こりずにビルが提案した。だがウッズマン卿は興奮したままだ。


「そうだ。何もない! われわれには何一つないのだ!」


 俺はなだめようと努力した。


「あなた方には……」


 ウッズマンももう一人もこっちを見るけど何も思いつかない。貧相なだけで特徴的なものがない。俺は困り果てたが何とか声を絞り出した。


「あなた方には丸太がある」


 なんだよ俺。今どき家だって小屋だって燃料だって木製品じゃないだろう。いや待て、木製の家もあった。あれは……そうだ、西区のアジトだ。


「うちの区には森林地帯多く、確かに良質な杉の木が量産されます。だがそれほど活用されているとは言い難いです」


 もう一人の崇貴卿が答える。


「えーと、聞いた話ですが天国市民は自然素材の品が大好きだそうです。ですが自分の区の自然保護区の樹木は伐採の必要がある時以外は手を出さない。もっぱら普通区の木製家具などを購入しているらしいです」

「そんな職人技うちにはない」

「そりゃそうです。だからまずは木材そのものを普通都市に売り込みに行き、同時に西区に丸太小屋の作り方を習いに行かせたらどうでしょう」

「何なら口きくぜ」


 ビルが保障した。崇貴卿たちは黙っている。


「そして丸太小屋の作り方をマスターしたら思い切って天国都市に売り込みをかけます。あそこの住人だったら庭に置く子供用のキャンプスペースとかあずまやとかで需要があるんじゃないですか」

「天国市民は普通都市民以上に差別的だ。地獄民の作った品など買うわけがない」


 ウッズマンは言い切ったが俺は彼の目を見た。


「それはどこの天国市民です?」

「……第四区だ」

「じゃあ第九区に交渉すればいい。プライドは捨ててください。気の毒な地獄民がすがっていると言う形を取ればたぶんどうにかなります」

「つてがない」

「九区にはあちらの教皇庁がある。こちらの教皇さまが行く時どうにかくっついていって何とか交渉してください」


 ううむ、とウッズマンが唸りこむ。ビルが「そんな手があるならうちの区のやつらもやりたがらねえかな」と言い出したので「木は育つのに時間がかかる。むしろ協力した方が長くできる」と答えたら納得した。


「では本題に入りましょう。カレン・アンダーソンに会わせてください。彼女はビルの婚約者で彼の子をはらんでいます」


 ウッズマンともう一人がぎょっとした顔でこちらを見た。知らなかったらしい。待っていると小太りの方がおずおずと答えた。


「……彼女はもうここにはいません」


 ビルが胸ぐらをつかんだ。


「どういうことだ! 言え!」

「よせ、ブラウニング卿に罪はない。わしがケン・ハイネに許可を出した。卿はさっき知ったばかりだ」

「どこだ! あいつどこなんだよ!」


 ウッズマン卿は顔色を悪くしていた。


「南隣の人外第三地区だ。そこを通って普通都市に行くはずだ」

「三区なんて毒虫だらけだろ! 通れるかそんなとこっ」


 俺も焦って尋ねた。


「人外区に接する普通都市は七区と六区、だけどその近辺に五区や十一区もあります。いったいどこの普通都市なんですか」

「……わからん。彼は普通都市出身である事を公表していたがそれがどこかは明らかにしていなかった」


 ビルがこぶしを振り上げた。ウッズマン卿は逃げない。すっくと立ったまま衝撃を待っている。

 こぶしを叩きつけることもおろすこともできずビルは吼えた。悲しげな獣のような声だった。



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