14. おまえは嘘をついている
「全然あたらねえぞ!」
「期待してないっ。とにかく撃って撃って撃ちまくれっ!」
地獄二区に入るやいなや襲撃を受けた。多少の銃撃は混ざっているがほとんど石つぶてだ。何者かもわからないし襲う理由もわからない。バイクや車に乗ったやつはいないがとにかく数が多い。
ビルは素直に言葉に従ったが彼の銃はコルト・パイソンだ。威力はあるがリボルバーだし装弾数は六発だ。すぐに弾切れする。
西区の温情で弾薬はけっこうあるが弾込めに手間がいる。もちろんスピードローダーは使っているがそれでも間が空く。
運転しながら自分のグロックを取り出した。以前のと違って今回は生体認証の解除をできるようにしてある。それを外してビルに渡した。
「連射できる。こっちも使え」
「ありがてえっ」
「ロングマガジンは捨てるなよ! それ一つしかないっ。他は好きにしろ!」
「おうっ」
二挺拳銃で派手に弾をばら撒くとさすがに人並みが引いた。その隙に速度を上げて引き離す。ガンガン飛ばして広めの道に出た。
「なんなんだあいつら」
「たぶんヨソもんは双十字教以外はとりあえず襲うんだろ」
「ゾンビみたいだ」
「亡者だからな」
ニヤっと笑うと「十七区が民度があるってわかったか」とダメ押した。
俺はしぶしぶうなずいた。あそこでの銃撃戦は”因縁をつける”といった手順を踏んで行われる。
「十区でそう呼ばれたのも無理ないわ」
「十七区民までいっしょにすんな。まともなトイレ使わせろってんだ」
よほどショックを受けたらしい。彼にしちゃ妙にこだわる。
「さっさと忘れろ。教会に向かうぞ」
修道士に聞いた通りの方向に行こうと右折したが、いきなり丸太が転がってきた。あわてて避けるとまた銃弾と石つぶてが襲う。
幌はもうズタズタだ。助手席のビルが身を乗り出して背後を撃つ。さっきはそれでどうにかなったが、今度は背後から小汚いトラックが迫ってきた。
瞬時にかまえたがあんのじょう衝撃が襲いかかる。さすが地獄民、ためらいなくぶつけてきた。ビルは車底にへばりつき耐えきった。
「やるじゃん!」
「よくある! 慣れてんだっ」
ボブ・サンの息子ってのも大変だ。同情を禁じえない。
そんな感慨に気づきもせずに彼はなんかわめきながら撃ち返す。
珍しくあたったらしく、トラックが急に動かなくなった。
だが息もつけない。石つぶては途切れず道の向こう側から飛んでくる。
「教会までたぶんびっしりだ。回り道はないのかっ?」
「あるだろうが知らんっ」
この辺りの住民総出できてるのかけっこうな人数だ。ビルは逡巡せずに撃ちまくる。
おかげで周りが後退した。俺は一気にバックし、がっと横の小路に入った。露天の店を引っ掛けて倒しつつ先に進んで別の道に移った。
相当引き離したのか追っ手の影はない。車を所有してるやつも十七区より少ないらしい。だが辺りを見回していたビルは急に俺にジープを止めさせた。
間口は広いが周りと同じく地味な店だしシャッターが下りている。”ぶひん・たくさん”とだけ書かれたその店を、車から下りたビルは小刻みに叩いた。
「誰だ?」
「部品を売りたい」
店の主が少しだけシャッターを上げた。ビルは「すまんな」とやわらかな声を出し、もの凄く無害そうに笑いかけた。
多少間があってもう少し上がった。たぶん表情のせいじゃない。それはまだ見えてないと思う。だから体格のせいじゃなかろうか。地獄じゃデブは裕福の証だ。
ビルはニコニコしながら中にはいると、銃を店員に押し付けた。
「車が入るぐらい開けてくれ」
店員は凄い顔をして開いてくれた。俺はかなり強引に車を入れた。
「すぐに閉めろ」
さびのあるシャッターが下ろされる。ビルは銃を突きつけたまま話を続けた。
「さて、商談に入ろう。車一台分の部品だ。高く買えよ」
「こんなままで話できるわきゃないだろっ」
男は叫んだがビルは気にしなかった。
「じゃあ撃ち殺して家探ししなきゃなんねえ。面倒だから有り金全部出せ」
店員は真っ青になった。俺も付け加える。
「なんでこの方がふくよかでいらっしゃるかわかるか? 逃げようが暴れようが百発百中だ。目をつけた獲物を逃がすことがないからいつも金がうなってるんだ」
ビルはにっと笑った。
「よせやい。わざと外して後ろから撃つのも楽しいんだからばらすんじゃねえぞ」
「どうせ身をもって知ることになるんですから同じですよ、ゲイツさん」
俺もにたにた笑って見せた。店員は脅えてがたがた震えた。
だがビルはその肩を優しくぽんぽんと叩いた。
「いや最近あまりにカンタンに死ぬからつまんなくてよ。抵抗してくれてもいいぜ。顔の皮剥がれんのと肺に穴開けられてヒューヒュー言いながら死ぬのとどっちがいい?」
あ、漏らした。ちょっとやりすぎだ。
「そういやゲイツさん、心改めて殺生やめるっていってたじゃないっすかー。金だけ取って生かしといてやりましょうよ」
店員が懇願のまなざしを彼に向ける。ビルは少し考えるふりをし、鷹揚にうなずいた。
「だったわ。教皇さまの威光に触れてライフスタイル変えたんだった。おいおまえ、運がいいな。だが金が少なきゃ殺してもいいな」
店員は震えながら金を集めてこちらによこした。ビルが「こんだけか? じゃ半殺し。顔の皮も一部だけにしといてやるから今後は黒男って名のれや」と言ったら床を上げてもっと出した。俺は更にすごんだ。
「いいか。この車は普通都市のヤツだぞ。燃料もまだ入ってる。品物でいいからもっと出せ」
実のところ相手にもけっこう分のいい商談だ。まあ俺たちが本当にジープを置いていけばだが。
「食いもんとかでもいいぜ。お、それももらうか」
薄汚いが丈夫そうなリュックをもらう。中の工具は返してやり手持ちの弾とか中に入れる。
俺たちは奪えるだけ奪うとジープの鍵を渡した。相手は驚いて目を丸くしている。
「後ろから撃たれるのはイヤだから軽く縛っとくな」
一時間ほどじたばたすればどうにか外れる程度に彼を縛った。
「おまえは地元民なんだからせいぜい高く売れよ」
「元は取れる。がんばれ」
はげましてから外に出た。歩けばジープよりは目立たないはずだ。
俺たちは路地を行き、現れた強盗が「金を」と言った瞬間二人がかりで銃を向け「そっちこそ金を出せ!」と脅した。たいていは出さずに逃げていったが、一人だけおずおずと差し出してきた。
「こんなはした金いるかっ! 行っちまえ!」とビルが叫ぶとぴゅーっと逃げた。
郷に入れば郷に従えだ。狙われる前に狙うつもりで人を睨み始めると、その後は不思議なぐらいそんな目にあわなかった。
俺たちは教会を目指して歩き回り、けっこう迷って細い路地に入った。
人気がなく薄ら寒い。尻ポケットからマントを出してはおり、方向を確かめていると薄汚い子どもが寄ってきた。五歳ぐらいに見えるけどたぶんもう少し上だ。
「ねえ、おじちゃんたちなんでもいいからちょうだい。おなかすいてるんだ」
か細い手を差し出す。俺はげっと思いつつも隠しに手をやったが、その手を引き出すまもなくビルがその子を蹴飛ばした。
「おいっ!」
俺は叫んだが眉間にしわを寄せた彼は揺るぎもしなかった。子供はすぐに立ち上がって泣きながら走り去った。
「犬猫じゃないんだぞっ」
それだってよくない。
「だからだ」
愚者を見る目つきで眺められる。
「この町じゃガキは一人で生きられない。親か仲間が様子を見ている。隙を見せたら襲いかかってくる」
過去に№3にも叩き込まれた。だがしばらく戻っているうちにそんなルールは忘れていた。
俺の方が悪い。わかっているけれど飢えた子どもを蹴り飛ばすのはなっとくがいかない。
厳しい顔をしていたんだろう。ビルははあとため息をついた。
「いいか、ここではケガのない程度に暴力を振るうのが最大の親切だ」
「そんなわけないだろ!」
「何も与えなくとも優しく断ればあの子は必ず用心もせずに次のカモを探す。地獄はガキにも優しくない。ぶっ殺されるか半殺しか○○○(障碍者を表す地獄的な差別用語)にされるか。ここじゃなく治安のいい十七区だって無事じゃいられねえ」
あそこだって治安よくはないだろ。いやまて確かに泥棒は少ない。盗もうとすると撃ち殺されるからだ。
「そうでもしなきゃ食えないんだろ」
「いや。昔と違って食料は増えてる。そしてここではガキんちょも稼げる。人が嫌がるような仕事をやれば食ってはいける。それも試さず平気で人様に頼ろうとするやつはいつか殺される」
森の子どもたちが目に浮かぶ。労働と身売りと森の恵みでようやく手に入れた貴重な食料を、惜しげもなくよそ者に分け与えたあの子達。
「……頼らなくても殺されるけどな」
「それは運が悪い。それと確かに世の中も悪い。だが俺はそこまではしらん。気が向いたからマシな対応をしてやっただけだ」
地獄に生まれ地獄に育ったビルには迷いがなかった。だが俺はいまだに迷う。子供は保護されるべき存在だと考えてしまう。
ーーーーいや俺の方が保護されてたけど
子どもが被害にあうのはいやだ。そう思った瞬間にさっきの子どもの甲高い声が響いた。
「こっちだよ! よそもんがすっごく金持ってる!」
当て込みで言ったんだろうがあたってるので必死に逃げた。だが集団が追いかけてくる。その上向かい風が吹く。俺はともかくビルは長くは無理だ。
「おい、俺とは逆に逃げろっ。教会で会おう」
「どうするんだ?」
「金を使う」
先ほどもらった金をがっとつかんで通りにばら撒く。あっという間に風が金を撒き散らす。
人々は凄い勢いで金にとびついた。もう一つかみ撒き散らしてまっすぐに逃げる。
多少追ってきたがそのたびに金や道具をばら撒いた。みなそれに飛びついた。その隙に走った。
ビルもどこかに逃げて見えない。俺はぜえぜえ言いながらようやく集団と離れられた。
道は相当以前に舗装された跡はあるがメンテナンスはしてないらしくあちこち欠けてぼこぼこしている。みすぼらしい家や建築基準があるのかないのか微妙に斜めってる感じのビルもいくつかあるが、掘っ立て小屋やテントも並んでいる。人もいる。一人は小屋の前に座り込んだ老人だ。だがうつろな顔で俺に興味を示さない。
「……生きてるんだろうか」
つい口にすると「あたりまえでしょ失礼ね」と若々しい声が響いた。ショートの髪をピンクに染めやや大きめの胸が半分出るチューブトップとミニスカートの娼婦っぽい子が憤然と答えた。胸の星によると十六だ。
「うちのおじいちゃんよ。反応しないだけでご飯も食べるのよ」
え、どうリアクションすればいいんだ。
「そ、そりゃよかったね」
「よくはないけど昔は優しかったの」
彼女はそういうと「遊んでいく?」と尋ねて小屋を指差した。俺は首を横に振りかけてやめ「遊ばないけど同じぐらい払うから教会まで連れてってくれないか」と尋ねた。
「お兄さん双十字教の関係者? ならただでつれてってあげるけど」
「関わりはあるけど払う。おじいちゃんと美味しいものでも食べてくれ」
まただまされるかもしれなかった。だけどムダにばら撒くよりこの子に貢いだ方がよかった。そうと決めたら後払いなどせずにさっさと彼女に握らせた。ピンクの子は驚いた顔をした。
「ちょっと……多いわよ」
「もう大して残っちゃいないけど、無理やりむしられるより君にあげたい」
彼女は更に目を見開いた。
「……変な人」
「よく言われる」
ピンク髪の名はベティだった。バイトとして街娼もするけど縫製工場でも働いているそうだ。
「この服もそこで縫ったの。セクシーでしょ」
「ちょっと目のやり場に困るけどね」
彼女は明るく笑った。
「とか言ってこっそりおっぱい見てるのわかってるんだから」
「ごめん」
「いいわよ。その分以上に払ってんだしなんなら触る?」
手の先を自分の胸に当てゆさゆさと揺らしてくれた。俺はガン見はしたが触らなかった。
「よその人はお行儀いいわね」
「でもない。やせ我慢だ」
緑の瞳が脳裏をよぎる。何の意味もないけど俺にとっては戒律だ。
彼女はまた笑いいきなり身をすり寄せておっぱいを押し付けた。
「サービスサービスぅ」
女の体はやわらかくて温かい。誓いを破って甘えたくなる。だけどどうにか引き離した。
「ありがとう。君は優しい」
不思議なことを言われたようにベティはまた驚いた顔をした。
「そうでもないけど嬉しいな」
「十分そうだよ」
「へへ、ほめられちゃった」
とびきりの笑顔を見せてくれる。この区に入ってすさんでいたがこっちもいくらか温かな気分になる。
ーーーー民度が高かろうが低かろうがまともな人は必ずいるんだ
悪人も絶対いてその割合は他より多いから用心は必要だけど。
「はい、ここが教会よ。二区には一つしかないから間違いないわ」
ここの崇貴卿は二人のはずだが教会はこれだけなのか。申しわけ程度の広場の前に尖塔もない平屋の教会が建っている。見つけにくいわけだ。
「崇貴卿はここを拠点、いやえーと居場所にしてるの?」
「そうよ。片方はなるべくここにいて、もう一人が神父さんじゃ手におえない時に地方の公民館とか回ってくれるの。年に一回交代で教皇さまのとこに行く時以外はね」
「ここの崇貴卿どんな感じ?」
「一人はきつそうなおじさん。もう一人はゆるそうなおじさん。ざんねんだけど今日いるのはきつそうな方よ」
ちょっとついてない。だがまあ双十字教ならいきなり襲いかかっては来ないだろう。
「ありがとう、助かったよべティ」
「どういたしまして。そういえばお兄さんの名前は?」
「……シロウだ」
「じゃあねシロウ。はずんでくれてありがと」
彼女はチュッと投げキスをし、もう一度おっぱいを揺らしてくれてから帰っていった。
長々とにやけてるわけには行かなかった。顔を引き締め教会の扉を叩いた。「どうぞ」と言われて入るといかつい感じの五十過ぎぐらいの男がこちらを見た。赤い衣装だ。この人が崇貴卿か。
「見ない顔だな。巡礼中なのか?」
今まで割と双十字教の人は穏やかな言動をとることが多かったので少し驚いた。でも思い出せば北区で死んだハイデン神父は横柄な感じだった。神父でそうなら崇貴卿にもいるだろう。
「西区から来ました。教皇庁から連絡があったと思いますが」
崇貴卿は首を横に振った。
「電話は壊れている。部品の取り寄せまでしばらくかかるので使えない」
実に運が悪い。しかし俺はめげずに続けた。
「それは残念です。私はシロウ・ヤマモトと申しまして教皇庁で働いていた者です。今回西区の組織のボスの息子のビル・サンダースの縁者のカレン・アンダーソンという女性が、多少の事情があって巡礼バスでこちらを訪れているようですので回収に参りました」
彼はじろりとこちらを見た。あまり好意的な感じではない。
「いつごろ勤めていたのかね」
長く離れていたと言うと信用されないだろう。教皇さまが仕事がほしい時は相談に乗るとおっしゃってくださったから多少盛ってもかまわないだろう。
「ここ一二年ずっとです」
「役割は?」
「教皇さまの身の回りのお世話を」
「ほう」
彼はいやな目つきで俺を見た。
「わしは二週間ほど西区にいて、つい先週戻ったばかりだが一度もおまえを見たことがない」
マズった。いや待てまだどうにかなる。
「最近このような組織よりの微妙な仕事をまかされることが多かったので多少留守しておりました。すれ違いでしたね」
教皇さまの人柄やあの辺りの建物内部を聞かれても鉄板で答えられる。よしいける、大丈夫だ。
「なんでしたら何かご質問してください。なんでもお答えします」
だが崇貴卿は質問さえしなかった。
「あらかじめ調べていればどうとでもなるだろう。その手には乗らんよ」
俺をねめつけ冷たい声を出した。
「おまえはその子をさらうつもりだな」
「めっそうもございません。ビル・サンダースもこの町を訪れています」
「本当ならなぜいっしょにいない」
「えー、こちらの市民の襲撃を受けまして」
「二区の住民は双十字教の関係者を襲わない。おまえは嘘をついている」
「彼は組織の人間の関係者ってだけですから」
「教皇庁からの親書は用意できるはずだ。それをかざして叫べばいい」
「急なことでしたのでそんな暇がなく」
彼はますますうさんくさそうな顔をした。まったく信用していない。俺は焦って自分のマントを示して「これに教皇さまのサインが…」と言いかけてあわてて口をつぐんだ。このマントは新しいやつだ。前のと違って彼のサインはない。
「ほう。見せてみろ」
「あ、いえ勘違いでした。これにはありません」
「いいから見せろ」
四の五の言ったが取り合ってくれない。彼は強引にマントを脱がしひっくり返して眺めた。
「嘘つきめ」
だから勘違いだって言ったじゃないか。だが彼は取り合ってくれない。パンパンと手を打つと、信者らしい人たちが回り込むようにして俺を囲んだ。
「連れて行け。地獄に落としてやる」
崇貴卿は盛大に口元をゆがめた。