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13. 民度の高さが自慢です

 風が更に冷たくなったので(ほろ)も下ろした。メインストリートはやめて並行する地味な道を走っているし。だから大丈夫だと思っていた。ここは普通都市で地獄じゃないし。


「おいもっとスピード上げろっ」

「ジープじゃこれが限界だっ」


 車体が頑丈なやつにしたのでかなり重い。

 スポーツタイプの車に囲まれて嫌がらせと煽りを受けている。磨き抜かれたボディと加速のよさが自慢のようだ。


「ちょっとぐらいなら運転代われるから撃ち殺せよ! あっちが先だから問題ないだろ!」

「ここじゃ大事だわっ! 道路にゃカメラがついてるはずだっ」


 向こうの煽りも映ってるはずだが亡者に対してはノーカンだろう。

 急に右横の車ががっと前に出た。相手はこちらの急ブレーキを予想したと思うだけど俺はできるだけ焦った顔を作ってそのままぶつけた。


 右の車は弾かれて吹っ飛んでいった。


「あーこりゃ不可抗力だわ。向こうから来てるしな」


 ビルが神妙な顔をして傷ついた車に手を合わせる。真後ろの車はこちらにぶつけようと寄せてきた。が、直前でスピードを緩めた。

 運転席の男が中指を立てているのが見える。


「自分の資産は傷つけたくないよな」

「こっちはへこみ上等傷はジープの勲章だ、ぐらいの意識だからな」


 普通都市より手に入りにくいのに地獄民は車の傷を余り気にしない。動けばいいぐらいに思ってるらしい。


「亡者なめんな。やる気なら気合見せろ!」

「見せんでいい。関わらんでほしい」


 温厚な俺は穏やかに脱落した車に手を振った。中指の男はいらだった表情だが更に減速し見えなくなった。亡者と闘う愚かさについて学んだのかもしれない。周りにいた他の二三台も離れていった。


 それからはスムーズだった。俺たちはバス探しは半分あきらめ、むしろ先回りしようとハイウェイに乗った。

 常識的なスピードでかっ飛ばす。すでに日は暮れライトは派手だがバイクの時の高揚感はない。運転のミスに気をつけるだけだ。


 第十普通区は西エリアと東エリアに別れている。だが地獄ほど強く区切られているわけではなく、道沿いに『またどうぞ西区へ』『ようこそ東区へ』と書かれた看板があるだけだ。

 なるべく休まず進みたかったが三時間を越えたあたりでビルがそわそわしだした。仕方なく地味で小さなパーキングを選んで入った。そんな所でもトイレは亡者用と普通市民用に分かれている。亡者用の明かりは暗い。

 きわめて繊細な俺はもちろん普通市民用を利用した。そのあとメインの建物で道を確認した。このジープにはカーナビがついていない。て言うか地獄市民ほどじゃないが普通の普通市民には許可されていない。


 緑茶の缶詰とライスボールをを買って車に戻るとビルがニヤニヤしながら戻ってきた。


「自撮りしてるカップルがいたからこっそり後ろでVサインしてきた。後で心霊写真だとビビるぞ」

「失礼な亡者がいたとがっかるするだけだろ」

「なんにしろあんなひでえトイレを使わせたんだからばちぐらいあたりゃいい。出先ではともかくうちのトイレは自動でフタが開いて温水洗浄ついてるやつだぞ」


 ここのはトイレというより穴だったそうだ。つきあわなくてよかったと胸を撫でおろした。

 俺たちはまたジープに乗って先に進んだ。



 異変が起こったのは第八人外区が近づいてからだ。そこは男子修道院のある地域だから以前来たことがある。少し気を抜いてサイドの壁の上を眺めた。


 緩衝地帯のためか高い壁の上は岩山で面白みはない。街頭の明かりをわずかに受けているだけでそこ自体に光源はない。だがかつての記憶に頼ってチラッと目を向けた。


 そのおかげで助かった。誰もいるはずのないそこに動きがあることに気づいた。大岩だ。

 加速か減速か。脳内がとっさに判断して加速を選んだ。びゅんとスピードを上げたジープの真後ろに大岩が落ちてきた。


「やべえ! ぶち当たりかけたぜっ」

「狙われたんだ。人が押してた」

「はあ? さっきのやつらにしちゃ早えな」

「電話で仲間に連絡したんだろ」


 ビルが目をパチくりさせた。


「俺坊ちゃま育ちだからまったくわかんねえわ。憎たらしいってだけで何のメリットもねえのにえっちらおっちら山登りして待ちかまえて岩落とし。そんな安コイン一つにもならん肉体労働ようやるな」


 俺にもわからない。人の悪意は難しすぎる。


「さすがにもうないだろ。すぐに八区だ」


 夜も明けかけている。俺たちはそのまま普通区を駆け抜けた。



 検問所でビルの額の三角布を外してもらった。白いキモノも返却する。銃のパッケージも開いてもらった。


 ビルはおちょくりたくてしょうがないようだった。しかし帰りも通らなければならない。そのときはカレンも連れているだろうから彼らしくもなくじっと耐え、担当者に礼まで言ってその場を離れた。


 ジープで第八人外区に入り監視カメラも通用しないはずの距離になってようやく中指を立てた。


「ファッキン、十区。忘れねえからな」

「さっさと忘れろ。やなこと覚えてても仕方ないし」


 なだめたが罵倒の言葉を吐き出している。


「それより俺は眠い。気が抜けたら急にくらくらする」

「徹夜だったしな。少しなら代わろうか?」

「修道院は割と西側だからいい。どうせすぐだ。それにおまえも寝てないから同じだ」


 興奮してるのかこっちに配慮したのか知らないが、同じく寝不足の男に任せる気はなかった。来たことのある俺のほうがマシだ。それにもう果樹園が見えてきた。

 俺たちは間の道を通り抜け畑の脇を通り過ぎ男子修道院にたどり着いた。

 建物の外には以前会った中年の修道士(ブラザー)が一人出ていた。


「教皇庁と検問所から電話が来てます。大変でしたね」

「すみません。寝かせてください」

「部屋を用意しておきましたよ」


 彼は優しく微笑んでくれた。



 二時間のつもりだったが三時間以上寝た。まだ寝くたれているビルを揺さぶって無理に起こし、身じまいを整えているとブラザーが簡単な朝食を運んできてくれた。


「ガソリンも入れておきました。教皇庁のほうに請求しますね」

「すまねえ。後でそっちの方に支払っておく」

「ボブ・サンの息子さんから取りっぱぐれるとは思いませんよ」


 飲み物や携帯食料も渡してくれた。更に第二地獄都市の境まで案内してくれるらしい。


「シロウさんはご存知ですが、ここから東は一般人には無理です。上手くいって帰る時も必ず双十字教を通して私たちに連絡してください。迎えに来ます」


 状況を知っている俺は大きくうなずいた。ここから先は岩場と砂漠だ。


「第二地獄都市のヤツらはここを通らねえのか」


 ビルが尋ねるとブラザーはうなずく。


「バスでは渡れないのでここより南の普通七区と普通十一区を通っていきます」

「二つも普通区を通るのか。ヤベエじゃん」

「正式な巡礼バスは扱いが違うんじゃないか」


 俺が口を挟むとブラザーは首を横に振った。


「いえいえ、私どもはともかく彼らの扱いは非常に悪かったのですが最近変わりました」

「へえ、人権意識が浸透してきたんですか」

「そうではありません。最近七区の南にある普通六区と普通五区が急速に勢いを増してきたので、七区は隣の地獄二区を懐柔する必要が出てきたのです」


 その二つと七区はもともと仲が悪いらしい。


「十一区とは仲が悪いわけではないのですがあそこは普通十区と関係性が深いし、十区は第九天国区に近いので七区など相手にもしない。だから今まで見下していた地獄二区に急に親切にし始めたのです」

「めんどくさっ」


 ビルが素直な感想を述べた。俺もげんなりする。権謀術数は人のさがなのかもしれないが、もっとシンプルな方が好きだ。


「とはいえ今までさんざん見下されていた二区が七区に好感を持つわけもありません。ただ通行料を割り引いたので表面上は愛想よくしてますね」


 やれやれとビルが肩をすくめる。


「よそ都市は地獄のヤツらはすぐ忘れると思ってるが、そうでもねえよな」


 俺の経験では他都市の住民よりかはあっけらかんとしている。そう言うと「十七区の連中は民度が高えからな」と答えられた。


 民度が高い、だと…………


「そうですね。よそよりおっとりしています。やはり教皇さまのおひざ元だからでしょうか」


 ブラザーまで肯定し、俺は目の玉ひん剥いた。ということはこれから行く二区はどんだけひどいんだ。


「その分宗教心は高いのですが」

「……いっしょに来てはいただけませんか」


 同情心あふれるまなざしの彼はうなずいてはくれなかった。


「残念ながらそこまで特別扱いはできません。ですがあなたたちに神の恩寵があらんことをずっと祈っておきますね」


 そう告げて双十字を切り、ジープの手配のためガレージへ向かった。



 一番穏やかな道を選んでくれたらしいが、それでもハードだった。(ほろ)は下ろしてあってもどこからか砂が忍び込みじゃりじゃりする。だが、歩きながらさ迷うよりよっぽどマシだ。


 先導のジープにつき従いひたすら東に走った。水分は多めに渡されていたが過去の経験を思い出してちびちび飲んだ。気にせずがぶがぶ飲んでいたビルは単調な景色に飽きて今は爆睡している。

 気楽なもんだと苦笑しつつ、そのタフさがうらやましい。

 シェリルの件でこいつだって悩んだり荒れたりするって知ってはいるが、方向性が決まっている時はブレない。


 話し相手のいなくなった退屈な道は過去の記憶ばかりひっぱり出す。緑の瞳がもの問いたげに俺を見つめる。

 少し低めの心地いい声。無表情な中にわずかに読み取れた彼女の意志。


ーーーー主人と決めた母に好感を持っていたのは確かだ


 それは感情と言えるんじゃないだろうか。そもそも利害が絡まないのに主人を決める選択自体が感情なんじゃなかろうか。


 俺は憐れなピグマリオンで、物体を人にしようとしているのか。

 いや、そうじゃない。人工であろうとも意思がある限り彼女は人だ。


ーーーー進化したAIと恋愛は可能って話か?


 違う。彼女は彼女だ。俺の知性や存在が何者かに与えられていたとしても俺が俺であるように。


 ざらつく車内で奥歯をかみ締める。だとするとこれはただの片思いだ。


ーーーーそれでも君が好きだ


 まだあきらめられない。君に会うのが怖いくせに、いつだって君に会いたい。


 ひときわ強い砂嵐の中を進むと、いつしか風がやみ視界がだいぶクリアーになった。それからまもなく砂漠が途切れまた岩場になったので、ブラザーがいったん車を止めた。

 眠るビルをほっておいて俺たちは少し休憩し、彼の沸かしてくれたコーヒーを飲んだ。


「帰りも大変なのにありがとうございます」


 礼を言うとブラザーはまた微笑んだ。


「かまいませんよ。あなたこそいい人ですね。電話で話は聞きましたが彼につきあう義務などないでしょうに」


 ちらりと乗ってきたジープの方を見る。あいつはむちゃくちゃ迷惑なヤツだが、それでも銃弾から俺をかばってくれたし北区を追っ払われたときも西区につれてきてくれた。


「義務はないけど義理はある……いや、そのせいじゃないな」


 俺は凄くイヤそうな顔で続けた。


「こいつ俺の親友なんです」


 ブラザーが噴き出した。そのせいでコーヒーが気管に入ったらしくしばらくむせ、それでも笑うのをやめなかった。


「……面白い組み合わせですね」

「はあ」


 一般的な普通市民とボブ・サンの息子なら同程度じゃないかと思うが。


「だけどいいことです。次の世代に希望が持てます」


 その前向きな意見をきくだけでちょっと温かい気分になれる。宗教家は腹と口が別だったりするけど大笑いしたブラザーが嘘を言っているとは思えなかった。


 俺たちはまたジープに乗りワイルドすぎるドライブを続けた。暗くなってもブラザーの走りは機械みたいに正確で、外灯一つないのに的確に区境につれてきてくれた。そこには壁に近接したバベルの塔のような石造りの(とりで)があった。


 その夜俺たちはそこの一室で休み、次の朝別れた。


「積んできた燃料は今のうちに入れちゃってください。車に乗せておくと盗まれるか燃やされます」


 ブラザーが断言するのですぐに従った。見事なまでにぴったりとした量だ。


「それでは。またお会いできる事を楽しみにしています」

「ありがとな。すげえ助かった」


 ビルがまっすぐ目を見つめて礼を言う。十区の終わりと違って裏はない。俺もきっちり頭を下げた。



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