8.フィギュアなしでは残らない
サイドカーに俺のグロックとトンプソンガンがあった。金は別のスキンヘッドが持って逃げたらしい。非常用に服の裏に縫い込んだものや靴底に隠したものしかない。
しかたなくシンゲンちゃんにトミーガンを売り、そのあと南区の教会に送ってもらった。すぐに№3に見つけられるだろうがしょうがない。
カーライト卿は留守だったので無人の教会で根気強く待った。二時間ほどしてようやく帰ってきた。
「ややっ! お前は悪の天国都市民! 改心して懺悔に来たのですか! 私の命を狙うつもりならあきらめなさい。このカーライト、いつか必ず教皇になる男で双十字教の至宝ですぞ!!」
「俺です、カーライト卿」
両手をくぼませてふくらみを表現し、それをもみしだくモーションを見せると目を丸くした彼がすぐに近寄ってきてポンポンと俺の肩を叩いた。
「無事で何より」
「猊下もお元気そうで」
にこやかに笑いかける彼に笑顔を返すと、急に少し心配そうな顔になった。
「でも南区には来ないほうがよかったかもしれませんよ。あなたのそっくりさんが以前相当派手にコトを起こしたので恨んでる人もいますし」
「銃撃戦があったと聞きましたが」
「ええ。№3が戻ってこなかったら組織は壊滅したかもしれません。あの人は顔だけじゃないですね」
銃の腕も凄いし何だってできる。だって彼はイチロウ兄さんのクローンなのだから。
「工場を誘致したとかトミーガンの啓蒙運動を起こしたとか聞きましたけど」
「本人はあまり表に出ませんが、上手に糸を引いてますよ。あの能力や絶対的なカリスマ性はトップに向いてると思いますが、今の地位に固執していて№2にさえなりたがらないようです」
自分の名前へのこだわりかもしれなかった。
「あ、遅くなりましたがカタログありがとうございました」
「いえいえ。いつもお使いでしょうけど」
自宅から手配して関係各位に自由に選べる贈答品カタログを送っておいた。崇貴卿特権で毎月いくらかの買い物枠があるから珍しくはないと思うが。
「いつもと違うカタログでわくわくしました。うちの区もこんなに豊かに物資が出回って、皆が普通に買い物ができるようになればいいのですが」
犯罪の多い地獄都市では、各組織の息のかかった流通と双十字教関係のルートしかない。どちらも保険料が上乗せされるんので安くはない。ちなみに双十字教ルートは最近シスターが関わって輸送業化し”尼損(赤字覚悟でおつとめしてます)”という名称になったそうだ。
教会に付属した自邸部分に案内されて合成ではない紅茶を飲んだ。これは輸入品ではなく北区の品らしい。
「都市伝説みたいな話ですが、各地区に一つは植物の育ちやすい場所があるそうです。十七区の場合は北区なんでしょうね」
人口の大陸なら意図的にそうしている可能性がある。
「南区も自然保護区……山は豊かじゃないですか」
「木造の家なんてほぼありませんからあまり活用されていないのですよ。組織や修道院の家具ぐらいですね。おまけによくヒャッハーが出るから、危なくてキノコ狩りもできませんよ」
「最近悪いのが増えたみたいですね」
「ええ」
彼が何か知っているとしても俺には読み取れなかった。もう一口紅茶を飲み本題に入った。
「実は今回俺は第九天国都市に捜査員として雇われました。理由は、二十三歳のうら若き女性が形だけ地獄管理官となって十七地区に研究のために入り込んでしまったので連れ出すためです」
彼女のホログラム映像を見せ、人となりを説明する。
「自分の意思とはいえ文化的な違いがありすぎるから、危険な目にあうに決まっています」
「その前にあなたの件について尋ねたいですね。いったいどういった事情だったのですか」
「かつて天国市民と恋に落ちた普通市民が妊娠に気づかぬまま別れ、それを知った相手が子どもを回収したのですが実は双子だったことを知らなかったのです。普通都市に残された方が俺です。で、成長したもう片方は普通市民の血が流れている事を恥じ、わざわざ地獄管理官を志願してこちらに訪れ俺の抹殺をたくらんだのです」
平然と嘘をついた。カーライト卿はうなずきながら聞いている。
「弟が地獄都市に入ったことに気づいた腹違いの長男は救出のために地獄入りしたのですが、襲撃されている俺を弟と勘違いして連れて行きました。もう片方も回収したんですが。で、なんだかんだあって天国都市に雇われました」
卿は感心したようにうなずいた。
「それは大変でしたね。でも身分が安定してよかったです。行方不明のこの娘さんのことは知りませんが、あちこちに聞いてみますね」
「助かります。ありがとう」
乳仲間であるカーライト卿は親切だった。地獄都市の双十字教には渉外係がいるにはいるらしいが、天国・普通都市の双十字教はそれを無視して直接地獄教皇庁に連絡を取ることが多い。それでも断られない限り連絡のあった公職のためには用意を整えるが、勝手に侵入した一般人はもちろんほっておかれる。
「それ以外は何をするんです?」
「よくわかりません。さっきお聞きになったでしょうからカムアウトしますが、私は教皇を目指す身ですから」
「?」
「その係に着く者は教皇にはなれません。そう決まっているのです」
あちらに取り込まれて地獄に不利益をもたらす事を警戒しているのか。
「現在のその係は誰なんですか」
「グレイス・バーネット卿です。最近のことですが、前の担当者が病死する直前に変わりました」
う、と声が漏れた。カーライト卿は静かに俺を見つめている。
「あの人はむしろ他都市に拒否感を持っていませんか」
「そう見えました。追求してものらりくらりとかわされますが、カレン・アンダーソンを使って反天国活動を行っていると思っています。が、尻尾はつかませない。もしかするとそれさえフェイクで、本当はあちらのスパイなのかもしれない。いろいろ考えられますが実際のところはわかりません」
色は違うが以前着ていたのと同じ種類のマントを着てきた。多少の温度調整機能はついているはずだが今は妙に寒い。
「彼女はなぜその役についたのでしょう」
「さあ。供給金は他よりも高いのですが、そのせいと決め付けるのも失礼でしょうし。あと明文化されてはいないのですが女性は慣習的に教皇にはつけない。それでかもしれません」
前任者から引き継ぐが仕事内容は他には伝えない。だから役割がわかりにくく自由度が高い。彼女自身がジョーカーみたいだ。
「彼女に連絡は取れますか」
「ケータイのナンバーは知りませんが、教皇庁にかけたら向こうから連絡してくれると思います。ただしいつになるかわかりませんよ」
崇貴卿はみな携帯可能な通信機器を持っている。これは簡易版のモバイルのようなものだ。通信とメールだけができる。おつきの者が持つので教皇さまは持っていない。俺も身元が割れるのがいやで用意しなかった。
「南区の教会の電話の使用許可を出しましょう。街中にもいくつか、金はかかるが使わせてくれる店があります」
彼は自分の番号をメモしてくれ、店の名も教えてくれた。イエヤスやパラダイスも入っていた。もちろん組織や№3の自宅にもあるが、今俺が近づいていいのかどうかわからない。
「アナタはこれからどうするつもりですか」
「とりあえず知り合いの所にでも行こうと思います」
耳のおっさんのとことかいいかもしれない。だがカーライト卿は渋い顔をした。
「あまり出歩かない方がいいと思います。ここで休んでいてください」
というなり彼はいつの間にか握っていた注射器を突きたてようとした。が、すんでの所で逃げ彼の腕をはたいた。注射器はガラスで床に落ちて割れた。
「なにするんですか!」
抗議すると卿はなだめるように両手を振った。
「害しようと思っているわけではありません。しばらく休んでもらおうと」
「けっこうです!」
彼の脇をすり抜けて扉に向かう。彼は古風なルガーP08を取り出して足元を撃ってきたが当たらなかった。
「逃げないでください! 秘蔵のプリンちゃんフィギュアを触らせてあげますから!」
ちょっと心が動いたが「くれますか!」と叫んだら「あげません!」と返ってきたので扉を開けて出て逃げた。四十過ぎくらいの彼は、俺の走りにはついてこれないだろう。紅茶の方に盛られてなくてよかった。
どうするべきか考えたが、運よくまだあいつが現れないので組織のあたりは本気で避け耳のおっさんとこもやめにした。
さて困った。今回はケイトの件で来ているので出来るだけ早く情報をつかみたいが組織も双十字教もすぐには近寄れない。本物のシロウのせいでいつ一般人に襲われるかわもからない。とすると区移動のためのバスなんか一番やばい。
じゃあ選択は一つだ。俺は決意してけっこうな距離を顔をなるべく隠しつつ歩いた。
「はい、三番テーブルミツナリさんご指名です。サコンさんヘルプお願いします」
嬢に声をかけると細身で薄い顔のカマがマッチョだが年配のカマを連れて客席に向かった。俺はオーダーの酒を取りに行きテーブルに置こうとしたが「みっちゃん!」と嬢に抱きついた客の動きを読めずに少しこぼしてしまった。
焦ってウエスで拭こうとしたが嬢に止められた。
「いいわよ、別の子にやらせるから。ヒデアキっ! 雑巾持って来て床拭きな」
育ちは良さそうだがおどおどとした若いカマが慌ててやって来て床を拭いた。
「そこ、もっとていねいに」
サコンも冷たく指摘する。豪快なこの人は割合優しいが、ミツナリ嬢の客を寝とったことのあるこの人には厳しい。
「すぐに新しいモノをお持ちします」
「ああ、いいよ、これで」
「いえそういうわけにはいきません」
女装バー・イエヤスは地獄に少ない特殊趣味の店だから、どんなエラい人が紛れ込んでいるかわからない。だから他の店よりずっと接客がいい。シンゲンちゃんの紹介で短期バイトとして潜り込んだ俺も、そこのところは強く言われている。
だが以前ホストのバイトを経験した俺には楽勝である。化粧することにはなれないが。
「新しい子? いっしょに飲まないかい」
「いえめっそうもございません」
ミツナリ嬢ににらまれるのもイヤだ。酒を取りにいって戻ると入れ替わりでヒデアキが厨房の方に向かい、フルーツの皿を抱えてすぐに戻ってきた。が、サコンに雷を落とされた。
「ミツナリさんは柿が嫌いだって知らないのかっ!」
ヒデアキは真っ青になってまた皿を抱えて走っていった。俺も席を離れて次の客を待った。