7. 地獄で巨大な虎に会う
ところでみなさん。俺はやはり自分が間違っていたと言わざるを得ない気分です。
他者を”人権的に”扱う、なんて上から目線で傲慢で鼻持ちならないと思っていました。
今は反省しています。それは大いに必要なコトです。なにせ人の命は地球より尊い。大事にしなくちゃいけないと思うんです。
「おい、何ブツブツ言ってやがる気色悪イ」
「殴れ。とにかく殴っとけ」
「撃った方がいいだろ。手も疲れんし」
久々に地獄に来た途端にヒャッハーに捕まり、杉の木に縛りつけられてしまった。銃を取り出して俺を撃とうとしたスキンヘッドを、別のスキンヘッドが止める。
「おいよせ。こいつは金になる」
「きっと普通市民だぜ。たんまり金をむしり取ろうぜ」
更に別のスキンヘッドがほくほくと同僚を止める。
「肩当ての金属つぶれてんだよ。尖ったやつに換えたいじゃん」
「そんぐらい自分の女にやらせろよ......って、ああ、すまん」
一人の男が得意そうに相手を見た。
「おまえ決まった女ないもんな」
ひしゃげた鋲のついた肩パッドの男が凄い顔をしてにらんだ。
「おい、俺はブス一人に捕まるほど間抜けな男じゃねえぜ。タタミパッドと女は新しいほどいいんだ!」
「素人チェリーほどイキがるな。結局はサワーグレープだろ果物野郎」
肩パッドが殴りかかろうとするのを、身長はそれほどではないが肉厚で丸太のような腕の男が止めた。リーダーだと思う。
「よせ。それよりコイツに聞きたいことがある」
「なんでしょう。全て話します」
にこやかな笑みとともに協力的な態度を示したが、相手は大して感心もせず、むしろイヤなものを見るように目をすがめた。
「まずお前は何モノだ」
「よくぞ聞いてくれました。ワタクシはシロウ・ヤマモト・バークレイと申しまして、こう見えても普通都市の住人です」
「なぜここにいる」
「話せば長いことながら、非常に意識高く育ったワタクシは普通都市の安定は地獄都市民の生活向上がもたらすと看破いたしまして、個人的に非営利かつ非政府的活動を展開させようと十七地区を来訪しました。地獄のみなさまには多少縁遠い概念かもしれませんが、ラブ&ピース、愛は人のためならず、廻り廻っていつか必ず自分に帰ってくるとぜひお伝えしたく存じ上げます」
煙に巻いたつもりだが、リーダーらしい男はそれほどバカじゃなかった。
「要するに宗教抜きの双十字教か」
「はあまあ、あたらずとも春遠からずなカンジで」
「トミーガン持ってか。都市法違反だ」
「あのワタクシ、非暴力的な生活に慣れておりまして、つい恐くって」
兄の口利きで内密の許可が出たので持ってきてしまったテヘペロ。やっかいそうなので光線銃は持ちこんでいない。いつものとこれだけだ。しかし魔法だと脅えられた時代もあったのに今や一般ヒャッハーさえ知ってるのか。
疑問を口にすると、ここ南区では『トンプソンガンに気をつけよう!』と啓蒙運動があったそうだ。映画が始まる前にCMが入るから、今や子どもでも知っているらしい。
「さすがに本物見るのは初めてだ」
「普通地区に連絡すると元値の一・五倍くらいで買い取ってくれる」
「持ちこんだやつ付きなら二倍だ。うっひょひょ」
みなとても嬉しそうな顔になった。喜んでもらえて幸いだ。
実際地獄からこれを回収するために普通都市はその手を使ったようだが、天国都市絡みとバレたら相当キックバックすることになると思う。
ちなみに天国都市からトミーガン持って地獄に入る手口はミステリでもなんでもなかった。九区の隣の十区普通都市の更に南隣の十一区普通都市の地下道が、十七区の南区の双十字教管理の建物とつながっていた。彼らは保管はするが、要求されない限り地下から来た人物に関わらないことになっている。
「トミーガンはともかくこっちのグロックはちょっと変じゃね?」
俺の荷物をあさっていたやつが、ロングマガジンをかました18Cを見て首を傾げている。
「あー、それはハッタリ用でして実は撃てません。試してみてください」
スキンヘッドの一人が撃とうとしたが、もちろん生体認証が受け付けなくて撃てない。通常状態でこれが使えるのは俺と、DNAの同じ本物シロウだけだ。
「意味あんのか?」
「亡き母の形見で、お守りのようものです」
ぜひ返してくださいと続けたが、商人にでも売りつけようと思ったのかちゃっかりサイドカーにつけた物入れに放り込んでいる。
「え、現金も全部むしったんだからそれくらい返してくれたっていいでしょう」
「裸に剝かねえだけでもありがたいと思え。最近うちよりやべえヤツらがショバ荒らしてやがって実入りが少ねえんだ」
「そこをなんとか。いいですか、このような犯罪が多いので普通都市からの出資が少ないんです。ワタクシが無事かえって思ったよりいいとこだったと主張すれば、こちらに工場などを造る動きも増えましょう。そうすればいつかはあなた方の懐も潤うことになるんですよ」
「明日の金より今日の銭。先のコトなど知ったこっか」
俺はよほど残念そうな顔をしていたのだろう。面白がった一人がからかった。
「じゃあ俺たちが超カッコイイわけでもあててみるか?」
もしかしたら絆とか精神論的なことを言いたかったのかもしれない。でも俺は条件反射で答えてしまった。
「え、ハゲのメンバーに合わせたんでしょ」
全員が押し黙った。なのに俺はついちらっと、本当にちらっとリーダーの方に視線を向けてしまった。
何か重いモノを含んだ沈黙が流れる。一人がそれを破ろうとして「リスペクトするヤツに合わせて何が悪い!」と叫んだが、どよーんと暗さを増したリーダーに気づいて焦り始めた。俺は慌ててフォローした。
「いや、あの、ロックなカンジでお似合いだと」
「......うるせえ」
男がホルスターに手をやった時に轟音が響いた。やはりバイクだ。とたんにみな、凄まじい勢いでバイクにまたがり音と逆の方向に走り去ろうとした。いや、何台かは実際にそうした。だが速度の立ち上がりが遅かったサイドカーと、少しとろそうなヤツは間に合わなかった。
新たに現れた十人ほどの集団はやはりヒャッハーだった。だがスキンヘッドたちと違ってゆるさがまったくなかった。髪はあった。全員黒革のライダースーツで、金に困ってはなそうだった。
「全部渡します! 逃がしてください!」
とろそうなヤツが必死に叫んだが、そいつらは眉一つ動かさずに何発か撃った。
わざと急所を外したらしい。血反吐を吐きながら転げ回っている。
サイドカー乗りは側車を外して逃げようとしたが間に合わず、二台ほどに回り込まれた。
「た、助けてくれ!」
ムダな言葉だ。それでも叫ばなきゃならないほど男は追いつめられている。
残りのスキンヘッドは後ろも見ずに遁走したため距離が開いている。新たな男たちはそちらには興味も示さず、サイドカーの男に嗜虐的な目を向けた。
未だに人の死には慣れない。それが自分と敵対する立場の相手なら大きく感情を揺らすこともなくなったが、一方的な虐殺を見て冷静なほど枯れちゃいない。ましてや今は天国から戻ったばかりだ。「よせ!」とこちらもムダな叫びを上げたがもちろん誰も聞こうとはしない。
足下に血が流れてくる。地面はむき出しの赤土なのに、一瞬では吸いきれないほど大量の血が俺の靴を濡らした。
銃での死は幸いなるかな。多少なりとも尊厳が守られる。鉈や斧を使われるよりずっといい。急所を外されたにしても撃ち殺された男の方が、サイドカー乗りよりもいくらかマシだ。
「根性ねえな。両腕いかれたときはもう死んでただろ」
「心臓弱かったんじゃね。あーあ、つまんね。コイツはもう少しもってくれるかな」
血に染まった鉈を持った男が縛られたままの俺を見下ろす。人を捨てて別の何かになった実に品のない顔だ。
「指くらいからゆっくりやればいいだろ。水泳と同じで準備運動がいるんだ」
「タルいわそれ。あー、オマエ、切られたいとこある?」
「......髪」
たとえスキンヘッドのお仲間にされようが他よりマシだ。だが男たちは下卑た笑いをこぼしただけで本気には取らなかった。
「面白れ—わお前。感想聞きたいから口は最後にするわ」
「手は縛られてて切りにくいから足からいくか」
「両足一気にいくか? 片足ずつにするか?」
「手を抜くな。順々にやってこうぜ」
斧を持った男がそれを振り上げながらニヤリと笑った。思わず顔を背けて目を閉じた。
「お? なんか来たぜまた」
「こいつのお仲間か」
バイクの音が近づいてくる。コイツらの轟音と違って軽快な響きだ。身構えていると杉の木陰からバイクが飛んだ。
「え?」
どうも切り株を利用したらしい。凄いスキルだ。
「うぎゃーーーっ!」
黒革の一人が引っ掛けられて絶叫した。あ、と思う間もなく続けて飛び出したもう一台のバイクにはね飛ばされる。
「こいつっ!」
慌てて黒革チームが銃を撃つが相手は素早い動きであたらない。しかも増える。ものすごくたくさん出てきたように見えたが落ち着いて数えると六台だ。だがそのどれも超絶技巧でバイクを操り、杉の木を垂直に登ったり飛んだりめまぐるしい。離れた所にもう一台止まっていて彼らを見守っている。
二台のバイクが交差するように飛びながら銃を向けて黒革の数を減らした。山道をものともせず安定した動きで彼らに挑んでいく。
「無理だ! 逃げろ!」
形勢逆転、黒革たちは逃げ出した。地に転がった同僚を慌てて引っぱり上げて運んだヤツもいる。俺は少し落ち着いて新たなバイク集団を眺めた。彼らも黒いジャケットを着ているが背中に文字が白く浮き出している。”tree”と書かれたヤツが二人いる。
「深追いするな! 勝ちすぎてはいかん!」
一台だけ離れていた男が叫んだ。なんだか聞き覚えのある声だ。曲芸的なバイク乗りたちは素直に従い、追い払うと集まってきた。彼らの背中の文字を可能な限り読み取る。
whoが一人。mt.が一人。personが一人。8が一人だが、この8はなぜか上の方が大きい◯で下の方が小さい○だ。意味がわからない。
「オヤカタさま! 生き残りがいますぜ!」
「すぐ行く」
離れていた男は聞き慣れない呼ばれ方をされた。答えて一瞬のうちに俺の前までバイクで来た。
縛られた杉の回りにはそこそこの空間があって、ほぼ真上にある太陽で短い影が射すはずだった。だが影は意外に大きかった。
「......なんということだ」
大柄な男がうなるような声をあげた。
「これはもう、運命ね!」
「............シンゲンちゃん」
今日は女装していなかった。みなと同じ黒のジャケットとライダーボトムを着ていた。カノジョはひょい、とバイクを降りると土ぼこりを上げながら突進してきて、俺の首っ玉に抱きついた。
「会いたかったわ!」
頬と鼻に凄い吸引力でキスされた。他の男たちが目を丸くして俺たちを見ている。
「オヤカタさまのお知り合いですか?」
whoの男がおずおずと尋ねた。シンゲンちゃんは喜色満面でうなずいた。
「この人あたしの初めての男なのよぉーーーーっ」
違うから! 単なる最初の指名客ってだけだから!
回りのやつらもその勇者を見る目つきやめて! お願いだから。
「あなたがあたしのこと、キレイだって言ってくれたからここまで来れたの」
言ったっけ? 俺そんなこと言ったっけ?
「あれからずーっと待ってた。他にもたくさんお客さんはついたけど、乙女心がドキドキしたのはアナタだけだったわ」
そう言ってシンゲンちゃんはもう一度今度は唇にキスした。
突き飛ばしたかった。むちゃくちゃ突き飛ばしたかった。だけどカノジョは命の恩人だ。そんな失礼なことはできない。それに俺が押したぐらいじゃこの巨体は動かないだろう。
じっと耐えようやく離してもらってから、自分の意思を全力で抑えて笑いかけた。
「久々だね。元気そうで嬉しいよ。今もあの店いるの?」
「最近はたまに顔出すだけよ。でもあなたが来たらすぐ連絡してって言ってるの」
「それは悪かった。あの後すぐに南区から出たから」
「ううん、いいの。事情があったんでしょ」
「ああ。君はなぜここに?」
「話すわ。でもそのままじゃ苦しいでしょ」
手下らしい男に軽く合図して俺の縄をほどいてくれた。思わず腕を上下させて息を吐く。それを微笑みながら見ていたカノジョはようやく人心地ついた俺に語ってくれた。
「アナタと会った後から急に指名が増えてね、お客さんいっぱいついたんだけどあの辺り治安が悪くなっちゃって襲われる人も出てきたの」
それを憂えたカノジョはバイクに乗って自警団活動を始めた。最初は一人だったがそのうち賛同者が増え、更にシンゲンちゃんは意外な才能を発揮してこの辺りじゃ評判の戦上手としてあがめられた。カイの虎とまで言われているそうだ。ちなみにカイとは南区の一地方で葡萄が採れるそうだ。
「ヒャッハーだって昔からいるし、どうしようもなく悪いのだっているけど最近特にひどいのが増えたのよ」
「さっきのみたいな?」
「そうそう。スキンヘッドたちに会ったわ。ここに死んでるのその子たちの仲間でしょう、かわいそうに」
無惨な二つの死骸に傷ましそうな視線を向ける。黒革のヤツには見向きもしなかった。
「アナタの方はどうしてたの?」
「いろいろあって普通区に戻った。だけど依頼を受けて捜査員って形で戻ってきた。女を捜している」
今の優先順位はアンジーではなく命とそれ以外も心配なケイトだ。なんとか無事に天国都市に返してやりたい。だから彼女の名前と特徴を告げた。シンゲンちゃんは「見たことがあるかも」と呟いた。
「教えてほしい」
「バーの一階に来た女たちが帰る時でくわしたのよ。いた気がするわ」
「いっしょにいたのはどんな女性?」
「やたら胸のあるゴージャスな美女よ。きっと盛ってるんでしょうけどさ」
カノジョは不愉快そうに口元を歪めた。手下たちはちょっと身を強張らせた。
who→風、tree×2→林、逆位置の8+person→火、mt.→山