6.親友なんか欲しくない
銃を持って押し入ってきた男たちに、女の子たちは悲鳴を上げて奥に逃げる。数がいるから物騒なので客の一部もそれに便乗する。とっさに俺も紛れ込んだ。
サム・ライ側とビルのガードはさっと銃を抜き出し構えている。が、人の動きが派手でまだ撃てないでいる。
乱入してきた男たちは目線で人を追っている。そのうち一人の手にホログラムカードの映像が見える。黄色の髪の太った人物……ビルだ。
その時確認できたのはそこまでだった。
地獄都市の唯一の長所はハンドガン以外がないことだ。
サブマシンガンもマシンガンもライフルもショットガンもない。ましてやロケットランチャーの類は存在しない。
治安のいい普通都市や天国都市が攻め込まれない理由は、圧倒的な武力の差だ。ただし普通都市の一般人もハンドガン以上は所有できない。そこでの平和は地区警察が守る。
一般客や女の子は楽屋だの厨房だのになだれ込んだ。俺も小部屋の一つに入り込むと、運よくもう一つ出口がある。
そこから逃げることにするが念のためこの場を見渡してみる。
大部屋の女の子たちの楽屋なんだろう。衣装が吊ってあり、化粧台がある。
以前見たことのあるヘアスプレー缶に気づいて、ひょいとつかんでマントの中に入れた。ガスとアルコールを含んでいるので、いざという時に簡易火炎放射器として使えるはずだ。そしてそのまま出口に向かう。
サム・ライに対する義理は、落ち着いてから商品券でも送っておけばいいだろう。とりあえずこのエリアから離れることにする。そう決めて人の殺到する扉をくぐる。
外に向けた人の渦に呑まれていると、入り口に黄色の髪の男が見えた。うひゃあ、と思ったがそのまま無視してドアから飛び出る。
比較的マシな裏通りだ。地獄都市の中ではやや高級な店が集まっている箇所らしい。店のガードであろう男が何人か銃を構えているが一般人の群れには撃ち込まなかった。
人々は分散して逃げたり、気の早いやつは立ち止まって様子を覗ったりしている。俺はそのまま道沿いに逃げ、それから小路の一つに入り込んだ。
さっきの道と近接しているのに、こっちはうらぶれた通りで細くて小汚い。多少は迷い込んだ奴もいるのか、娼婦が何人か営業活動にいそしんでいる。
「あ、ホモのお兄ちゃん!」
いつぞやのロリ娼婦が駆け寄ってきた。自業自得なんだがそんな枕詞はいらない。
「よかった。殺されてなかったんだね」
「ああ。サムとの関係は悪くない。だが今銃撃戦があってやばいんだ。かくまってくれないか?」
「いいよー。こっち、こっち」
彼女は気軽に貧相な三階建ての建物へ案内してくれた。安ホテルらしい。
狭い玄関を入るとささやかなホールがあり、カウンターに幽鬼のような男が座っていた。娼婦が片手をあげると頷いた。定宿なんだろう。
一階の彼女の良く使う部屋に体半分入れた瞬間だった。
巨大な何かが凄い勢いで飛び込んできた。俺は突き飛ばされて床に倒れた。
「おじさん、3Pは高いよ」
ロリ娼婦が口を尖らせている。
「おじさんって年じゃない!」
苦情を言ってる声に聞き覚えがあってふり返ると、頭にタオルをかぶったビルが抗議している。
「なんで?」
「おまえについてくのが一番マシそうだった」
ちょっと待て、そっちはいいかもしれんがこっちは困る。
「狙われてんのはあんただろ!ついて来んなっ」
「固いこと言うなよ。まあ、ガードががんばってくれてると思うが」
なんてのんきなヤツだ。
「おい、狙ってたやつらホログラムカード持ってたよな」
「あれはうちのやつが撃ち抜いた」
「出てけっ!おまえみたいな目立つヤツはフツーは忘れない」
「髪は隠してきたって」
黄色の髪は確かに目につくが、この町じゃその太り過ぎの体も大いに目立つ。
「ねぇ、なんか外騒がしくない?」
心臓が飛び出そうになった。
「出口は他にある?」
「ないよ」
ロリ娼婦は明るく言った。
なんだか知らんがこいつを狙ってるやつらに踏み込まれるとこの子まで巻き添えをくうかもしれない。それに、このデブを押そうが引こうが俺の力じゃ動かせない。
「えいっ、もう仕方がない。お嬢ちゃん、なんかこいつの着れる服はないか?」
彼女は男の体を上から下まで眺めた。
「大きすぎるね。バスローブしかないよ」
「ああ、それでいい。ビル、すぐそれに着ろっ。嬢ちゃんも脱いで下着姿!俺にもバスローブ一つくれ!」
言いながら服を脱いでベッドの下に突っ込む。ぼーっとしてるビルも着がえさせる。
「頭出せっ」
ビルの黄色い頭を突き出させてさっきいただいてきたスプレーをぶっかける。黒だった。
「いいか、おまえの追っ手はたぶんバカだ。じゃなかったらホログラムカードなんかつけっぱで撃ちこまん。顔を覚える自信がなかったんだろう。だからおまえはたった今からたまたま体形の似た別人だっ。名は……え―と、ゲイツ、よし、おまえはゲイツだっ」
「ああ」
「で、俺の親友で今日は女と遊びに来たん………」
いきなり戸が開けられた。下着姿の娼婦が「きゃっ」と叫んでベッドに飛び込んだ。
俺は怪訝そうな顔で入り込んできた男たちを眺めた。
「何っすか、あんたら」
尋ねる言葉を無視している男たちは四人。あっという間に風呂場に逃げたビルを引っ張ってきた。
「こいつか」
「………のような気はするが」
「ゲイツがなんかやったんスか」
今度は何人かが俺の方を見る。
「この男はゲイツというのか?」
「そうっス。ガキの頃からのダチなんだけどちょっとやんちゃが過ぎるっすね。何やりました? こいつ人のモノ欲しがるし独占欲強いしセンスはむっちゃひどいしで、けっこう嫌われるんだけどそこまで悪いやつじゃないっスよ」
男たちは苦々しげに俺を見つめ、ビルを眺めまた視線を戻す。
「……太り過ぎてる」
「こいつ水飲んでも太るっスよ」
「おまえの名は?」
適当に答える。
「ポール・アレン」
「関係ないかもしれんが、念のために始末しておこう」
男のセリフに肝が冷えた。が、ベッドから嬢ちゃんが叫んでくれた。
「その人、サム・ライの友人よ!」
男たちが動きを止める。俺はにこやかに言葉を足す。
「友人ってほどじゃあないな。客ではあるけど」
「……どんなつながりだ」
「自分でもよくわかんないっスけどね、なんか失われた島国の末裔だとかでちょっと扱いがていねいっていうか」
あえて真実を混ぜて嘘を補強する。男たちはわずかに視線を交わすと謝りもせずに部屋を出て行った。
気が抜けて、床にぺたりと座りこむ。それを見たビルが鼻を鳴らした。
「なんでぇ、だらしない。この程度で」
「誰のせいだ、誰の」
睨みつけるが平然と受け流される。下着姿の娼婦がベッドの上から手を振った。
「帰っちゃったねー。する?」
「おう」
「やらんっ」
立ち上がってビルの足を蹴とばす。
「この子は命の恩人だぞっ。礼を言ってレディーとして扱え!金だけは払えっ」
「カリカリしてんなー。カルシウムでもとれ」
「おまえが言うなっ」
こっちが疲れてきた。それでもビルはけっこう素直な性質なのか、ロリ娼婦のところへ行ってちゃんと礼を述べた。
「……困ったことがあったら、西区の黄髪のビルを尋ねてくれ。聞いて回れば誰か知ってるヤツはいると思う」
「うん、ありがと」
「金はこんだけでいいか?」
財布から金の粒を取り出すの見て、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「こんなの持ってたら殺されちゃうよー。もっと少なくていい」
「そうか、すまねえな。おい、シロウ、立て替えといてくれ。細けぇのがない」
「なんで俺が……」
ぶつぶつ言いつつ細かいのしか持ってない俺が適切な金額を渡す。娼婦はにっと笑って受け取った。横でその様子見ていたビルが彼女に尋ねた。
「おまえ、なんて名だ?」
途端に少女の瞳に涙がわいてきた。俺たちは焦って謝ったが、彼女は指で涙を弾いた。
「ううん、違うの。名前なんか聞かれるのずいぶん久しぶりだから」
また涙が宿る。
…………俺は聞いてやらなかった。
少女は少し上を向いて涙を止めた。
それからにっこり笑って答えた。
「ミリアムって言うの」
「「可愛い名だ」」
はもった。
「で、なぜ追われていた」
ビルに尋ねる。
「知らん。親がらみじゃねえかな。まれによくある」
「どっちだよ!」
ビルの親は西区のボスだそうだ。そしてそこは普通のエリアとは少し違っている。双十字教の教会があり、教皇がいる。
双十字教とはもっとも信者の多い世界宗教で、キリスト教を母体としていろいろな宗教が加味されている。二本の横線に重ねられた一本の縦線でできた双十字がシンボルだ。
ちなみに双十字教の教皇は二人いる。
もう一人は天国都市の壮麗な宮殿に住み、もっぱら天国・普通都市に祝福を与える。見たければ毎週日曜日にそこの大聖堂でミサをしている。
別に二人は対立しているわけではなく、天国都市の人は三年に一度は地獄都市から祝祭日にやってくる彼と対談したり声明を出したりしている。
天国都市に住む教皇はもちろん、地獄都市の人も以前テレビで見たことがあるがややずんぐりとしているが温和そうな人で、優しい声で恵まれない人たちへの寄付を募っていた。
「西区のボスはねー、教皇の守護者だから特殊なんだよ―」
ミリアムが教えてくれる。ビルもうなずいた。
「ああ。よそよりちょっと実入りはあるが、かといって貪ればすぐに排除されるし、バランスが大事なやっかいな立場よ」
別口の教皇から支援があったりするからなんか難しいらしい。それ以前は五年も持てばいい方だったその地位を十五年も守っているそうだ。
「おまえのガードはあまり熱心じゃなかったようだが」
俺が突っ込んだくらいじゃ動かなかった。
ビルは肩をすくめた。
「あいつら俺の子飼いのやつらじゃねえから」
「?」
ビルの本当のガードは、たまたまここに来る直前に鍋パーティをやってて全員食中毒で倒れたそうだ。命は無事だがしばらく動けないらしい。
「やばいんじゃないのか」
「わからん。だってあいつら安いからってわけのわからん肉とか買ってくるからなー。たまたまかもしれんし。だけどさすがに気色悪くって、用意されたガードを断って仲の悪そうな幹部から非番のやつ一人ずつ借りたんだ。機嫌悪くてもしょうがねーよ」
こいつ意外に馬鹿じゃないのか。同じとこからごっそり借りたのなら口裏を合わす心配があるが、仲が悪いとこから何人か来ていれば互いに監視する。いい手段だ。
「なんでもいい。俺は女を探したい。それだけだ」
「シルクって子か?」
ビルは首を横に振った。
「それは芸名だ。本当はシェリルだ。すっげー可愛くて俺にべたぼれなんだ」
……本当だろうか。だったら逃げない気がするが。
「ビルは彼女いるんだ。…………おにいちゃんは?」
少女がまるで淡雪のように儚い表情で俺を見る。俺は彼女を見返し否定した。
「いや、いない」
…………彼女は、彼女ではない。
ミリアムの顔が明るくなった。
「だよねー。おにいちゃんホモだもんねー」
すごい勢いでビルが飛び退った。
「俺の体が目当てだったのか!!」
「ねーよっ!!!」
一切合財まったくないっ。つーかほんとはそんな性的指向はないっ。
俺たちはミリアムと握手して別れた。
「お兄ちゃんポールなのシロウなの?」
彼女が尋ねた。
「…………シロウだ」
少女が首を微かに傾けると、天使のような髪が揺れた。
「また会える?」
「きっと」
まだ何か言いたそうにしていた。
俺は聞かずに背を向けた。
「で、なぜついてくる」
「冷てぇなあ。親友じゃねーか」
「あれはあの場だけだ。来んな」
「まあそう言うなって。一緒に女を探そーぜ」
「おまえといると命を狙われそうでイヤだ」
「そのかわり資金はけっこうあるぜ」
ビルが財布の入ってるあたりを軽く叩いた。
俺はちょっと無言になり、それから叫んだ。
「金返せっ」
「とりあえず俺の女のいたとこに行ってからだ」
「サム・ライの部下が探したんじゃないのか」
太った男はにやりと笑った。
「自分で行って確かめてみるさ。手伝えよ。利子つけて返してやるから」
いい笑顔だった。