27. 会議はそれほど踊らない
「ゆゆしきことです。先例もありません」
西区崇貴卿ドナルド・セブンは、ふさふさとした赤毛を振り乱しながら言いつのった。ひどく色の白い男で年齢はちょっとわからない。髪や赤い服とのコントラストで目が痛くなりそうだ。
「あら、ドナルド。都市法には何も違反していないわ」
口元を三日月の形にしたグレイスがそう反論すると、相手は口をへの字に曲げたがすぐに取ってつけたような笑みを張りつけた。
「ああグレイス。今日も美しいね。だがね、君の美しさに免じるわけにはいかないよ。これは地獄の自治権に関わる問題だからね」
「ええ、承知していてよ。だけど彼を審査したのは私だけど、あの人絶対に大丈夫よ」
「世の中には絶対などということはあり得ないな、グレイス」
口をはさんだのは東区の崇貴卿ジョージ・クレイトンだ。
「温和な性格だときいていたが、逆らった組員を粛正したそうじゃないか」
「これを機に山ほど普通都市出身の神父が来そうですね」
南区の崇貴卿と決まったカーライル卿も否定的だ。
「そして全員ボスの地位を狙いますよ」
「不可能です。崇貴卿以下はボスになれません」
都市法を調べておいたのでつい口を出したらドナルドににらまれた。
「誰だコイツは? こんな誰も知らないヤツを諮問会議になぜ呼ぶ」
事務官以外の残りのメンバーがいっせいに答えた。
クレイトン「知ってるよ」
カーライト「知ってます」
グレイス「知っているわ」
女子修道院長アメリア「知っていますわ」
教皇「うちで働いとるわ」
仲間はずれになったドナルドは凄い顔をした。
十七区の双十字教の高位聖職者による会議で、今回はハートレイの処遇を決めるために招集された。グレイスは地区に属さないがハートレイを推薦したために呼ばれた。ボス就任の現場に居合わせたということで俺も参加することになった。
「彼はシロウ・ヤマモト・バークレイ君で第十一普通区の出身です。十一大学理学部に在籍していましたが、経済格差等地獄都市の諸問題を深く憂慮してこちらに来訪。各区を巡り、北区を再訪した際に前ボスシェリー・チャンの暗殺現場に居合わせ犯人を殺害。その後北区組織の幹部と協力して北区崇貴卿ハートレイ卿をボスにつけて混乱を防ぎました」
教皇庁の事務官が説明した。着ている黒スーツは組織の組員と同じだが、ネクタイは深紅じゃなく深緑でソフト帽はかぶっていない。シャツも黒じゃなく白だ。タイピンが双十字なのはいっしょだ。ちなみに俺も仕事中はその格好だ。
「志の高さはわかるがね......かってなコトを。ここは君のいた普通都市とは違うのだよ」
「普通都市にはボスはいないそうですわね」
院長がにっこりと笑うと空気が少し軽くなる。でもドナルドは苦虫をかみつぶしたままだ。
「天国市民は来ないだろうがボスになりたい普通市民がわしわし来るだろうな」
「こちらの生活に耐えうる者はそうはいませんわ。たとえその先に並の普通市民よりは豪奢な生活があったとしても」
彼女が女神のような微笑みのまま続けたが、クレイトンが否定した。
「その生活にバカな夢を見るだろう。実際は過酷な立場であることも知らずにな」
「先に情報戦やってみたらどうでしょう。あっちのマスコミを買収して、陰惨な抗争やすぐ殺されるボス像や不衛生な日常とか映像化して、こんな所に絶対来たくないって気分を煽りましょう。夢を抱いてやってきて身を落とした人とかのインタビューも入れましょう」
提案してみるとクレイトンは「ふむ」とうなずいた。ドナルドはやはり憤ったままだ。
「反対だ。どれだけ金がかかると思っている。それに双十字教関係以外の流入はありがたい。資金も人材も貴重だ」
「じゃあ、映像の最後に気の毒な地獄の人々のために寄付を求めたらどうでしょう。虚栄心を刺激してやったらけっこう出しますよ。で、普通都市ではこれだけ集まりましたとやれば天国都市が更に出すでしょうし。ある程度元は取れます」
カーライトが人の悪い顔で追加する。ドナルドは苛立った様子を隠しもしない。
「話がそれすぎだ。とにかく私はハートレイ卿が組織のボスを兼任することを容認しない。他の方の意見は」
グレイスと院長は兼任賛成派だ。クレイトンとカーライルはもう少し検討することを要求した。その結果休憩をはさんで審議が続けられることになった。
休み時間は美しい女性陣を眺めていたかったが、俺は別室の小部屋に出されてしまった。そこにはグレイスの秘書の少年トビーがいた。
「お久しぶりです、シロウさん」
「元気だった? ちょっと大きくなったね」
とび色の髪も瞳も変わらないけれど、少し女の子っぽさが抜けたような気がする。
「半年もたちませんよ。玉は元気ですか」
「ああ。部屋でエスニック料理の試作している」
教皇庁の一室なのでミニキッチンはついていないが洗面台はあるので、エネルギーシートを利用した簡易コンロを使ってがんばっている。
「おやおや。うまくいくといいですね」
「西区も海に面しているから割にいろいろ作ってるよ」
アジの開きはおいしかった。フライしか食べたことなかったので感心した。
「天然食はやっぱりいいですよね。続けると体が軽くなるような気がします」
この職につくまでまともなモノ食べてなかったからと、はにかむような顔をした。
「ところであっちじゃつっこめなかったけど、グレイスに男子修道院に放り込まれたんだがあれは何?」
「さあ。ハートレイ卿関係でしょうか。もしくは南区にいてほしくない理由でもあったんですかね」
トビーは首を傾げた。さすがに子どもだから彼女の事情を全て仕切ってるわけじゃないらしい。
「グレイスはしばらく南区にいたの?」
「はい。あ、あそこのNo.3に会いましたよ。シロウさん似てますね」
とたんに気がめいる。が、うなずいて「あの人も変わりない?」と聞くと「トミーガン抗争の後見かけました。楽しそうでした」と答えられた。
「坊主、効率的な殺し方教えてやろうか、とか言われましたがていねいにお断りしました」
「あいつ、意外と教えるのが好きなんだよ。俺もバイクとか習った」
マリーさんの死の前の、穏やかな頃を思い出した。
南区は十六人外区に一番近いが、その辺りは万が一を考えて住む者はいない。俺は子どもたちのことを思い出して近づきたくなかったが、No.3は容赦なく引っ張って行った。
「そうだ......半クラにして、よし。上手いぞ」
メットもなしの実地訓練。構造さえ教えてくれなかったので肝を冷やしながら身につけた。
「フラフラすんな。あっちに転ぶとニョロちゃんに食われるぞー」
その点においては大丈夫な気がしたが逆らわなかった。
慣れてきてからはツーリングに誘われた。あいつ好みのカーブのある道を走って南区中を回った。
「ま、おまえはスローインファストアウトの原則を守れや。あ、女には応用すんなよなー。イヤがられるぞー」
軽口を叩きながらも彼の走りは安定していて、他の全てのことと同じように隙がなかった。
「へえ。ぶっそうな人っぽいのに」
「いや危ないのは本当だ、近寄るんじゃない」
「グレイスもそう言ってました」
トビーは明るい顔をした。気をつかってもらったのが嬉しかったんだろう。
些細なことで喜んだ森の子どもたちの顔が胸をよぎった。
時間が来て戻るとドナルドがこちらをにらみつけるように口火を切った。
「なんとこのバークレイ氏はそっくりさんが現れているそうではないか。しかも天国市民の可能性があるとか。これはきっとハートレイ卿を操るためにやって来たに違いない」
休憩の間に人をやって調べたんだな。別に頭がハッピーセットってわけではなさそうだ。
「そんな理由があるなら、こっそり動いて入れ替わるのじゃありませんか」
院長が否定的見解を述べた。
「わかったものじゃない。この男が入れ替わった所で誰も気づかないだろう」
「「「「気づきます」」」」
「わしもわかると思うわ」
教皇さままでそう言ったのでドナルドはハンバーガーに腐肉でも混ぜられたような顔をした。
「なぜだ、顔は同じなんだろう」
「少し話せば見分ける自信がありますね」
カーライトが両手をくぼませながら断言した。他もうなずいている。やはり高位聖職者ともなると人の品位がわかるのだろう。うむ、俺とあいつは大いに違う。
クレイトンがそこを切り捨てて話を進めた。
「シロウの件は置いておこう。崇貴卿と組織のボスを兼任した場合のデメリットをまずあげよう」
「双十字教の独立性をこれ以上蝕まれたくはないですね」
「その通りです。たとえばたった今行われている会議でさえ、組織の干渉をまぬがれなくなります」
「あと崇貴卿任命の際の組織の推薦の権限がこれ以上強くなることは困るな。試験で省くべきは省いているとはいえ状況に寄っては緩めざるを得ないことはこれまでもあった」
部外者なのでしばらく大人しくしていた。いくつも出てくるデメリットにも口をはさまなかった。が、参考意見を求められた時は熱弁を振るった。
「俺がここに来るまでは地獄都市、中でも組織の存在にめいっぱい偏見を持っていました。今でもその弊害については思う所があります。しかし、それを越えた必要性があることを知りました」
飲んだくれで暴力的な野郎どもを引っ張って行ってやらなきゃならないし、食わせなきゃならない。
以前シェリルが普通都市にボスがいないと聞いてどうやって治安を保つのか不思議がった。俺は驚いたがいきなりこの地で”人道的な”やり方は通せない。
「しかしどうしたって弱者にひずみはくる。そのジャンルの担当はあなたたちだが心以外は守ってやれない。だから今はビックチャンスだ。組織に影響を与えるんです」
ドナルドがふん、と鼻を鳴らした。
「で、十字軍でも作って天国に攻め込むかね」
「そんな非現実な。俺は今よりほんの少しだけでも地獄の暮らしを向上させたい」
なんだか目的がすり替わったような気がする。だが、心の奥にあの子たちがいる限り負債として残っていることだ。
ドナルドはますますイヤミな顔をした。
「ご高説ありがとう。実に高い見識で感心したよ。さすが普通市民だ。しかしね、この地獄の現状は他都市が望んでこうあるのだ。彼らは見下せる相手が必要なのだ」
「しかし......警備費減るし、商売の話ができますよ」
そう悪いコトばかりじゃない。
「地獄が価値を上げれば卑しいあいつらは狙ってくる。ハートレイを認めると、これを手段としかねないのだ」
「あの......それでは他都市市民の司祭の人数、つまり外人枠を決めてしまったらどうでしょう」
カーライトが援護してくれた。院長もにっこりと賛成する。
「いい考えですわ。それとこれからはあちらから来る司祭は新たに設ける試験に通らない限り許容しないことにしたらどうでしょう」
「こちらにとっってだけ都合がいいことをあいつらが受け入れるわけがないっ」
ドナルドが鼻を赤くして反論すると、教皇さまがそれを抑えた。
「あっちの教皇はんにわしが交渉してみまひょ」
「へ?」
「まさか天国の人は来はらへんやろ。いや来るとしても手ェあるし。あっちの教皇はんは不文律で天国の人しかつけんのや。普通都市が地獄を支配して力をつけたら困るって話せばいけるような気ィするわ」
「はあ......しかし」
「現在のあちらはんは十七区に一番近い天国都市第九区の出身や。いろいろとおつきあいがあるんよ」
彼は少し目を細めて請け負った。ドナルドもしぶしぶ了承した。
「で、外人枠決まったわけか」
「年に三人まで。しかもこっちが一方的に課す試験に通った人だけだってさ」
結局ハートレイの兼業は承認された。会議が終わって片づけをしていたらビルが様子を見にきた。長テーブルの足をたたみながら状況を話す。コイツは手伝いもせずに腕を組んで聞いているが、いつものことだからもう慣れた。
「おいそっち持て。端に寄せる」
「俺は銃より重いものを持たずに育ったおぼっちゃまだぞ」
「なんでもやってりゃ慣れる。そうそう。やればできるじゃん」
「おまえの仕事だろ。まったく」
「次は椅子だ。これもたためるんだ。知ってたか」
「ただのパイプ椅子に感心するな。普通都市にはないのか」
ちょっと口ごもった瞬間、ばん、とドアが開いて上品なワンピースを着たブルネットの美少女が飛び込んできた。
「帰ってたのね、ビル! 会いたかったわ」
カレン・アンダーソンは俺には目もくれずビルに抱きついた。
「お、おう」
「東区まで探しに行ったのよ。あなたがいなくて泣きそうだったわ。なのにあのメス猫、地元だからってエラそうに......」
「誰がメス猫だって、ドロボウ猫」
テンガロンハットに男物のシャツ、デニムにカウボーイブーツのシェリルが目を尖らせて入ってきた。「きゃ」と言ってビルにしがみつくカレンを強引に引きはがす。
「うちのカレシに触らないでくれる?」
「あーら、過去の話を引きずる気?」
「今の話をしてるつもりだけど」
カレンは鼻先で笑った。
「にゃんこそばがつがつ食いまくった女がカノジョ気取り?」
シェリルが眉を逆立てた。
「そっちこそヤキソバ食べて『こんなの初めてー』とか騒いでたくせに」
「うるさいわね。あんたの分まで勘定払ってやったじゃない」
「アンタがどうしても食べるってきかなかったからじゃない」
椅子も並べ終わったしそーっと出ようとしたらビルが涙目になってこっちを見ている。俺は両手を合わせて御愁傷さま、と態度で示し直後遁走した。なんだか悲鳴が聞こえたような気がしたけれど無視して部屋から遠ざかった。