26. 仕事にゃ危険がつきものだ
「ヒャッハーーーー!!」
「本日の獲物は最高級におまけつきだぜ!!」
「おまけいらないんじゃね?」
「バーロウ、教皇に対する人質だ」
各区に散らばった知り合いのみなさま、お元気でいらっしゃるでしょうか。俺は現在ヒャッハーの背にくくりつけられてバイクで山道を移動している最中です。道が荒れているため尻が痛いのはなんとか耐えますが、ヒャッハーの体臭と温もりが死ぬほど辛いです。
ちなみに教皇さまも同じ目にあっているが、自分のことよりヒャッハーの心配をしている。
「あんさんちゃんと野菜も食べてはる? 肌荒れすぎちゃうか。体が資本の商売なんやから健康に気をつかわんとあきまへんで」
「うっせえ! 合成肉にはビタミンも入ってるだろ」
「そら気休め程度や。昔の食文化を受け継ぐために栄養素はもともとの素材にあわせてるんやで。それに、できれば天然のモン食べた方がええで。ここ何年かでだいぶ安くなったやろ」
「あんな味薄いの食えるかっ」
「でもなー、いい食事するとお肌キレイになってモテまっせ」
ピクっ、と男の背が動いた。それはしばらく静止し、急にわれに返ったように首が横に振られた。
「女なんて金あるヤツにいい顔するだけだろーーーーっ」
教皇は温かい声でそれを否定した。
「そう思ってる子だってそれだけじゃないんだわ。おいちゃんとこ告解に来る女の子もいるからいろいろ聞いちゃうけど、みんな心の底で誰かを愛したいんよ」
赤い毛を逆立てたヒャッハーは「いろいろってなんだよ」とぼそぼそ呟いた。
「あー、言ってええのん? 愛のお話や」
「言いかけてやめるなよ。気になるじゃん」
「じゃあ。この間祈っとった子はなー、お仕事でたくさんおつきあいしてるけど愛してんのはカレシだけ。でも辛いって泣いてはったわ」
「......カレシだって辛いだろ」
「だっしょ。でもなー、若い女の子は別の仕事してても地獄ではなんかかんかちょっかいかかるからしょうがない部分もあるねんで。無体な目に合うより自分から転がしてやるってつもりで働いてても責められへんわ」
「俺には関係ねえよ。どうせ逃げねえのは娼婦でも客の少ないよほどのドブスだ」
背負われたままの教皇は全く邪気のない声で答えた。
「おいちゃんからすればここの女の子はみんな可愛いで。男ん子もやけど。それになー、信者さん言ってはったけど、ブスやブスやと思っとった女の子が自分を見て急にぱっと表情輝かせて、にっこり笑って手を振ってくる。なんかあれ、クルものがあるって」
「............」
「そうなったらもう、どれだけ美人さんかってよりどれだけ自分見て嬉しそうかってコトの方が気にならへん?」
赤毛ヒャッハーは一瞬うなずきかけたが途中で首を止め「おまえはブスの布教に来たのかっ」と凄んだ。教皇さまは「地獄の子はみんな可愛いんだって。あんさんも含めてやで」と繰り返した。
ヒャッハーはちょっと黙り、それからぼそぼそと「......なんでだよ」と聞いた。
「みんなおいちゃんの子やさかいな。数多いから目が行き届かんでごめんな。あんさんももちろん息子やで」
ヒャッハーは振り向こうとしたが道が荒れてて上下しているのですぐに顔を戻した。だけど教皇さまの慈愛に満ちた優しい表情は目に入ったと思う。
西区に来てからしばらく、教皇さまの身の回りの世話をする仕事をした。本来の担当の人は不慣れな俺に顔をしかめたが、それでも丁寧に教えてくれた。
「そっくりさんの天国市民に命狙われてはる? 珍しい事情やな」
地獄教皇インノケンティウス・西行十二世は面白そうな顔で俺を見た。でもそれ以上追求することもなく「ええで。よろしゅうに頼むわ」と笑って言った。修道士から頼まれた青い紐も、ちょっと楽しそうな顔をして受け取って礼まで言ってくれた。
あれ以来あの男はなりをひそめている。だが絶対にあきらめたわけじゃないだろうし、俺のことを探せないわけでもないと思う。ただ、教皇の身近にいる相手には手を出せないのだろう。
「北区から電話あったけど、次の日一度出ただけでそれ以後来ないって」
「現れた瞬間めっちゃ撃ったから事情を察したんだろうって」
「気をつけてって言ってたわよ。ああ、あいつにもね」
教皇さまがダンスレッスンを終えてシャワーに行った後、いっしょに練習していたコーラスのお姉ちゃんたちが教えてくれた。
彼女たちは俺には口をきいてくれるがビルには厳しい。軽蔑しきったまなざしで必要事項しか言葉をかけない。ここにはいなくとも彼のことには氷の刺を含ませる。
「伝えとく。それと......そろそろ普通に話してやってくれないか」
なんであんなモテ男の弁護なんかしなきゃならないんだ迷惑な、と思いつつ、あまりにお姉ちゃんたちの態度が露骨なので口を挟んでみる。とたんに非難ごうごうだったが、どうにかなだめてみる。
「でもあいつさ、なんのかんの言ってもまだ十七だろう。どんなに好きな子がいたって同じくらい可愛い子に熱を向けられたらその気になるよ」
「でも!」
眉を吊り上げた白色系の子に「俺サマ系イケメンと年下美少年に同時に求愛されたらどうする?」と尋ねてみた。
「あら......えー......」
彼女はうっとりと悩み始めた。黒色系の子が「私はどっちも選ばないわよ!」とムキになったので「憂いを含んだミステリアスな青年と知性的な渋中年がどちらも君を誘ってきたら?」と聞いてみたら口をつぐんで考え始めた。
黄色系の子が可愛い声で、でも挑戦的に「あたしはそんな夢なんて見ないわ」と言ってきたので「銀髪でヘテロクロミアな美形と黒髪で体格のいいカップルと、家族のように育った幼なじみ高校生カップルとどちらか一つ選ばなきゃならなくなったら」と質問したら目を据えて悩み始めた。
情報収集って罪じゃないよなー。
まあ彼女たちも鬼ではない。渋々ながら矛を収めてくれたのでほっとした。
「あなたはビルの年の頃どうしてたの?」
一人が尋ねてきたので苦く笑った。
「あがいてた」
たぶん今でも。俺はよほどひどい顔をしていたらしく、彼女たちはそれ以上聞かなかった。
そのコーラスのお姉ちゃんたちが心配するほど教皇さまの生活は忙しく、おかげで訓練期間を終えた俺も多忙を極めたが、よけいなことを考えずにすむのでかえってありがたかった。
「次は神の愛キャンディーに祝福を。そのまま教会に行って、くじに当たった信者の告解をきくことになっています」
「あ、伝え忘れとったわ。ジョギングついでに朝工場で祝福与えてきたったから、そこ変更なー」
まだその役目につきあったことはない。早朝は別の人が担当だからかもしれない。
「そうですか。多少時間が空きましたね。お茶でも召し上がりませんか」
「そうやな。ほなついでにご町内の視察ってことでカフェ行きまひょ。行きつけのお店あんねん。いっしょに地獄パフェ食べへん?」
了承するとレイキューシャじゃない地味な車で街中に連れて行かれた。店はごくありふれた合成素材で造られた建物で、窓が大きくて明るいのだけが取り柄だ。それでもさすがに教皇さまはガードのことを考えて、窓から離れた席に着いた。
「お相伴したってや」
ただ甘いだけの安っぽいクリームの上に、目が覚めるほど真っ青なシロップがかかって、ほんの少しコーンフレークっぽいものがのせられている。頂上には白い神の愛キャンデーがのっている。
「............」
「貧しい人が教会からもらったアメちゃん、せっせと集めて売ってんねん。おかえり、って言って食べるんやで」
そのことを責めるつもりはなさそうだ。
教皇さまはおいしそうに口に運び、俺も黙って食べた。
たぶん、以前だったら一口食べただけでやめただろう。しかし今は甘味がしみる。
もっとも食べきることはできなかった。大きな窓が割れて、次々と大柄なヒャッハーたちがバイクに乗って飛び込んできたからだ。
ガードは撃たれた。俺もグロックをかまえたが頭に銃を突きつけられた教皇が目に入った。
すぐに自分の銃を下ろし相手に差し出して交渉した。
「教皇さまをさらうつもりなら、俺も連れてってくれ」
中でも特にガラの悪い黄色と黒のシマシマモヒカンの男が大して考えもせずにうなずいた。
「いいぜ。来い」
グロックはその男が受け取った。俺と教皇さまはそれぞれ別の男のバイクに乗せられて彼らの背にくくりつけられた。組織の人が現れる前に凄い勢いで発進した。
不思議と言えば不思議だった。なぜヒャッハーは絶滅しないのか。地獄だってある程度のルールはあり、組織が幅をきかせている。各地獄地区を縦横無尽に走り回り、略奪をくり返す彼らが滅びないのはなぜかと。
解答の一つは本格的に地獄に入る前に知った。人外区で襲ってきたヤツらは雇われたと言っていた。その時は彼らだけだと思ったが、ヒャッハーはその後も湧いて出てくる。
————どこで求人してるんだろ
条件としては”健康で体力に自信のある大きめ男子。アタマは悪くてもかまわないけど、バイクの運転が習得できない子はダメ。粗暴な人格は歓迎するけど、雇い主に逆らうのはいけないよ!”ってカンジか。
地獄都市に多いタイプだとは思うけど、それでもこんなのばっかりってわけでもない。
「アンタ就活した?」
俺を背中にくくりつけている緑髪ヒヤッハーに尋ねたら「はあ?」と素っ頓狂な声を出された。
「なに言ってんだてめーー」
「や、自分の個性をいかすいい職についてんなと思って。俺あんまり大きくないしファッションセンスが違うから、雇ってもらえないよな」
「フツーどこ連れて行かれるかきくのが先だろ!」
そう言えばそうだ。この山道は西区と南区の端境の山岳部で、海とは逆の中央点よりの方だと思う。
「で、どこ行くの?」
「言うかよっ」
そうだろうな。じゃ聞かせるなよ。俺は今もしきりとヒャッハーの暮らしを心配している教皇さまとは違ってムダなことは聞きたくない。
「じゃ、話を戻そう。どこでスカウトされたの」
「......うちに来た」
ひょろひょろした安っぽい感じの男がいい話があると声をかけて来た。
手渡された小遣い銭に引かれて指定の場所に行くと、強面の大男がいて鍛えられた。
「ヒョロいのがアンタに目をつけたの?」
「いや。別のヤツだってさ」
勧誘係なんだろう。見定めるヤツは他にいるんだろう。
へえ、コイツら一応ちゃんと選ばれし者どもなんだな。まあ体力もいるし適性もあるんだろ。
どれだけのグループが地獄にいるのかはわからない。よその区とここ十七区を行き来しているんだろうか。尋ねようと口をききかけたら杉林の中に突っ込んで止まった。
「ご苦労、諸君」
午後の陽光をさえぎる木立の中から出てきたのは、カレンの元婚の薄金髪だった。ライダースーツを着てヘルメットを持ち無表情にこちらを見ている。俺は緑髪に尋ねた。
「アンタらの雇い主?」
「今回はな。バイトだ。あちこちの組織からちょっとした裏仕事入んだよ」
けっこうゆるい扱いなんだなと思いつつ薄パツキンを見ているとこちらに気付いて眉をわずかに上げた。
「ほう。思わぬタマに出会えたな」
「No.3に人質が通用するとは思わないだろうな」
彼はそれに答えず視線を教皇に移し、軽く会釈した。
「ご足労ありがとうございます」
「ええねんけどなんの用? ちゃんとアポ取ってからにしてくれへん」
教皇は白い法衣のケープ部分を引っ張って形を整えながら苦情を言った。頭にかぶっていた小さめの白いベレー帽は、いつの間にかなくなっている。
パツキンは欠片も感情を見せず、慇懃にそれに答えた。
「そうしたいのはやまやまですが、双十字教自身に不信の念を抱いてますので正規のルートは取れません。ですがお願いがあります。カレンを返してください」
教皇さまはきょとんとした顔をした。
「カレンって?」
「南区の前ボスの令嬢のカレン・アンダーソンのことです。今東区らしいけど、ほら、ビルにくっついてませんでしたか、あの子ですよ」
補足説明すると彼はちょっと考えて「ああ、あの子か。ブルネットのべっぴんさん」と思い出した。
「別に隠しとったりはしてへんし。民間に頼んで連れて来てもろたら?」
エド・タンの了承得られるようなことじゃないので、こいつが直接西区に来ることはできないのだろう。
パツキンは憤りを抑えたような表情になった。
「双十字教が彼女を洗脳しました。あの子は変わってしまった。自分でボスになり、こっそり各区をつなぎ天国に逆らおうとしている。あまりに無茶だ。どうたきつけられたって技術力の差は埋められない。ムダなことです」
教皇はあんぐりと口を開いたまま彼の言葉を聞いていたが、すぐにわれに返って「洗脳って誰が? いつ?」と尋ね、ちょっと考えてすぐに「亡くなったポワニーはんやろか。ええ人やったけど」と首を傾げた。でも「お嬢ちゃんには気の毒やけど、自分は自分で守らにゃあかん。神さんはいつだって許してくれはるけど」とはねつけた。パツキンはすうっと目を細めた。
「二十歳にもならない女の子を陥れて言い訳ですか。知らなかったとしても責任はあるでしょう」
「自分の罪としてしょってく覚悟はあるで。バカなことはしなはんなと説教もする。でも、それ以上は何もできない。嬢ちゃんの心は嬢ちゃんのモンなんや」
ヒャッハーたちは退屈そうにその辺にしゃがみ込んでいる。”ヤンキー座り”という古典的な座り方だと聞いたことがある。
パツキンは憎々しげに教皇を睨んだ。
「しょせんあなたは地獄の住人ですね」
「そうや。地獄教皇インノケンティウス・西行十二世はそれ以外の何者でもあらへんで」
まっすぐに相手の目を見ながら声をかける。杉の木立の影のせいで表情は翳って見える。
元婚の男はいったん矛を収めた。
「わかりました。説得よろしくお願いします。それと......崇貴卿たちの暗躍はあなたの管轄ですか。もう少し管理を願いたい」
皮肉にも教皇は動じなかった。
「本来わしの役割は神に祈ることなんよ」
相手は答えず地べたのシマシマヒャッハーに近寄り、金を渡すとすぐに離れた。ヘルメットをかぶりながら奥に消えたが、すぐに排気音が三つ響いた。手下を連れて来ていたらしい。
教皇はしばらくそちらの方を眺めていたが、すぐにヒャッハーたちに目を向けた。
「終わったわ。帰してくれる?」
「帰りは別料金だぜ。組織が張ってるだろうから高くなるぜ」
「おいちゃんはお金持ってへんで。あ、アメちゃんあるからあげるわ」
「ち。そこの男からもらうか」
「おい、有り金全部だしな」
ものすごく悲しげにサイフを取り出すと、緑髪がニッと笑ってそれを奪った。
「外側だけでも返してくんない?」
提案は拒否された。マネークリップにしときゃよかった。
教皇さまは金を奪った彼らに優しく白いアメを一人一つずつ配っている。彼らは大人しく受け取って口に運んだ。
「子どもん時以来だ」
「教会来はったらええねん。お金ない時は別に入れんでええで」
「そうもいくかい、みっともねえ............っ」
そう答えた緑毛のヒャッハーの額に、突然いくつもの穴が開いた。「あんさんっ」俺は叫ぶ教皇の腕をつかんで引っ張った。
「うわっ、うわっ!」
「ひ、ひぃーーーーっ」
二人ほど腰を抜かしたが、リーダーらしいシマシマはさっと銃をかまえて上空に向けて撃った。
「おーーーーっと」
そこにいた例の男はトミーガンを抱えたまま急速に上昇し杉木立の裏へ回った。
シマシマは弾の無駄遣いをせずにかまえたままだ。距離があると安心したんだろう。「逃げろっ」俺は叫んだが彼は不敵に笑った。
「へっ、サブマシンガンぐらい知ってらあ。ビビると思ってんのかよ!」
「じゃあ、これはどうかな?」
トミーガンを気軽に投げ捨てると、そいつは背にしょった長いヤツを取り出した。
スコープつきで銃身がスマート。機関部が後方にあるブルパップ式だ。ステア—か。
シマシマは踏み込んで行って撃った。が、男は器用に杉を使ってよけながら斜め向こうに上昇した。
距離を取られれば圧倒的に不利だ。相手はアサルトライフルで弾薬の威力だって違う。
最初の連射は避けられた。シマシマは大きく笑い俺たちも離れた。男は激した様子を見せない。
「へっ、弾のムダだ......え、おまえの顔!?」
視線をこちらに向けた瞬間リーダーは撃たれた。敵のステアーは慎重にセミオートに変えてある。
「兄貴ッ!!」
「うひゃ、ひゃーーーーっ」
男たちは逃げようとした。が、またフルオートにしたライフルで思いっきり銃弾をばらまかれる。
杉林と山道にヒャッハーたちは倒れた。
俺は動けなかった。俺が目的なら逃げた方がいいと思ったが、この狂気のような男は教皇さまに手を出さないとも限らない。
「かわいそうに......。ごめんな、聖油はもって来てないんやわ」
教皇さまは順々にヒャッハーたちの目を閉じさせ、双十字を切ってやっている。その姿を見る男の目は冷たい。先手を取って話しかけた。
「教皇さまに手を出したら天国都市だって黙っちゃいない」
相手は俺よりブサイクな面を更に歪ませた。
「黙ってればバレないな」
無表情を心がけながら話を続ける。俺も最近教えてもらったことだ。
「GPS——グローバル・ポジショニング・システムって知ってるか。過去の遺産の軍事衛星で位置のわかるシステムだ。この地獄ではたった二つの場合だけ許可されている。一つは崇貴卿試験。もう一つは教皇さまの身の安全のためだ。すぐに西区の組織が訪れる」
知らなかったのか相手は動揺した。だがすぐに気を取り直した。
「ここは南区だ。組織はそうカンタンには動けないね。こっちの許可も必要だし」
言うなり教皇の方に銃を向けた。が、俺が飛びつく前に教皇の姿は消えていた。
「!」
男がいまいましそうな顔をする。教皇はまだどうにか息があったらしい赤毛ヒャッハーの体の下だ。
敵が気を取り直すより先に、もう一人近くにいた瀕死のヒャッハーが更に覆いかぶさってそこで絶命した。
俺も行くべきか? いや、俺を殺したあと殺すだろう。俺は闘うべきだ。だがグロックはシマシマの懐だ。なら仕方がない、口を使うしかない。
「GPSについてもう少し話そう。これは天国都市でさえ今はほとんど使っていない。昔これを利用して天国同士でやり合ったことがあるらしい。新しい衛星は打ち上げられないから危険を排除できない」
「......何が言いたい」
「報告なしで居場所が知られていたことは? アンタ疑われてないか」
憎々しげな顔で彼は俺を見た。トリガーにかけた指は今にも動きそうだが危うい所で止まっている。
「はっきり言え! でなきゃ殺す!」
「あきまへんで」
教皇が死体の下から声を出した。説教で鍛えているらしくよく響く。
「その人殺ったらわしも死にます。とすると天国はあんさんを殺りまっせ」
「ゴミ粒二つ片づけただけで天国が動くとでも思ってるのか」
「それなりに役割があるねんで。あんさんは第九天国都市から来たんやろ。わかりまっせ」
男はぎょっとして穴が開くほど教皇を見つめた。俺も驚愕した。なぜ特定できるのか。
「あっちの双十字教から、関わらんと思うけどよろしゅうに、って言ってきてますのや。セッタイはいらんって話やったけど」
第九区はここ十七区に一番近い天国都市で、第十普通都市と第八人外区両方にかぶさるようにして北にある。もう一人の双十字教皇の所在地だ。
男がフラフラとステアーを向けかけたので叫んだ。
「よせ! その銃を使えば丸わかりだ。殺すよりこの方に黙っててもらった方がマシだ!」
「信用できるかっ」
「できる! 相手を誰だと思ってる。教皇さまだぞ」
男は口を歪めたが指は動かない。日は傾き始めた。風はなく葉鳴りさえ聞こえない。
そんな静寂の中、遠くからエンジン音が聞こえてきた。
「......組織だ」
「ヤツらは来ない」
「近づいてくるようだが」
彼は自信があるようだったが俺はハッタリをきかせた。コイツは動揺している。チキンレースだ。
車が近づいてくる気配がした。男は教皇を睨みつけ「このことは口外するな」と脅して飛び去った。
白の箱バンが山道に不似合いな加速で現れた。止まった瞬間飛び出てきたヤツらに俺は片手をあげた。
「無事かっ」
「ああ。教皇さまがヒャッハーの下だ。出してあげてくれ」
すぐにビルのマッチョなガードたちが彼を引っ張り出した。
「ありがとさん。あ、粗末に扱わんといて。助けてくれはった大事な息子たちや」
彼はマッチョが蹴ろうとしたのを止め、死体の頬にキスをして手を胸元に組んでやり双十字を切った。
俺はシマシマを探ってグロックを取り返し、緑毛からはサイフを抜き出してビルに尋ねた。
「組織は?」
「北区沿いの海辺で派手な抗争があるって話でオヤジ以下ほとんど出てた。留守番がニコラスのバカで、どうせ身代金要求してくるだろうから待とうってさ」
ビルはけっ、とつばを吐いた。西区のNo.2にあたるニコラスは西区の崇貴卿と親しく、次の教皇につけようとしているらしい。
「場所わかってんのに南区に電話もかけようとしないから俺が来た。一応民間人だし、こっちのNo.3とはツーカーの仲だしよ」
......いつの間にコイツの脳内ではそんなことになってるのか。双十字八ッ橋効果か。
「死体は持って帰るべきなのか?」
「あ、いや南区管理だ。戻ったら連絡しとく」
「バイク一台もらっていいだろうか」
「あとでエド・タンに言っときゃいいんじゃね。って乗れるのか?」
「ああ。教皇さまを頼む」
言葉にできない気分が胸にわだかまっていた。エンジンを吹かし走り出した。死んだヒャッハーのバイクはエキゾーストノートなんて気取れないほどの轟音を立て、暮れかけた景色を切り裂いていった。