24. 魔法使いは二人いる
好きで訪れた場所ってわけじゃあないが、なんだかんだでそこそこ協力しつつ日々を過ごしている。生活には困っていないが、心の飢餓感はあまり変わらなくて、北区の上層部に縁があるのをいいことに、徹底的にアンジーのことを調べてもらった。
「アンタがいなくなった直後にそのぐらいの背丈の巡礼者が通りすがるのを見たヤツはいるらしい」
「教会にゃ寄ってねえ」
わずかに残る手がかりは、いつも欠片だけのこして消えてしまう。失望で固くこぶしを握り込んでいると、全く別の情報がもたらされた。
「あのー、不審者ボコったらシロウさんの知り合いだって言ってんですけど」
「どんなヤツ?」
「デブです」
「......連れてきてくれ」
案の定、顔を腫らしたビルが「よお」と片手をあげた。俺は客室に入れソファーを勧めた。
「知ってるヤツいないわけじゃないんだから騒ぎ起こすなよ」
「いや、最初はシェリー・チャンに会わせろって言ったんだが死んだってっから、次ボス誰だって聞いたらハートレイだって言うんでつい嘘だろ、あのヘタレがかって言っちまって......」
「撃ち殺されなかっただけよかったと思え。それはそうと、本意じゃなかったが急に消えてすまなかった」
謝ると「気にしねえ」と片手をあげた。それからしばらく情報交換にいそしんだ。
「いや、その銃撃戦は知らん。ってかおまえが消えるのと同じ頃うちに戻った」
「じゃなんでここ来たんだよ」
彼はでへへ、と鼻の下を伸ばした。
「ほんと、モテすぎるのも辛いモンだな」
「?」
「いやあ、怒っちまったシェリルにカレンが会いにいって俺のことをあきらめろって言ったら、あいつ憤激して『何があってもあきらめない!』ってさっそく来てくれて、途端にカレンもハッスルしてこう、俺の顔を捕らえてブチューーーーっ、と。すると怒り狂ったシェリルが俺のひざに乗ってきて形のいい尻をぐいぐいとこう、すりつけてきて、それを見たカレンが俺の手を取って、頬をピンクに染めて『ねえ、私もお尻には自信があるの』ってその手を自分の尻に......」
もっと殴っていいか、コイツ。人がここしばらく全く女っけがないのに。いや看護師さんとかメイドさんはいるけど、ハートレイは風紀の乱れを嫌うから館の中じゃピンクな雰囲気など一切ない。うらやまけしからん。
「ってわけでこりゃいかんと思って、用事思い出したっていったん引いて全速力で家に戻ったら、いつの間にか二人で追ってきて姉ちゃんに『ビルの婚約者です』って二人そろって......」
「笑われたろ」
「ならいい。すげー殴られて二、三日寝込んだ。命の危険を感じてこっそり逃げてきた」
「なんで東区じゃなくて北区へ?」
「あっちの方が付き合いが長ェからフェイクだ。ま、おまえがいるとは知らんかったが」
「ラッキーだな。だがハートレイへの礼儀は守れよ。みんなで必死にみこしにのせてる最中だ」
「わかった。気をつける」
「No.3はどうだった?」
ビルは肩をすくめた。
「とりあえず帰っちまったからよくわからんが、世話になったわけだから教皇印の双十字八ツ橋送っておいた。一般人向けは合成だけど、聖職者用の天然素材のモンがあるのでそれ。あ、これうちの区の名物な。シナモン味で固いのとやわいのがあるけど日持ちがするから固い方な。出奔する直前に双十字の人が『わざわざありがとう』って電話があったって伝えてくれたけど本人かどうかは知らん」
「そうか」
ちゃんと礼を示しといたのは危険性を減らす意味でよかったと思う。
俺はこちらの状況を説明し、ジムに頼んで空き部屋にこいつを入れてもらうことにした。
「ついでに商売の話をしてけ。おまえ民間人ってことでいいんだろ。たこ焼きなんかどうだ」
「デビルフィッシュ? ナマモノは流通面で問題があらあ。普通都市向けじゃなきゃ保冷車使えないんだ」
へえ。しかしこいつタコ自体にはびびらないんだな。
「西区は海あるしな。うちのガードがタコとってきてカルパッチョにして食わせてくれたんだが、まあ、悪かねえ」
そういやそうだ。
「じゃ、タコはそっちで用意しろ。北区は小麦売れりゃいいんだ」
「うまいのか、それ」
「天国でも食えないほどのうまさだ。焼いてやるから少し待ってろ」
まだゆでだこが少し残ってるはずだ。俺はウキウキと部屋に引き上げた。
おやつがたこ焼きで夕食がうどんパスタソテーという小麦コンボを食らわせたあと、地方の集会所に移動ミサに行っていたハートレイがやっと戻ってきた。同じ頃ブラウとクロウも帰ってきた。
執務室の方へビルを連れて行った。
「三ヶ月たったらまた西区に行きますのでよろしく」
「おう。歓迎するぜ」
「猊下はもっとエラそうに。ビルは、えーと西区のボスの息子だからいいのかな」
「え、こいつそんな大物なのか?」
ブラウが驚いてビルの顔を見た。彼は得意そうにそっくりかえって「まあ、割と坊ちゃま扱いされるな」と言った。
「西区のボブ・サンと言えば史上最強のボスって評判じゃん。人は見かけによらんなー」
クロウも思わず失言したがビルは気がついていない。
「よく言われる。まあ遠慮せずつきあってくれていいぜ。俺は銀の匙をくわえて生まれてきたが、差別なんか全くしないぜ」
「さすが高貴の出だぜ。よく見りゃただのデブと違って色艶のいいモチ肌だ」
「そう言われりゃなんか品もあるぜ。さすが生まれついてのエリートは違う」
しきりに感心されビルはますます身を反らした。
「なんならボスのあり方について語ってやろうか?」
「いえ伝説的なボブ・サンのやり方は私じゃ生かせないでしょう。でも私も最近じゃちょっとは見直されてるんですよ」
ハートレイも少し得意そうに語ったが、ビルがあっさりと「おう。血まみれマリアとか言われてんな」と応えたので、がっくりうなだれた。
「おい、猊下が落ち込んだじゃねえか。復活するまでけっこうかかるんだぞ」
「マリア呼ばわりはよせ。気にしてんだから」
ブラウとクロウが抗議している時に、がちゃりとドアが開いた。さっとガード三人が前に出てハートレイを下がらす。ブラウたちも身がまえたが右肩のあたりから血を吹き出した組員だった。
「どうした? 敵襲か?」
「相手は誰だっ」
男はフラフラと前に出るとふいに驚愕した表情で「あ、あ、ああっ」と叫んで俺を指差しそのまま倒れた。何事かとみんな立ち上がった。そこへ武装した一団が駆け込んできた。
「ボスは無事かっ!!」
「ブラウの兄貴っ、魔法使いが牙を剥きやしたっ」
「ああっ! いつの間にこっちにッ」
いきなり銃を向けられ一瞬で後に飛び退ったが同時にハートレイが一喝した。
「よせっ!!」
「ボス、どいてくだせえ! そいつ殺せねえ!」
「殺すなっ! 事情を話せっ」
ハートレイは凄んだ。組員は俺を睨み凄まじい顔をしたがしぶしぶ事情を話した。
「犬がやたらに吠えるから庭に出てみたんですが、こいつが空を飛んでたんです」
「おい、キめるときゃ決まった場所でやれ。仕事中にやんな」
クロウが凄んだが全員が必死に首を振った。
「ほんとです、ぴゅーっと飛んでグリフィン象の上に立ったんです!」
「で、みんなで必死に撃ったら笑いながら連射できる銃で撃ってきて」
シェリーが死んだ後、ヤバいと思ってショットガンやトミーガンについて組員たちにも軽く説明はしていた。だから大部分の人間は連続で弾が出ても魔法ではないことを理解していた。だがロケットベルトについては話したことがなかった。おまけにそいつは俺と同じ顔らしい。
「魔法で飛んだ後こっちに来たんだっ」
「なわけあるか、バカ」
「この兄ちゃんはずっとここいたわ」
「しかし......」
じっと聞いていたハートレイが静かな声で言い聞かせた。
「シロウは普通都市の出身だ。私もそうだが、あの都市では生まれた子どもは赤子のうちに回収されて再配布される。もし双子がいたとしてもその存在は知らない。だからもし、シロウに悪意を抱いた双子の兄弟が攻めて来たらそんなこともあるかもしれない」
組員たちはまだ納得がいってない。
「なんで存在も知らない双子に悪意が持てるんですかい」
「それはわからない。ここで客人として扱われているのが気に食わないのかもしれないし、他の理由かもしれない」
「............」
ブラウが脅すような声で尋ねた。
「で、どっちの方に逃げた?」
彼らは焦って答えた。「いえ、まだそこにいます!」
「「早く言え!!」」
二人が青くなって外に飛び出した。ハートレイは俺を見て「行きましょう」と言った。俺はうなずいて残りの組員とガードで彼を囲ませてから後を追った。
庭園は月明かりだけではなくライトで照らされていた。あたりどころの悪かった組員の死骸が何体か倒れたままになっている。ドーベルマンの死体もいくつか転がっている。
その男はもうグリフィン像の所にはいなかった。同じくらいの高さの土台の上のシメール像のライオンの顔に乗っていた。上質なスリーピースをきちんと着込んでソフト帽をかぶり、トミーガンを両手でかまえていた。
「いたぞ!」「狙え!」
男たちが撃ち始めると高く飛んで塀の上に逃げた。思わず追った俺に気がつくとにやり、と笑って口元を動かした。
「やあ、俺」
そう読み取れた。男の顔は嫌になるほど俺自身にそっくりだった。




