表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/84

23. マリアなんかじゃいられない

 カツオブシ製作者は多少痛めつけられたが、結局は解放された。新体制に絶大な貢献をした俺が玉の懇願を受けて取りなした。

 だけどどっちにしろ新ボスのハートレイはだまされた民間人のことは許したと思う。


「大丈夫か?」

「た、助かりました。このご恩は......」

「立派なカツオブシをたくさん作ることじゃ。ああ、正当な対価は受けろ。実入りがないと受け継ぐものが出ない」

「へ?」

「金はもらえってことじゃ」


 製作者は床にはいつくばって頭を下げ、それから凄い勢いで出て行った。東区に帰らないでくれればいいと思うがどうだろう。



「交渉人は最近接触してきた経歴のわからない男だった。口のうまいヤツで朴訥な製作者は苦手な交渉を引き受けてくれるので安易に任せた。それだけだ」


 事情を聞いてきたジムに説明すると彼は肩をすくめた。


「そらカツブシ屋も悪いわ。自分のこたあ自分でやらんといかんだろ」


 彼の思考は典型的な地獄市民のものでシンプルだ。


「それぞれ得意なことやって苦手なことまかせてってのは悪かないんだけどな」


 まあ、ハートレイに苦労させてるが。


「にしろ得体の知れないヤツにまかせるのはバカだろ」

「俺だって得体しれないだろ」

「おまえは別だ、魔法使い。信じてんぜ」


 ジムは親指を立て「じゃあな」と仕事に戻っていった。


「あやつは今の状況を受け入れてるようじゃの」

「ジムは現実主義だから、そうなってしまったものは不満が出るまではそのまま受け入れるんだろ」

「ふむ。みながそうであればいいがの」


 玉は出来上がったうどんパスタのソテーにカツオブシをたっぷりかけた。俺も自分のに少しかけた。なかなか風味がいい。


「こんな風にヤキソバも作れれば小麦消費アップキャンペーンにも使えるんだがな」


 聞いてみたところアレは東区の門外不出レシピらしい。同じワビ・サビ系料理でも、うどんを濃いめに味つけてもあれほどは受けないような気がする。


「サム・ライに交渉してみようかな」

「やめろ。われにひざに乗れとかパパと呼べとか言ってくる」


 そりゃいやだろうな。よくわかる。


「まあ教えてくれた分は宣伝してみるさ。たこ焼きの型は明日にはできるんだろ」

「そうじゃ。海辺の人がタコも捕ってくれる」


 食べ慣れないそれが地獄の人に受けるかはわからない。が、俺の依頼は大体通してもらった。


「こっちとしてはありがたいが、それも心配じゃな」


 線が細い。優しすぎる。ハートレイに対する心配のタネは多い。


No.2(ブラウ)No.3(クロウ)が抑えておるが、いつまで持つかの」

「一応ショットガンは届け出ずにあいつが持ってるけど、使ったことがバレたら普通市民だろうが崇貴卿だろうが処刑される可能性がある」


 どこにスパイが入り込んでいるかわからないからやめた方がいい。


「使ったあとみな殺しにしておけば問題はない」


 玉はむちゃな解決法を口にして俺を呆れさせた。




 危惧した事態は思ったより早く来た。ブラウもクロウも他の重要な仕事が忙しかった時だった。

 そのとき俺は『小麦消費量アップ計画』の素案をまとめてかれに話していた。


「いやほんとにおいしいってたこ焼き。熱々ではふはふでトロトロなんだって」

「いくらシロウさんのおすすめでもデビルフィッシュはちょっと」

「そう言うと思って持って来た。はい、これ」


 俺は部屋で作ったたこ焼きにようじを刺して、執務机の前にいる彼にすすめた。

 だがハートレイはそれを食べることはできなかった。口にする前にバタンとドアが開き、男たちが五人ほどなだれ込んできた。

 両手にたこ焼きを抱えていた俺はとっさに銃が抜けなかった。床に投げ捨ててかまえるべきだったと思う。


 ガードは二人いた。が、ハートレイに心酔していたわけでもなく危機感もなく脇に控えていたので、最初の数発を喰らって倒れ込んだ。


「おい(タマ)までとろうってわけじゃねえ。動くなよ。てめーらも生きちゃあいるだろ」


 最後に現れた六人目の男がニヤニヤしながらガードに声をかけた。二人は腕を中心に撃たれていたが致命傷は一つもなさそうだ。

 守る相手がシェリーならどんなに傷ついても命がけで立ち上がって守っただろうが、ハートレイだし、相手も殺すつもりはなさそうだしまあいいか、って感じで倒れたままだ。


「おい、三人は魔法使いを囲め」


 たこ焼きを執務机の上に置き両手をあげた。すかさず一人が寄ってきてボディチェックする。グロックは取り上げられた。


「魔法なんて使いやがったら承知しねえぜ」


 だからみんな俺をなんだと思ってる。使えないって。

 男は俺を囲ませたまま、残り二人の銃をハートレイに向けた。彼は青ざめたが怯えを表情には出さなかった。


「............なんのつもりです」

「おまえなんかがトップじゃ納得がいかねえ。下りてくれねえか、マリアサマ。崇貴卿でいることぐらいは認めてやるからよお」


 見た目で判断すると四十半ばぐらいか。頑丈そうな体格の男だ。たたき上げって感じだ。


「マリアさまとは誰のことですか?」

「てめえに決まってんだろ。この汚れた地獄に足を運んで救おうとなさるありがてえ方だ。だがな、ボスの座にまで着こうたあ、やり過ぎじゃねえか」


 イヤな目だ。敬意を口にしているが欠片もそれはない。暴力だけを神とあがめ、弱者を奴隷とみなす。そんな目だ。


「それではマリアさまよりお地蔵さまの方がふさわしいですね」

「けなげだねえ。なけなしの勇気かき集めて必死こいてさ。時間稼いでもブラウもクロウも来ねえぜ。どっちも忙しいってよ」


 男はまたニヤリと笑った。


「けなげさに免じて許してやるからボスの座をおれによこせ。廊下にも人いるぜ。みんな聞いてるさ」

「お断りします」


 今日はいつものカソックで、地味で控えめで迫力なんて全くない。容姿はそれなりに整っているが男には通用しない。


「強気だな、マリアちゃん」

「聖母の名を汚すのはやめてください」

「なんで? 似合いの名じゃねえか。力もなく祈るだけ。あきらめてうんと言いな。じゃなきゃ」


 男は俺の方に顎をしゃくった。


「コイツを殺す」


 張りついた三人がぐい、と銃で俺をこづく。超絶ヤな感じ。

 ハートレイは黙って俺を見た。綺麗に澄んだブルーでいつもと変わりがない。

 彼は視線を男に戻した。


「............お断りします」

「ちょ!?」

「おい、わかってんのか? コイツを殺すって言ってんだぞ。おまえのせいで死ぬんだぞ」

「どうぞ」


 彼は揺るがなかった。冷静にそれを勧めた。


「殉教者としてていねいに葬り、聖人にします。シロウさん、何月の聖人がいいですか? 四月と十二月だけはダメです」

「......ウサギよりマシだと思うから三月で」

「そうですか。それでは三月の聖人として草モチを供えましょう。イラストつきクリアファイルとかグッズの販売もしますから成仏してくださいね」

「バカ野郎っ! 聖職者がそんなカンタンにあきらめるなよ!」


 憤激した男が詰め寄った。


「人の命は地球より尊いんだぞ! なぜもっと大切にしない!」

「ならばシロウさんを離してください」

「できるかっ! おまえがボスの......」


 パン、と音がした。男は目を見開いたまま倒れた。

 執務机の上にあげたハートレイの両手には、修道院でもらったオートマグが握られている。


「地獄のボスから人質が取れると思ってるのか!」


 彼は凄まじい速さで銃を横に流しながら撃ち、自分に銃を向けた男たちを全て殺した。


「......刃向かったヤツの葬式はしない」


 俺を囲んでいる男たちは困ったように彼を見つめている。ハートレイは端っこの男に声をかけた。


「母さんは敬虔な信者なのにさぞや嘆くだろうなあ、デイブ」


 男がぎょっとして彼を見つめる。ハートレイは片頬を歪めて次に向かった。


「おまえはバーナードだ。隣町へ嫁に行った妹がいる。兄貴が組織モンなら下手に手を出されねえと、自分のために入ってくれたって泣きながら話してくれたぜ。かわいい妹だな」


 二番目の男は銃を取り落とした。最後の男は話しかけられる前に撃った。それは確かにハートレイの胸にあたった。彼はわずかによろめいたがすぐにしっかりと立ちにやっと笑った。


「......神のご加護で死なねえんだ」


 そしてこのむやみに大きい銃を片手で持ち、男の頭を吹っ飛ばした。

 名を呼ばれた二人は逆らう気をなくしていた。俺がぐい、と肩で押すとのいたので細く開いていた扉をバタンと開け、並んでいた男たちに尋ねた。


「聞いたか?」

「ま、まさかっ」「ほんとにマリアか?」


 俺はうなずいた。オートマグを手にしたハートレイがドアの正面に立っている。


「嘘だっ! なんかの魔法だッ!」


 男が一人がっ、と前に出て銃を撃ったが、ハートレイはためらいなく撃ち返した。

 飛び散った血潮で廊下と周りの男たちが赤く染まった。ハートレイは腹のあたりに弾を受けたが微動さえしなかった。


「誰がマリアだって?」


 彼は無表情にゆっくりと男たちを見回した。普段が温和なだけにかえって凄まじい迫力だ。


「誰がボスに不似合いだって?」


 片手でオートマグをかまえながらニヤリと笑う。


()るつもりならかかってこい! 神の御名のもとに全員地獄の底に送ってやる!」


 澄んだブルーが荒れ狂う海に見えた。双十字クルスをかけた黒いカソック姿は不吉な死の使者のようだった。


「お、落ちつけ猊下」


 廊下の男の一人が声を震わせた。


「ちょっとしたカン違いだ」

「そうそう。あんたがこんなできるタイプと知らなかっただけで......」


 だが中には空気の読めないヤツもいる。


「す、崇貴卿が人を殺しちゃダメ......」


 全部言う前に近くにいたヤツらが全力でボコった。それでも目を細めた凶悪な表情のハートレイにびびって、われ先にと”ドゲザ”を始めた。


「い、いや当然です」

「アイツはきっと仏敵です」

「神に代わってお仕置きです」


 競り勝った。俺はまたドアの前に立ち男たちに向かった。


「てめえら、何か不満があるか?」


 全員いっせいに首を横に振る。俺はきわめてエラそうに続けた。


「ハートレイ卿の資質は見ての通りだ。それにおまえたちは知らないことがある」


 少し間をあけて声を低め、凄みをきかせた。


「崇貴卿の服が赤いのはふりかかる血が目だたないようにだ。彼らは神の代理人の最も忠実な戦士なんだ。神父服であるカソックでさえ、実は戦闘服だ」


「おお」とか「すげえ、知らなかったぜ」とか声がかかった。


「崇貴卿に決まるとすぐに修道院で戦闘訓練に入る。今ここにいる彼は昔のハートレイじゃない。神の戦士として鍛え上げられたスーパー、いやハイパーハートレイだ。この腕を見てみろ。片手でオートマグ撃てるんだぞ。その上彼に逆らうヤツは双十字教の敵になる」


 げっ、と息を呑む男たちに俺は畳み掛けた。


「悔い改めよ! さすれば門は開かれん!」


 彼らは全員カシンがショーグンにするかのように額を床にこすりつけた。


「よろしいですね、ハートレイ卿」

「おまえに免じて許してやる」


 彼はようやく銃を下ろした。俺は「この寛大なお言葉を聞いたか? 神と仏と猊下と俺に感謝しろ」と言いおいて、うやうやしく彼の腕をつかみ、ぼんやりしているデイブからグロックを取り返し、執務室からいくつか奥になっている彼の私室に引っ張って行った。


「大丈夫ですか?」


 尋ねると彼はかすれた声で「はい」と答えた。俺は「血を落としてきてください」と併設されたバスルームに行かせた。ミニキッチンも付いていたのでとにかく湯を沸かした。


 地獄では、最初の殺人はよくバージン喪失にたとえられる。実際どっちが辛いか知らないがそれはあくまで地獄市民の場合だ。

 ハートレイは並よりまっとうな男で聖職者だ。だがここで外したら計画がおじゃんになることをわかっていた。迷った一匹のためではなくこれから迷うはずの羊たちのためにそれを選んだ。

 俺も人殺しだ。もはや悩まない。殺した相手の顔など、あの子以外は忘れている。だがこの人は忘れることはないだろう。


 簡易なシャツとデニムで現れた彼に紅茶をすすめる。彼はカップをつかもうとしたが手が震えて取れなかった。


「謝りません。そしてあなたもその必要はない」


 見捨てられたが当然だ。その選択は実に正しい。


「私は......」

「重くなったら俺のせいにしてください」

「言ったことは変えません。何があっても」


 きっぱりとそう言いカップをつかんだ。

 俺は間違っていない。この人は最初から変わらない。シェリーのもとに最初に呼ばれた時でさえ震えながらも組織に逆らった。ビビリでチキンだったとしても筋は通っている。


「シェリー殺しの犯人の防弾スーツを着用していたのは賢明です」

「こんなことがあると予想はしていました。覚悟は決めていたのですが」


 カップを傾け紅茶を飲む。動きがまだ強張っている。気を散らそうと話を続けた。


「組員それぞれの情報を覚えているのですか」

「全員じゃありません。私は五年ほどここで神父をやっていましたし、ハイデン神父はあまり熱心な方ではなかったのでその分も回りましたから、知っていることも多いんです」

「それはけっこう大きな武器です」


 情報は大切だ。この人に任せてよかった。


「でもそのせいで知ってる相手を殺すことにもなるんです......って愚痴ですね、すみません」


 彼の痛みが俺を刺す。自分のお気楽さが許しがたい。だが全力でその痛みを閉じ込める。ハートレイも同じ努力をしているらしく、しばらく宙を見ていたがやがて俺に尋ねた。


「......煙草を吸ってもいいですか?」

「どうぞ。吸えるんですか」

「いえ、初めてです」


 ここは元シェリーの部屋だった。テーブルの上にはシガー入れがあってまだ残っている。彼はそれを一本取りくわえた。俺は卓上のライターでそれに火をつけた。

 深く吸い込んでハートレイはむせ、ごほごほやりながらも消さなかった。


「おい、大丈夫かっ」

「ほんとに生きてるか?」


 突然ドアが開きブラウとクロウが飛び込んできた。俺は彼らを叱りつけた。


「ノックもせずに入るなバカ!」

「なんだと?」「やる気か?」

「おまえらのそんな態度がこんな騒ぎを呼ぶんだ。猊下自身が抑えたが、絶対に敬意を忘れるな。いっぺん外に出てやり直し!」


 ハートレイはくっくっと笑った。それからちょっといたずらっぽく「礼儀は守れ」と言ってシガーを口の端にくわえ直した。

 二人はちょっと顔を見合わせ、少し考えてから外に出て大人しく戸を叩いた。



「癖になるから人のいないとこでもちゃんとふるまえと説教してやった」

「言うことを聞くかの?」

「ああ。ハートレイ自身になんか凄みが出てきたし。でも二人のことをちゃんと目を見て『頼りにしてるぜ』とか言ってた。ありゃ、そのうち、いいボスになるわ」


 玉はうなずくとまたナイフでカツオブシを削り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ